2015年02月10日

ハルキス

 基本的にキスシリーズ好きですしね、買わない理由もなく。


シナリオ(25/30)

 本当に救われたのは。


 主人公は元々は文武両道でしたが、進学を気に一人暮らしをすることで一気に怠惰に転落し、一年を丸々棒に振って留年寸前にまで至り、ギリギリで進級こそできたものの、その生活スタイルを変容させなければ更生出来ない、ということで、今年から従姉妹でクラスメイトでもある葵と、その姉が暮らす家に居候することに。

 そんな感じで自分のことで精一杯、の主人公ですが、生来お節介でもあり、進級の条件であった奉仕活動の一環で早朝の学内清掃を手伝ったとき、偶然にクラスメイトの伊月が、性質の悪い男に絡まれているのを発見し、その一触即発の雰囲気に背を押されるように仲介に入ります。
 その相手を黙らすために、咄嗟の機転で二人が恋人、という話をでっち上げ撃退するものの、その会話を伊月の親友であるしのぶに見つかり、その恋人関係、という誤解が即座に学内に膾炙していきます。

 というのも、伊月は学内で眉目秀麗、文武両道で一目置かれており、いわば学園のアイドルのような立ち位置でありつつ、寄ってくる男は容赦なく撃退する鉄壁ぶりもその評判に拍車をかけていて。
 “八住要塞”とまで呼ばれた伊月を落とすために、先程のような性質の悪い男が、半ばゲーム感覚で群がるような状況に、心ある面々は密かに同情していたのもあり、その伊月が遂に彼氏を作った!という話題は、本当に?という疑いも孕みつつ、やっかみ半分、好意半分で受け止められ、簡単には訂正できない状況になってしまったのです。
 伊月としては、それが虫除けになるなら悪くはない、という感覚もあり、けれど一方的に主人公に頼るわけにはいかない、ということで、二人は嘘の恋人関係を続けつつ、主人公の更生、特に勉強関係でのフォローをすることで折り合いをつけます。

 ですが、嘘とはいえ恋人は恋人、周りにもそれっぽく振る舞う必要はあり、かつただの友達からでは踏み込み得ないそれぞれのプライベートに踏み込んでしまう必然も生じて。
 偽装初デートの帰り道、学内では秘密にしていた葵との同居が伊月にばれ、それについての釈明、のようなものを二人の家でしている最中に、今度は主人公の妹のこのみと、幼馴染で、かつて主人公が専心していた柔道の姉弟子でもある天音が、同居生活になってから全く音沙汰がない主人公に業を煮やして訪問してくるハプニングもあり。

 主人公と、嘘の恋人という関係を梃に、その周りの女の子達の素顔を図らずも伊月が覗くことになって、そこにある憂悶や苦慮、そしてその根源である主人公の傷を知るにつれ、健全な家庭で健康で安定的な愛着を育んできた、要は超のつくお人好しの伊月は、その鬱屈を、我慢を、不安定さを放っておけないと考えるようになっていきます。
 主人公もまた、そうやって周りの状況が、いわばずっと“置いといた”所から一気に動き出して、なんとかしなくてはいけないのだろうという危機感は漠然も持ちつつも、主に家庭環境が作り出した生得的な諦観や後ろ向きさが邪魔をして、中々踏み出すことも出来ずに、時に致命的なミスを重ねてようやく、或いは散々に叱咤激励されて、今を変えようと決心していって。

 果たして主人公たちの過去には何があったのか?
 それが生み出した傷と軋轢は、きちんとした形で片をつけられるのか?
 その過程で、誰かと共に歩むことを真っ直ぐに受け入れられるようになっていくのか?

 この物語は、癒すのに時間がかかる心の傷の転換期に訪れた偶然が織り成す、人の弱さと強さ、信じることの尊さを真っ直ぐに綴った、少しだけ型破りの青春グラフィティです。


 あらすじはこんな印象ですね。
 大枠として、基本的に主人公は様々な後悔を背負って、どれも半端に手放せず、解決もさせないままに立ち往生しており、それ故に彼を慕っている相手との関係を変化させることに怯えていて。
 けれども、時間が蓄積させた鬱屈はいつか破裂する日がきて、それを経てようやく動かざるを得なくなって、というのが、伊月シナリオ以外の流れであり、それを事前に歯止めをかけてみせるのが伊月シナリオ、という解釈でいいと思います。

