2015年03月09日

ぼくの一人戦争

 超久々のるーすぼーいさん×有葉さんの黄金タッグでの作品ですし、体験版も山盛りに奥行きと不気味さが溢れていて楽しかったので迷わずに購入。


シナリオ(26/30)

 独りにならないための、一人の心の戦い。


 主人公には、結婚の約束すらした恋人のるみがおり、そして学園でも愉快な仲間達に囲まれていて、些かの不自由はあるものの概ね楽しく日常を謳歌していました。
 そういう日常の温もりを愛し、大切なものを噛み締めるのと同時に、主人公は幼い頃の家庭環境、家族の崩壊や切り捨てなどの変化に翻弄され、抑圧され続けてきた自身の夢にも目を向けるようになり、いつかはるみとともに、この閉鎖的な町から飛び出して、自分の夢と力だけで道を切り開いていきたいという自立心をも滾らせていて。

 それは或いは、若さの特権的な傲慢でもあり、誰しもが抱える両価性であって。
 しかしある日、それを受け止めてくれるはずの現実の方が、突然崩れていきます。

 “会”と呼ばれる不可思議で、何より残酷な儀式。
 会の主催者に選ばれた主人公は、見えない敵が次々に襲いくる中で、自らとの関係性の深い相手を手駒として、その戦いに勝利しなくてはならず、駒の敗北、或いは主人公自身の敗北は、決定的なまでに現実においての人間関係を破滅に追い込む強制力を備えていて。

 究極的な取捨選択、価値観の二極化の提示の中で、なんとか今までの日常に回帰しようと足掻く主人公達。
 その不思議との向き合いは、主人公以外の仲間達にもそれぞれに意識の変化をもたらし、各々が抱えていた葛藤や不満などを昇華しつつ、苦難を切り開いて。

 果たして彼らは、この“会”という試練を乗り切り、確かにそこにあったはずの絆を欠損させないままに現実に回帰できるのか?
 それぞれの想いが変わっていく中で、それでも変わらずにいられる想いはあるのか?

 これは、人間性の極北を問われる非日常の中で、それでも誰かと繋がっているために、全能を振り絞って試練に立ち向かう少年少女たちの覚悟と絆の物語です。

 あらすじはこんなものでどうでしょうね。
 基本的に公式のあらすじからしてめっちゃ通り一遍だし、そもそも体験版やればその説明が真実の二割程度でしかないのはわかっちゃいますが(笑)、結果的に見て体験版部のありようがかなり作品の本質に作用している感触はあるので、一応その辺でもネタバレし過ぎないように気を使って書いてみたんですけども。
 大枠としては上の流れの通り、不条理な戦いに引きずり込まれて、都度都度に極限の選択を強いられて、時には失うものもありつつ、なんとかそれを取り戻すことも含めて、自分達の望むあるべき姿に回帰したいという意思を揺らがせずに戦うという感じです。

 テキストは相変わらずというべきか、淡々としていつつ、時にシュールな笑いを混ぜ込んで、けれどその端々にひっそりと毒を含んでいるような、妙に意味深な会話や文章が目立っていて。
 わかりやすく主観の危うさ、というものをプロローグからアピールしつつ、それでも誰もが自分の信じる道を行くしかなくて、その揺れと強さの天秤を綴るのが本当に巧みだと思うし、後々にハッとさせられ、その流れで見せられるヒューマンドラマへの感情的な納得を綺麗に引き出せるテキストだと思いますね。
 ギミックの作り込みが丹念な分、話の流れとしては時折飛躍があったり、転倒があったりで、すらすら読みやすい文章では決してありませんが、噛み締めるほどに深みが感じられるところは私好みですし、できればこれ書く前に、もう一周プレイしたかったなあと思う部分はあるのですが。。。

 ルート構成は、ありません。。。
 選択肢すらない、完全な一本道ですので、純粋にノベルとして楽しむ作品です。
 選択による変化でなく、テキストや展開に内包する複眼的な内在論理を楽しむ作品ですし、当然ヒロインもるみオンリーですので、サブの子に浮気したいな〜と思っても諦めてください(笑)。

