2013年02月12日

しろのぴかぴかお星さま

 まず何よりキャラデザインに惹かれ、体験版で雰囲気とキャラの魅力にやられましたね。あとタペストリーが、シナリオ間での好みの差が大きかったものの、全体として印象深い作品であったのもあり、今月の癒し枠として購入。


シナリオ(22/30)

 一心に想い、向き合う、ということ。


 主人公はある日、不思議な夢を見ました。
 まるで絵本の中から飛び出してきたかのような、様々な動物が二足歩行で人間の言葉を話し、さも楽しそうに歌い踊って暮らしているおとぎの国。何故突然こんな夢を・・・、と疑問に思う間もなく、その動物の中にポツンと佇んでいる主人公を見つけて、真っ直ぐにひたむきにその胸の中に飛び込んできたのは、全身真っ白の美少女。

 いきなり全力で擦り寄られてうろたえる主人公に、その少女は告げます。私、しろだよ、と。

 しろ―――。
 それは十余年前に幼い主人公が拾ってきて、はじめて自分の意志を通して飼う事になった、全身真っ白でふわふわな愛犬につけた名前でした。幼い頃の、何の混じり気もないシンプルな好きという気持ちを一心に注ぎ込んで世話し、その愛に真っ直ぐに応えてくれた唯一無二と言ってもいい、家族同然に生活に溶け込んでいた愛犬は、しかし10年前に病で天寿を全うしていました。

 それからというもの、主人公はしろを失ったことを大きな心の傷として抱え続けたまま生きてきました。純粋すぎて、そして愛しすぎたが故に、本来ならば時間の経過とともに記憶は風化し、思い出として昇華されるはずの痛みが、今も生々しく胸の奥に居座っていて、故に動物から愛される体質でありながらも、恐くて決して自分から何かを愛する、ということが出来なくなってしまっていたのです。
 そんな停滞した心情を抱え続けてきた主人公ですが、優しい両親や幼馴染の姫花や愛鈴などの目に見えない献身もあり、少なくとも表面上は日常に、社会に問題なく適応して暮らしていました。

 そして、しろの10年目の命日が近づいた夏のはじまりの日、ずっとどこかで想い続け、求め続けていたしろの面影を、彼は夢の中で見出したのです。そしてそれは、夢の中だけでは終わらない、しろの一心な想いに神様が気紛れに与えてくれた奇跡、でした。
 目が覚め、未だにしろのことを引きずっていること、更には思春期的な情動めいたものをしろに擬態化して投影してしまったことに憂鬱になりながら起き上がろうとしたところ、不自然にベットの中が盛り上がっていることに気づきます。恐る恐るシーツを捲ってみると、そこにいたのは、夢の中で出会った真っ白な少女だったのです。

 それが現実だとは中々信じられない主人公に、彼女、しろは言います。私、しろだよ。主人公にもう1度会う為に、神様にお願いしておとぎの国からやってきたんだよ、と。
 それは常識を外れた超常現象でしたが、しろの持ち物や記憶などは、明らかに主人公の家族や人間関係、更に2人だけの記憶をもきっちり踏襲していて、何よりも、人間の姿をしていても、その真っ直ぐ向き合い、ひたむきに濁りのないきれいな親愛を向けてくる瞳が、誰しもにその少女をしろだと確信させたのです。

 やがて、しろの親友で、しろを追いかけておとぎの国からやってきた、人間と猫、両方の姿になれる少女のアウロラの説明によって、おとぎの国が、本来は飼い主と死に別れた動物が、飼い主とともに天に召されるのを待つ為の魂の待機所のようなものであること、その世界から主人公の悲しみを目の当たりにして、もう1度会いたいとしろが10年願い続けたことを知らされます。
 更に、実際におとぎの国に恣意的に出入りできるようになり、かつ姫花や愛鈴も同様に出入りが出来て、しかもその記憶を現世でも持ち続けられることで一応の疑問は解消します。

