姫狩りはちょいちょいと進めて、今は6章に入ったところです。
シルフィーヌルート狙いなので生贄が使えないので、精気の振り分けと獲得が中々厄介なんですが、一応基本的なやり方は覚えてるので、レートが下がらないギリギリでクリアしつつ、今のところは取り逃がしなく出来ているのでは?と思います。
ただこれ、そこそこ古い時期の作品だけあって、結構ゲームバランスがシビアと言うか、レベル上げって概念があまり活躍しないんですよね。
なにしろコインがないと再訪できないマップばかりで、しかもコインを確実に宝箱から取れる分は限られており、後は運よくドロップしてくれれば、というところなので、安定的にバランス良く強くするのが難しい。
しかも数少ない修行マップは、どう頑張っても1回で精気15しか溜められない仕様なので、それでもついつい修業しちゃう私みたいなマゾならともかく(笑)、初見殺しの色合いは結構強い作品だなあとは。
でもなんだかんだで歯応えあるし結構面白いので、今からマイスターシリーズ気になる、って人は普通にこれからやってみていいと思うんですけどね。勿論神採り天結いのどちらも独立して面白いから、どれからでもいいんだけども。
そんな感じでついつい姫狩りばっかりやっちゃって、零の軌跡が進まない。。。
こっちもまだ今のところレベル上げのターンなので、あっちもこっちも地道な作業状態なのでしたとさ。
どっちのiのリサ1話を更新しました。
個人的に私、リサとのフラグはそれなりに共通の中で獲得できている、後はそこをどう解釈して繋げていくか、だけだと思っていたので、私史上でも最速でくっつく話になっております。。。
勿論そういう目算だからそこまで長くならない、と決め打てたのもあるし、だけどその分だけ、きちんと情理を刻む最初の一話だけはちゃんと書かねば、だったので結構時間がかかってしまいましたね。
まあ後は基本色々なヒロイン巻き込んでわいわい夏を満喫しつつ、時々隙を見てイチャラブするくらいのつもりです。
2020年05月23日
どっちのiが好きですか?リサ編1〜選ぶなら、出来ないよりも、出来る事〜
忠臣
「ったく、あのオッサンも相変わらず適当っつーか、人がいいっつーか……」
今日も突発の配達時間変更が舞い込んで、微妙に時間が空いてしまった。
地域密着のフレキシブルなサービスはいいけど、それに振り回される方は難儀ではある。
忠臣
「ま、いっか。とはいえ、いつもみたいに喫茶店……も芸がないよなぁ。折角チャリだし、少しブラブラしてみますかね」
それに、これは色々と考えをまとめる、丁度いい機会かもしれない。
彼女を作りたい!と奮起して幾星霜。
どういう巡り合わせか、俺の日常には随分と美少女成分が増えてくれて、それは嬉しいのだけど。
忠臣
「(……なんだろーなー、自分がこんな贅沢だったとは意外だ……)」
決して彼女達に魅力がないわけじゃない。
むしろ俺には勿体ないくらいの、個性的で素敵な女の子ばかり。
でも不思議と、彼女達との日常を更に発展させていく、そうしたい、という強烈な意欲が触発されないのだ。
忠臣
「つって、こんな風に知らない道を探索して、新たな出会いを求める、なんてのも節操なしみたいでなんだかなぁ、だけど」
独り言ちて、ペダルを踏む足の力を緩める。
もうこの町にも一年半近くお世話になっているけれど、それでもまだまだ知らない顔は沢山ある。
普段決して通らない道に一歩踏み込むだけで、世界の色はガラッと変わって、新鮮な息吹を届けてくれる。
忠臣
「(へぇ、こっちの方はまだ開発が緩やかなのか。夏場のサイクリングコースとしちゃ当たり、だな)」
木蔭に沿って進んでいくと、時折吹き抜ける緑の匂いを孕んだ風が快く肌を撫でていく。
それは、心の隅に巣食った焦燥や屈託をも、一緒くたに綺麗に洗い流してくれる。
密度の濃い日常に塗りつぶされて、いつしか見えなくなってしまっていた初心を浮き立たせるように――――。
忠臣
「……おっ、こんなとこに公園があるのか。ちょうどいいや、一休みしていこう……って、あれ?」
自然そのままのような佇まいの公園を見つけて、自転車を止める場所を探していると、奥のベンチでなにかがさらさらと、揺れる。
それはここ最近、頓に身近になった輝かしい色で、だけど――――。
忠臣
「リサ、ちゃん?」
リサ
「えっ?あれっ、辻堂さんではありませんか。こんなところで奇遇ですねっ♪」
思わず漏れた呟きを耳ざとく拾って、制服姿のリサちゃんがにこやかに手を振ってくれる。
忠臣
「ど、どうしたのこんなところで?もしかして、ハンナと一緒だったりする?」
リサ
「あー、いえ、今日はお姉様はいませんよ」
駆け寄って尋ねると、バツが悪そうにはにかむ。
忠臣
「じゃ、じゃあお母さんがこれから迎えに来るとか?普段学校の行き来は車で、って言ってたよね?」
リサ
「えぇ、そうなんですけど、その、今日はちょっと特別と言うか、我が儘を言って一人にしてもらったと言いますか」
忠臣
「我が儘?」
リサ
「はい。丁度テストも終わって羽を伸ばしたい気分でしたし」
あっけらかんとした物言いに、当座の問題があるわけではないのだとようやく得心する。
ポンポン、と隣に座るよう促されたので、拳二つ分ほどスペースを置いて腰掛ける。
リサ
「辻堂さんこそ、どうしてこんなところに?あの自転車、アルバイト先の、ですよね?」
忠臣
「目聡いね。そう、配達の途中だったんだけどさ、ひとつだけ指定時間をずらしてくれって頼まれて、油を売ってるとこ」
リサ
「あはは、そうなんですね。あっ、そうだ、良かったらこれ、飲みます?」
忠臣
「紅茶?え、えーと、確かに喉、乾いてるけど……いいの?まだ空いてないやつなのに」
リサ
「ふっふー、それがですね、聞いてくださいよ辻堂さんっ!」
逡巡していると、リサちゃんは遠慮するな、と言わんばかりに俺の手にペットボトルを押し付けつつ、声のトーンを跳ね上げる。
リサ
「私がベンダーが好きだ、ってのは以前にお話、しましたっけ?」
忠臣
「直接は聞いてないけど、確か二人と最初に会った時、ハンナが教えてくれたよ」
リサ
「でしたら話は早いですね。なので私、時間と気持ちと体力に余裕がある時は、まだ見ぬベンダーを求めて流離人になるのです!」
忠臣
「さ、さすらいびとって、時代がかった言い回しを知ってるんだね。地味にリサちゃん、ハンナの影響受けてる?」
リサ
「それはもう、お姉様の好きなものは私も好きになりたいじゃないですか!あそこまで熱狂的にはなれませんけど、昔の日本語って、すごく響きの美しいものが多くて気に入ってます」
忠臣
「わかる……と言いたいけど、そこまで真面目に考えた事ないかなぁ。変に横文字乱発されるよりは親しみやすい気はするけど」
リサ
「もーっ、そんなのげに勿体なし!ですよ!」
わざとらしい膨れっ面で、軽く上目遣いに睨まれ、小さく胸が跳ねる。
思わず、ずっと押し当てられたままだったペットボトルを掴んで、ひとくち。
忠臣
「……あ、美味しい。このメーカーの飲んだ事なかったけど、思った以上にスッキリした後味だね」
リサ
「へぇぇ、そうなんですね。本当に日本のベンダー、というか清涼飲料は奥が深いです。メモメモっと……」
忠臣
「……ベンダーは、ベンダーなの?自動販売機じゃなくて?」
リサ
「だって、自動販売機って名称は洗練されてないですから。ベンダーの方が響きがカッコいいです」
忠臣
「あはは、結構融通が効くんだ」
リサ
「ケースバイケースです♪」
今度は悪戯気に、チロッと舌を見せての微笑み。
表情豊かで、明るく賑やかで、けれど決して騒がしくない絶妙のバランスは、紅茶以上に心を涼やかにしてくれる。
忠臣
「というか、そうなんだ、って事は、リサちゃんもこれ、飲んだ事なかったの?」
リサ
「はい、ありません。そもそもその話をしようとしてたのに、うっかり脱線、しちゃってましたね」
忠臣
「ええと、流離人になって云々のところから?」
リサ
「です。その探索行で、見た事のない当たり付きのベンダーがあれば、出来る限り一回はチャレンジしてみるんですけど、なんとですねっ!今日はじめて!遂に当たりを引けたんですっ!!」
忠臣
「おぉー、すごいね。普通あんなの当たるもんじゃないのに。虚仮の一念岩をも通す、ってところかな」
リサ
「コケ?うーんと、その慣用句はちょっと耳にした事ないです。苔ってあの、岩にびっしり生える緑色の、ですか?」
忠臣
「えーっとね、その苔でも意味は通るらしいんだけど、厳密には確か……そのノートとペン、ちょっと隅っこ借りてもいい?」
リサ
「いいですよ」
忠臣
「虚、仮、って書いてコケって読む、はず。ほら、虚仮にする、とか言わない?」
リサ
「あぁはい、わかります。人を小馬鹿にするってニュアンスですよね。あんまり気持ちのいい言葉じゃないですけど」
忠臣
「ははっ、そうだね。ともかく元々の意味は、周りに虚仮にされるほど荒唐無稽な願いでも、念じ続ければ叶う、ってとこだと思う」
リサ
「なるほど、勉強になりましたっ!」
忠臣
「あはは、日本人なのに言葉知らずだって、リサちゃんに虚仮にされちゃたまらないからね、頑張って見栄張ってみた」
リサ
「ふふっ、そこで見栄だって暴露しちゃうとか。本当に辻堂さんって面白い人ですね♪」
屈託のない笑顔が、さっきよりも少し、近い。
揃ってノートをのぞき込んでいたからか、いつの間にか肩も触れ合っていて、ちょっと気恥ずかしくなる。
リサ
「それはさておき、折角の当たりでしたから、まだ飲んだことのないものを選ぼうと。ついでにお姉様のお土産になれば、と思いまして」
忠臣
「あぁ、確かにハンナは紅茶、好きそう。でもじゃあこれ、俺が貰っちゃって良かったの?」
リサ
「えぇ、お姉様でしたらこのお土産話だけでも充分に喜んで下さいますし。それに、私が最初に買い求めた方は、人様にお勧めするのはちょっと、なので」
忠臣
「ど、どろり濃厚、ドリアンジュース……?そんなもの、自販機で売るなよ……」
リサ
「えぇ、思わず買っちゃった私が言うのもなんですけど、チャレンジャーですよね。流石の辻堂さんでも、こちらを差し出していたら顔が引きつっていたでしょう?」
忠臣
「芸人魂は刺激されるけど、確かに嬉しくはないかなー」
上ノ山あたりなら、喜んで一気飲みして、いいリアクションを見せてくれそうだけど。
そんな失礼なことを思い浮かべつつ、お喋りに疲れた喉を再度潤すと、いつの間にか中身は半分ほどに減ってしまっている。
ゆっくり漕いできたつもりでも、どうやら思いのほか、身体が水分を求めていたらしい。
リサ
「ふぅっ、でもお喋りしてたら、私も喉、乾いちゃいました。辻堂さん辻堂さん、その残り、頂いちゃってもいいですか?」
忠臣
「えっ?そ、そりゃ元々はリサちゃんのものなんだから構わない、けど……」
リサ
「ありがとうございますっ!……んっ、コク、コク……っ……」
忠臣
「っっ!?」
戸惑いつつも手渡すと、お嬢様らしく両手で丁寧に抱えて、けれど躊躇いなく口をつけて。
ドキン、と今までになく大きく、心臓が跳ねる。
間接キス、だけど、気にならない、のか?海外ではこれが普通の文化、だったりする?