 テキストはいつもながらのリズムよく流麗で洒脱な森崎節、という感じ。
 今回は完全に一人執筆、ってのもあるのか、これまでのキスシリーズ以上にらしさが滲んでいるというか、シリーズとしての特色である軽妙な掛け合い、自然体で人情味のあるキャラメイク、緻密で繊細な心理描写はそのままに、主人公にかなりのアクを含ませて、それを軸に心象面でのダイナミズムを追求している印象ですね。
 それぞれの心理の変遷の土台の部分が堅牢で論理的な分だけ、よりいっそう私好みのつくりになってましたし、主人公が言ってしまえばどうしようもなくって、思考形態としても不器用に過ぎ、どん詰まりでもどかしくはありつつも、これもシリーズ特色であるヒロイン視点を多彩な場面で捻じ込んでくることで、その重苦しさを払拭、は流石に言い過ぎだけど軽減させているあたりも、上手くバランス取れているなあと感心したところです。

 ルート構成は特に難しいことはなく、好きなヒロインを追いかけて、ですね。
 選択肢そのものは少ないものの、きちんと誰に心情的に寄り添うか、という選択の提示にはなっているし、それを踏まえて共通の途中でそれなりに尺のある固有ヒロインイベントを展開するので、それを前提に一歩踏み込んだところへ、という流れは納得的。
 まあその選択でテストの結果が変化したりするのはギリギリな力業、って気もするけれど、それを踏まえて個別でも、ヒロインの行動原理にきちんと敷衍できているから目くじら立てるほどではないかなと。
 
 ただ、ルート固定はないのですが、テーマ的に、というか、構造的な視点で見ると明らかに伊月ゲーであり、だからと勇んで伊月を先にプレイしちゃっても、かえってその凄みの本質は理解しにくいし、かつ他ヒロインのルートのグダグダな導入に違和感を覚えそうな気はするのですよね。
 とにかく伊月以外のヒロインの初体験、って、真っ当な恋愛もののエロゲとしては中々に食傷しかねないひっどいシチュエーションだったりするのですよ(笑)。
 無論それもきちんとした心象面での理由づけありき、なのですけど、その構造をしっかり把握するためにも、伊月をラストに持っていった方が万全に楽しめる作品になっているのではないかと思います。


 シナリオに関しては、これまでのキスシリーズとは少し味わいの違う部分も醸していて。
 とにかく今回は、大枠での構成、特に精神構造に関しての緻密さが光ってますね。それぞれの生得的な人生理念が織り成す、どうしようもない、と、かくあるべきの相克というか対峙というか、そのあたりが作品全体をダイナミックに使って表現されているというべきか。

 故に、多角的な人間関係の中で、一辺の変化が周りの構造にも大きく影響を与え、有機的に連動して、結果的にプラスの要素を持ち込んできてくれる、という形状がどのシナリオでも効果的に用いられています。
 今迄のキスシリーズでも同じような波及効果は見られましたが、キスベルならちはると夕実、キスアトなら月夜と棗という、親友関係に割り込む主人公がいて、という限定的な範囲だったし、その背景にこの作品ほど根源的な精神構造の土台は用意されていなかったので、その意味でとても冒険的なつくりになっていると思います。

 この設定だとどうしたって主人公はめんどくさくなっちゃうし、そのマイナス面をなるべく打ち消しつつ、その設定でこそ掘り下げられる深みに挑んだ格好ではないかと感じるし、結果として多分今までのシリーズより毀誉褒貶が激しくなっているだろうことは想像に難くないのですけど(笑)。
 でも私としては、こういう意図がしっかり汲み取れるつくりは大好きですし、結果的にも、ルート毎の温度差はどうしても出ちゃうけれど、概ね高く評価できるなあと思っています。

 元来人には、本質的に高い感応性が備わっていて。
 生育環境や社会環境、近しい大切な人達の在り方に感化され、それを柔軟に受け止め、取り込んで生きていくもので。
 本来的にそれは、社会的な人の正しさを担保し、自己の在り方に対する自信を育み、健全な社会を構築していくための大切な、そして唯一無二の歯車であるはずなんですよね。

