2009年11月24日

はるのあしおと

 コンシューマしかやったことなかったので、リプレイしたいなと思った瞬間に中古で買ってきてしまった。。。お目当てはゆづきの最後のHシーンに他ならなかったが(笑)。

シナリオ(25/30)

 弱いことは、悪いこと?

 主人公は、大学進学を機に故郷の町を離れ、東京で暮らしていましたが、卒業後は教員を目指すものの試験に落ちてしまって就職できず、挙句にずっと片思い続けていた相手が結婚することを知らされ、失意のうちに逃げ帰るように故郷の町、芽吹野に戻ってきます。
 戻ってきてしばらくは落ち込んだまま怠惰な生活を送っていた主人公ですが、親戚の悠に勧められて、今悠が通っている女学校の学園祭に出向きます。悠の出演する演劇が目当てで赴いたそこでは、実行委員から逃げ回っている美少女・ゆづきや、偶然着替えの場面に遭遇してしまった和などとの出会いがあり、挙句に悠の父親でこの学校の教頭でもある叔父が倒れるところに出くわしてしまいます。
 倒れた叔父の見舞いに出かけた主人公は、そこで自分が療養を終えるまでの間、この学校で臨時教師にならないかと誘いを受けます。今まで怠惰に暮らしてきたことから、自分に勤まるか不安を感じる主人公ですが、過去に教員を目指したきっかけや、偶然お見舞いに来た和の悪意の篭った煽りに反発する形でこの仕事を引き受けることにします。
 学園には主人公の幼馴染の知夏も養護教諭として働いており、主人公にとって決して居心地の悪い場所ではありませんでしたが、慣れない教員生活には振り回されてしまいます。やっとそれが落ち着いてきたとき、主人公の目には一人の少女の姿がやけに目だって映るようになっており・・・、とそんな感じの出だしです。


 この作品の主人公は基本的にとことん受身属性で、臆病で、自分から物事を動かしていく気概に欠けているところ夥しく、特に序盤はその傾向が強いので見ていて痛々しいくらいですが、それでも曲がりなりにも教師という立場を得てしまった以上、いつまでも情けない姿を教え子達に見せているわけにはいかない、という一念で自分なりに頑張っていく、まずその立ち直りの部分から作品がスタートします。
 それでも、すぐに自分の性質など変えられるものではなく、特に東京での失恋の痛手は軽々しく癒えてくれるものではありませんでした。好きという気持ちは、発露できなければ自然に膨らんでしまうものであり、かつ同時に、受け入れてもらえなかったときの恐怖もまた増大していくものです。東京では結局、相手に自分の気持ちを伝えることさえままならなかったことに、どうしても後悔の念を抱いてしまう主人公は、その反動で人と繋がりたいという気持ちも胸の中に大きく育んでおり、偶然にとはいえ故郷において教師という立場で必然的に生徒に接することによって、どこか自分と似た空虚を持つ人間に惹かれていくわけですね。
 まあ別の側面から見れば、臨時教師になって何ヶ月もせずに教え子に手を出す言語道断な男でもあるわけですが(笑)、この作品のテーマはその手の禁断の恋の難しさを扱うものではなく、あくまで教師という立場が引っ込み思案な主人公を他者と触れさせるきっかけになっている部分が大きいし、また万人に祝福されない恋というファクターが、逆に純粋に二人の繋がりだけにスポットをあてられる装置となっているので、そのへんは目を瞑っておくべきなんでしょう。

 この作品のヒロインは、目に見える形は違えど、みんな人と繋がりたいという強烈な欲求を内に抱えています。

 誰とでも如才なく付き合うけれど、幼い頃に母親を亡くした傷から、好きになった人がいなくなるのが怖くて深い付き合いに踏み込めない悠。
 何もかも自分でこなせる能力があるが故に、自分の中に芽生えている空虚が他者との繋がりであると気付けない和。
 幼い頃から一人ぼっちだった故に、他人と繋がることなど自分には出来ないと諦めてしまっているゆづき。