胡乱な思考がぐるぐると漂い、視線はどうしても艶やかな唇と、あえかに震える喉にくぎ付けになってしまう。
リサ
「ふぁ……っ、うん、確かに美味しいですね。ちょっとすっきりしすぎてますけど、暑い時期にはピッタリです!」
忠臣
「だ、だよねっ!流石に自販機の紅茶に風味まで求められないしっ!」
リサ
「あれあれ〜、辻堂さんどうしたんですかぁ?目、泳いでますよぉ〜?」
忠臣
「っっ、やっぱり確信犯かぁっ!!だ、大体そういうリサちゃんだってほっぺ赤くなってるぞっ!」
リサ
「そ、それはまぁ、男の人と間接キスとか、お父様以外でははじめて、ですから。ふふふっ♪」
忠臣
「ったく、純真な男子をからかわないでくれって。リサちゃん、今日はいつになく大胆じゃない?」
リサ
「えー、そうですか?私、普段からお姉様みたいに、無理しておしとやかにしようなんてしてるつもりはありませんけど」
小首をかしげながらの、一瞬横切った憂いに息が詰まる。
そうか、この子の目から見ても、ハンナはどこか自分から型に嵌っているように見えているのか。
そしてそれは、どこかきっと、俺がハンナに――――。
リサ
「でも、ふふっ、そうですね、今日の私は、普段以上にチャレンジ精神に満ち溢れているかもしれません。たまにどうしようもなく、そういう時が欲しくなるんです」
忠臣
「そういう、時?」
リサ
「はい、自分の限界を確かめたいとか、自分の世界を広げたいとか。そういうのを、誰にも迷惑をかけずに実行するのは、私には難しい事なので」
忠臣
「あ……」
コンコン、と、脇に立てかけていた杖で地面を叩く。
けど、不思議とそのリズムは軽やかで、決して後ろ向きの感情は伝わってこない。
…………だったら、いいのかな?
忠臣
「……不躾に訊いていいか、って思うけどさ。リサちゃんの足は、治るの?」
リサ
「んー、とっっっっってもリハビリを頑張れば、辛うじて杖なしで歩けるようになるかも、とは言われてます」
忠臣
「そう、なんだ。ちなみにそれって、先天的な?」
リサ
「後天的です。ただ本当に物心つく前に発症したので、少なくとも私、自分の足でスムーズに歩ける感覚は知らないんですよね」
忠臣
「そっ、か。気軽に考えていい事じゃないかもだけど、それってどっちが良かったのかな?」
リサ
「んー、わかりませんねぇ。普通に歩ける喜びを知っていれば、リハビリの目標や励みになるかもですけど、逆に出来る事が出来なくなった、っていう絶望も大きいでしょうから」
続けざまの失礼な質問にも、まるで今晩の献立の好みを答えるかのような気楽な声が返ってくる。
あっけらかんというか、恬淡というか、その「壁」のなさは、本来女子とのコミュニケーションに慣れていない俺にはすごく有難い。
肩肘の力を抜いて付き合える、という意味では上ノ山もそうなんだけど――――。
忠臣
「正直、リサちゃんってそういう、絶望って言葉からはすごく縁遠く見えるなぁ」
リサ
「あー、なんですかそれぇ。さては私を能天気娘だと馬鹿にしてます?」
忠臣
「まさかまさか。その歳で気持ちの折り合いのつけ方が上手って言うか、極端に染まってなくてバランスがいいよね」
リサ
「確かにお姉様よりは、ダイエット用のバランスボールに長く乗っていられますけど」
忠臣
「いやいやそうじゃなくてね、っていうかキミらダイエットなんて意識するの?」
リサ
「女の子は万国共通で、美容とダイエットを気にかけるものです。そもそも私がこうして頑張って出歩くのも、ずっと座ったままじゃ大根足になっちゃうからですもん」
忠臣
「俺は牛蒡よりは大根の方が好きだなー」
リサ
「例えが極端ですよぅ。せめて人参と比べて下さいっ!」
忠臣
「人参かー。そういやウチの妹がちっちゃい頃からニンジンが大っ嫌いでさぁ、言葉に出すだけで機嫌が悪くなるくらいだから、比較の選択肢として出てこなかったわ」
リサ
「あら、辻堂さん、妹さんがいらっしゃるんですね?道理で……」
忠臣
「な、なに?いきなりジト目とか……」
リサ
「いいえぇ、お姉様とご一緒の時はどこか緊張してるのに、私には随分気安いなーと思ってたら、単に妹あしらいが上手なだけだったと」
忠臣
「いやいやいや、そんなつもりで見てないからねっ!」
リサ
「どーですかねぇー、さっきの表情とか見ていても、随分とシスコンの御様子ですし。雰囲気が近しい相手はそういう型に当て嵌めて接する、という癖、ついちゃってません?」
忠臣
「うぐ、た、確かにそれはある、かも……?」
甘えられれば、頼られれば、出来る限り応えたい、とは思う。
けどそれは、リサちゃんが指摘したように、妹寄りの、親愛に近い感情に起因するものなのかもしれない。
だからこそ、こと恋愛まで、となれば、一方的な関係には違和感を覚える。
互いに遠慮なく、けれどきちんと支え合うバランスの取れた関係を、理想を、追い求めてしまうのかもしれない――――。
リサ
「辻堂さん辻堂さん」
忠臣
「え?って、わわっ!?」
リサ
「あっははー、引っ掛かった引っ掛かったぁー。本当にこんな古典的な遊びが上手くいく事、あるもんですねぇ♪」
忠臣
「あ、あのなぁ……」
ついつい思案の海に沈んでしまい、肩を叩かれて、振り向くと頬に柔らかな指が突き刺さって。
確かに、あまりにもお約束過ぎて、苦笑いが知らず漏れ出してくる。
リサ
「あのなぁ、じゃありませんよ。可愛いレディを目の前にして考え事に浸り込むとか、一体どういう了見ですかー」
忠臣
「レディ」
リサ
「な、何か文句でも?」
忠臣
「いやー、本物の淑女なら、こんな子供騙しはやらないだろうなーって」
リサ
「それにまんまと騙された分際で偉そうです。好奇心に負けたのは認めますが」
忠臣
「やっぱりやってみたかっただけなんじゃん!」
リサ
「でもぉー、辻堂さんだって満更じゃなかったでしょう?私としても、こういう何気ない触れ合い程度ならいくらでも出来るんだ、って改めて感じられてラッキーでしたし」
忠臣
「うーん、リサちゃんはマジ、サラッとしてるよね。自虐が自虐に聞こえないっていうか」
リサ
「あはは、昔はもっとウジウジしてましたよ。でも悩んでもどうにもならない事ですし、出来ない事を恨むより、出来る事を探して楽しむ方が気持ちいいじゃないですか」
忠臣
「だから、普通の女の子扱いが嬉しいって?」
リサ
「ですです♪」
忠臣
「でもさ、俺も今更だからぶっちゃけるけど、最初に出会った日、単純にどう扱えばいいかわからなくて困ってたよ」
リサ
「困ったからこそ自然体で、という選択が出来るのがいいんじゃないですか。みんな私みたいな子を前にすると、余計な事考えて、余計な気遣いをしたくなっちゃうようですから」
忠臣
「それ、大半はリサちゃんが可愛いから構いたいだけだと思うぞ」
リサ
「あははっ、もー、辻堂さんてば、こんなちんちくりんを捕まえてお上手ですねぇ」
その笑みの中に、少なくとも俺の浅い人生経験では、無理や苦悩を嗅ぎ取ることは出来なくて。
だから素直に、この子は強いな、と思う。
自分の境遇を正確に認識して、周りに気を配りつつも、自分の望みを自分から捨てるような事はしない。
ある意味で、ずっと俺なんかより大人なんだと、敬意の気持ちが沸き上がり、それは真っ直ぐに心の深いところに根を張っていく――――。
リサ
「と・も・か・くっ、丁度テストが終わって、明日からは週末で学園はお休み。今日くらいは自分のやりたい事、目一杯頑張りたいって思うの、不思議な事じゃないでしょう?」
忠臣
「それは否定しないけど。でもさ、ちょっと冒険し過ぎじゃない?ここから歩いて帰るの、大変でしょ?」
リサ
「え?いえいえそうでもないですよ。えーっと、地図アプリ……ほら、ここって意外と駅前に近いんです」
忠臣
「あ、あれ?そうなの?むしろ繁華街から遠ざかってるつもりだったんだけど……あぁなるほど、この丘の稜線に沿って、緩やかにカーブを描いてるのか。道なりだとなんとなくまっすぐ進んでる気分になるからなぁ」
リサ
「あははっ、そういう勘違いを発見するのも楽しいですよね♪ちなみに辻堂さん、これからお届けする住所って何時にどこです?」
忠臣
「○○町の3丁目かな。時間は……あと30分くらい」
リサ
「なるほどなるほど、つまり駅前の反対側ですね。でしたらこの先を左折していくと近道になりますよ」
忠臣
「確かに、元来た道を辿るよりよっぽど近いね。……だったら……うーん」
リサ
「んぅ?だったら?なんです?」
忠臣
「いや、だったら駅前まで送っていこうか?って思ったんだけど、チャレンジタイムに余計なお世話かな、って」
リサ
「いえいえ全然。むしろ私の家まで送ってください。んふふふー、私、自転車の二人乗りって一度やってみたかったんですよねー」
そのしてやったりの笑みに、上手く誘導されていたと気付く。
でもそれは決して不快なものではなく、むしろそんな形で遠慮なく寄り掛かってくれるのが、殊の外嬉しくて――――。
忠臣
「正に、飛んで火にいる夏の虫だったわけね」
リサ
「はいっ、偶然辻堂さんが通りかかってくれたおかげで、私、今日はいくつもやってみたかったはじめて、体験できちゃってます!」
忠臣
「散々男心を弄んでくれたしね」
リサ
「またまたぁー、実は結構嬉しかったりするんでしょう?」
忠臣
「そのペットボトルをもっかい渡してくれたらもっと嬉しいかなー」
リサ
「ふふー、残念でした。残りはお姉様へのサプライズプレゼントですからあげません♪」
忠臣
「いやいやいや、それはそれでなんかドキドキするんだけどっ!」
リサ
「まぁお姉様はお行儀がよろしいので、ペットボトルの紅茶でもカップに注いで飲まれるんですけどね」