 シナリオは、まあ非常に評価が難しいし、奥行きの底を掬い上げるのも中々にシビアなつくりじゃないかなと思います。
 ネタバレしないようにさわりだけ引っ張り出す、というのも難しい作品ですので、めんどいですけどほぼ全部白抜きにさせていただきますね。

 まず表層的な部分を見るならば、どうしてもトラウマ的に主人公が涵養してしまっている二分法的な視座において、今まで切り捨てて見過ごしてきたものと、極限状態の中で対峙させられ、その真価に蒙を啓かれていく、人の繋がりがもたらす美しさを丹念に切なく綴った部分は非常に心に沁みるものがあり、特にしのぶから結花のあたりの流れはめっちゃ好きです。
 当然そういう不条理の中でも、太陽のような輝かしい精神性を減衰させないるみの献身と強さ、そして二人の会の共鳴がもたらす、相互扶助によるその負の要素に対する自浄効果にも心打たれますし、ヒューマンドラマとしての完成度はやはり高いと思えます。

 どれだけ愛し合い、共に在ろうとしても、やはり人は最後には孤独であって、全く同じ願い、想いだけ抱えて生きていくわけには到底いかなくて。
 そういうエゴの部分を徹底的に掘り下げてしまうのが、会における王の敗北の代償であり、それに対する抗いはいずれ王の精神を破滅に追い込んでしまうから、本来そうなったら落ちていくしか出来なくて、その辺は向坂さんの末路あたりにも象徴されている部分。
 けれど、そういう作用があると互いに認識し、そしてそのエゴを十全に満たし続けていけば、いずれ心の靭性は、より根源的にありたいと望むその人本来の姿に近づけていく、それを献身的に支え合うことで、結果的に会の不条理を打破し、望む世界に回帰するところは、思想的に綺麗にまとまっているなあと。

 少し先走りましたが、ともあれその積み重ねが、改めて本来の日常の尊さを主人公に教え、とりわけるみの身に舞い降りた不条理を打破し、あるべき姿に回帰するために“会”の謎、残酷を打ち砕くべく奔走する意思を確固としたものにし、そして向き合うことになる真実と、そこに秘められたトリックは実にらしいと唸らせられるもので。

 日常という平穏、ぬるま湯の中では、曖昧なまま留保することが許されていたものも、非日常ではそうはいかず。
 そして人は結局、独りで生きることは不可能ではなくても、一人で生きるのは、特に現代社会においては無理であって。

 このあたりの“独り”と“一人”の定義の区別は難しいものがありますが、文脈と語源に添う形で私なりに解釈すれば、独りは心の、一人は現象的なありようを示していると思います。
 心では誰かと繋がっていなくても、現象的に他者を踏みつけ、食い物にして生きるのは可能だ、というのがそのエッセンスの一方の終着点で、これは長門が終盤で、主人公を自分の理解者に引き込むべく提示している観念と親和性の高い部分。
 
 その対極にあるのが、誰もと心をきちんと深く通わせ、手を取り合って一丸となって前に進み、困難に立ち向かっていく、長門の勧誘を跳ね除け、自身の意思で主人公が最後に選び取った在り方であり、“会”という非日常は、その二極的な観念のどちらを選ぶか、というシビアな選択を待ったなしで突き付ける舞台であると言えます。

 主人公が二分法的な視座の持ち主、と書きましたが、それは勿論純粋に、栄治や佳代に対する見切りの早さを責められている部分などに象徴される、物事をゼロか百かで決め打ちしてしまう、曖昧さを持てない精神的な病理の意味合いで引いています。 そしてだからこそ、最初は徹底的に疑っていたはずの長門に対しても、認識がひっくり返るとそこに一片の疑いを残さないという極端な在り方が顕在化するし、そのあたりの認識の仕組みに読み手をいくつかの事象で慣れさせておいてから、その裏側にトリックを仕掛けるあたり、実に心理戦の妙をついてきているなあと。
 そこからの逆手の取り方も、舞台設定を巧みに利用したらしいやり方であり、ミステリー的な要素もやはり良質だったと言えるでしょう。