 天から降って沸いてきた、もう取り戻せないと思っていたしろとの生活を主人公は手にします。輝かしい夏になる予感と、再びの別れの予感に喜びつつも慄きながら、それでもしろが側に戻ってきてくれたことは、主人公の気持ちをあらゆる面で前に向かせる出来事でした。
 かくしてはじまった夏、神様の気紛れで与えられた奇跡の中で、彼らは一体どんな物語を紡ぐのか。そしてその先に見出す想いはなんなのか。これは、ただ一心に想い続けることの崇高さ、美しさを語ったおとぎ話です。


 あらすじは概ねこんなところでしょうか。
 大枠としては、まずしろとの再びの邂逅には終わりがある、という前提の中で、しろというフィルターを通してガラッと色の変わった世界に主人公が向き合い、そこにひしめいている様々な想いを掬い上げていく中で、主人公自身もしろの存在に依存しない、本当の前向きさと強さを手にしていく、そしてその過程にほんの少しだけ、想いの力を呼び寄せる奇跡が介在する物語、というところです。

 テキストとしては、基本的にはプレーンな印象ですが、キャラの性格付けや心情面が基本的に白く善性に溢れているので、しろを筆頭とした素直な心情描写などは読み手の心にも安らぎを与えてくれますし、概ね気持ちよく読む進められるかなと。
 そして合間合間に、人間の社会性を、主におとぎの国の在り方と比較して風刺したような、教訓めいた文章も織り込んでいたりと、全体のイメージとして寓話的であり、そのどこか浮世離れしたきらきらした雰囲気と、一般的な美少女ゲーム的色合いとのバランス感が上手く考えられていると思いますね。

 ルート構成はごくシンプルに、気になるヒロインを選択肢で追いかけていくだけですね。
 そしてこの作品の面白いところは、そうやって今まで前を見ていなかった主人公が世界と、そしてヒロインと向き合う意志を見せ、その向き合うという形や、或いはそこに込められた色合いの変化が、ヒロインの内面をも大きく動かすきっかけになっている、というのが如実に形になっている部分です。
 特に、共通を見ている限りではとてもヒロインっぽくないしろや、幼馴染として密接だけどほんの僅か距離感がある姫花を、改めて恋愛関係に結びつけるための内在性の理屈付けとしてその点が上手く作用しており、それは逆に、そういう風に向き合わなければ変わらずにいられる、という点も説得付けしていて中々上手いなと思いました。

 個別シナリオの鍵は、ヒロインの誰もに、それぞれ一心に想い続け、或いは願い続けた尊い想いがあり、主人公がヒロインに向き合うことでそれに気付き、共に歩むためにそこに横たわる問題や屈託を解消すべく奔走し、奇跡を呼び込む部分ですね。
 どういう形で苦難が降りかかってくるかはルートそれぞれですが、スタンスとしてはあくまでも打算などない、純粋で真っ直ぐでひたむきな想いが、結果的に奇跡を導く力となるという点を崩しておらず、それは表面的にみるとご都合主義的な物語展開ではあるのですが、この作品のポイントは、敢えてそういう構成にしていて、その結果として何を語っているのか、という部分にあると思います。

 私の解釈を結論から一言で語ってしまえば、この作品は文字通り、寓話、おとぎ話を書きたかったんだろうなあと。

 それは、或いはシステム面との親和性を追求した結果なのかもしれませんが、このアドバルーンシステムによる、縦書きと吹き出しでのテキストメイクは、間違いなくこういう絵本めいた雰囲気とマッチしていて、絵柄も音楽もそれに追従した形になっています。
 そのトータルコーディネイトとバランス感が、この、本質的に理屈によらない、寓話的な物語展開を許容する土壌として効果的に作用していることは最初に触れておきたいところです。