忠臣
「なら良かった……わけあるかいっ!ホントリサちゃんって頭の回転が速いね」
リサ
「あはは、素直に褒められておきます。でわでわ、早速まいりましょー!」
最後まで手玉に取られて悔しい気持ちもあるけれど、弾む足取りのリサちゃんを見ていれば自然と楽しくなる。
手助けしなくて大丈夫かな?とも思ったけど、跨ってスタンバイすれば、思いの外すんなりと横座り。
袖口をキュッと軽くつままれた感覚が、どうにもこそばゆい。
忠臣
「よし、じゃあゆっくり行くよ〜、と言いたいけど、でも俺、リサちゃんの家のちゃんとした場所は知らないぞ?」
リサ
「あら?まだお姉様に連れ込まれてないんですか?」
忠臣
「つ、連れ込まれてって……」
リサ
「ふふっ、冗談です。ちなみに私達の家は2丁目にあるので、丁度通り道になりますよ」
忠臣
「つくづく、出来る限り迷惑にはならない範囲で、って事かぁ」
リサ
「はい、後は辻堂さんの気持ちの問題だけです。こんな面倒な女の子を後ろに乗せていくの、お嫌です?」
忠臣
「ズルい聞き方するなぁ。嫌なわけないじゃん、むしろリサちゃんみたいな美少女と二人乗りなんてご褒美でしかないねっ!」
リサ
「じゃあナビゲーションしますね。この格好だとあまり繁華街で二人乗りは体面がよろしくないですし、すこぅし遠回りになってもいいですよね?」
忠臣
「やっぱ綴葉女子って、その辺うるさい?」
リサ
「仮にもお嬢様校ですから。お姉様はあっという間に馴染んでしまいましたけど、私はもう少しお転婆でありたいですねぇ。というわけで、もすこしスピードアップしません?」
忠臣
「えー、危なくない?」
リサ
「平気ですって。そこは健全な男子なら、じゃあしっかりしがみつけよ!ってリードすべきなのでは?」
忠臣
「やってみたいの?」
リサ
「後学の為に♪」
忠臣
「その台詞、万能魔法と違うからね?まあ俺としちゃ役得だから構わない、けどっ!」
リサ
「わわっ、はやいはやーい!あはははっ、やっぱり車とは、風の感じ方が全然違いますねっ!」
はしゃぎつつも、きちんと宣言した通り、しっかりと両腕が巻き付いてきて、柔らかな身体が背中に押し付けられる。
そうしていると、見た目はやや幼くともちゃんと女の子なんだ、と否応なく伝わってきて、ドキドキが加速していく。
リサ
「ふふっ、心臓、力強いサンバのリズム、ですね」
忠臣
「い、いやぁ〜、所詮ママチャリだから、ねっ!ほらここ、ちょっと上り坂だしっ!」
リサ
「はいはい、そういう事にしといてあげます。でもそれ、私が重い、とも言われているようで釈然としません。私は羽毛のように軽いはずですっ!」
忠臣
「いくらダイエットしてても、それは盛り過ぎじゃない?確かに年の割に、お姉さんと比較しちゃうとまぁ、かもだけど」
リサ
「えぇえぇ、押し付け甲斐のない身体で申し訳ありませーん。きっと発育の悪さも全部病気のせいですね、うんうん」
忠臣
「またあっけらかんと……。開き直ってるなぁ。実のところ大して気にしてないでしょ」
リサ
「気にしない事が、姉孝行になる場合もありますからねっ」
忠臣
「……??」
少し引っ掛かる言い回しに、なんとなく出会った時の光景がフラッシュバックする。
あの時から、そこはかとなく、リサちゃんがハンナに心憎くさりげない気づかいをしているのは勘づいていた。
けれど、そうだと言うのなら、どうして――――。
忠臣
「……なぁ、最初に俺達が出会った時の事、覚えてる?」
リサ
「それは勿論ですっ!あんなお姫様みたいな体験、中々出来るものじゃないですからねっ!勿論その節はご迷惑をおかけして申し訳なかったんですけど」
忠臣
「あぁうん、俺の事は良いんだけどさ。あの時って、今みたいにリハビリがてらに出歩いてたんでしょ?ハンナと一緒に」
リサ
「……?えぇ、そうですけど」
忠臣
「だったらどうして、あの時リサちゃん、一人で横断歩道渡ってたの?ハンナなら危ないところはきっちり付き添いそうだし、ハンカチを濡らしに行くとしても、リサちゃんにはそこから動かないよう言い含めていきそうなものだけど」
リサ
「…………あー…………」
困ったような、けど少し嬉しそうな唸り声。
ほんの少しだけ、しがみつく力が強くなって。
リサ
「質問に質問を返すのは失礼なのは承知してるんですけど、先に一つだけ、訊いてもいいです?」
忠臣
「うん、いいけど」
リサ
「………辻堂さんは、お姉様の事、どう思ってます?」
忠臣
「どっ、どどど、どうって……!?」
リサ
「あははっ、動揺してますねー。一体どういう解釈したんです?あ、そこ曲がると駅前に出ちゃうので、もう一本先の道まで進んでください」
忠臣
「りょ、りょーかい……」
リサ
「ふふふ、ハンドル操作、ミスしないでくださいよ?」
忠臣
「そうさせてるのは誰かなぁっ!ったく、つまりその、人としてのハンナの評価が訊きたいの?」
リサ
「ですです。お姉様には内緒にしておきますから、忌憚のない所をお願いします」
忠臣
「んー、一言で言うなら、外面が良過ぎる?」
リサ
「うわ、のっけから結構厳しいご意見ですねぇ」
忠臣
「いや、悪い意味じゃなくて……えーと、理想の殻に自分を閉じ込めようとし過ぎかなぁ、って。どこか窮屈に見える」
リサ
「そうなんです。お姉様ってば普段から、折角立派なお胸なのに、ずっとサラシで締め付けて隠すような振る舞いなんですよねぇ」
忠臣
「……その例え、俺が言葉に詰まるってわかっててチョイスしたでしょ?」
リサ
「そこはほら、ぞんざいに、『隠すほどないリサちゃんとは違ってね』でいいのでは?」
忠臣
「それ絶対セクハラから示談金コースじゃね?」
リサ
「あはは、バレましたか。あ、ここです、ここを左折してください」
忠臣
「あいよ」
重心を僅かに傾けて曲がると、きちんとリサちゃんもそれに合わせてくる。
自転車の二人乗りははじめて、という割には堂々とした所作で、それだけこの子の観察眼と適応力の高さを感じる。
そうであればこそ、ここまでの話は、遠回りなようで核心に繋がっている筈で――――。
忠臣
「……ハンナは、家族が相手でもそうなの?だからリサちゃんは、少しでもそれをほぐしてあげたい、って思ってるのかな?」
リサ
「っっ!?……中々やりますね、辻堂さん。一本取られました」
忠臣
「あはは、かなりヒントを貰ってやっと、だけどね。これまでずっと翻弄されっぱなしだったし」
リサ
「いいえ、むしろ私がどちらかと言えば逃げ腰で、煙に巻ければそれでもいい、って態度だったのに。それでも辻堂さんは、やっぱりちゃんと自然体で、私の事をわかろうとしてくれてます」
忠臣
「ハンナだってそうだろ?」
リサ
「お姉様は、私の事を全て受け入れてしまうんです。理想の姉でありたい、という想いが強すぎて、その枷から抜けられないんですよ」
その自責を孕むリサちゃんのハンナ評は、不思議なくらいにスッと俺の中に得心をもたらした。
そう、確かにハンナはそういう子だ。
勿論彼女なりの楽しみも沢山持っているけれど、リサちゃんと共に在るときはその優先順位が揺らぐことはない。
突き詰めて言えば、普段から優等生の殻を被っているのも、リサちゃんの姉、としてきちんとしていたいから、という想いが源泉にあるのではないだろうか?
リサ
「不遜かもですけど、私はそういうお姉様を変えてさしあげたいのです。ですが、一度固まってしまった家族の形は、安易に崩せるものでもありません」
忠臣
「……だから、せめてそれが完全に固着しない程度に、我が儘で振り回したり、出来る事が増えたのだと見せてあげて、バランスを取ってあげたい、って?」
リサ
「とはいえ、あの時の挑戦は少し短絡的で考えなしでした。一度青から赤になるまでの時間を見計らって、大丈夫だと判断したんですけど、道路上の吹き抜ける風の強さまで計算に入っていなくて……」
忠臣
「なるほどね。すごく納得がいった」
リサ
「人様になるべく迷惑をかけたくない、と偉そうに言っておいて、危うく大事故を引き起こしそうになるとか、有言不実行にも程があって恥ずかしい限りですけど。結局余計にお姉様を過保護にさせてしまって……」
忠臣
「うん、それはきちんと反省すべきだね。ははっ、けど、リサちゃんほど頭のいい子でもそういう失敗、あるんだね」
リサ
「当たり前ですよぉ。むしろ私なんて、出来ない事が多い世間知らずの頭でっかちなんですから。でも、その短慮のおかげで一つだけいい事はありましたけど」
忠臣
「??いい事って?」
リサ
「んもぅ、鈍いですねぇ。勿論辻堂さんっていう、素敵な殿方に巡り合えたことですよ♪」
忠臣
「っっ、ったく、まーたからかおうとしてるだろっ!」
リサ
「滅相もない、本音も本音ですって。私の赤心、こうすれば伝わりませんか?」
更に一段階強くしがみつかれ、俺の背中にピッタリとリサちゃんの上半身が押し付けられる。
互いの心音が交差する。
それは気恥ずかしくも、どこか温かく、嬉しい響きで――――。
忠臣
「……雪が降るには、まだ早すぎるよ」
リサ
「あぁ、日本はそうなんですよね。けど私の住んでいた街では、早いと9月後半から積雪があったりしますし、勿論世界のどこかには、一年中降っている場所だってありますよ?」
忠臣
「そこまで連れていけって?」
リサ
「愛の逃避行って素敵ですよねー、憧れます♪」
忠臣
「それでまた家族に心配かけてたら本末転倒じゃんか」
リサ
「あちゃー、そうなりますか。ふふっ、残念です」
さほど残念でもなさそうに笑って、拘束が緩む。
それをどうしようもなく寂しい、と感じてしまうのは、果たして単なる男としての性なのだろうか?