 とはいえ、そうする長門の目的が、より根源的に“会”の構造を詳らかにする契機になる観念を孕んでいるのだろうと思いきや、そこはそうでなく、あくまで人間の本質に対する長門の賛美、執着の吐露でしかなくて、結果的に会を、ファンタジー的な要素としてしか読み取れない部分は食い足りない、と感じてしまうところかなって思います。
 ファンタジーの効用のもっとも大きなものは、どうしても現実路線では引き出せない極端な心理状態、そこからの成長を劇的に紡げる部分であると個人的には思っていて、少なくともその観点での感情的な説得力はそれなりに擁している作品です。
 けれども、それは土台とするファンタジーの構成の自由度に揺籃される部分でもあり、恣意的な状況が頻発してしまうと、その説得力も減衰してしまって。

 その点、この作品の、主人公を起点に生み出された“会”のありかたはかなり都合が良く、その上結果的に“会”の生まれた神髄的な部分、根源的な要素がまるっとオミットされて完結してしまっているので、“会”によって現出した主人公の観念世界がああである、架空であっても論理的に納得できる要素が足りない、と言えるでしょう。
 そこがきちんとフォローされていれば、このラインのみの読み解きでも25点くらいはつけられたと思います。

 そう、あくまでこの表面的な部分だけ見ると、せいぜい21〜2点の出来ではあるんですよね。
 なのに26点つけてるのは、より裏側の部分の可能性に意味を見出しているからです。ただ読み込みが足りないのであんまり自信はないし、あくまで仮説程度の見方になっちゃうのは含み置きください。

 まずそもそもからして、るーすさんの書くものが、論理的に読み解けないなんてことはないだろうという信頼と期待ははじめにあって。
 そこを実は宗旨替えしたんです、と言われてしまったらそれまでなんですけど、やっぱり上の文脈のみで作品を理解しようとしても、そこかしこに違和感が散りばめられ過ぎているんですよね〜。

 そして、例えば車輪の時のお姉ちゃんとか、G線の時の魔王の正体とか、その前提部分にそれなりに難易度の高い謎を置いて、読み手に解読の、或いは納得のカタルシスを与え、けれどそこで思考停止をさせて、更にその裏にもう一段深い謎解きを秘めている、という構成は十八番と言えるもので。
 そういう視座で見る場合、やはりファンタジーを用いるというのも、しかもその土台を投げっぱなしにするというやり口も、いかにもそぐわないよなあと思わざるを得ないのです。
 だからまあこの先は、きっと何かあるだろう、という決め付けを元にこじつけた部分は目立ってしまいますが、それがどのくらい正鵠を射ているかはともかく、何かある、という部分だけは確かだろうと。

 とりあえず、もやっと引っかかっている部分を箇条書きで列挙してみます。

 ・公式の紹介で、主人公が栄治になっている。
 ・OPムービーで、栄治の知る世界の一変、という文言がある。
 ・OPムービーのラストのるみの、さようなら、大好きでしたという台詞、作中にあった?
 ・そもそもなぜプロローグで主観トリックが必要だったのか?
 ・栄治が兄貴呼びに固執しているようなイメージがある。
 ・蓮司主観になってからも、度々蓮司の立ち絵が使われている。必ず、ではないのがミソ。
 ・長門との最初の頃の邂逅で、長門は彼をエイジと認識している。
 ・結局三年前の事故の真相がはっきりとはしていない。
 ・本当に結花は嘘を吐いたのか、見惚れて云々の認識と矛盾はしないのか?
 ・“会”に引きずり込まれるきっかけとなった、向坂さん抱きつきシーンの一枚絵の左手の所在。
 ・トラウマ持ち、幻肢痛持ち、ゲーム脳気味の主人公の主観って信頼できるの?  ・るみの“会”に巻き込まれた記憶が、関係を取り戻して尚曖昧なままなのはなぜ?
 ・“会”の根幹部分は書かなかったのでなく、書けなかった、書く必要がなかったのでは?

