2014年06月06日

魔女こいにっき

 新規ブランドですけど、はつゆきライターの人の新作ですし、絵も作風も物凄くツボで、発表になったときからずっとワクワク楽しみにしてました。


シナリオ(26/30)

 失われた恋を取り戻すために。


 人生はバラ色だよ、って、少女はそう思いつつも、春が来るたびに、桜を見るたびに、何かを取り落としてしまったような不思議な寂寥感を抱えていました。

 バラ色商店街の古い理容室で、愛犬のくーと暮らす少女、ありす。
 ある日ありすは、友達と一緒に学園の曰くつきの時計塔に探検に向かい、そこで聖という不思議な少女と出会い、そして塔から落ちてきた不思議な日記を拾います。

 そこに綴られていたのは、ある少年の日記。それも、かなり放蕩な。
 なんじゃこりゃ〜、とプンスカしつつも、何故かその日記に惹かれていくありすですが、その日記は読める部分がとても少なくて、嬉しいような悲しいような、やっぱり不思議な気分を抱えながらありすは眠りにつきます。

 翌日、学生で理事長という大層な肩書きを持つ時計坂家の零とその双子のカノンに呼び出され、昨日何か不思議なものを拾わなかったかと問われますが、咄嗟にありすはその事を隠してしまいます。
 するとその夜、日記の昨日は読めなかった部分が読めるようになっていて、何の符号化、そこには先程出会った時計坂姉妹と少年の馴れ初めが、やっぱりいかがわしく描かれていて。

 その後も、夜を経るたびに、最近知り合ったり、元々知り合いだった間柄の女の子が食い物にされていく様を読まされ、辟易しつつもどうしても読み止められないありすは、部活の先輩の美衣に相談などして、結局日記の謎を解明するために零にも本当のことを話し、改めて時計塔に登ってみることになります。
 けどその日は何も見つからなくて、でも胸騒ぎがして、夜になって一人で登ってみると、そこにいたのは不思議な踊りを舞う少女、クラスメイトでもある崑崙。彼女は自分を魔女と名乗り、もう、全ては終わったのだと嘯いてありすの前から姿を消します。

 消化不良のまま家に戻ってきたありすを待っていたのは、竜。
 バラ色のドラゴン、通称バラゴンと名乗った竜は、ありすを魔女っ子に変身させ、街の各所に眠る物語の残滓を拾い集めていくことで、その日記の謎が解明できると持ちかけてきます。
 狐に抓まれたようでも、一貫してどうしてもその日記の謎に対する強い想いが薄らがなかったありすは、その申し出を受け、それまでにチラッとは覗き込んでいた、少年と様々な女の子との間に繰り広げられた物語を読み進め、その物語の力を自分のものとしていきます。

 そうしていれば、いずれ物語の最果てに辿り着けるとバラゴンは言います。
 物語の最果てって?そもそも物語って何なの?そして夢幻の合間に時折混じる、自分じゃないありすの物語は何?
 沢山の疑問を抱えつつも、ありすは真っ直ぐ、ひたすらに真っ直ぐ最果てへの道を進んでいきます。その先に、自分が取り落としてしまった大切な何かがあると信じて。

 これは、物語がもたらす失恋と、そして大切だった失った恋を、痛みを乗り越えて取り戻す御伽噺です。


 あらすじはこんなところでしょうか。や〜、まずもってあらすじの書きにくい作品だわ・・・。
 大枠としては、魔女っ子となったありすが少年の遺した物語とその想いを拾い上げ、物語として認識していくことで、ありす自身の曖昧な想いや記憶を引き上げ、もう一度物語の主役として舞台に上がっていくまでを描く、という事になりますね。

 テキストはやっぱりとても素敵でしたね〜。
 いつもながら余分が削ぎ落とされ、すごく文章の紡ぎが独特で、リズム感、というよりは和文、漢文の拍子といったほうが適切かもだけど(一目惚れより永遠を、っていう主題詩みたいなのめっちゃ好き)、言葉そのものが情緒を刻んでいるようなテイストはやはり大好きです。
 その中でのシュールな笑いや、言葉が少ない故の染み入るような想いの広がりも健在であり、語彙のチョイスという意味でもすごくいい意味でファジーな発想が目白押しで、でもその最低限で意味が通るのだから見事だよなあって。