リサ
「でも辻堂さんに感謝しているのは本当ですよ。お姉様も辻堂さんと仲良くなって、今までよりは少し視野を広く、自分の事もしっかり楽しめるようになったと思いますし。やっぱり趣味を共有するって素敵な事ですよね」
忠臣
「……確かに、自分のやりたいように、ありのままにふるまっている時のハンナの方が魅力的なのは間違いないね」
リサ
「ふふー、勇気を振り絞ってナンパした甲斐がありましたか?」
忠臣
「うげっっ、リ、リサちゃん気付いてたのっ!?」
リサ
「ぬふふ、私の観察眼を甘く見ないでください。この前こっそりお姉様と辻堂さんがラーメン屋デートをしていた事もわかってるんですよ」
忠臣
「あれは偶然出会っただけだしっ!それに流石にデートでラーメン屋、って……」
リサ
「……うん、ですね。私も口にしてから、あまりに色気がないなと思い直しました」
忠臣
「でも、やっぱり秘密に出来てなかったんだ。ぐれぐれも、って口止めされたけど」
リサ
「あんな格好でコソコソ出かけて、戻ってきたら強烈な匂いを引き連れていて、あれで隠しているつもりなのが可愛らしいですし、ズルいですよねぇ」
忠臣
「あはははは……ひょっとしてリサちゃんも興味あるの、ラーメン屋」
リサ
「それは勿論ですよ!日本人のソウルフードだと聞きますし、あれだけお姉様が嵌っているのですから、さぞ美味に違いありませんっ!」
忠臣
「だったら素直に、連れていって欲しいって……。あ、そうか。それじゃダメなのか……」
リサ
「です。今の私がお姉様の聖域に踏み込んでしまうと、それはもうお姉様の趣味、ではなくなってしまうんです」
忠臣
「儘ならないもんだなぁ……」
リサ
「だ・か・ら、私は辻堂さんに期待、してるんですけどねぇ」
忠臣
「……期待、って?」
リサ
「んもー、わかってるくせに♪勿論辻堂さんとお姉様が両想いの関係になって、お姉様の一番が私でなくなることを、ですよ。そうなれば逆に、今まで言えなかった我が儘も通せますからねー」
忠臣
「いやいやいや、それは飛躍し過ぎだろっ!!」
リサ
「あらあら、お姉様が彼女で、私が義理の妹ではご不満ですか、お兄様♡」
忠臣
「そ、そりゃ俺には勿体なさ過ぎる話ではあるけれどさ、互いの気持ちってものもあるし」
リサ
「お姉様は充分辻堂さんに好意を抱いていると思いますけどねぇ。きっとぐいぐい押していけばコロッと靡きますって」
忠臣
「か、簡単に言ってくれるなぁ……」
リサ
「辻堂さん、お姉様の事、お嫌いですか?」
忠臣
「むしろぐいぐい来られてる!?い、いやそりゃー嫌いじゃない、というか普通に好き、だけど……」
リサ
「だったらいいじゃないですかぁ。もっと強気にアプローチして、美人の彼女と可愛い妹を一緒にゲット、しちゃいましょう!」
忠臣
「…………」
確かにその未来は、素敵な色を放っているかもしれない。
けれど、やはりどこか引っ掛かるのだ。
そのしこりがなんなのか、ぐるぐると模索している内に――――。
リサ
「辻堂さん、次の角を右です。あと2〜3分で我が家に到着ですよ」
忠臣
「あ、そ、そうか。なんかあっという間だったね」
リサ
「そう思っていただけたなら嬉しいです。でも、この後お届け物があるのを忘れてませんか?そろそろ急いだ方がいいのでは?」
忠臣
「いやまあ、そっちはこの時間からなら家にいて受け取れる、って指定だから、必ずしもピッタリに行く必要はないんだけど」
リサ
「おやおや、ひょっとしてまだ話し足りませんか?いいですよー、この際お姉様のある事ない事全て暴露して差し上げましょう♪」
忠臣
「ない事捏造してどうするよ。……でも、そうだね、もうひとつだけ訊いてもいいかい?」
リサ
「えぇ、なんなりと」
忠臣
「どうしてハンナは、そこまで理想の姉である事に拘りを持ってるのかな?それってなにか理由がある?」
リサ
「…………あー…………辻堂さんって、本当に凄いですね」
先程と同様の、驚嘆と困惑と歓喜が綯い交ぜになった嘆息からの賛辞に、やっぱりそこが肝なのだと確信する。
リサ
「でもごめんなさい。なんでも、と言っておいて失礼ですけど、それだけは私の口から言うべきではないと思うんです」
忠臣
「やっぱ、そうなるんだ。うん、確かにここまでリサちゃんに訊くのは卑怯だよね」
リサ
「はい、出来ればそれは、お姉様を真っ直ぐ口説いて、その上で聞き出してあげて欲しいです。そうして、どうかお姉様をもっとお姉様らしく、変えてあげて下さいません、か……?」
語尾が、揺れる。
今の台詞そのものが、真摯な願いである事に、疑いの余地はない。
けれど、それが彼女の本心の全て、だろうか?
そして俺の想いは、何処にあるのだろう?
先程の、雪に例えた迂遠な言葉遊び。
あれがただの諧謔ではないと、自惚れてしまっても、いいのだろうか――――?
忠臣
「…………口説くなら、リサちゃんがいいな」
リサ
「…………え?」
戸惑い。
けれど微かにまた、回された腕に力がこもる。
それを勇気に変えて、言葉を繋ぐ。
忠臣
「今の俺が、一番気になってる女の子は多分、君だよ。いや、多分最初からそうだったのかもしれない」
リサ
「最初から、ですか……?」
忠臣
「うん。恥ずかしながらリサちゃんを助けた時って、彼女が欲しい!って一念発起して、さっき見抜かれていた通り、誰かをナンパしようって思ってウロウロしてたんだよね」
リサ
「で、ですけどあの時、助けた私に恩を着せる事もなく、サッといなくなってしまいましたよね?ですからお眼鏡に適わなかったのかな?と……」
忠臣
「逆だよ。あんまり美少女過ぎて、はじめての経験だから気後れしたんだ」
リサ
「っっ!?」
忠臣
「だけどあの時、リサちゃんを助ける為に一歩を踏み出せたことで、俺の中のなにかが変わった。結果論ではあるけれど、リサちゃんが俺を変えてくれたんだ。そうであればこそ、その後にハンナに声をかける、なんて蛮勇も成し遂げられたわけで」
リサ
「蛮勇……は確かにそうかもしれませんね。お姉様ほどお綺麗な人に粉をかけるのは、余程胆力があるか、それとも能天気か、或いは何らかの事由で気分が高揚していた、か」
忠臣
「ははっ、間違いなく三つ目の理由だね。でもそのおかげでリサちゃんとも再会できて、二人と親しくなれた。その中で、ハンデを感じさせないリサちゃんの明るさと気配りの良さに感心して、こういう子と一緒に支え合っていきたいな、って。その想いは心の奥でずっと色鮮やかに輝いていたんだって、今更に気づいたよ」
リサ
「っっ、そんな、風に、見てくれていた、んですね……」
忠臣
「それに、二人の関係を変えたいと言うなら、リサちゃん自身が変わっても同じことなんじゃないかなって。だったら後は俺自身の気持ちで、俺がより関係を深めたい、って思えたのは、リサちゃんだった」
リサ
「……嬉しい、です。私にそんな事を言ってくれる人、いないんじゃないかって半ば諦めていました、から」
忠臣
「わかってくれていると思うけど、俺はリサちゃんの、足の事も含めてきちんと受け止めて、わかっていってあげたい、って思ってるから」
リサ
「はい、それは全く疑っていません。私も、わざわざそれを理由に遠慮ぶるなんて卑屈な事はしません。ただ……」
忠臣
「え?」
リサ
「……着きました。ここが私達の家です。その、降りるのを手伝ってくださいますか?」
忠臣
「あ、あぁ、勿論っ!」
車体を揺らさないよう、細心の注意を払ってまず自分が降りる。
しっかりスタンドを固定してから、正面に回り込むと、真っ赤に潤んだ瞳が飛び込んでくる。
あぁ、綺麗だな――――心から鷲掴みにされる。
こんなに健気で真っ直ぐな子が、俺の彼女になってくれるだなんて、信じられない想いで。
けれど差し出した手は、しっかりと掴まれ、繋いだままに真正面に降り立ったリサちゃんは、羞恥を色濃く表情に浮かべつつも決して目を逸らさず、俺の言葉をひたむきに受け止めようと、待ち焦がれてくれている――――。
忠臣
「……好きだよ、リサちゃんどうか俺と付き合ってください」
リサ
「はい、お付き合いさせていただきます。私も、前々から慕っておりました」
忠臣
「ははっ、また古風な言い回しだ」
リサ
「日本語って本当に綺麗、ですよね。でもこの方が、想いが深く伝わる気がします、ふふっ♪」
忠臣
「っっ!?」
純真そのものの笑顔。
撃ち抜かれる。
気づいてしまえば、恋情が燃え上がるのはあっという間で。
リサ
「??どうか、しました?」
忠臣
「そ、その、笑顔がとびきりに可愛くてよろめいた。こんな綺麗な子が、俺の彼女になってくれたのか、って、はは、まるで夢でも見てるみたいでさ……」
リサ
「んもう、夢だったら私も困ります。ほら、私はここにいますから、ギュッとしてみて下さいませんか?」
忠臣
「う、うん、こうでいい、かな……」
リサ
「はい♪ふふふっ、こうして正面から抱き着く方が、接地面はそんなに変わりないはずなのに、さっきより全然恥ずかしくて、あったかい、ですね……」
忠臣
「ご、ごめんね、汗臭くない?」
リサ
「いいえ、辻堂さん……ううん、忠臣さんの香り、好きですよ」
忠臣
「リサ、ちゃん……」
リサ
「この期に及んでちゃん付けは不適切ではありませんかぁ?」
忠臣
「リサ……」
リサ
「はい」
忠臣
「リサ、リサ、リサ……」
リサ
「んんっ、連呼されるとくすぐったいです。でも、嬉しい。大好きです、忠臣さん」
忠臣
「あぁ、俺も大好きだよ」
リサ
「ずっとガマン、してたんです。お姉様の想い人なんだから、烏滸がましい真似はしちゃいけないって。でも、いいんですよね?ずっと夢想していたあれやこれや、ひとつずつ試しても、構わないんですよね……?」
忠臣