 ただ、無分別な個人主義の蔓延る現代社会においては、その効用が負の連環に取り込まれている面も無視できなくて。
 色んな意味合いで、健全な家庭環境で育たない子供が増えて、その子供が親になった時、やはりその子供を健全に育てる術を知らなくて・・・、という負の再生産は、字面以上に深刻さを孕む問題なわけで。

 だからこそ、物語の中でくらい、人の気質として、社会倫理として正しい在り方が、どうしようもない不遇の中で培わざるを得なかった、人としてねじくれた在り方を、諦念を挫き、その停滞から救い上げる、そんな美しさがあるべきで。語られるべきで。
 このシナリオは、その観念を基軸に、けれどそれがけして一方的な作用でなく、互いを支え合う必然性を状況の中に構築して、明晰な連関性と論理性を蓄えつつ、ドラマティカルに仕上げた秀作、というのが私のイメージです。

 ・・・なんかまとめみたいな書き口になっちゃったけどまだまだ続きます(笑)。

 個別評価としては伊月>>>>天音=葵>このみくらいでしょうかね。
 まあ伊月に関しては、自分以外シナリオでの振る舞いの凄み、という部分も加味して、という感じにはなりますが、まあとにかく伊月シナリオが私大好きです。。。

 以下、基本伊月シナリオに対する愛の駄々漏れと考察をネタバレ込みで、一応流れで他シナリオにもちょっとずつ言及しつつ、になると思います。

 作中でも言及されているように、伊月は基本的に恵まれた人間です。
 すごく健全な家庭環境に育ち、のびのびとした気質を育み、また本人の才能の高さもあって、自分の在り方に対するイメージがしっかりしているというか、自分なりの倫理観に抵触するラインの線引きがすごく厳然としており、かつそれを土台にしての物事の割り切り方が非常にさっぱりきっぱりしていて。
 けれど、決してそれに固執することはなく、他者の在り方を公正に見抜ける目があって、そこからいいものはいい、と、自分の倫理観の中に柔軟に取り込んでいける謙虚さもあるんですよね。

 最初に主人公との契約において公平を言い出したのも、決して他者に借りを作りたくない、という、出来る人特有の依怙地な反応ではなく、自分の中の倫理観として、そうあるべきだと心から思っているからそうした、という健全さがあったりと、まあ正直本当に物語だから許される、ってレベルの素敵な人間性です。
 凄い、でなく素敵、と評するのは、それはあくまで伊月にとって“普通”であり、決して無理してそういう自分になろうと努力しているわけではないからで、だからこそ余計にその在り方はかけがえない、と思う次第。
 ともかく伊月は、人を愛すると同じだけ自分を愛せるキャラだと思います。

 一方主人公は、最初から家庭環境に歪があって、どこか排他的で諦念に染まったな精神性を涵養してしまったところに、両親の相次ぐ死と、そして義理の家族との関係が追い打ちをかけて。
 更には、そういう歪んだ土台の上に、武道が涵養する忍従とか献身の精神を積み増してきちゃったものだから、不必要なまでに自分一人で抱え込んで、どうにもならないものでもどうにかしようと足掻いて潰れて。

 伊月シナリオでの議論で、何をやっても上手くいかないのがデフォルト、みたいな発言ありましたけど、客観的に見ればそりゃそうなるだろ、って無謀な背負い方してるわけで、とはいえ主観で積み重ねられたものは、頑迷な精神性として固着するのを避けられなくて。
 いわば主人公は現状、自分を愛するだけしか人を愛せないキャラなんだなあと。

 この、愛の発信点が自分の外側にあるか内側にあるか、ってのは、人間性の発展においてかなり深刻な作用を及ぼす部分であり、そしてそれは、生得的なものであればあるほどに矯正も克服も難しくて。
 だからこの作品は、まず主人公が自分を愛してあげられるように仕向けていく、ヒロイン「が」主人公「を」攻略するゲームだと思っているし、なかんずく伊月がその主体を担っているのは疑いないところです。

 シナリオ構造で言えば、伊月以外のヒロインは、どうにかしたいと思ってもその思想の部分から変革させる言葉を持たず、結果的に肉体関係という最終兵器的な飛び道具を用いてようやく、無理矢理に主人公の意識を捻じ曲げることが出来ていて。
 挙句、意識は前向きになっても現象的な意味でそれをどう示していいのかわからず立ち往生するところで、伊月に叱咤激励され、道を示されてようやく・・・というのが、他三人のシナリオの最大公約的なイメージなんですよね。
 勿論それだけでない面白味もあるし、他三人にはむしろ伊月にこそない過去の関係が織り成す共感はあるから、これはこれでそれぞれに面白い、とは言えるのですけど。

