2008年05月05日

こなたよりかなたまで

 かにしの本校ルートがとんでもなく面白かった関係で、同じライターさんの作品にも興味を持ち、ちょうどリニューアル版が出たので購入。

シナリオ(28/30)

 健速さんのデビュー作とのことですが、それだけにこの人独特の癖が最も強く出ていて、もちろん人を選ぶことは間違いないのですが、好きな人にはとことん好きな作品です。

 作品のテーマは一言で言えば死生観ですね。
 まあよくぞエロゲでこんなシナリオの作品をリリースしたものだと感心するくらい、主人公の設定そのものが重いです。設定が重い上にそれをかなりリアルに克明に書いているので、読んでいて思わず首筋や肩回りが薄ら寒くなります。序盤の、徐々に主人公の境遇が明らかになる段階での世界観の構築の仕方が物凄く上手く、淡い不快感を覚えつつもそれ以上に先が気になるという、ライター独特の力強さがもっとも強く出ているのではないでしょうか。

 死を前にした人間は如何に生きるべきなのか?
 このあまりにも残酷な問いを、様々な形で答えにしていく各ヒロインごとのシナリオは、どれも悲しい結末をぼかしながらも、きっちり一握りの救いを与えていて、とてもせつないですね。
 そしてこの作品は、主人公の魅力が素晴らしいです。死を前にしても決して取り乱さず、逆に周りの人間に対して気を使って、決して自分の弱音を見せようとしない、そしてその意志を最後まで貫く覚悟も持っているという、ある意味出来過ぎ君のような設定です。
 だからこそ、といってはなんですが、その性格には落とし穴があり、それは作中でも度々言及されるように、上手く人に甘えるすべを知らない、ということでした。
 
 人とは究極的に見て、必ず自分本位な生き物です。例えいくら自分の犠牲を省みず他人に優しく出来る人でも、それはある意味ではそういう風に振舞える自分に心酔している部分が必ずあり、裏返せば自分のために行動しているというのが普通のことです。
 この主人公の場合もある意味ではそうです。
 他人に気を使うといえば聞こえはいいものの、他人を傷つけたくないという建前で人間関係にきっちり線を引き、結果的には他人の行為や心配を受け入れずに自分ひとりで朽ちていく決心をしており、そういう“自分らしさ”を守ることで死に対する恐怖を排除し、残りの生活を矜持あるものとしようとしているのです。

 だからこそ、この主人公が残りの時間で積極的に接していこうと考える人達には、形は様々ながらも、その時間制限が意味を成さないという大前提があります。永遠を生きるクリス、人ならぬ生き方を強いられている二重、近い境遇にある優と、それを見守るのが仕事のいずみ、彼女らとの触れ合いは、基本的に主人公が弱みを見せずに、都合のいい部分だけ甘えて過ごせるからこそ成立しているのでした。
 一人で死ぬのは勿論怖い、でもそれ以上に自分の生活と、そして自分自身を壊してまで人にすがろうとする自分自身が怖い、そんなジレンマを抱えて、この主人公は残りの日々を過ごすのです。
 大まかに分けて、優&いずみシナリオはその死生観の確認、二重シナリオで実践、そしてクリス独唱シナリオで袋小路と決断なのかな、と感じます。なので、シナリオの傾向からいっても、キャラの設定上の無理矢理感からしても、どうしても二重シナリオだけはやや落ちますね。
 優&いずみシナリオでの、優との悲しい共感の中から生まれたぞくっとするような怖い台詞や、クリス独唱シナリオでの永遠を拒む理由などは、あまりにこの主人公らしさが出ていて心底震えますね。そして独唱を経た後でのトゥルーシナリオ、はじめに永遠ありきでは自己を保てなくとも、始めに約束ありきならばあっさり永遠への旅を受け入れられる、その主人公の自己愛の強さと責任感の強さは、正にこの作品の白眉とも言えるシーンでした。
 ―――死が二人を別つまで、あるいは、こなたよりかなたまで。
 この言葉は素晴らしいですね。

 ですが、残るヒロインの佳苗シナリオ、これだけは気色が違います。
 ヒロイン達の中で唯一、主人公との古い付き合いがある彼女に対して、主人公は病気のことを隠し、徹底的に突き放した態度を取るのです。それも、彼女があまりに大切で、ほんの少しでもその笑顔をにごらせたくないがために。
 先ほど人間は皆自分本位だと書きましたが、結局その自分本位をそうでないように見せるものは何なのでしょう?
 私は個人的には、それは“好き”という感情に起因するのだと考えます。
 好きという感情は、相手のことを自分の内側に手繰り寄せて共感する作業だと認識しているのですが、その好きが強くなればなるほど自己と一体化してしまい、その対象となる相手のためなのか、それとも自分のためなのか、彼我の境界線が曖昧になるわけで、その弊害と主人公の性格がとことん裏目に出たのがこの佳苗シナリオだと言えます。
 他のヒロインは、既に主人公が自分に未来がないことを理解し、諦観した段階で現れた存在であり、それを受け入れるのに必要な条件がまず最初にあってこそ成立している関係でした。
 ですが、佳苗はそうではない、永遠を求める佳苗に、それを決して与えられないことがわかっている主人公が取った手段は、告白ではなく拒絶なのでした。これも、主人公が他人に甘えられない故に、そして佳苗のことを大切に思いすぎているが故の、苦渋の決断でした。
 ですが、その拒絶を完璧にやり遂げたとき、主人公の心に残るのは後悔と寂寥だけでした。結局相手のため、という建前が本音と曖昧になりすぎて、最後の最後まで自分の本心に気づけなかったのですね。
 だからこそ、このシナリオのMVPは間違いなく耕輔です。主人公と佳苗、どちらの想いも尊重して、もっとも必要としているタイミングでの佳苗への真相の披露は、正に友情の鏡のような見事な行為であり、そしてそれを聞いて一つも迷わずに駆け出した佳苗も素晴らしい。理由なき拒絶に度々心折られても、決して諦めることのないあまりに深く純粋な愛情に感動します。
 結局このシナリオは主人公の独りよがりが原因なのですが、でも話の噛み合わせ的にそれを責めるのは酷でしょう。とはいえ、他の部分では上手く折り合いをつけて暮らしていた主人公の、ある意味たった一つのわがままである佳苗への意地は、唯一の主人公の欠点である他人に甘えられないという殻を打ち壊す引き金となっており、その優しい矛盾に心が締め付けられますね。
 シナリオ全体の構成としてはクリスには負けますが、一番感動するし、一番好きなシナリオです。でも道中は物凄く痛いですけどね。。。