 特に今回はありす視点の部分が半分近くあったので、少年の感覚と少女の感覚を地の文で切り分けるのは苦慮しただろうな、と思わせるところも多々見受けられましたが、そういう挑戦的な部分も含めて賛美したいし、何よりそこでのありすの独特の個性が本当に可愛らしくも逞しくて、いつまでもその余韻に浸っていたい気分にさせてくれます。なんだいなんだい。
 もっともその分、文章の野暮ったさや堅実さが逆に、この辺は別ライターさん担当なのかな〜と如実にわかってしまうのもご愛嬌ですが。。。まあそこが全く楽しくなかったとは言わないですけど、どうしてもこの全体のリズムの中に放り込まれると違和感はありましたね。

 ルート構成は基本的にほぼ一本道だと思います。日記の残滓のチョイスに多少選択の幅はあるけれど、順番違えるとクリアできない、という類ではないと思うし、一定の日記の想いを集めることでシンデレラストーリーが開示される、という構造で終盤まで一直線、という形ですね。
 なので、ありす以外のヒロインに関しては、それぞれの個別シナリオというより、個々の物語、とまとめたほうがしっくりきます。その結末というか、物語という言葉に付き纏う主人公の在り方も含めて。
 あと一応1周クリアすると、その裏舞台の真実が垣間見られる追加エピソードが選択出来るようになります。


 シナリオに関しては、まずやはりその構成が見事、と言わねばなりませんね。
 一般的なエロゲとは一線を画したエッジなつくりではありますが、序盤から多方面に謎を振り撒いて読み手を煙に巻きつつも、その先がどうなっているのか気になって仕方ない、と思わせるチラ見せの構造は実に効果的ですし、その道中で手に入る個々の物語にしても決してなおざりでなく、しっかりテーマに沿いつつ綺麗な物語として独立していて素敵です。
 その上で、ありすと主人公の少年にまつわる謎に少しずつ近づいていくわけですが、まあその真実たるや、わ〜、美少女ゲーム媒体でそれやるか〜、と思わせる巧妙なものであり、すごく衝撃的、というわけではないけれど、そこがひとつ解明されるだけで全体構造の理由付け、また独特の語彙のチョイスや雰囲気の構築に至るまで、あらゆる要素がそれを前提に作られているのだなあと気付かされ、感銘を受けますね。

 それを土台としての、ありすと少年の辿ってきた運命の過酷さと、それに朗らかに抗い続けたものの、ついに陥ってしまった袋小路の絶望感からの解放の過程は素晴らしくカタルシスがあり、純粋に物語的なハッピーエンド、大団円、というイメージとはまた別物なんだけど、確かにそれは物語の最果て、楽園のひとつの形なのかも、と思わせる情緒と説得力に満ちています。 
 その他の物語にしても、若干の野暮ったさはありつつも構造としてはすごく綺麗だし、サブのヒロインにも存外物語が充実していたりで、読み応えも楽しみもありましたね。個人的にはやはり、ありすの話を除けば、零&カノンの話が一番好きで、次いで崑崙のエピソードになるかな。

 零&カノンに関しては、ここに限らず零が色々な意味で不憫な立ち回りだなあとは思うんだけど(最後無理くりデートした挙句にああなるとかね。。。)、物語が人の心に残した高揚やときめきが、また別の物語を発現させる触媒になる、というテーマのひとつをその情感の全てをかけて体現している、という意味ですごく価値が高いし、真実を知っての零の凛然とした振る舞いと覚悟の形がメッチャ好きでした。
 崑崙に関しては、語られなかった裏側の部分でひたすらに苦労してきたんだろうな〜、としみじみ思わせるだけの構造であり、立ち位置であり、それだけに、束の間の夢幻とはいえ、ああして報われたというのは、その長年の労苦に対するご褒美としては対価が少なすぎるとすら思えます。
 ぶっちゃけ、ギャップ萌えという視座ではありすを凌駕する破壊力を見せてくれたし、本気で可愛かったので、もう少し具体性の強い物語を綴ってあげてくれてもよかったのよ?と思いつつ、あの甘く蕩ける状況を振り切って尚、というあたりに想いの真性さが光っていて、言っちゃ悪いけどいい踏み台だなあって(笑)。