「うん、俺もリサと出来る事、ひとつひとつ叶えていきたい。互いに支え合って、もっともっと好きになっていきたいよ」
リサ
「でしたら、誓いの口づけをください」
忠臣
「……いいの?」
リサ
「はい。だって互いに最初の頃から、想いそのものは育んできていたのでしょう?だったらきっと、早過ぎる事なんてありません」
僅かに身を引き、顎を上げて、目を閉じる。
桃色の唇が、キュッと閉じて、あえかに震えて。
けれど、それは恐れによるものではないってわかるから。
リサという可憐な女の子の、しなやかな強さが求めてくれるものだと、信じられるから――――。
リサ
「ん、ちゅ、ちゅ…………っ」
はじめてのキスは、微かに紅茶の味がした――――。
「ったく、あのオッサンも相変わらず適当っつーか、人がいいっつーか……」
今日も突発の配達時間変更が舞い込んで、微妙に時間が空いてしまった。
地域密着のフレキシブルなサービスはいいけど、それに振り回される方は難儀ではある。
忠臣
「ま、いっか。とはいえ、いつもみたいに喫茶店……も芸がないよなぁ。折角チャリだし、少しブラブラしてみますかね」
それに、これは色々と考えをまとめる、丁度いい機会かもしれない。
彼女を作りたい!と奮起して幾星霜。
どういう巡り合わせか、俺の日常には随分と美少女成分が増えてくれて、それは嬉しいのだけど。
忠臣
「(……なんだろーなー、自分がこんな贅沢だったとは意外だ……)」
決して彼女達に魅力がないわけじゃない。
むしろ俺には勿体ないくらいの、個性的で素敵な女の子ばかり。
でも不思議と、彼女達との日常を更に発展させていく、そうしたい、という強烈な意欲が触発されないのだ。
忠臣
「つって、こんな風に知らない道を探索して、新たな出会いを求める、なんてのも節操なしみたいでなんだかなぁ、だけど」
独り言ちて、ペダルを踏む足の力を緩める。
もうこの町にも一年半近くお世話になっているけれど、それでもまだまだ知らない顔は沢山ある。
普段決して通らない道に一歩踏み込むだけで、世界の色はガラッと変わって、新鮮な息吹を届けてくれる。
忠臣
「(へぇ、こっちの方はまだ開発が緩やかなのか。夏場のサイクリングコースとしちゃ当たり、だな)」
木蔭に沿って進んでいくと、時折吹き抜ける緑の匂いを孕んだ風が快く肌を撫でていく。
それは、心の隅に巣食った焦燥や屈託をも、一緒くたに綺麗に洗い流してくれる。
密度の濃い日常に塗りつぶされて、いつしか見えなくなってしまっていた初心を浮き立たせるように――――。
忠臣
「……おっ、こんなとこに公園があるのか。ちょうどいいや、一休みしていこう……って、あれ?」
自然そのままのような佇まいの公園を見つけて、自転車を止める場所を探していると、奥のベンチでなにかがさらさらと、揺れる。
それはここ最近、頓に身近になった輝かしい色で、だけど――――。
忠臣
「リサ、ちゃん?」
リサ
「えっ?あれっ、辻堂さんではありませんか。こんなところで奇遇ですねっ♪」
思わず漏れた呟きを耳ざとく拾って、制服姿のリサちゃんがにこやかに手を振ってくれる。
忠臣
「ど、どうしたのこんなところで?もしかして、ハンナと一緒だったりする?」
リサ
「あー、いえ、今日はお姉様はいませんよ」
駆け寄って尋ねると、バツが悪そうにはにかむ。
忠臣
「じゃ、じゃあお母さんがこれから迎えに来るとか?普段学校の行き来は車で、って言ってたよね?」
リサ
「えぇ、そうなんですけど、その、今日はちょっと特別と言うか、我が儘を言って一人にしてもらったと言いますか」
忠臣
「我が儘?」
リサ
「はい。丁度テストも終わって羽を伸ばしたい気分でしたし」
あっけらかんとした物言いに、当座の問題があるわけではないのだとようやく得心する。
ポンポン、と隣に座るよう促されたので、拳二つ分ほどスペースを置いて腰掛ける。
リサ
「辻堂さんこそ、どうしてこんなところに?あの自転車、アルバイト先の、ですよね?」
忠臣
「目聡いね。そう、配達の途中だったんだけどさ、ひとつだけ指定時間をずらしてくれって頼まれて、油を売ってるとこ」
リサ
「あはは、そうなんですね。あっ、そうだ、良かったらこれ、飲みます?」
忠臣
「紅茶?え、えーと、確かに喉、乾いてるけど……いいの?まだ空いてないやつなのに」
リサ
「ふっふー、それがですね、聞いてくださいよ辻堂さんっ!」
逡巡していると、リサちゃんは遠慮するな、と言わんばかりに俺の手にペットボトルを押し付けつつ、声のトーンを跳ね上げる。
リサ
「私がベンダーが好きだ、ってのは以前にお話、しましたっけ?」
忠臣
「直接は聞いてないけど、確か二人と最初に会った時、ハンナが教えてくれたよ」
リサ
「でしたら話は早いですね。なので私、時間と気持ちと体力に余裕がある時は、まだ見ぬベンダーを求めて流離人になるのです!」
忠臣
「さ、さすらいびとって、時代がかった言い回しを知ってるんだね。地味にリサちゃん、ハンナの影響受けてる?」
リサ
「それはもう、お姉様の好きなものは私も好きになりたいじゃないですか!あそこまで熱狂的にはなれませんけど、昔の日本語って、すごく響きの美しいものが多くて気に入ってます」
忠臣
「わかる……と言いたいけど、そこまで真面目に考えた事ないかなぁ。変に横文字乱発されるよりは親しみやすい気はするけど」
リサ
「もーっ、そんなのげに勿体なし!ですよ!」
わざとらしい膨れっ面で、軽く上目遣いに睨まれ、小さく胸が跳ねる。
思わず、ずっと押し当てられたままだったペットボトルを掴んで、ひとくち。
忠臣
「……あ、美味しい。このメーカーの飲んだ事なかったけど、思った以上にスッキリした後味だね」
リサ
「へぇぇ、そうなんですね。本当に日本のベンダー、というか清涼飲料は奥が深いです。メモメモっと……」
忠臣
「……ベンダーは、ベンダーなの?自動販売機じゃなくて?」
リサ
「だって、自動販売機って名称は洗練されてないですから。ベンダーの方が響きがカッコいいです」
忠臣
「あはは、結構融通が効くんだ」
リサ
「ケースバイケースです♪」
今度は悪戯気に、チロッと舌を見せての微笑み。
表情豊かで、明るく賑やかで、けれど決して騒がしくない絶妙のバランスは、紅茶以上に心を涼やかにしてくれる。
忠臣
「というか、そうなんだ、って事は、リサちゃんもこれ、飲んだ事なかったの?」
リサ
「はい、ありません。そもそもその話をしようとしてたのに、うっかり脱線、しちゃってましたね」
忠臣
「ええと、流離人になって云々のところから?」
リサ
「です。その探索行で、見た事のない当たり付きのベンダーがあれば、出来る限り一回はチャレンジしてみるんですけど、なんとですねっ!今日はじめて!遂に当たりを引けたんですっ!!」
忠臣
「おぉー、すごいね。普通あんなの当たるもんじゃないのに。虚仮の一念岩をも通す、ってところかな」
リサ
「コケ?うーんと、その慣用句はちょっと耳にした事ないです。苔ってあの、岩にびっしり生える緑色の、ですか?」
忠臣
「えーっとね、その苔でも意味は通るらしいんだけど、厳密には確か……そのノートとペン、ちょっと隅っこ借りてもいい?」
リサ
「いいですよ」
忠臣
「虚、仮、って書いてコケって読む、はず。ほら、虚仮にする、とか言わない?」
リサ
「あぁはい、わかります。人を小馬鹿にするってニュアンスですよね。あんまり気持ちのいい言葉じゃないですけど」
忠臣
「ははっ、そうだね。ともかく元々の意味は、周りに虚仮にされるほど荒唐無稽な願いでも、念じ続ければ叶う、ってとこだと思う」
リサ
「なるほど、勉強になりましたっ!」
忠臣
「あはは、日本人なのに言葉知らずだって、リサちゃんに虚仮にされちゃたまらないからね、頑張って見栄張ってみた」
リサ
「ふふっ、そこで見栄だって暴露しちゃうとか。本当に辻堂さんって面白い人ですね♪」
屈託のない笑顔が、さっきよりも少し、近い。
揃ってノートをのぞき込んでいたからか、いつの間にか肩も触れ合っていて、ちょっと気恥ずかしくなる。
リサ
「それはさておき、折角の当たりでしたから、まだ飲んだことのないものを選ぼうと。ついでにお姉様のお土産になれば、と思いまして」
忠臣
「あぁ、確かにハンナは紅茶、好きそう。でもじゃあこれ、俺が貰っちゃって良かったの?」
リサ
「えぇ、お姉様でしたらこのお土産話だけでも充分に喜んで下さいますし。それに、私が最初に買い求めた方は、人様にお勧めするのはちょっと、なので」
忠臣
「ど、どろり濃厚、ドリアンジュース……?そんなもの、自販機で売るなよ……」
リサ
「えぇ、思わず買っちゃった私が言うのもなんですけど、チャレンジャーですよね。流石の辻堂さんでも、こちらを差し出していたら顔が引きつっていたでしょう?」
忠臣
「芸人魂は刺激されるけど、確かに嬉しくはないかなー」
上ノ山あたりなら、喜んで一気飲みして、いいリアクションを見せてくれそうだけど。
そんな失礼なことを思い浮かべつつ、お喋りに疲れた喉を再度潤すと、いつの間にか中身は半分ほどに減ってしまっている。
ゆっくり漕いできたつもりでも、どうやら思いのほか、身体が水分を求めていたらしい。
リサ
「ふぅっ、でもお喋りしてたら、私も喉、乾いちゃいました。辻堂さん辻堂さん、その残り、頂いちゃってもいいですか?」
忠臣
「えっ?そ、そりゃ元々はリサちゃんのものなんだから構わない、けど……」
リサ
「ありがとうございますっ!……んっ、コク、コク……っ……」
忠臣
「っっ!?」
戸惑いつつも手渡すと、お嬢様らしく両手で丁寧に抱えて、けれど躊躇いなく口をつけて。
ドキン、と今までになく大きく、心臓が跳ねる。
間接キス、だけど、気にならない、のか?海外ではこれが普通の文化、だったりする?