 そして、そういう形式を整えた上で、改めて何を強調して語りたかったのか、という部分ですが、そこは大きく分けて2つ、ポイントがあると私は思います。

 1つ目は言葉の重さ、大切さと、そしてそれをきちんと向き合って発することの意味です。
 現代的に、言葉の重みというのは、ネット社会全盛となる中でどんどん薄れていっています。目に見えないところからの、文字だけで感情の奥行きのない言葉のやり取りが日常化する中で、他者と真っ直ぐに向き合い、素直な心情を誠実に吐露することによる、言葉の持つエネルギーに、発するほうも発せられるほうも耐性がなくなっているのですね。

 或いは、そうやって正面から向き合いすぎて、そこに痛みを抱えてしまうと、どんなに目を逸らしても視界の隅に入り込んでしまう、そんな在り方を主人公や蛇姫あたりは体現していて、それを乗り越えるのに多大な努力と犠牲を強いる、などという状況もあるわけですが、そういう面も含めて希薄でない人との繋がりや言葉のやり取りの重要性と、その奥行きが抱え持つ力を感じさせる作品になっています。
 そして、敢えてPC媒体でそれを表現するというのが逆説めいた暗喩的な説示を含んでいる印象もあり、様々な柵、社会性、場の力学の中で、どうしたって思うままの素直な気持ちを吐露しては生きられない人間社会の在り方に、そしてそれが普遍的な常識としてまかり通ってしまうことに警鐘を鳴らしているのでは、と思わせますね。

 2つ目は、真っ直ぐに向き合うという形で示される、打算や含意のない純粋な想いと奇跡との関係性の再確認です。
 これまた現代的に、いまや資本主義が暴走し、物の価値というものがおおよそ貨幣的、交換原理主義の中でしか語られなくなっています。それこそ日々の生活を機械に踊らされ、不必要な情報を強制的に摂取させられるような社会の中で、本当に大切なもの、という、純粋な必要性に起因する価値観が揺さぶられ続けているんですね。

 この手の行き過ぎた資本主義は、歴史的観点で見るとあくまで日本固有のものではなく、グローバルスタンダードが叫ばれる中で輸入された概念ですが、実は外国の場合、大抵が一神教であり、どれだけ資本主義が暴走して貨幣至上主義が蔓延っても、それとは別個の、信仰という部分で交換性に浸潤されない価値観を持ちうるので、一応は折り合いのつく部分だったりします。
 けれども日本は多神教であり、それは神に絶対性を求めない、見方を変えれば無宗教的な精神性が基盤である故に、それまで社会性の中で培われてきた道徳的な観念が、どんどん上塗りされ、押し流されていってしまう危険性を孕んでいるわけですね。

 だからこそ、というわけではないですが、奇跡、という概念そのものに対しても、そういう交換価値的な視座を持ち込んで語ってしまう風潮があります。
 それこそ、奇跡の対価に代償がある、という、本来は対象性なんかない間違った観念・論環性を、特に物語の世界において比較的見受けることが多くなっていると感じますし、それを不思議と思えないほどに毒されている自分がいる、とも認識しています。

 でも、本来奇跡とはそんなものではありません。
 ただひたすらに、身も心も全て捧げる覚悟で一心に祈ること、神の存在の超越性に対して無条件に膝を折り、その救いを求めること、その在り方こそが奇跡を呼び寄せるわけですね。
 だからこそ、この作品の登場人物たちはみんな、その一途さ、ひたむきさを内面に抱えていて、そして健全な社会、過程の中でそれを醸成してきたことを強調的に語られています。それを形に示しているのが、真っ直ぐ向き合い、自分の全てを注ぎ込むほどの意志のあり方なわけです。

 なので、大切なのは、奇跡を求める上で自分の全てを捧げる覚悟、であり、結果的に本当に全てを捧げることになる可能性はあっても、それは対価として絶対的に求められるものではない、という区分けを明確にするために、一貫して奇跡に理屈を求めなかったのだと私は感じました。
 