 んで結局どうしてそうなるのかと言えば、上で触れたように、人は基本的に他者に影響を受け、感化されて生きていくからで。
 かつ、作中で主人公が独白していますが、悲しいことに負の観念のほうがその影響力というのは強い、というのは人間社会の現実なんですよね。

 そして伊月以外のヒロインは、程度の差はあれ主人公の過去に深く関わっていて、そこには負い目も共感も多分に内包されてしまっている、だからこそ余計に負の観念に引きずられやすい、一緒になって堕ちていく、というジレンマに巻き込まれてしまっているわけです。
 けど伊月にそういうしがらみはなく、更に自己の規定がすごくしっかりしていて。
 だから客観的で公正な視座で、主人公と、そしてその周りのヒロイン達を見て、情味のある厳しくも適切なアドバイスが出来るし、主人公の観念に引きずられることなく、むしろ自分のシナリオではそこから強引に引き上げてみせるという離れ業をやってのけちゃうんですよね。

 レイラインの感想でも似たようなこと書いたけれど、共感というのは人を癒す感性ではあるけれど、人を成長させる感性ではない、ってのが私の思うところで。
 けれど、人の心の傷の快復のプロセスにも段階があって、最初期においてはその共感や、或いはそっとしておいてくれる環境が必須であり、その段階で力づくで立ち直らせようとすればかえって傷を深くすることにもなりかねなくて。

 だから状況として公平に判断するなら、他三人がここまで見守ってきたことは絶対的に必要な要素だったし、それがあってはじめて、主人公が転換期をつつがなく迎えることが出来て、そこで美味しいところを伊月が一切合財根こそぎ持っていった(笑)、という評価が正しいのかなと思ってます。
 それはどうしても物語、としては印象的に綴れない部分だから、他三人がこうしてシナリオで割を食っちゃうのも仕方ないし、構造的にもそれは確信犯なんだろうな〜って。

 そういう前提の部分を把握した上で、だからまあこの作中においては、伊月が主人公を救った、というのは間違いないのですけど、一方で主人公が伊月を救った部分も多々あって。
 その持ちつ持たれつ、という関係性の巧みなバランスが、それをもたらしたのが結局は偶然だった、という、ハルキス、というタイトルに象徴される、季節の変わり目に訪れる些細な変化の要素として十全に機能していることが、物語として実にドラマティカル、だと私が一番に評価している部分です。

 主人公はまあ唐変木だし(笑)、とても自己評価が低いので、その主観で見た場合の伊月との嘘恋人関係での、伊月が享受するメリットは、自分の悪評のおかげで性質の悪いのが寄り付かなくなったことくらいにしか置いていなくて、それも自分のようなろくでなしにまとわりつかれてトントンだろ、くらいにしか考えてないんですよね。

 けど伊月の主観としては当然もっとその影響力は大きくて。
 当然その、変なのが寄り付かなくなったという直接的な部分の恩恵もありつつ、それ以上にその煩わしさから解放されて、日々の暮らしに精神的な余裕を取り戻せた、という部分が大きいんですよね。

 加えて、それまでの伊月って、部活でも上手くやってるし、しのぶって親友もいるけれど、作られたイメージにある程度は迎合しているところもあって、またその親友も身体が弱くてお調子者で、信用は出来るけど、信頼をもって自分の全てを預ける、ということはしにくいキャラで。
 更に部活でも、ずっと可愛がってくれていた、頼りになる先輩たちは卒業しちゃって、ある程度自分の問題は自分で何とかしなくちゃいけない土俵に立たざるを得なくなって、それが余計に精神的な余裕を削っていたのかなと。

 それが、主人公と知り合って、嘘の恋人という建前が孕む不可避的な部分から、ただの友達では踏み込めない、主人公のプライバシーな領域に引きずり込まれて。
 けれどそこは逆に、伊月が一切自分を飾る必要がない、そして当座の悩みになる主人公の在り方についてを忌憚なく相談できる環境でもあって、そういう気兼ねない同性の友人が増えた事は、どこかしらぼんやりとでも抱えていた閉塞感を解消する効用もあって、そういう諸々が、こうまで清々しい伊月を磨いていったのではないかと感じます。