胡乱な思考がぐるぐると漂い、視線はどうしても艶やかな唇と、あえかに震える喉にくぎ付けになってしまう。
リサ
「ふぁ……っ、うん、確かに美味しいですね。ちょっとすっきりしすぎてますけど、暑い時期にはピッタリです!」
忠臣
「だ、だよねっ!流石に自販機の紅茶に風味まで求められないしっ!」
リサ
「あれあれ〜、辻堂さんどうしたんですかぁ?目、泳いでますよぉ〜?」
忠臣
「っっ、やっぱり確信犯かぁっ!!だ、大体そういうリサちゃんだってほっぺ赤くなってるぞっ!」
リサ
「そ、それはまぁ、男の人と間接キスとか、お父様以外でははじめて、ですから。ふふふっ♪」
忠臣
「ったく、純真な男子をからかわないでくれって。リサちゃん、今日はいつになく大胆じゃない?」
リサ
「えー、そうですか?私、普段からお姉様みたいに、無理しておしとやかにしようなんてしてるつもりはありませんけど」
小首をかしげながらの、一瞬横切った憂いに息が詰まる。
そうか、この子の目から見ても、ハンナはどこか自分から型に嵌っているように見えているのか。
そしてそれは、どこかきっと、俺がハンナに――――。
リサ
「でも、ふふっ、そうですね、今日の私は、普段以上にチャレンジ精神に満ち溢れているかもしれません。たまにどうしようもなく、そういう時が欲しくなるんです」
忠臣
「そういう、時?」
リサ
「はい、自分の限界を確かめたいとか、自分の世界を広げたいとか。そういうのを、誰にも迷惑をかけずに実行するのは、私には難しい事なので」
忠臣
「あ……」
コンコン、と、脇に立てかけていた杖で地面を叩く。
けど、不思議とそのリズムは軽やかで、決して後ろ向きの感情は伝わってこない。
…………だったら、いいのかな?
忠臣
「……不躾に訊いていいか、って思うけどさ。リサちゃんの足は、治るの?」
リサ
「んー、とっっっっってもリハビリを頑張れば、辛うじて杖なしで歩けるようになるかも、とは言われてます」
忠臣
「そう、なんだ。ちなみにそれって、先天的な?」
リサ
「後天的です。ただ本当に物心つく前に発症したので、少なくとも私、自分の足でスムーズに歩ける感覚は知らないんですよね」
忠臣
「そっ、か。気軽に考えていい事じゃないかもだけど、それってどっちが良かったのかな?」
リサ
「んー、わかりませんねぇ。普通に歩ける喜びを知っていれば、リハビリの目標や励みになるかもですけど、逆に出来る事が出来なくなった、っていう絶望も大きいでしょうから」
続けざまの失礼な質問にも、まるで今晩の献立の好みを答えるかのような気楽な声が返ってくる。
あっけらかんというか、恬淡というか、その「壁」のなさは、本来女子とのコミュニケーションに慣れていない俺にはすごく有難い。
肩肘の力を抜いて付き合える、という意味では上ノ山もそうなんだけど――――。
忠臣
「正直、リサちゃんってそういう、絶望って言葉からはすごく縁遠く見えるなぁ」
リサ
「あー、なんですかそれぇ。さては私を能天気娘だと馬鹿にしてます?」
忠臣
「まさかまさか。その歳で気持ちの折り合いのつけ方が上手って言うか、極端に染まってなくてバランスがいいよね」
リサ
「確かにお姉様よりは、ダイエット用のバランスボールに長く乗っていられますけど」
忠臣
「いやいやそうじゃなくてね、っていうかキミらダイエットなんて意識するの?」
リサ
「女の子は万国共通で、美容とダイエットを気にかけるものです。そもそも私がこうして頑張って出歩くのも、ずっと座ったままじゃ大根足になっちゃうからですもん」
忠臣
「俺は牛蒡よりは大根の方が好きだなー」
リサ
「例えが極端ですよぅ。せめて人参と比べて下さいっ!」
忠臣
「人参かー。そういやウチの妹がちっちゃい頃からニンジンが大っ嫌いでさぁ、言葉に出すだけで機嫌が悪くなるくらいだから、比較の選択肢として出てこなかったわ」
リサ
「あら、辻堂さん、妹さんがいらっしゃるんですね?道理で……」
忠臣
「な、なに?いきなりジト目とか……」
リサ
「いいえぇ、お姉様とご一緒の時はどこか緊張してるのに、私には随分気安いなーと思ってたら、単に妹あしらいが上手なだけだったと」
忠臣
「いやいやいや、そんなつもりで見てないからねっ!」
リサ
「どーですかねぇー、さっきの表情とか見ていても、随分とシスコンの御様子ですし。雰囲気が近しい相手はそういう型に当て嵌めて接する、という癖、ついちゃってません?」
忠臣
「うぐ、た、確かにそれはある、かも……?」
甘えられれば、頼られれば、出来る限り応えたい、とは思う。
けどそれは、リサちゃんが指摘したように、妹寄りの、親愛に近い感情に起因するものなのかもしれない。
だからこそ、こと恋愛まで、となれば、一方的な関係には違和感を覚える。
互いに遠慮なく、けれどきちんと支え合うバランスの取れた関係を、理想を、追い求めてしまうのかもしれない――――。
リサ
「辻堂さん辻堂さん」
忠臣
「え?って、わわっ!?」
リサ
「あっははー、引っ掛かった引っ掛かったぁー。本当にこんな古典的な遊びが上手くいく事、あるもんですねぇ♪」
忠臣
「あ、あのなぁ……」
ついつい思案の海に沈んでしまい、肩を叩かれて、振り向くと頬に柔らかな指が突き刺さって。
確かに、あまりにもお約束過ぎて、苦笑いが知らず漏れ出してくる。
リサ
「あのなぁ、じゃありませんよ。可愛いレディを目の前にして考え事に浸り込むとか、一体どういう了見ですかー」
忠臣
「レディ」
リサ
「な、何か文句でも?」
忠臣
「いやー、本物の淑女なら、こんな子供騙しはやらないだろうなーって」
リサ
「それにまんまと騙された分際で偉そうです。好奇心に負けたのは認めますが」
忠臣
「やっぱりやってみたかっただけなんじゃん!」
リサ
「でもぉー、辻堂さんだって満更じゃなかったでしょう?私としても、こういう何気ない触れ合い程度ならいくらでも出来るんだ、って改めて感じられてラッキーでしたし」
忠臣
「うーん、リサちゃんはマジ、サラッとしてるよね。自虐が自虐に聞こえないっていうか」
リサ
「あはは、昔はもっとウジウジしてましたよ。でも悩んでもどうにもならない事ですし、出来ない事を恨むより、出来る事を探して楽しむ方が気持ちいいじゃないですか」
忠臣
「だから、普通の女の子扱いが嬉しいって?」
リサ
「ですです♪」
忠臣
「でもさ、俺も今更だからぶっちゃけるけど、最初に出会った日、単純にどう扱えばいいかわからなくて困ってたよ」
リサ
「困ったからこそ自然体で、という選択が出来るのがいいんじゃないですか。みんな私みたいな子を前にすると、余計な事考えて、余計な気遣いをしたくなっちゃうようですから」
忠臣
「それ、大半はリサちゃんが可愛いから構いたいだけだと思うぞ」
リサ
「あははっ、もー、辻堂さんてば、こんなちんちくりんを捕まえてお上手ですねぇ」
その笑みの中に、少なくとも俺の浅い人生経験では、無理や苦悩を嗅ぎ取ることは出来なくて。
だから素直に、この子は強いな、と思う。
自分の境遇を正確に認識して、周りに気を配りつつも、自分の望みを自分から捨てるような事はしない。
ある意味で、ずっと俺なんかより大人なんだと、敬意の気持ちが沸き上がり、それは真っ直ぐに心の深いところに根を張っていく――――。
リサ
「と・も・か・くっ、丁度テストが終わって、明日からは週末で学園はお休み。今日くらいは自分のやりたい事、目一杯頑張りたいって思うの、不思議な事じゃないでしょう?」
忠臣
「それは否定しないけど。でもさ、ちょっと冒険し過ぎじゃない?ここから歩いて帰るの、大変でしょ?」
リサ
「え?いえいえそうでもないですよ。えーっと、地図アプリ……ほら、ここって意外と駅前に近いんです」
忠臣
「あ、あれ?そうなの?むしろ繁華街から遠ざかってるつもりだったんだけど……あぁなるほど、この丘の稜線に沿って、緩やかにカーブを描いてるのか。道なりだとなんとなくまっすぐ進んでる気分になるからなぁ」
リサ
「あははっ、そういう勘違いを発見するのも楽しいですよね♪ちなみに辻堂さん、これからお届けする住所って何時にどこです?」
忠臣
「○○町の3丁目かな。時間は……あと30分くらい」
リサ
「なるほどなるほど、つまり駅前の反対側ですね。でしたらこの先を左折していくと近道になりますよ」
忠臣
「確かに、元来た道を辿るよりよっぽど近いね。……だったら……うーん」
リサ
「んぅ?だったら?なんです?」
忠臣
「いや、だったら駅前まで送っていこうか?って思ったんだけど、チャレンジタイムに余計なお世話かな、って」
リサ
「いえいえ全然。むしろ私の家まで送ってください。んふふふー、私、自転車の二人乗りって一度やってみたかったんですよねー」
そのしてやったりの笑みに、上手く誘導されていたと気付く。
でもそれは決して不快なものではなく、むしろそんな形で遠慮なく寄り掛かってくれるのが、殊の外嬉しくて――――。
忠臣
「正に、飛んで火にいる夏の虫だったわけね」
リサ
「はいっ、偶然辻堂さんが通りかかってくれたおかげで、私、今日はいくつもやってみたかったはじめて、体験できちゃってます!」
忠臣
「散々男心を弄んでくれたしね」
リサ
「またまたぁー、実は結構嬉しかったりするんでしょう?」
忠臣
「そのペットボトルをもっかい渡してくれたらもっと嬉しいかなー」
リサ
「ふふー、残念でした。残りはお姉様へのサプライズプレゼントですからあげません♪」
忠臣
「いやいやいや、それはそれでなんかドキドキするんだけどっ!」
リサ
「まぁお姉様はお行儀がよろしいので、ペットボトルの紅茶でもカップに注いで飲まれるんですけどね」