 例えば「ならぬものはならぬものです。」という理屈を超えた警句、或いは「信じるものは救われる」という宗教的な惹句などは、交換原理の枠では絶対的に咀嚼できない道徳・倫理的な観念であり、今日本の現代社会が取り戻さねばならないのはそういう、人が生きていく上で絶対的な軸になる価値観です。
 大河ドラマにまでそういう危機感が波及している中で、この作品も、あくまでおとぎ話、寓話を書こうという前提があったにせよ、無意識的にそういう潮流を取り込んだ作品になっているのではないかなと。

 ・・・まあ途中から小難しくもあまり作品本体とは関係の薄い部分ばかりクローズアップしてしまいましたが、作品全体としてはとにかく雰囲気の良さ、人との真っ直ぐで曇りのない関わりで紡がれる癒しのイメージがまず抜きん出ており、それが土壌となっている故に物語的な都合の良さも看過できるし、おとぎ話にはつきものである、背景に込められた教訓めいた部分も素直に受け入れられる、そんな作品ですね。
 観念的な部分を先行させたゆえか、物語としての細かい齟齬も含め、圧倒的な説得力とかカタルシスは持ちえない作品ですが、とても読後感は良く、私みたいに難しいこと考えずとも充分以上に楽しめる作品に仕上がっていると思います。


キャラ(20/20)

 どのキャラも、健全な社会で培った健全な精神と、善性溢れた自然に濃密な触れ合いが出来てとても魅力的だし、その一途さが生み出す強さが明確に打ち出されていて印象に残る部分が多いですね。それでいて、恋愛が絡んでくると色々ペースを取り乱したりしたりする相応の可愛らしさも完備していて、そのあたりのバランス感覚は素晴らしい作品だなと思いました。

 一番好きなのは姫花ですね〜。
 まず単純に、幼馴染キャラとしての物質的な距離と精神的な距離感のバランスがすごく良く、側にいて心地よい、という関係がすごく真っ直ぐ伝わってくるんですよね。
 けれども、そういう距離感は、実際的には姫花が意識的に、強い自分であり続けることで保ち続けてきたものでもあり、その献身と親愛の在り方が物凄く健気で可愛らしくも強く、またそれが恋愛が介在することで揺れてしまう不安定さも魅力です。
 個別でも、最後に見せた清々しい強さや、結局清算はされずともそれまでの秘めた想いをきちんと自分の中に織り込める強さなんかが滲み出ていて、本当に素敵なキャラだと思いましたね〜。

 次いでアウロラかな。
 最初こそとっつきにくい雰囲気ではあるけれども、それも本当に大切なものがあるゆえのことだし、本質的にすごく優しく傷つきやすい、可愛らしくいじらしい面が、触れ合いの中で徐々に垣間見えてくるのが実に良かったなあと。
 個別での展開や、ルート間毎の立ち位置の若干の雰囲気の違いなど、物語的には掴みきれないキャラでもありますが、(ネタバレ⇒九世の魂と記憶を持つ、という設定、アウロラという名前が古代ローマの神様に由来するあたりからも、動物がペット化した最初期、すなわちおとぎの国が成立した頃からの最古参、という立ち位置は納得できるし、生まれ変わりごとに苦難の中で、しろのような奇跡を或いは具現化できたときもある、とは読み解けますが、記憶の封印の在り方とか、仕事の及ぶ範囲とか、思想の解釈の幅とかは微妙にプレがあった気がしますね。)基本的にしろに献身的で親身だし、素直じゃないところも可愛げに昇華されていると思います。

 その次がしろですね。
 作品のテーマ性を体現しているといっても過言ではなく、動物からの転生という個性が、人間的なしがらみを一切気にしないひたむきさを可能にしていて、無論それは物凄く可愛いし心和むのですが、やはりヒロインとしての深みはどうしても薄くなってしまうし、その前提の延長線上にしか魅力を描き出せないから、キャラとしての膨らみは相対的に他ヒロインに比べるともう1歩、というところでこの位置ですね。