 聖の物語は、多少聖というキャラの個性が尖りすぎている部分も見受けられましたけど、そうなってしまっている根源の部分からの解決をもたらすシナリオではあったし、ただやっぱり終盤は少しファンキーというか強引というかね。
 聖も可愛かったけど、三人娘がもっと可愛いとか思ってしまったのはご愛嬌(笑)。
 美衣に関しては、一番普通に恋愛してるなあ、という感じであって、でもこの物語に限った話じゃないけど、この作品のヒロインの物語って、ヒロイン側としてはぶっちゃけ恋愛することが絶対条件じゃない部分はあるので(主人公には恋の実感が必要なのは確かでしょうけど)、そのあたりの噛み合いは一番上手くいってない気はしました。
 そしてこっちも美衣より余程けーこちゃんのほうが可愛くない?とか思ってしまう私がいたのでした。。。
 あけみ先生や恋、三人娘などのエピソードもそれなりにほっこりするものはあったし、少なくともどれもが水準はクリアしているかな、というところです。

 以下は物語の構造と、ありすのシナリオの根幹に触れていくので白抜きします。

 メインヒロインにして女主人公が実はお婆ちゃんってどうなのよ!?ととりあえず衝撃的ではありましたね。
 ただ、その為のありす視点、という構造なのだなあと思えばすごくしっくりはきます。物語のギミックにおいて、視点キャラの主観を疑え、というのは、こういう見せる画面を指定できる紙芝居ゲーだからこそ出来る荒業であり、そしてありすの主観においては、自分の生きる世界がかつての青春の煌めきに溢れていた時代であり、その姿である、というつくりは見事です。

 だからこそ、最終盤までありすの一枚絵に関してはありす視点の時しか使われていないし、またありすという独特の個性を解明する手掛かりにもなりますね。
 日記でも書いたけど、ありすの口癖、例えばなんだいなんだい、とか、なんのこれしきささにしき!とか、今の感覚からするといかにも大時代的、砕けて言えば古き良き下町のおばちゃん的なイメージは、事実ありすがそういう存在なのだ、という実証性を担保しているのだなあって。
 この仕掛けに気付いたの、シンデレラVくらいで、テレビがいかにも珍しいものだ、的なニュアンスで語られたシーンでなんですけど、丁度東京オリンピックネタに絡めて考えれば正確には56年の隔たりがあるわけで、そりゃさもありなんだなあと腑に落ちるものがありました。
 まあ厳密に言えば、ささにしきの作付け開始って昭和38年だから、あの時点で言えるのか微妙だけど(笑)、あくまでニュアンス、今ではそんなの言わないよ、的なイメージ付けとしては素敵なチョイスだと思います。確かに少なくとも、平成世代にはささにしきというブランド米が一世を風靡していた空気感は理解出来まいとね。。。

 背景が変化していない、というギミックに関しては、ありすの視点だけでは説明しきれず、主人公と、あとカノンの想いが結びついてのものなのかなと解釈しています。
 テーマのひとつして、物語が作り出す一瞬のきらめきを永遠に担保したい、という想いがあるのは見ての通りですが、かつてのカノンの存在は、自分の治める街に対してそういう真摯な想いを抱いていたし、加えてジャバウォックの想いも尊重し、大切に抱えていたいと思っていたわけで。
 夢幻の世界そのものは、ありすと共に歩み、物語の最果てに辿り着くというジャバウォックの想いの力の成すところだとは思うけど、それを固着させるのにカノンの街を維持する力が一役買っていて、結果的に変わらない、古き良き街並みと近隣との関係性という、やはり現代では失われた物語が保存されてきたのではないかと感じました。ちゃんと、と言ったら何だけど、シンデレラでドラゴンバーガーだけは出てこないしね。。。

 総体的にみて、これは失恋の物語であり、そして失ってしまった恋を取り戻す、あるいは引き止めるために奮闘する物語でもあります。
 作中で、物語とは何か、ということは、繰り返し言及されつつも根本的な部分ではかなり象徴的にしか説明されていない感がありますが、私の解釈としては、物語や恋というものはどうしたって独善的な想いの発露であり、けど何も入り混じらない純然な、かつ他の全てを振り捨ててでもそれが欲しいと思わせる想いに対する賛美を籠めての表現だと思っています。

 そして面白いのは、失恋、という言葉に対して、語義的な意味合いと、字義的な意味合い、その両面をそれぞれの物語の中で見せてくれている部分ですね。
 語義的、というのは、普段イメージする通りに、好きな相手が自分のことを好きじゃなくて、その恋を諦めざるを得なくなる状態を指していて、様々なキャラが一瞬の恋に掻き乱され、時には置いていかれて、恋に対する執着を見せるシーンは多く、でもその一方通行な想いこそが物語であると喝破しているように思えます。
 ありすがけーこに言ったような、相手の想いはどうなるの?という視座は、恋ではなく愛の領域なんですよね。愛も素敵な概念ではあるけど、極論すれば愛は物語としての鮮烈さを担保しにくい、というのが、その作品におけるスタンスだと解釈しています。