 恐怖、焦燥、諦観、それぞれ形は違っても、それを埋めるために必要なのが他人のぬくもりであることは間違いはなく、そういう心の隙間をどこか共感という形で感じ取るのか、少しずつ主人公がその隙間に手を伸ばしていくのがそれぞれのシナリオの基本線となります。この三人は三者三様の性格でもあるので、それぞれのシナリオで主人公のスタンスが微妙に変わってくるのも、基本的には主人公が受身体質であることを上手く体現しています。
 そして、互いの気持ちが繋がりあってそれでめでたしめでたしとなればいいのですが、この作品はそこからが主題だったりします。
 好き、という気持ちが通じ合うこと、これは間違いなく人が生きる上で最大級の歓喜の瞬間でしょうが、その瞬間は決して永遠ではなく、むしろ刹那に過ぎ去ってしまう幻想に過ぎません。相手のことをわかったつもりが、ちょっとしたことからその姿を見失い、そこから相手を失ってしまうのではないかという新たな恐怖が生まれてしまう、この作品はそのあたりの機微を実に巧みに書き分けています。
 
 結局のところ、好きでい続けるためには努力が必要、というシンプルな結論になるわけですが、主人公たちの場合はその努力の方向性というのがどうしても痛みを必要とするものになります。というのも、あくまで最初の通じ合いはどこかしら傷の舐め合いであり、舐め合いであるからこそ恐ろしく居心地はいいのですが、いつしかその関係性を継続するだけでは好きの気持ちが永遠にならないことを悟ってしまうからです。
 主人公にとってこの町は、無条件で自分を受け入れてくれる相手のいる場所であり、鳥が羽を休めるための宿り木のようなものでした。それは一度はこの町を離れたからこその自覚であり、このまま宿り木で羽根を休めていては、いつしか全く飛べなくなる日が来ることを、皮肉にも守るべき他人が出来たことで気付くことになるわけですね。宿り木ではない、きちんとした立脚点がない限り、好きな相手を守っていく力を持てない、それは当然といえば当然の結論であり、すごく傲慢な言い方をするなら、そこで初めて、人として生を受けた意味を手に入れたということになるのでしょう。
 この主人公はどこまでも自分のことで精一杯で、その上不器用であるが故に、ヒロインを散々振り回しては悲しませてしまったりしますが、最終的にはその不器用な想い故に相手も受け入れ、そしてともに歩むことを決意してくれる、という形で収束するので、読後感としては悪くありません。特にゆづきシナリオの終盤の流れは秀逸ですね。

 んで、三人攻略すると知夏が攻略できるようになります。
 この最後の知夏シナリオは、それまでの三人とはやや趣が違い、唯一主人公がそのままこの学園に就職する形で終わります。それは勿論、即物的な意味合いで言えば知夏と付き合うことになったが故、なんですけど、結果としてそうなるまでの過程がこれまでのシナリオで書かれたテーマ性を見事に裏返した形になっているから、でもあるんですよね。
 主人公がこの町を離れるとき、些細なすれ違いからついに告白が出来ずに、ずっとその気持ちを抱えたままになってしまった知夏。例えばそこで、主人公を追いかけるという選択もあったでしょうが、知夏は敢えて、この町で主人公を待ち続ける選択をします。その選択が強いか弱いか、という部分は議論の余地があるとは思いますが、少なくとも自分の意志でそれを選択したというだけで、同じような境遇から逃げ戻ってきた主人公とは一線を画している部分がありますね。
 知夏は、主人公がこの町に戻ってきたときに、自分がただそこにいるだけで支えになれることを信じていたでしょうし、もしもその先に踏み込んだとして、気持ちを受け入れられた場合に、そのままこの町が主人公の居場所になれるように、必死で自分の立脚点を紡いできたと言えます。それこそ、本当に戻ってくるかもわからない主人公のために、ですから、知夏は好きという気持ちを決して後ろ向きにさせなかったんだなと、それだけで感心できます。
 そういう風に、知夏が主人公の弱さも全て受け入れる体制を整えていてくれたからこそ、主人公はあるがままの自分から少しずつ成長していこう、と、特に強烈な焦燥を覚えることなくこの町に残ることを選択できたわけで、まあ大人の度量、と言ってしまうのはやや語弊があるかもですが、間違いなく知夏の立場だからこそ出来た、弱さを容認してくれるシナリオであったと思います。