 愛鈴もかなり好きです。
 この子の場合、タペストリー補正なんかもあるからその点ずるいですが、信じたいけど信じ切れない一途さというのを上手くそのあたりとの絡みで魅力的に引き出しているし、純粋に年上キャラとしての温かみ、落ち着き、それでいながら時折突出した個性を見せたりと、面白くも可愛いヒロインであったのは確かですね。
 ただ、他のヒロインがもっと可愛かったので順番としてはここです。ま、私の好みからしても仕方のないところです(笑)。


CG(18/20)

 実に可愛らしく純粋さが際立った絵柄で、淡く幻想的な塗りも含めて、文字通り世界観とのマッチングは完璧に近いものがありましたね。質の面でもややバランスの悪い部分はあれどおよそ高い水準ですし、量的にはもう一歩ではあるんですけど、絵柄そのものがすごく好みなのもあり、ちょっと甘めの採点ですね。

 立ち絵に関しては、水準にはもう1歩足りないかな、くらい。
 ポーズはヒロインが1人3種類、サブで1〜2種類ですね。目立って特徴的なものはないものの、腕差分なども含めて、些細な動き、ポーズの中にきちんとキャラの性格を散りばめられた繊細さがいい感じだと思います。
 お気に入りは姫花正面、やや右屈み、アウロラ左向き、正面、やや右、しろ正面、前かがみ、愛鈴正面、やや右あたりですね。

 服飾はヒロインで3種類、アウロラだけ猫立ち絵があるので2種類、サブで1〜2種類かな。舞台がほぼ夏休みだけあり、私服の出番がほとんどではありますが、まあ必要充分ではあるかなと。
 お気に入りは姫花制服、私服、水着、アウロラ私服、水着、しろ寝巻き、愛鈴私服あたりですね。あとすごく気になったこととして、茉莉花の私服のシースル感がどうにも馴染まなかった。。。

 表情差分はまあ水準ではないかなと。どちらかと言えば負の感情はあまり表に出てこないから、その分プラスの感情の中での些細な区分けが充実していた印象はありますね。
 お気に入りは姫花笑顔、困り笑顔、慌て、照れ、真剣、不安げ、悲しみ、アウロラにっこり、怒り、照れ、不満気、呆れ、しろ普通笑顔、大喜び、照れ喜び、拗ね、うるうる、不満、愛鈴笑顔、困り笑顔、驚き、きょとん、あたりですかね。


 1枚絵は全部で77枚、特にSDなどもないので量としては水準にはちょっと届かないかなと。ヒロインごとの枚数も差がありますが、全体として出来はとても可愛らしくて好きですね。

 特にお気に入りは2枚。
 1枚目はベットの中で眠るしろ、この無垢な信頼と安心感に満ち溢れた1枚は本当に可愛くて大好きです。
 2枚目は姫花初H正常位、なんてことないごく普通の構図なんだけど、受け入れるという可愛さと健気さの印象がすごく強く出ている気がして、すごく姫花らしくって好きなんですよね。

 その他お気に入りはページ順に、しろ抱きつき、フライングディスク、花火、灯篭流し、お風呂、お風呂Hフェラ、背面座位、背の上でさよなら、マナでびしょ濡れ、姫花と散歩、キス、ケーキ、初H愛撫、おとぎの国H69、バック、部屋Hフェラ、対面座位、荒れ狂う海で手をとって、めっ!、アウロラお姫様抱っこ、おんぶ、ごろにゃ〜ん、膝枕、アウロラの部屋H正常位、キス、もう離れない、愛鈴と猫、指ちゅぱ、キス、一緒にお風呂、お風呂Hバック、部屋H騎乗位、添い寝、灯篭流し、キス、みんなでダンスあたりですね。


BGM(18/20)