 で、おそらくここまでが、伊月が自覚的に、嘘恋人の関係で享受している恩恵だと私は判断していて。
 上に書いたように、伊月は人としてそうあるべき、という信念の元に、きちんと受けた恩義を衡量して、適切に相手に返せる正しさ、素敵さを孕んでいるから、他のヒロインとやらかしてどん詰まりになってる主人公に対し、嫌われるかも、なんて小さな懸念を一切斟酌せずに、耳に痛い、厳しいけれど優しさも多分に内包した諫言を、フォローを“無理なく”やってのけるわけですね。

 ただ、それとは別に、伊月が無自覚の恩恵もあると私は解釈しています。
 それは、葵とのアナロジーでもしも、を考えた時の、有り得たかもしれない未来の欠損を事前に防いだ、という部分に他なりません。

 上では他三人一緒くたに、主人公に対して思うところあり、とまとめてしまったけれど、厳密に腑分けすれば、主人公に負い目があるのは天音とこのみだけで、葵には共感はあっても負い目そのものはないんですよね。
 けれど葵は結果的に主人公の観念に引きずられて、個別でも主人公を何とかしなきゃ!と決意してもどうすればいいかわからずにくだを撒いて、結果あんなことになっちゃってるわけで、じゃあなぜそうなのか?

 それは当然、葵が過去の、主人公とは無関係のいざこざで男性不信に陥っていること、それを拗らせてやたらと回避的な性向を根付かせてしまっているからで。
 そういう生き方に慣れてしまったからこそ、基本的に主人公にも不必要に干渉しようとはしないし、いざ一念発起して深みに手を突っ込もうとしても、そうしてきた経験そのものが頓挫してしまっているから、どうしていいか自信もなく、直感的にそれを掴み得ることもなくて。

 ここで注目したいのは、伊月と葵の相似性なんですよね。
 二人とも健全な家庭に育ち、才能もそれなり以上に備わっていて、そして時期の差はあれ、その見目麗しさが男絡みの鬱陶しい問題を呼び寄せていて。
 それが拗れた結果、葵は元々は備えていたはずの健全な精神を少しばかり歪ませて回避的な生き方にシフトしてしまった、じゃあもしも、伊月が物語の冒頭のシーンで、主人公の介入がなく、あのチャラ男をその想いの通りにぶん殴っていたらどうなっていたろうか?

 上で書いたように、偶々季節の境目にあって、伊月には全てを安心して委ねられる相談相手も頼れる相手も少なくて、また面白おかしく争奪戦の様相を呈していた状況からしても、相当に拗れた可能性は高い、と思うんですよね。
 そしてその果てで、伊月は伊月らしさを失わずに済んだろうか、と考えると、それはかなり覚束ないものがあって。
 だから、たまたまの偶然とはいえ、あの主人公の介入は、大きな枠組みで見て、伊月の健全な精神、人を信じ、自分を好きでいられる真っ直ぐさが挫折するのを防いだ、つまり伊月の人間性の根幹の変貌を防いだ可能性が高いと言えるのではと。

 そこで思い出したいのは、伊月以外のシナリオは、変わらなきゃならない状況が先に作られて、それに対しての道筋を伊月が容喙していく形であったのに対し、伊月シナリオは、主人公のどん詰まりの心が致命的な何かをやらかす前に、状況そのものを根幹からひっくり返してしまっている、という所で。
 それは、他ヒロインが肉体関係を差し出してはじめて為し得た事であり、それを言葉と態度の積み重ね、信頼だけで覆すのが果たしてどれだけ難しいことか?
 少なくともこの作品では、首尾一貫して嘘も隠し事もなく、言いたいこと、言うべきことを真っ直ぐぶつけられる伊月以外には決して成しえない偉業ですし、けどその可能性を守ったのは主人公だった、という帰納的な解釈が成り立つところが見事なのです。

 私も自分でGardenの瑠璃シナリオ書いて、その手の構造を説得的に、かつ物語として面白おかしく組み立てるのがどれだけ難儀であるかよくよくわかってるつもりなので、それをこの短い尺の中で説得的に、ドラマチックに紡いでみせた手腕には脱帽せざるを得ないし、その難しさを“無理なく”やってのける伊月は、改めて素敵な奴だなあ(注:素敵なヒロイン、とはまた別枠ね)と感銘を受けざるを得ないんですよ。