 弱い、というのは本当に悪いことなんでしょうか?
 おそらく、人はどうしたって弱さを根絶できない生き物です。だからこそ、ではないですが、強い、ということに根源的な憧れを抱くあまり、相対化して弱さを許容できない部分があるのだと思います。
 ですが、許容できないからといって目をそむけ続けていては、その弱さはずっと弱さのままなんですよね。結局、弱いことが悪いのではなく、弱いことを克服しようと前に進む気概を失うことが悪い、ということになるのでしょう。
 人は、二人集えば意見を違え、三人寄れば数の論理で弱者を作ろうとする、どうしようもなく分かり合えない部分を必ず持っています。けれども、そのすれ違いが価値観の変容を生み、自身を切磋琢磨する原動力となるのは間違いのないところで、すなわち同じ意見を持つ相手とだけ馴れ合っていては進歩がない、ということにもなりましょう。
 この作品の場合、最初の三人のヒロインは、どうしても主人公と同じ部分に弱さを抱えているために、最初は馴れ合いという形でしか触れ合うことが出来ず、それを根絶するためには荒療治が必要でした。急進的であるが故に、ともするとそれは一見弱さの否定のように映ってしまう部分もないとは言えず、それではこの作品のテーマ性として片手落ちと言うことになりかねません。その部分を補完するために、敢えてラストに知夏シナリオが組み込まれているのでしょう。
 待つ、ということを長い間自身に課してきて、その間にしっかり社会人としての基盤も作り上げた知夏との恋愛だからこそ、今は弱くても知夏を道しるべとして進んでいけば、いつかその弱さから脱却できる、その確信と安心こそがこのシナリオの核心であり、まあそれっていっぱしの男としてどうなの?と思う部分はあるにせよ、作品全体のまとめとしてこれ以上ない優しい結論になっていて、素晴らしく読後の印象がいい作品だったと言えますね。

 まあ主人公が主人公なので、読んでいてイライラする部分も多いですし、シナリオの流れも基本的に主人公やヒロインの内面部分ばかり追いかけているので、悪く言えば単調で盛り上がりに欠けるきらいはあり、人を選ぶシナリオであるとは思います。けれども、人は人として生まれた以上多かれ少ながれ痛みを負って生きていますから、例え不愉快でも無視できない、そういう求心力のある話でもあったかなと。個人的にはゆづきシナリオに共感する部分が多々あって、かつそれが一番シナリオとして綺麗にまとまっていてすっきりさせてくれるのと、最後に知夏シナリオを持ってきた構成力を高く評価してこの点数、ってところですね。

キャラ(20/20)

 まあ一筋縄ではいかない難しいヒロインばっかりなのですが、とりあえずゆづきが可愛すぎるからそれだけで満点の価値はあります。。。
 
 ゆづきみたいに、負の方向にだけ感受性が特化している、というのは、いわゆるネガティブ思考とはまたちょっと違うんですよね。理性ではなく反射で痛みを受けないようにしている印象で、それ故にこそキャラクターとしての特性が非常に見えにくいんですが、その自然体に後ろ向きなところが確かにいい感じに翳っていて惹き寄せられるんですよね〜。本能的であるが故に、体験しなきゃわからない、という部分においてまで、実に上手くシナリオとリンクしており、そういう情動的な部分を面倒だと感じるかいじらしいと感じるか、もうそこは好き嫌いなんでしょう。私の感性にはジャスポケでしたが。
 
 和は和で、どことなく感性が理解出来てしまうんですよね〜。なんでも一人でこなせてしまう能力ゆえに、それはいつしか一人でやらなきゃならないという強迫観念にすり替わっていく、だから自分の弱味は見せられない、そういう意地の張り方きらいじゃないんですよね。ただ、それで満たされないと感じるから二律背反に陥ってしまう、そのあたりを上手くついたシナリオも見事でしたし、それでも最後まで意地を通すあたりに気骨が感じられて好きです。

 悠はまあ、ある意味では一番即物的なトラウマだけに、キャラの魅力というか深みに繋がってこないのが物足りないところではあります。基本的に最初から主人公の事好きでもあるし、もう一つメリハリが欲しかったですね〜。意外と家庭的だったり、普段は元気なのにすぐに寂しがって懐いてくるあたりなんかは結構可愛かったのですが。。。