 全体的に朴訥で牧歌的で、どこか悲しみを湛えつつも基本的には明るい、損な統一感のある雰囲気が素晴らしく、またBGMの出来がすごくツボでしたね。

 ボーカル曲は3曲。
 OPの『ぴかぴかお星さま』は、特にサビの部分の童謡めいた覚えのいいメロディと素朴さ、Bメロの走りの雰囲気が上手く噛み合っていて、すごくいいというわけではないけど妙に耳に残る曲ですね。
 挿入歌の『あなたの中に』は中々いい曲ですね〜。優しく暖かい雰囲気の中での、透明感のあるボーカルが曲としての存在感、力強さを押し上げていて、特にBメロからサビに向かって、どんどん透き通っていくような雰囲気が気に入ってます。
 EDの『お陽さまにむかって』は爽やかで優しい、如何にもEDっぽい曲ですね。曲としては一番リズミカルでもあり、幸せな未来への歩みというイメージを顕著にしていて悪くないと思います。

 BGMは全部で23曲と量は少なめなんですが、質は全体的に高い上に特に雰囲気を際立たせる曲が目立っていてかなり好みです。
 特にお気に入りは2曲。
 1曲目は『別れの予兆』、切なさ、悲しみ、無常感というものが一体化したような雰囲気をストレートに感じさせてくれる、とてもきれいだけど綺麗過ぎて儚いのが恐い、そんな曲ですね。
 2曲目は『風彩のこだま』、なんかこれ聴くとFF9を思い出すんですが(笑)、牧歌的で浮世離れした世界観、しかしそういう世界ならではの幻想性に隠された悲しみが色濃く出ていて物凄く気に入っている曲です。

 その他お気に入りは、『一番星見つけた』『毎日ぱやぱや』『茨の奥に眠るひみつ』『猫踏んじゃった?』『石を投げてもよくってよ』『ずっと一緒にいたいのに』『お星さまはいつだって』あたりですね。


システム(9/10)

 演出は中々に印象的ですね。
 まずやはりアドバルーンシステムによる台詞の距離感と、吹き出しの形とかテキスト変換の仕様等による言葉だけでは見えない感情の雰囲気をそれなりに取り込めているし、動きの演出、光の演出も多彩で悪くないです。やや変身とおとぎの国へ行くときの演出が重いんですけど、まあそのあたりも含めて雰囲気を上手く支えているなあと。
 ムービーは曲調に合わせた感じの、童話的な雰囲気を前に出した構成が印象的ですね。その分キャラの印象もそういう明るさ、和み、可愛らしさによっていて、また切り替えの見せ方なども中々悪くなく、派手ではないけれど結構好きです。

 システムはまあ水準ではあると思いますね。必要なものは揃ってます。
 ただ少々スキップが遅いので、ジャンプはあれば嬉しかったかなと思います。そして姫花のシステムボイスが独特で癖になる。。。バックログのときのボイスが特に面白い。


総合(87/100)

 総プレイ時間19時間くらいかな。共通5時間、個別が3〜4時間の間くらいの印象ですね。それほど劇的に物語が次々に動くような話ではないので、やや半ばで待ったりした雰囲気になったりもしますが、とにかくキャラの魅力が生きているので概ね気楽に心地よく楽しめるかなと。

 シナリオ設定ありきなのか、システム設定ありきなのかはわかりませんが、とにかくこういう媒体でここまでおとぎ話と親和的なコーディネイトが出来るシステムは中々ないと思いますし、そういう長所を最大に生かした上で、物語としても一貫したテーマ性を持たせて上手く纏め上げた作品だと思います。
 シンプルに癒しを求めてだけでも、キャラの魅力を求めてだけでも存分に楽しめるし、考えようと思えば色々考えさせられる部分も多くて、そういう一筋縄でいかないところはらしさも発揮できていて、目立たないけれどもすごく総合力の高い作品ではないかと思いますね。
posted by クローバー at 06:18| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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