 何しろ心の傷って半ば本能的なものですからね、それを覆すだけの信頼を築くってのは並大抵ではない、サラッと読んだ印象以上に高く評価すべきポイントだと思うし、まして自分の淡い恋愛感情を脇に置いてでも、自分が信じる正しさに殉じた、という部分は絶賛したいところ。
 けど伊月だって年頃の乙女だから、それに対してみっともなく煩悶もするし後悔もするし、でも結果的にその正しさが、伊月と主人公の恋情も、そして伊月の人としての在り方も等しく守り切り、なお主人公を同じ高みに押し上げる為の原動力になっていく、という正方向の円環性に導いているのがもうねと。

 だからこそ、伊月シナリオの最後で家族との和解の仲立ちが組み込まれてくるのも、またその前提としての二人の賭け、人の想いを背負う喜びに伊月の精神が拡張していく部分も、すごく必然的な流れだと感じるし、その人間性の根幹に関与する、という重みで、この個別ルートに限り、無自覚的な恩恵の部分もきっちり返し切っている、という構図は本当に考え抜かれていると思うのです。

 暫定の名言プールとしてふたつ。

 「どうしてそういうとき、瀬戸君って、“しないための理由”を探すの?」、は、主人公の精神性の根幹をシンプルに抉った素晴らしい一言だったし、それを受けての主人公の爆発もやんぬるかな、って感じで、この平明なまとめ方に凄みがありますよね。

 「文句はあとで言うから、我慢しないで」、はまあ、ものすごく伊月らしいなぁと思わず唸ってしまった。ぶっちゃけ初Hシーンの台詞だから甘い雰囲気づくりには関与しない感じではあるのだけど、その率直さが本当に好き。後で本当に全力で文句垂れてるのも好き(笑)。


 以上、かなり長くなったけれどここまで書かないと説明できない私のめんどくささ。。。
 ただ、表面的に、現象的に見ればそこまでダイナミズム溢れる作品、とはわかりにくいし、伊月シナリオ以外が色々とグダグダで、恋愛ものとしていいのかそれで!?と思わせる構造でもあるから、それでも名作ラインの点数つけますよ、というならその根拠はしっかり示しておきたかったのです。

 少なくとも私の解釈はとことんまで伊月ゲー、に他ならないし、伊月も人としてすごく素敵ではあるけれど、一種高潔に過ぎて万人受けするタイプでもないから、伊月に合わないと作品としても評価しづらいことになると思います。
 少なくとも体験版のくだりから、伊月は首尾一貫して伊月らしさを保ち続ける作品ですので、気になる人はそこでフィーリングを試してみて、ってのがとても無難な選択になる、まあここまでのキスシリーズのイメージとは結構異なる、挑戦的で尖った作品だったと思いますね。


キャラ(20/20)

 相変わらずこのシリーズは非常にキャラとの距離感が近いというか、自然体で等身大の人情味がすごく滲み出ている分、平均的なエロゲの雰囲気とは一線を画した楽しみがありますし、マイナスからのスタート、ってイメージこそあれ、ヒロインそれぞれにも、主人公にも成長、快復のプロセスの中での魅力が光ってますので、満足できるところです。

 当然一番好きなのは断然に伊月。まさかの今年二作目で二人目の殿堂ヒロイン確定的ですなぁ、体験版の時からぞっこんではあったけど、我ながらここまで好きになるとはちょっとびっくりです。
 まあとにかく基本性能が高いのに鼻にかけるところもなく、正直で、善良で、自身の倫理観に誠実で、けれど寛容で柔軟性もあって、大切な人にはとことんまでにお節介を焼いていくギバーな精神性と、疎まれたり嫌われたりするかも、なんて些細なことで諫言を躊躇しない高潔さと強さもあって。

 けどその一方ですごく乙女らしい華やかさとか夢見がちな部分もあり、飄々としているようでも、予想しない部分で乙女回路のツボをつかれると弱かったりしてすんごく可愛げもあるし、その人としての素敵さと、ヒロインとしての素敵さが、どちらかと言えば前者に強く寄ってはいるけれど、絶妙なバランスで配置されていて超好きですわと。
 他ルートでの威勢の良さと真摯さもめっちゃ素敵だし、自分のルートだと、伊月らしさはしっかり維持したままに、より素敵な伊月になるべく主人公のいいところを汲み取って身に付けようとしてみたりと、まあなんというか、私の中でここまでマイナス点の少ないヒロインも珍しいなと。
 強いて言えばスタイル・・・なんだけど、私好みのスタイルじゃこの押し出しは醸せないと思うから(笑)、伊月はこれでいい、と全てにおいて思わせてしまうところが凄いです。