 まあ一つ付言しておくと、クリスシナリオと佳苗シナリオでの、宗教の差異による結婚観の違いみたいな違和感だけはどうなのかと思うのですがね。
 クリスシナリオでは明らかにキリスト教の結婚観を前提としています。キリスト教の結婚観とは、日本のそれとは違い、結婚という慶事が実は弔事へのプロローグであることを示唆している部分があり、上で書いた、死が二人を別つまで、などという台詞はそれが顕著です。これって字面の聞こえはいいですが、要は死を見取る覚悟をしなさい、と言っているのと同じですからね。言霊信仰のある日本の観念では、決して結婚式のようなときにこういう台詞は出てこないわけです。
 その点を踏まえて考えると、主人公がクリスとの結婚をあっさり受け入れた前提に、明らかにその結婚観が影響されていると思われるのに対して、佳苗の告白が軽く扱われすぎているなあと思うわけで。つまり佳苗の口にする“ずっと”に対して、クリスのエンゲージほどの誓約力を感じなかったのかな、と。結果的に見るならそれは間違いで、佳苗の強さはどんなことがあろうと揺るがない想いに裏打ちされていたわけで、やっぱりちょっと主人公が自分で相手の想いまで忖度しすぎていたからこそのすれ違いだったのかなと感じるのでした。

 まあ、間違いなく名作ですね。唯一の欠点は、シナリオが短いことです。。。

キャラ(20/20)

 優が攻略できないのは何故ですか(黙れ)。
 まあ完全なシナリオゲーなので、萌えとか期待するのは筋違いではあるのですが、それでもクリスとの日常や、佳苗のちょっとした仕草など、ヒロインの魅力は存分に発揮されています。
 何より主人公のかっこよさが群を抜いていますね。自分がそうありたいか、と問われると微妙ではあるのですが、これだけ自己を明確に保ち、一貫してそれを貫き通すと言うのはまず出来ることではなく、結果的に失敗してしまった部分もあるとはいえ、充分に尊敬に値するものです。
 そんな主人公を影から支えてくれる耕輔もいいですね。特に佳苗シナリオでの活躍は最高でした。

CG(16/20)

 可もなく不可もなく。
 立ち絵も一枚絵も抜群と言うわけではないですが、世界観にそぐわった、なんというか人間味がしっかりと描かれている感じです。もう少し立ち絵の差分とかあれば嬉しいところなんですがね。
 まあやはりというか、クリスの出来はかなりいいです。あと優との添い寝の一枚絵はかなりの破壊力ですね。
 もう少し枚数があればもっと良かったんですけど、シナリオの長さと比較して考えればこんなものですかね。

BGM(19/20)

 曲数は少ないですが、出来は素晴らしい。
 OPの『imaginary affair』は神曲中の神曲。ちょっとレトロ感漂う曲調ですが、作品の雰囲気と抜群に噛み合っています。
 そしてサビの部分の、明るく歌い上げていながらもそこはかとなく滲み出す厭世観のようなものが、曲に奥深さを与えています。もちろん歌詞のシンクロ率も最強。「小さくたって 汚れてたって 他にはない」というシンプルな文言に、登場人物たちの無限の想いが重なって、聴くたびに胸が熱くなります。
 EDの『こなたよりかなたまで』も名曲。
 人が生きた証とは何か、それが端的に歌詞に示されていて、ものすごくしびれますね。個人的には佳苗シナリオとベストマッチだと思います。佳苗なら、その人生の終わりを迎えるまで、きっと想いを絶やさずに生き続けてくれると信じられますからね。

 BGMは穏やかな曲がほとんどですが、これまた作品とのシンクロ率が素晴らしいです。『無限の彼方から』『うちがわのひかり』『涙の訳を』『まもるべきもの』などがかなりお気に入りですね。

システム(7/10)

 発売時期が時期ですので、演出なんて期待するものじゃないですね。
 システムはやや不便、かな。
 VN方式で、縦書きに出来るのは自分的に大ヒットなんですけど、それ以外はイマイチ。スキップは鈍速だし、ONOFFの切り替えがスムーズじゃない。過去ログで音声の再生が出来ない。セーブ画面は、クリック認証範囲が小さくて使いづらい。時期を考えても、あまり親切ではないかな、と感じました。

総合(90/100)

 総プレイ時間、14時間くらい。
 元々フルプライスじゃないですし、短くても内容はギュギュッと詰まっているので、特に文句が出る内容ではないですね。
 健速さんというライターはかなり読み手を選びますが、この人の作品の中でもこれはもっともその独特の美学が炸裂していますね。これに比べれば、かにしのや明日世界は丸くなっているほうです。
 というわけで、一見特攻はちょっとお勧めできませんが、好きな人には絶対にツボに嵌る作品なので、上手く折り合いをつけてやって欲しいところです。
posted by クローバー at 21:39| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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