 で、字義的な意味合いというのは、読んで字の如く、恋を失う状態に陥ることになります。
 語義的な意味だけで捉えるならば、ありすも主人公も失恋はしてない、特に主人公に関してはその意味での失恋は出来ないといっても過言ではないと思いますが、代わりに、それ以上に重たい業というべきか、本当に想いの欠片程度しか残らずに恋そのものが消失してしまう、という立ち位置にいるわけで。

 そういう主人公に対して、ありすが何故彼との恋という物語を永続的に紡いでいきたいと思えるに至ったか。変わらない主人公を変わらぬ想いで支えていきたいと願ったか。
 それは例えば大枠がらみでの、ありすという名に対する制約であったり、本質的な性質の純良さと前向きさであったり、そもそも実家の思い出を守りたいという部分から、そういう気質が醸成されていたりと、複層的な理由が導けると思うのですが、ともあれ、物語が完結した時点でその存在が恋ごと消え去ってしまう主人公と生涯を共にするには、その事実そのものを夢として、物語として抱えなくてはならなかったわけです。

 ありすはほぼ、それを為し遂げていたのだと思います。
 出会いからの長い時間、夢幻の存在であり、形あるもの(子供)を成すこともできない相手と共に、でもそうであるからこそ瑞々しい想いを欠損する事無く、結果として主人公の物語を源泉とする力も長く失われないままにきて、だけど病魔がその意気を挫いて、結果としてありすは恋の想いそのものを失っている、つまり字義的な失恋に至ってしまって。

 ただしこれも、病気のせいで、と考える以上に、どうしても自分の老いを自覚せざるを得なくなって、ただひたすらに、自分が一番大切な相手を置いていってしまうことが恐ろしく、その事実に絶望感を抱いた結果としての発現であると捉えるべきなのでしょう。
 作中でも主人公が言及しているように、そうやって自分の時間を巻き戻すことで永遠性を担保したい、という無意識が堆積しているからこそ、ありすの病状はああいう形になっているし、けどその想いを推察しつつも支えていくことに耐えられなくなったのは主人公のほう、なんですよね。

 その意味で、ありすのキャラ紹介にある、陽だまりを走り続けた少女、というのは実に当を得ていて。
 そして忘れられたなら自分も忘れてしまえばいい、という短絡な選択を経ても、互いの想いの残滓は街の中に、夢幻の中に漂い続けて、その物語を完結させるために、再び二人が向き合っていくまでの主人公の変遷と、そしてきっかけを絶対に離さずに手繰り寄せようと強く強く想うありすの在り方は美しく、心打たれるものがありました。

 まああとラストのシーンをどう解釈するか、ですけど。
 少なくともオアシスのシーンに関しては、あの夢幻の世界から連れ出した物語の中に秘められていた想いの欠片と見做していいかなと思うんですよね。崑崙がいないあたり、崑崙はどうしてもアリスのほうにも心を残してしまっているから、という構造がしっくり嵌りますし、物語がなくなってからっぽ、というのも現実感とはかけ離れたところですし。

 そして現実の二人に関しては、すごく穏やかな空気で語られていたけれども。
 でもねぇ、結局物語の最果て、特に恋にまつわる物語を欠損しないままにその終焉を迎えるという状況に関しては、それが可能だとするならば、やっぱり最後まで足並みを揃えての世界からの離脱、直接的に言えばそれは死を意味してないか、とは思うわけで。
 互いの存在の欠落を認知しないままに、同時に現世からの離脱を経て、夢幻の世界での邂逅に遊ぶ、というのは、本当に物語的な奇跡を思わせる部分であり、けど元々主人公の魔力が底を尽きかけていて、かつありすが願った物語の形を踏まえれば、ありすがそうなった瞬間に主人公も、と考えるのは不自然ではないんですよね。