 他では、まあ強いて挙げるとこのみですかね、やはり元々の好み度合いで(笑)。
 ただある意味シナリオの犠牲としてはこの子が一番というか、純愛ゲーにあるまじきはじめてだからなあ、でもそうなるまで何も出来ない精神的な欠損、という視座では、このみもやはり仕方ないと思えるし、それを徐々にでも二人で克服していって、笑えるようになっていく様はすごく可愛かったですね。
 あと、それ以上は成長しなくていいからね(笑)。

 葵も天音も別に嫌いじゃないし、それぞれに魅力はあったけれど、どうしてもわざわざ言及するモチベかきたてるほどではないかなって(笑)。いや、伊月にリソース割き過ぎなのは重々承知ですけど。。。

 あとママン癖あり過ぎだけど、もっと絡んで欲しいキャラではあったね。葵シナリオでの呼び出しでの問答の痛快さはすごく良かったし、病んでた過去ならともかく今は、ってのはありそうだし。
 状況を作るだけでテーマとしての必然は果たした、ってのは確かだけど、伊月シナリオラストは折角ならこの二人に喋って欲しかったよ。。。さぞや明け透けで忌憚のない会話になるだろうし、伊月はそれなりに相性いいと思うんだよね。


CG(17/20)

 シリーズ通じて徐々に出来は良くなっているイメージはありますね。
 基本的に伊月・このみサイドの人のほうがシャープで好みではあり、ただ目が開いている時はすごく可愛いけど、目を閉じた時の描き方がもう少しかなあと思ったり、天音・葵サイドの人は肉感的で官能的なのはまあ世間受けはするんだろうなあ、みたいな。
 ただこれ、立ち絵とか1枚絵で見ている限り、天音より伊月のほうが全然胸があるんだよ、って風には全く見えないよね。。。

 立ち絵は概ね標準クラスですかね。
 ポーズはヒロインで2種類ずつ、サブは1種類ずつですね。腕差分などはなかったと思うので、動感としては今一歩ですけど、らしさはすごく出せているので悪くないかなと。
 お気に入りは伊月正面、やや横、このみ正面、葵正面、天音やや右、撫子あたり。

 服飾はヒロインで3〜5種類、サブで1〜2種類ですね。特典の資料集だと、下着とか水着とか、本編であったっけ?っていう衣装乗ってるんですけど、というか、伊月の水着ピンクのほうが好きなんですけど。。。
 お気に入りは伊月制服、私服、競泳水着、このみ制服、私服、葵私服、天音私服、しのぶ私服あたりですかね。

 表情差分はそんなに多くはないけれど、感情表現がくっきりしていてすごく見ていて楽しい感じ・・・ってのは主に伊月の印象ではありますけど。基本可愛かったですしねぇ。
 特にお気に入りは伊月のおねだりと微笑かな。おねだりはあの猫口でワクワクしてる感じがめっちゃ可愛くて、微笑は告白シーンの「いいよ」との一体的な破壊力でやられましたね、あれはマジ可愛いっすよ。
 その他お気に入りは、伊月疑い、怒り、驚き、目逸らし、照れ笑い、不安げ、冷笑、げんなり、ウインク、ギャグジト目、このみ驚き、笑顔、ジト目、もにょもにょ、照れ焦り、葵微笑、疑い、眉潜め、呆れ、天音意地悪げ、ジト目、微笑、照れ不敵、つばめびっくり、撫子真面目あたりですかね。


 1枚絵は全部で81枚、SDもないし、値段考えるともう少し欲しいところですけどね。出来は上に書いたような感じで、配分的にはこんなものですかね。

 特にお気に入りは2枚。
 1枚目は伊月とのデート、表情豊かで魅力的な伊月が満載で、掴みとしてすごくいい1枚だと思いますね。
 2枚目はこのみとお風呂、全身で甘えている感じと、鬱屈していた感情が噴出したかのようなコロコロした愛らしい表情の変化が好き。というかこの1枚、妙にねこにゃんさんっぽい出来だなあ(笑)。