忠臣
「なら良かった……わけあるかいっ!ホントリサちゃんって頭の回転が速いね」
リサ
「あはは、素直に褒められておきます。でわでわ、早速まいりましょー!」
最後まで手玉に取られて悔しい気持ちもあるけれど、弾む足取りのリサちゃんを見ていれば自然と楽しくなる。
手助けしなくて大丈夫かな?とも思ったけど、跨ってスタンバイすれば、思いの外すんなりと横座り。
袖口をキュッと軽くつままれた感覚が、どうにもこそばゆい。
忠臣
「よし、じゃあゆっくり行くよ〜、と言いたいけど、でも俺、リサちゃんの家のちゃんとした場所は知らないぞ?」
リサ
「あら?まだお姉様に連れ込まれてないんですか?」
忠臣
「つ、連れ込まれてって……」
リサ
「ふふっ、冗談です。ちなみに私達の家は2丁目にあるので、丁度通り道になりますよ」
忠臣
「つくづく、出来る限り迷惑にはならない範囲で、って事かぁ」
リサ
「はい、後は辻堂さんの気持ちの問題だけです。こんな面倒な女の子を後ろに乗せていくの、お嫌です?」
忠臣
「ズルい聞き方するなぁ。嫌なわけないじゃん、むしろリサちゃんみたいな美少女と二人乗りなんてご褒美でしかないねっ!」
リサ
「じゃあナビゲーションしますね。この格好だとあまり繁華街で二人乗りは体面がよろしくないですし、すこぅし遠回りになってもいいですよね?」
忠臣
「やっぱ綴葉女子って、その辺うるさい?」
リサ
「仮にもお嬢様校ですから。お姉様はあっという間に馴染んでしまいましたけど、私はもう少しお転婆でありたいですねぇ。というわけで、もすこしスピードアップしません?」
忠臣
「えー、危なくない?」
リサ
「平気ですって。そこは健全な男子なら、じゃあしっかりしがみつけよ!ってリードすべきなのでは?」
忠臣
「やってみたいの?」
リサ
「後学の為に♪」
忠臣
「その台詞、万能魔法と違うからね?まあ俺としちゃ役得だから構わない、けどっ!」
リサ
「わわっ、はやいはやーい!あはははっ、やっぱり車とは、風の感じ方が全然違いますねっ!」
はしゃぎつつも、きちんと宣言した通り、しっかりと両腕が巻き付いてきて、柔らかな身体が背中に押し付けられる。
そうしていると、見た目はやや幼くともちゃんと女の子なんだ、と否応なく伝わってきて、ドキドキが加速していく。
リサ
「ふふっ、心臓、力強いサンバのリズム、ですね」
忠臣
「い、いやぁ〜、所詮ママチャリだから、ねっ!ほらここ、ちょっと上り坂だしっ!」
リサ
「はいはい、そういう事にしといてあげます。でもそれ、私が重い、とも言われているようで釈然としません。私は羽毛のように軽いはずですっ!」
忠臣
「いくらダイエットしてても、それは盛り過ぎじゃない?確かに年の割に、お姉さんと比較しちゃうとまぁ、かもだけど」
リサ
「えぇえぇ、押し付け甲斐のない身体で申し訳ありませーん。きっと発育の悪さも全部病気のせいですね、うんうん」
忠臣
「またあっけらかんと……。開き直ってるなぁ。実のところ大して気にしてないでしょ」
リサ
「気にしない事が、姉孝行になる場合もありますからねっ」
忠臣
「……??」
少し引っ掛かる言い回しに、なんとなく出会った時の光景がフラッシュバックする。
あの時から、そこはかとなく、リサちゃんがハンナに心憎くさりげない気づかいをしているのは勘づいていた。
けれど、そうだと言うのなら、どうして――――。
忠臣
「……なぁ、最初に俺達が出会った時の事、覚えてる?」
リサ
「それは勿論ですっ!あんなお姫様みたいな体験、中々出来るものじゃないですからねっ!勿論その節はご迷惑をおかけして申し訳なかったんですけど」
忠臣
「あぁうん、俺の事は良いんだけどさ。あの時って、今みたいにリハビリがてらに出歩いてたんでしょ?ハンナと一緒に」
リサ
「……?えぇ、そうですけど」
忠臣
「だったらどうして、あの時リサちゃん、一人で横断歩道渡ってたの?ハンナなら危ないところはきっちり付き添いそうだし、ハンカチを濡らしに行くとしても、リサちゃんにはそこから動かないよう言い含めていきそうなものだけど」
リサ
「…………あー…………」
困ったような、けど少し嬉しそうな唸り声。
ほんの少しだけ、しがみつく力が強くなって。
リサ
「質問に質問を返すのは失礼なのは承知してるんですけど、先に一つだけ、訊いてもいいです?」
忠臣
「うん、いいけど」
リサ
「………辻堂さんは、お姉様の事、どう思ってます?」
忠臣
「どっ、どどど、どうって……!?」
リサ
「あははっ、動揺してますねー。一体どういう解釈したんです?あ、そこ曲がると駅前に出ちゃうので、もう一本先の道まで進んでください」
忠臣
「りょ、りょーかい……」
リサ
「ふふふ、ハンドル操作、ミスしないでくださいよ?」
忠臣
「そうさせてるのは誰かなぁっ!ったく、つまりその、人としてのハンナの評価が訊きたいの?」
リサ
「ですです。お姉様には内緒にしておきますから、忌憚のない所をお願いします」
忠臣
「んー、一言で言うなら、外面が良過ぎる?」
リサ
「うわ、のっけから結構厳しいご意見ですねぇ」
忠臣
「いや、悪い意味じゃなくて……えーと、理想の殻に自分を閉じ込めようとし過ぎかなぁ、って。どこか窮屈に見える」
リサ
「そうなんです。お姉様ってば普段から、折角立派なお胸なのに、ずっとサラシで締め付けて隠すような振る舞いなんですよねぇ」
忠臣
「……その例え、俺が言葉に詰まるってわかっててチョイスしたでしょ?」
リサ
「そこはほら、ぞんざいに、『隠すほどないリサちゃんとは違ってね』でいいのでは?」
忠臣
「それ絶対セクハラから示談金コースじゃね?」
リサ
「あはは、バレましたか。あ、ここです、ここを左折してください」
忠臣
「あいよ」
重心を僅かに傾けて曲がると、きちんとリサちゃんもそれに合わせてくる。
自転車の二人乗りははじめて、という割には堂々とした所作で、それだけこの子の観察眼と適応力の高さを感じる。
そうであればこそ、ここまでの話は、遠回りなようで核心に繋がっている筈で――――。
忠臣
「……ハンナは、家族が相手でもそうなの?だからリサちゃんは、少しでもそれをほぐしてあげたい、って思ってるのかな?」
リサ
「っっ!?……中々やりますね、辻堂さん。一本取られました」
忠臣
「あはは、かなりヒントを貰ってやっと、だけどね。これまでずっと翻弄されっぱなしだったし」
リサ
「いいえ、むしろ私がどちらかと言えば逃げ腰で、煙に巻ければそれでもいい、って態度だったのに。それでも辻堂さんは、やっぱりちゃんと自然体で、私の事をわかろうとしてくれてます」
忠臣
「ハンナだってそうだろ?」
リサ
「お姉様は、私の事を全て受け入れてしまうんです。理想の姉でありたい、という想いが強すぎて、その枷から抜けられないんですよ」
その自責を孕むリサちゃんのハンナ評は、不思議なくらいにスッと俺の中に得心をもたらした。
そう、確かにハンナはそういう子だ。
勿論彼女なりの楽しみも沢山持っているけれど、リサちゃんと共に在るときはその優先順位が揺らぐことはない。
突き詰めて言えば、普段から優等生の殻を被っているのも、リサちゃんの姉、としてきちんとしていたいから、という想いが源泉にあるのではないだろうか?
リサ
「不遜かもですけど、私はそういうお姉様を変えてさしあげたいのです。ですが、一度固まってしまった家族の形は、安易に崩せるものでもありません」
忠臣
「……だから、せめてそれが完全に固着しない程度に、我が儘で振り回したり、出来る事が増えたのだと見せてあげて、バランスを取ってあげたい、って?」
リサ
「とはいえ、あの時の挑戦は少し短絡的で考えなしでした。一度青から赤になるまでの時間を見計らって、大丈夫だと判断したんですけど、道路上の吹き抜ける風の強さまで計算に入っていなくて……」
忠臣
「なるほどね。すごく納得がいった」
リサ
「人様になるべく迷惑をかけたくない、と偉そうに言っておいて、危うく大事故を引き起こしそうになるとか、有言不実行にも程があって恥ずかしい限りですけど。結局余計にお姉様を過保護にさせてしまって……」
忠臣
「うん、それはきちんと反省すべきだね。ははっ、けど、リサちゃんほど頭のいい子でもそういう失敗、あるんだね」
リサ
「当たり前ですよぉ。むしろ私なんて、出来ない事が多い世間知らずの頭でっかちなんですから。でも、その短慮のおかげで一つだけいい事はありましたけど」
忠臣
「??いい事って?」
リサ
「んもぅ、鈍いですねぇ。勿論辻堂さんっていう、素敵な殿方に巡り合えたことですよ♪」
忠臣
「っっ、ったく、まーたからかおうとしてるだろっ!」
リサ
「滅相もない、本音も本音ですって。私の赤心、こうすれば伝わりませんか?」
更に一段階強くしがみつかれ、俺の背中にピッタリとリサちゃんの上半身が押し付けられる。
互いの心音が交差する。
それは気恥ずかしくも、どこか温かく、嬉しい響きで――――。
忠臣
「……雪が降るには、まだ早すぎるよ」
リサ
「あぁ、日本はそうなんですよね。けど私の住んでいた街では、早いと9月後半から積雪があったりしますし、勿論世界のどこかには、一年中降っている場所だってありますよ?」
忠臣
「そこまで連れていけって?」
リサ
「愛の逃避行って素敵ですよねー、憧れます♪」
忠臣
「それでまた家族に心配かけてたら本末転倒じゃんか」
リサ
「あちゃー、そうなりますか。ふふっ、残念です」
さほど残念でもなさそうに笑って、拘束が緩む。
それをどうしようもなく寂しい、と感じてしまうのは、果たして単なる男としての性なのだろうか?