 なので、私としてはあの病室でのシーン、もう目覚めない、に一票を投じたいかなと思っています。



 テーマとしては、ある程度白抜きの部分で触れたことも多いので、こっちでは物語を紡ぐ大切さについてだけ書いておきましょう。

 物語や恋は独善的である、と私は言いましたけど、自分がどうなりたい、という強烈な欲求や想いは、誰かのためにそうありたい、という地平に至るまでの一里塚でもあり、まずそれがなければ人は動けない、という、いわば原動力的な意味合いで用いられていると思います。
 その想いが例え相手に届かずとも、周りに迷惑を振り撒くことになろうとも、その想いに自分がどれだけ殉じることが出来るか、その程度次第では、それを貫くことは絶対に人が人であるために必須なのだし、そういう強烈な想いが、時に波紋を生み、連鎖して、また別の物語を紡いでいくエンジンになる、という構図は作中で強調されていましたし、主人公の存在そのものでも示されていましたね。

 今の世の中、そういう物語を見られる土壌がすごく薄くなっています。
 社会そのものからそういう牽引力が枯渇しかかっているというべきか、余程強烈に思い入れない限りは、夢を追い続けることに疲れてしまうし、その持続性を担保してくれる仕組みが薄っぺらいから余計に難しくて。
 勿論物語性がナショナリズムと結びついた結果としての苦難を歴史は物語っていますし、そういう社会の枠組みでの強靭に過ぎる物語の構築が必ずしも是、とは言い難い部分はありますけれども、少なくともそれがない社会に活力は絶対に生まれないのは事実で。

 ありすの生き方は、いたって平凡なようでいて、逆説的にはそれが一番難しい、んですよね。
 ただ当たり前に平穏に暮らして、愛する人と恋をし続けて、そうして一生を共にしていくことを絶対の夢に昇華して、満足して生きていく。
 夢とは別に大仰である必要なんてこれっぽっちもなくて、自分がそうしたいと強烈に思えるなら、それに殉じて幸せと強く思えるならそれで充分で。
 この二人の関係性の場合、物質的な意味ではその想いを継ぐものを生み出すことは出来ないのだけど、それでもきっとその在り方が知らしめるものはあって、それはもしかしたら、この数十年の間に、当たり前だったのに失われてしまった、何かを取り落とした気分にさせるものなのかもしれなくて。

 そういう想いを、私はこの物語から、二人の在り方から汲み取りました。


 以上、全体としては、やはり構造の特異性と、その中で全ての伏線をきちんとまとめきったセンスは特筆してもいいですね。
 物語としての強い感動、というほどの破壊力には一歩及ばないにせよ、ありすの物語は当然、その他も良質な余韻を提供してくれるし、いささか力技に感じたり、程度の多寡はあったりで絶賛、とまではいかないけれど、籠められたメッセージ性の強さとそれに対する私の共感度を踏まえれば、名作、の水準には乗せて構わないと思わせる内容でした。


キャラ(20/20)

 基本的にシナリオゲーなので、なんというかキャラゲーのお約束的な部分はほとんど見受けられない作品ですけど、しかしその分だけ独自の魅力が感じられる部分があったり、きちんとシナリオに即する形でのヒロインの可愛さが強調されていたりで、満足度は充分に高い出来だと思います。

 まあやはり一番好きなのはありすですね〜。ペース早いけど、今年三人目の確定殿堂ヒロインとしていいでしょう。
 ありすの魅力は、やはり今時の子には感じないような独特の感性と、どこまでも挫けない前向きさと明るさ、健やかさ、そして何より、紡がれ受け継いできたものに対する愛着の示し、精神性に集約されると思います。
 
 昨今はかなりヒロイン視点を豊富に織り交ぜる作品も増えてきましたが(あれはあれでルールをある程度きちんと定義して使わないと宜しくはないと思うのですが)、ここまで完璧にヒロイン視点、という作品は流石に珍しいですし、その分よれありすのありすらしい感性を愉しむ土壌が豊富で、繊細な心の襞の部分まで、情緒たっぷりに汲み取っているのがやはり素晴らしいです。
 個人的にあとヒロイン視点のHシーンってすごく好きで、どちらかと言えば貞淑で初心なイメージのありすには、その派手にいやらしさを表に出せない分の補完としても最適解だったように思えるし、まあ確かに決してエロくはないんだけど(笑)、ありすの想いが募っていく過程をつぶさに見られるという点でやはり大歓喜でした。可愛いなぁ〜、とつくづく思い知るというかね。