 その他お気に入りはページ順に、伊月水着披露、マッサージ、立ち聞き、告白、初H正常位、背面座位、バック、騎乗位、背面屈曲位、キス、葵着替え、花火、試着、デート取材、正常位、バック、甘え、このみ来訪、着替え、談判、卒業、事後甘え、バック、メイド正常位、背面座位、対面座位、キス、天音子供の頃、花火、立ち合い、騎乗位、立ちバック、道着愛撫、しのぶ雑誌を手に、迎えに行くか、あたりですね。


BGM(17/20)

 実に春らしい爽やかな曲が多くて、凄みはないけどシンプルに耳に残る感じですね。

 ボーカル曲は3曲、なんですけども、ぶっちゃけイメージソングって作中で流れた?聴きそびれがあるかもしれないですけど記憶にないんだよなあ、一応サントラに入ってるので大事はないんですけどもね。
 OPの『True Distance』はすごく清涼感があり、ポップなメロディとキュートな歌詞が春に宿る甘酸っぱい予感を上手く引き出していて、結構好きですね。

 イメージソングの『4 Seasons』が、しかし実はボーカル曲の中で断然好きだったりする。。。
 これもやはり清涼感と疾走感があって、何より鮮烈な真っ直ぐさ、健やかさが歌詞にもメロディにも感じられて、すごく伊月に似合ってる曲だなあと思ったら余計に思い入れちゃう罠。
 サビのメロディラインと、あとDメロのふわっとした感じが特に好きですね〜。

 EDの『Close to you…』はやはり軽やかでのびやかで、シナリオでの閉塞感からの脱却、未来への希望を輝かせるようなイメージがしっかり浮き立っていて、サビでの広がり方も綺麗でこれもそこそこ好きな曲です。

 BGMは全部で20曲とやや少なめですが、質はまとまってて安定しているかなと。
 特にお気に入りは『辿り着いたよ』、後半の達成感溢れる優雅で温かいメロディの膨らませ方がすごく好きですね。
 その他お気に入りは、『優しい風』『放課後のフライハイト』『変わらないもの』『彼女のセオリー』『コントラスト』『刺し貫かれた心』『今この一瞬だけを掴むため』あたりですね。


システム(9/10)

 演出はまずまずでしょうか。
 派手さはないけどきちんとキャラは可愛く動くし、感情アイコンや背景効果、SEなども要所では効果的に使われていて、物足りないという事はなかったですね。
 ムービーは最初に物理的に胸を弾ませる必要あるのか?とは思うんだけど(笑)、全体的にこれも派手さはないんだけど、細かい部分での繊細なセンスが結構好きだったりして、桜色を基調としてのつくりもいいですね。

 システムは万全過ぎ。。。更に進化して、ほとんど全ての、ゲームをストレスなく楽しむために求める他所多様な要素を網羅しているし、それでいて煩雑さもなく非常にシンプルさは保っているというのが凄いですね。
 元々定評のあった戯画システムですけど、また一段進化して、常に時代の一歩先を行っている感じは素晴らしいです。


総合(88/100)

 総プレイ時間19時間ちょい。共通4時間強、個別が共通内の分岐も含めて3,5〜4時間くらいの範疇かな。
 どうしても設定上足踏みが必要な場面とかは多いし、最初から最後まで読み口爽やか、とは到底言えず、その意味ではキスシリーズのイメージを打破しているけれど、きちんと文脈を追っていけば、その分だけきちんと面白味を引き出せる意欲的なつくりになっているし、私としてはそのマイナス面を含めても名作と評価したい作品になりましたね。
posted by クローバー at 05:52| Comment(1) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小生は今年購入したエロゲは8本と、経験の浅いエロゲ初心者ですが、
挿入歌を流すやうなドラマチックなシナリオではなく、淡々としたシナリオですから、没になったのでせう
キスシリーズは、根本的にはアマガミや、キミキスといった表世界の模倣からスタートしましたが、それらの作品の特徴である、ギリギリのエロスを感じるやうなものではなかったなぁ
ライターも次回は名義を変えて再出発だろうし、シリーズラストを飾る結果になった以上、リベンジはないのだろうね
Posted by at 2015年02月10日 14:17
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