リサ
「でも辻堂さんに感謝しているのは本当ですよ。お姉様も辻堂さんと仲良くなって、今までよりは少し視野を広く、自分の事もしっかり楽しめるようになったと思いますし。やっぱり趣味を共有するって素敵な事ですよね」
忠臣
「……確かに、自分のやりたいように、ありのままにふるまっている時のハンナの方が魅力的なのは間違いないね」
リサ
「ふふー、勇気を振り絞ってナンパした甲斐がありましたか?」
忠臣
「うげっっ、リ、リサちゃん気付いてたのっ!?」
リサ
「ぬふふ、私の観察眼を甘く見ないでください。この前こっそりお姉様と辻堂さんがラーメン屋デートをしていた事もわかってるんですよ」
忠臣
「あれは偶然出会っただけだしっ!それに流石にデートでラーメン屋、って……」
リサ
「……うん、ですね。私も口にしてから、あまりに色気がないなと思い直しました」
忠臣
「でも、やっぱり秘密に出来てなかったんだ。ぐれぐれも、って口止めされたけど」
リサ
「あんな格好でコソコソ出かけて、戻ってきたら強烈な匂いを引き連れていて、あれで隠しているつもりなのが可愛らしいですし、ズルいですよねぇ」
忠臣
「あはははは……ひょっとしてリサちゃんも興味あるの、ラーメン屋」
リサ
「それは勿論ですよ!日本人のソウルフードだと聞きますし、あれだけお姉様が嵌っているのですから、さぞ美味に違いありませんっ!」
忠臣
「だったら素直に、連れていって欲しいって……。あ、そうか。それじゃダメなのか……」
リサ
「です。今の私がお姉様の聖域に踏み込んでしまうと、それはもうお姉様の趣味、ではなくなってしまうんです」
忠臣
「儘ならないもんだなぁ……」
リサ
「だ・か・ら、私は辻堂さんに期待、してるんですけどねぇ」
忠臣
「……期待、って?」
リサ
「んもー、わかってるくせに♪勿論辻堂さんとお姉様が両想いの関係になって、お姉様の一番が私でなくなることを、ですよ。そうなれば逆に、今まで言えなかった我が儘も通せますからねー」
忠臣
「いやいやいや、それは飛躍し過ぎだろっ!!」
リサ
「あらあら、お姉様が彼女で、私が義理の妹ではご不満ですか、お兄様♡」
忠臣
「そ、そりゃ俺には勿体なさ過ぎる話ではあるけれどさ、互いの気持ちってものもあるし」
リサ
「お姉様は充分辻堂さんに好意を抱いていると思いますけどねぇ。きっとぐいぐい押していけばコロッと靡きますって」
忠臣
「か、簡単に言ってくれるなぁ……」
リサ
「辻堂さん、お姉様の事、お嫌いですか?」
忠臣
「むしろぐいぐい来られてる!?い、いやそりゃー嫌いじゃない、というか普通に好き、だけど……」
リサ
「だったらいいじゃないですかぁ。もっと強気にアプローチして、美人の彼女と可愛い妹を一緒にゲット、しちゃいましょう!」
忠臣
「…………」
確かにその未来は、素敵な色を放っているかもしれない。
けれど、やはりどこか引っ掛かるのだ。
そのしこりがなんなのか、ぐるぐると模索している内に――――。
リサ
「辻堂さん、次の角を右です。あと2〜3分で我が家に到着ですよ」
忠臣
「あ、そ、そうか。なんかあっという間だったね」
リサ
「そう思っていただけたなら嬉しいです。でも、この後お届け物があるのを忘れてませんか?そろそろ急いだ方がいいのでは?」
忠臣
「いやまあ、そっちはこの時間からなら家にいて受け取れる、って指定だから、必ずしもピッタリに行く必要はないんだけど」
リサ
「おやおや、ひょっとしてまだ話し足りませんか?いいですよー、この際お姉様のある事ない事全て暴露して差し上げましょう♪」
忠臣
「ない事捏造してどうするよ。……でも、そうだね、もうひとつだけ訊いてもいいかい?」
リサ
「えぇ、なんなりと」
忠臣
「どうしてハンナは、そこまで理想の姉である事に拘りを持ってるのかな?それってなにか理由がある?」
リサ
「…………あー…………辻堂さんって、本当に凄いですね」
先程と同様の、驚嘆と困惑と歓喜が綯い交ぜになった嘆息からの賛辞に、やっぱりそこが肝なのだと確信する。
リサ
「でもごめんなさい。なんでも、と言っておいて失礼ですけど、それだけは私の口から言うべきではないと思うんです」
忠臣
「やっぱ、そうなるんだ。うん、確かにここまでリサちゃんに訊くのは卑怯だよね」
リサ
「はい、出来ればそれは、お姉様を真っ直ぐ口説いて、その上で聞き出してあげて欲しいです。そうして、どうかお姉様をもっとお姉様らしく、変えてあげて下さいません、か……?」
語尾が、揺れる。
今の台詞そのものが、真摯な願いである事に、疑いの余地はない。
けれど、それが彼女の本心の全て、だろうか?
そして俺の想いは、何処にあるのだろう?
先程の、雪に例えた迂遠な言葉遊び。
あれがただの諧謔ではないと、自惚れてしまっても、いいのだろうか――――?
忠臣
「…………口説くなら、リサちゃんがいいな」
リサ
「…………え?」
戸惑い。
けれど微かにまた、回された腕に力がこもる。
それを勇気に変えて、言葉を繋ぐ。
忠臣
「今の俺が、一番気になってる女の子は多分、君だよ。いや、多分最初からそうだったのかもしれない」
リサ
「最初から、ですか……?」
忠臣
「うん。恥ずかしながらリサちゃんを助けた時って、彼女が欲しい!って一念発起して、さっき見抜かれていた通り、誰かをナンパしようって思ってウロウロしてたんだよね」
リサ
「で、ですけどあの時、助けた私に恩を着せる事もなく、サッといなくなってしまいましたよね?ですからお眼鏡に適わなかったのかな?と……」
忠臣
「逆だよ。あんまり美少女過ぎて、はじめての経験だから気後れしたんだ」
リサ
「っっ!?」
忠臣
「だけどあの時、リサちゃんを助ける為に一歩を踏み出せたことで、俺の中のなにかが変わった。結果論ではあるけれど、リサちゃんが俺を変えてくれたんだ。そうであればこそ、その後にハンナに声をかける、なんて蛮勇も成し遂げられたわけで」
リサ
「蛮勇……は確かにそうかもしれませんね。お姉様ほどお綺麗な人に粉をかけるのは、余程胆力があるか、それとも能天気か、或いは何らかの事由で気分が高揚していた、か」
忠臣
「ははっ、間違いなく三つ目の理由だね。でもそのおかげでリサちゃんとも再会できて、二人と親しくなれた。その中で、ハンデを感じさせないリサちゃんの明るさと気配りの良さに感心して、こういう子と一緒に支え合っていきたいな、って。その想いは心の奥でずっと色鮮やかに輝いていたんだって、今更に気づいたよ」
リサ
「っっ、そんな、風に、見てくれていた、んですね……」
忠臣
「それに、二人の関係を変えたいと言うなら、リサちゃん自身が変わっても同じことなんじゃないかなって。だったら後は俺自身の気持ちで、俺がより関係を深めたい、って思えたのは、リサちゃんだった」
リサ
「……嬉しい、です。私にそんな事を言ってくれる人、いないんじゃないかって半ば諦めていました、から」
忠臣
「わかってくれていると思うけど、俺はリサちゃんの、足の事も含めてきちんと受け止めて、わかっていってあげたい、って思ってるから」
リサ
「はい、それは全く疑っていません。私も、わざわざそれを理由に遠慮ぶるなんて卑屈な事はしません。ただ……」
忠臣
「え?」
リサ
「……着きました。ここが私達の家です。その、降りるのを手伝ってくださいますか?」
忠臣
「あ、あぁ、勿論っ!」
車体を揺らさないよう、細心の注意を払ってまず自分が降りる。
しっかりスタンドを固定してから、正面に回り込むと、真っ赤に潤んだ瞳が飛び込んでくる。
あぁ、綺麗だな――――心から鷲掴みにされる。
こんなに健気で真っ直ぐな子が、俺の彼女になってくれるだなんて、信じられない想いで。
けれど差し出した手は、しっかりと掴まれ、繋いだままに真正面に降り立ったリサちゃんは、羞恥を色濃く表情に浮かべつつも決して目を逸らさず、俺の言葉をひたむきに受け止めようと、待ち焦がれてくれている――――。
忠臣
「……好きだよ、リサちゃんどうか俺と付き合ってください」
リサ
「はい、お付き合いさせていただきます。私も、前々から慕っておりました」
忠臣
「ははっ、また古風な言い回しだ」
リサ
「日本語って本当に綺麗、ですよね。でもこの方が、想いが深く伝わる気がします、ふふっ♪」
忠臣
「っっ!?」
純真そのものの笑顔。
撃ち抜かれる。
気づいてしまえば、恋情が燃え上がるのはあっという間で。
リサ
「??どうか、しました?」
忠臣
「そ、その、笑顔がとびきりに可愛くてよろめいた。こんな綺麗な子が、俺の彼女になってくれたのか、って、はは、まるで夢でも見てるみたいでさ……」
リサ
「んもう、夢だったら私も困ります。ほら、私はここにいますから、ギュッとしてみて下さいませんか?」
忠臣
「う、うん、こうでいい、かな……」
リサ
「はい♪ふふふっ、こうして正面から抱き着く方が、接地面はそんなに変わりないはずなのに、さっきより全然恥ずかしくて、あったかい、ですね……」
忠臣
「ご、ごめんね、汗臭くない?」
リサ
「いいえ、辻堂さん……ううん、忠臣さんの香り、好きですよ」
忠臣
「リサ、ちゃん……」
リサ
「この期に及んでちゃん付けは不適切ではありませんかぁ?」
忠臣
「リサ……」
リサ
「はい」
忠臣
「リサ、リサ、リサ……」
リサ
「んんっ、連呼されるとくすぐったいです。でも、嬉しい。大好きです、忠臣さん」
忠臣
「あぁ、俺も大好きだよ」
リサ
「ずっとガマン、してたんです。お姉様の想い人なんだから、烏滸がましい真似はしちゃいけないって。でも、いいんですよね?ずっと夢想していたあれやこれや、ひとつずつ試しても、構わないんですよね……?」
忠臣
「うん、俺もリサと出来る事、ひとつひとつ叶えていきたい。互いに支え合って、もっともっと好きになっていきたいよ」
リサ
「でしたら、誓いの口づけをください」
忠臣
「……いいの?」
リサ
「はい。だって互いに最初の頃から、想いそのものは育んできていたのでしょう?だったらきっと、早過ぎる事なんてありません」
僅かに身を引き、顎を上げて、目を閉じる。
桃色の唇が、キュッと閉じて、あえかに震えて。
けれど、それは恐れによるものではないってわかるから。
リサという可憐な女の子の、しなやかな強さが求めてくれるものだと、信じられるから――――。
リサ
「ん、ちゅ、ちゅ…………っ」
はじめてのキスは、微かに紅茶の味がした――――。