 ありすが選択した人生の夢は、正直相当に胆力と覚悟がなければ織り成せないもので、だけどそれをほぼ完全に為し遂げ、かつ自分のことでなく相手を思い遣ってのあの在り方に着地する、というのも、どこまで思いやりに溢れているというか、恋に真っ直ぐなのかと微笑ましくも愛おしく、正にメインヒロインに相応しい風格と魅力を放っていたと思います。

 次いで零、ですかね。
 この子は舞台設定的にどうしても狂言回し的な立ち位置、不憫な役回りを押し付けられた感はありますが、そういうあやふやな自分を知っても、曖昧な関係性の中でも、きちんと自分が自分であるための想いを強く抱いている子で、時に揺れたりはしても決して挫けない、本当に思いやりのあるいい子だなあと。
 もっと報われて欲しいとは確かに思いますし、最後のデートとか読み手としては歓喜だけど零にとっては生殺しじゃね?ってあたりもなんだかなあ、ですけど、このちょろくも愛らしい、それでいて芯の強いままに自身のあるべき形を全うしたところに、作品内での存在感は卓越していたなあと思います。超好き。

 崑崙も瞬間風速的な破壊力は凄まじかったですね〜。
 なんというか、ほぼ唯一に近いコテコテのカップルのお約束を搭載されていたし、それまでがそれまでだけに、ギャップの大きさと、表情の愛らしさが素晴らしく引き立っていて、どこか訥々としていた、自分を抑えていたのが一気に炸裂した、といわんばかりの在り方は素敵でした。
 立ち位置としてはやっぱりこの子も板挟みで不憫ですし、想いを隠したままにどれだけの長い時間献身してきたのか、と思えば、もっと光らせてあげて欲しい子ではありますけど、充分に可愛かったと思います。

 カノンもあの独特の雰囲気と、時々自信ありげにドヤって感じで語るのが妙にツボではありましたね〜。毒の部分もあったけれども、それすら強烈な想いの賜物ではあるし、色褪せず、またそれが影響を紡いでいくという視座で大切な意識を植え付けてくれたヒロインではあったと思います。
 聖は純粋、というには斜め上の方向にファンクな気質の持ち主ではあったけど、その大胆さというか、盲目的であるがゆえの強さ、というところで魅力はあったし、あ〜、でもCV補正なければそこまで好きにはならんかったろうな、と思うあたり(笑)。
 美衣は正直あまり惹かれなかったですね〜。ぶっちゃけ主人公との相性最悪だとは思うんだわ。。。真面目に恋愛してたけど、真面目なだけに重いし、アイドルモードでも弾け切っていない、いい意味で言えば地に足がついてる感が、個性のかたまりみたいなヒロインの中ではやっぱり埋没しちゃってるよなあって。

 サブではけーこちゃんと岡田ちゃんが好きです。この辺はもう見た目と性格そのままというか、概ねちっちゃくてかわいげのある子は好きなのです。恋やあけみちゃんもそれなりには好きですけどね。
 そしてくーは、くーしか言わないのに何故か癒されるね。。。


CG(18/20)

 原画さんはサブも入れると四人ですかね、若干の雰囲気の差異はあれ、概ね可愛い方向に統一されていて、その中で作風のふわっとした雰囲気とも親和性が高くていい感じではあると思います。んが、やっぱしありすと崑崙のデザイン見てると、枕ゲーとの雰囲気の差異に微妙に違和感はあったりもね。。。

 立ち絵に関しては、個々の割り当てはそこまでないですが、キャラの多さで相殺されて水準クラスのイメージですね。

 ポーズパターンはヒロインで1〜2種類、サブで1種類、腕差分はちょこちょこあるのでそれなりに動いている感じはありますし、ポーズの選択が結構攻めているというか、それだけでらしさをしっかり見せられているので、多いとは言えないけど満足度は高いです。
 特にお気に入りはありすの見返り、この角度でのシルエットの可愛さと、なんとなくこっちはどうしよどうしよ、って内面でアセアセしているイメージか強くて大好きなんですよね。
 その他お気に入りは、ありす正面、崑崙やや左、零正面、右向き、カノン正面、聖前のめり、けーこ正面、三人組、恋正面あたりでしょうか。

 服飾は1〜4種類ですかね。ヒロインでも全然なかったり、サブでも結構あったり、そのあたりは展開に応じて必要なだけ、という雰囲気で、デザインそのものは結構好きですけど、一枚絵にはあるのに、みたいなのも多くて結構ぐぬぬ、ではあります。ありすの魔法服とバイト服は立ち絵あってもいいよね〜。
 お気に入りはありす制服、私服、寝巻き、零制服、私服、崑崙制服、けーこちゃんバイト服、制服、岡田ちゃん私服あけみちゃん私服あたりですかね。