 知夏はキャラそのものとしては天然系のおっとりさんで、そんなに惹かれる部分はないんですけど、やっぱりシナリオ補正が強いですね。待つ、という決意の間で培った心の持ちようが、人としてのあり方が、上手くシナリオとリンクしているし(勿論それは、いつでもあんな方法が上手くいくか?的な部分とは別のところで。成否ではなく、それを選択したことそのものに対して、ですね)、そういう部分に主人公の琴線が触れて親しくなっていく過程もかなり良かったですから。芯はすごく強いのに、主人公と二人だったりすると途端に子供っぽくなるところも魅力の一つです。

CG(17/20)

 なんというロリコン御用達。。。
 単に成長譚でないからこそ、のヒロイン全員ロリという暴挙ではありますが、個人的にはご馳走様です、というしか他にすべがないじゃないか(笑)。全体的にやや洗練されていない野暮ったい印象はあるものの、田舎町ののどかな雰囲気にはそれなりにシンクロしているし、概ね安定しているので個人的にはかなりお気に入りです。
 相変わらず立ち絵と一枚絵の差がわかりにくい、シームレスを目指した構成をしている上、一枚絵の登録量も膨大なのでいちいち検証している気力はないんですが、印象に強く残っている中では、横を走ったりお喋りしているときのゆづきの可愛さはちょっと尋常じゃない。。。特にいきなりキスされて口元押さえていたりするポーズとか萌え死ぬ。あと赤丸ほっぺの使い方がとっても上手いなあと。知夏の振袖とかキスシーンとかもかなり好き。

BGM(18/20)

 柔らかい雰囲気の曲が多く、実に癒されます。
 OPの『春−feel coming spring−』は、すごく明るい雰囲気の出だしから、中盤で静かに、密やかに、そしてサビでまた華やかに、とメリハリのある構成で、シナリオの雰囲気と合致していますね。まあいい加減聴き慣れた、という部分もあるんでしょうが、かなり耳に残る曲ですし、今ではいつの間にやら何気に口ずさんでしまうくらいの相当お気に入りです。
 EDは同じメロディを少しずつアレンジして、歌詞もそれぞれのライターが担当して、歌っているのはヒロインという色々画期的な仕掛け。まあ基本的にはEDらしいほのぼのとした中に安心感のある曲なんですが、Bメロの一瞬だけトーンが下がる部分、そこがすごく気に入ってます。

 BGMは、ピアノがベースになっている曲が多く、それ以外でも基本的に澄んだイメージの強い音を多用していて、存在の儚さや透明感、そして切なさを上手く表現していると思います。
 お気に入りは『nostalgia』『clear morning』『memory』『cheer up!』『day by day』あたりですね〜。

システム(10/10)

 演出は、2004年でこれは恐ろしく秀逸。
 動きそのものは決して派手ではないですが、構図の切り替えや表情の動かし方、アレコレ含めて全体的な雰囲気作りが抜群ですね。まあ確かに、今見てしまうとまだまだ洗練されていない部分はありますけど、minoriらしさの原型ははっきり見て取れますし、やっぱり見ていて楽しいってのはそれだけで正義です。
 OPムービーについては、今更私ごときが何も言うべきこともないでしょう。空を滑空するゆづきとか、傘を開くシーンとか最高ですよね。

 システムも同じく、2004年でこれなら抜群といっていいかと。というか、システム面では五年経ってもそこまで変わってないなあ・・・。
 画面ごと巻き戻るバックログも搭載されていますし、ボイスカットもある、そしてこれだけの演出ながらスキップは速い、基本的に文句の出ない仕様になっていますね。強いて言うなら、やや重い、くらいでしょう(笑)。

総合(90/100)

 総プレイ時間18時間くらいかな。メリハリがない分ダラダラと長く感じるかなとも思いますが、それでも面白くないわけじゃないし、中身はしっかりしているから問題なし。
 とにかくこの作品は個人的に好きです。採点が甘々なのもそのせいです。シナリオに関しても、いいところにばかり目を向けて、現実的じゃない部分には目を瞑っているのは認めます。しかし、ツボに入っちゃったもんは仕方ないじゃないですか。。。
 これは2004年当時だとかなりの高スペックを要求したと思いますが、今ならそこまで問題にはならないでしょうし、今プレイしても古臭い印象は特にないので個人的にはお勧めの一作なんですけどね〜。ただ間違いなく人は選ぶので、その辺は自己責任でお願いします。
posted by クローバー at 09:04| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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