 表情差分はやっぱり多くはないんだけど、遊びも多く、感情の機微もそれなりに丁寧にキャラらしさを踏まえて紡がれていて、イメージとして不足感はあまりなかったですね。
 特にお気に入りはありす見返り赤面困り顔と、正面向き睨み顔ですかね。どちらもなんというか、ありすらしさが存分に発揮されていて独特の魅力があるし、本当に可愛いので印象深いです。
 その他お気に入りは、ありす笑顔、照れ顔、きょとん、溜息、膨れ、諦め、呆然、零笑顔、テンパリ、不敵、照れ焦り、溜息、ジト目、崑崙照れ目逸らし、笑顔、呆れ、恥じらい、焦り、聖ジト目、笑顔、拗ね、不満、カノンジト目、不安、落ち着き、笑い、けーこちゃん笑顔、半泣き、困惑、岡田ちゃんギャグ泣き、にっこり、消沈、あけみちゃんジト目、困惑、照れ焦りあたりですね。


 1枚絵は全部で82枚、マップ画面とかでSD絵も使われてはいるけれど本編では特に出てこないし、全体量として水準には届いてないかな〜とは思いますが、出来そのものは概ね可愛くて好きだし、いつくかハッとするほど好きなのもあったので、トータル的に少し甘めの採点ですね。

 特にお気に入りは4枚。
 1枚目はありすの寝床、このシーンのありのまま、という風情のありすがすごく好きで、特になんだいなんだい、と眉を顰めている顔が物凄く気に入ってます。お尻と太股のラインも艶かしいし、強いて言えばぱんつ差分があれば完璧だったのになあと。
 2枚目はありす初H正常位、このぬいぐるみ抱いてる構図がすごく愛らしいのと、あと基本的にありすって泣かない子なので、ここでの痛みと嬉しさの混じった涙が鮮烈で非常に可愛いなぁと思わされましたね。
 3枚目は零チャイナドレス、煌びやかで愛らしくて、物凄く絵としての完成度がいいなあと思う1枚ですね。零の柔らかい表情も可愛いですし胸元のラインとか超好き。
 4枚目は崑崙Hバック、この、仕方ないなあといわんばかりに受け入れ態勢の崑崙の雰囲気と、あとやはりボディラインの華奢な中に艶かしさが漂っているバランスがとても好きですね。

 その他お気に入りはページ順に、ありす添い寝、バラゴン登場、着替え、通学風景、バイト中、空飛ぶ魔女、舞踏会でダンス、お風呂、初H愛撫、お風呂H抱きかかえ、フェラ、背面騎乗位、零&カノンお別れ、着替え、対峙、桜の中、宣伝、顕現、出会い、零H愛撫、騎乗位、カノンH愛撫、バック、聖棺、散髪、私服デート、着替え、キス、結婚式、正常位、騎乗位、美衣プール、見舞い、アイドル、バック、崑崙横顔、舞い、メイド、自慰、正常位、三人組H、あけみH立ちバック、花見、オアシスあたりですね。


BGM(20/20)

 や〜、今回もツボでしたね。全体的にふわふわとした雰囲気と、要所での引き裂かれるような切なさのバランスの中で、とても幻想的かつ叙情的な楽曲に仕上がっていて、物凄くお気に入りですね。

 ボーカル曲は5曲。
 OPの『花びらとりぼん』は神曲ですね〜。すごく掴みどころのない、掴もうとすれば風に舞って遠ざかってしまう花びらのようなイメージの曲で、でもそのふんわりした中にしみじみと切なさと、噛み締めるような喜びが滲んでいて大好きです。特にBメロが大好きで、ラストのサビ前の歌詞、夢の乙女ロンド〜ってとこがそのなかでも飛び切りに好きですね。何故かサントラの歌詞カードに乗ってないけど。。。
 無論サビもすごく好きで、その夢が夢を紡いでいく連鎖のイメージのボーカルの澄みやかさと相俟って本当に大好きな曲ですね。現状で今年の三指には入ってきます。

 ノーマルED、といっていいのかな、『永遠の魔法使い』もかなり好きです。ちなみに鑑賞モード、初恋と逆に収録されてますね。
 曲としては荒削りというか、真っ直ぐなメッセージソングという体ですけど、その素朴さ、歌詞の率直な痛々しさと切なさ、Bメロから徐々に盛り上がっていくサビのメロディと歌詞が気に入ってます。個人的には零&カノンエンドで流れる二番のほうが白眉だと思うので、そこがサントラに入ってないのは痛恨ですが。。。

 グランドEDの『初恋』もかなりいい曲ですね。まあ他が良すぎる分少し印象の中で埋没してしまっているのですけど、実にWhite−Lipsさんらしい、素朴で透明感ある中にも情感がたんまりと詰め込まれた雰囲気、特に後半の変調のあたりからはかなり気に入ってます。

 シークレットEDの『ヒステリア』も、珍しい男性ボーカルですけど、迫力がある中に執念とも言うべき想いの強さが切々と歌われていて、こういうロック調の雰囲気とも存外合うんだな〜って。曲としてもかなりいい曲で、サビのかっこ良さは是非にインプットしておきたいですね〜。
 ドラゴンバーガーは・・・、案外耳につくいい曲ではあるけどまあ言及するほどではないよね。。。


 BGMは全部で28曲とほぼ平均、全体としての出来はやはり素晴らしく水準が高く、満足度は高いです。
 特にお気に入りは『砂漠の花』、もうね、この曲は凄過ぎるですよ、この出だしからラストまで全く無駄のない、ギュギュッと哀愁、切なさ、くるおしさが詰め込まれたメロディラインの鮮烈さ、最高としか言えないですね。一回聴いただけで虜になったし、何回聴いても全く飽きない素晴らしさで、かつ作品内で出てくるとより一層深みが引き立つ印象です。
 あくまで印象でしかないけど、この作品の切なさや情緒を彩るシーンにおいて、半分以上はこの曲の後押しを受けての盛り上がり倍プッシュ、って感じだったし、情感の七割くらいはこの曲で支えられているんじゃないかって、それくらいインパクトの強い曲。今年のみならず、歴代でもトップクラスに好きになるだろう曲です。

 その他お気に入りは、『小さな薔薇が咲く朝に』『夢のなごりを探して』『風が休む場所』『星の導き』『満腹気分』『そびえる古き時計塔』『ジャバウォック王』『落ちる太陽』『蜃気楼の果て』『オアシス』『もっとも勇気ある冒険者』『ALICE』『千夜の語り』あたりですね。


システム(8/10)

 演出はまあそれなりでしょうか。
 相変わらず場面場面での情感を盛り上げる構図を作り上げるセンスの卓越さは光っていますが、全体としてはそこまで動くわけでもなく、一応立ち絵同期や、独特のSEなどで盛り上がってはいますけど、やはり平均して大人しい雰囲気ではありますかね。
 OPムービーはロングサイズですごくデザインセンスも良く、いい意味で現実感から浮きたったイメージがよく出ていて、曲とあわせてかなり好きです。

 システムはもう一息ですかね。
 使いにくい、という程ではないけど、やはりここのは独特の使い勝手だし、項目も必要最低限ではあるし、何よりジャンプがなくスキップが遅いのが辛いですね。
 基本的に一本道だから平気だろう、と思いきや、最後の真相編の回収のために最初から延々と回さなくちゃいけなくて、それが遅い遅い・・・。流石にあれは面倒でした。それに見合う結末か、という部分も含めて、改善の余地ありだと思います。


総合(92/100)

 総プレイ時間22時間くらいですかね。なにがどれくらい、と区分けしにくいので今回は概算のみで。あと最後の回収一時間以上かかったのは触れておきましょう。。。
 全体としてボリューミーというほどではないけど、そもそもテキストに余分が少ないので展開はスピーディーだし、でも焦らしの要素も多くて、常に先が気になるという飢餓感を覚えさせられる面白さですね。

 無論作風にもテキストにもすごく独特の個性が際立っているから、合わない人には合わない話だとは思うし、解釈論的な部分からしても、相変わらずどこかしんみりした余韻のほうに比重を傾けている感はあるので、単純にキャラ萌えや、ハッピーエンドを求めてプレイする作品ではない、とだけは確実に言えますね。
 正直体験版やっても、テキストの雰囲気はともかく、このプレイ後の余韻を髣髴とさせる部分はあまりなかったと思うし、判断材料が難しいのですけど、嵌ればすごく嵌ると思うので、興味があるなら是非手にとってみて欲しい作品です。
posted by クローバー at 06:18| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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