 とまあ、いま思い出せる限りでこんな感じに疑問点は頻出していて。
 この辺取りまとめて一本の道筋に叩き直す過程において、やはり前提として定義しておかないとどうにもならないのは、主人公の主観に対する信頼度かなって思うんですよね。

 かなり上の方でも触れたけど、二分法的な視座、ってのは、愛着の不安定さが及ばす精神疾患的な要素でもあって。
 かつ親との関係やら、普通の人より頻発する幻肢痛やら、ゲームに傾倒している在りようなどから総合的に見て、結構な要素で実は心を病んでるのではないかなって思えちゃうわけで。こういうのは遺伝要素も大きく、母親も心の病を患っていたのは事実でしょうから、それも傍証として用いられるし、そしてそうである場合、自己認識と現実、真実の乖離が大きくなるのも必然的であると。

 そして、多分その本格的な病理の発現のターニングポイントになっているのが三年前の事件と、それに連続しての父親の死、母親との断絶だと思うんですよ。
 実際に事故の原因がどこにあったのか、を断定する要素は少ないですが、私は本当は事故の原因は、結花編でその記憶の欠片が湧き出てきたように、主人公の余所見、不注意だったんじゃないかと思います。

 その以前から家族関係で少しずつ歪んでいた主人公の心は、その事故を契機に更に大きく歪み、その原因を作った自分への嫌悪と、足がなくなったことによる自己存在の否定、母親への無意識的な希求とその裏切りの傷、そういった諸々を糊塗するために、表層する自意識の中で現実を塗り替えて記憶しているのではないかと私は疑っています。

 そしてここは論理を飛躍させざるを得ないんですけど、実は蓮司と栄治は、持つ名前が逆なのではないかなと。
 自己否定と母親への撞着、それが混在して、本来主人公である栄治は、その事故存在を弟である蓮司のそれと混濁し、分裂して存在している、いわば統合失調症的な状況にあるのではないかと考えています。
 ただそれは軽度ではあり、社会生活を行う上で、周りの理解と不要なつつきがなければ矛盾なくやっていける範疇であり、とりわけるみの献身がある故に、見かけ普通の生活を営めているのかなって。

 だから決して、主人公の回想シーンでの出来事全てが疑わしいわけではなく、むしろほとんどは潜在的なものも含めておおよそ真実なのだろうと思いますが(だから結花に見惚れて、というのも採用してる)、自己認識に関してだけは狂っているのではないかと。

 その辺の根拠となるのは、まず公式の主人公が栄治であること。プロローグの主観トリックの為だけにああしている、というのは粗い、と元々感じていた部分でもあり、けれどある意味ではそれが主人公の認識外での事実でもある、という構図なら納得がいくし。
 次いでムービーの栄治の世界の一変、という文言も本質を示唆しつつ、より踏み込めば、その世界が一変したタイミングっていつ?という部分でも二重構造だと思うんですよね。
 後述するけど、当然向坂さんとの邂逅シーンがもう一つのターニングポイントになっているし、そこでもあり、元々彼女との関係が生じた事故の話でもある、と解釈するとすっきりまとまります。

 主観トリックにしても、そもそもなぜそれが必要だったか。
 少なくとも表層的な部分だけで判断した場合、トリックのひけらかし以上の意味は持たなくなっちゃうのは流石に不自然で。
 だから多分、プロローグは現実において栄治と蓮司が並び立っている唯一のシーンであり、その存在が側に実体としてある、ということが、主人公の認識に揺らぎを与えている故の、あの俯瞰的な視座になっているのではないかと思うわけです。
 多分弟の方は前もってその病理のことは、るみか、もしくは宇津木さんに含み置かされていると思うし、だからこそ蓮司呼びしにくく、実際兄としての親しみが薄れていても、兄貴呼びに固執しているのかなと感じましたね。

 さらに言えば、るみの性急に過ぎるほどの、栄治さん、変わりましょうの連呼も、実際どちらに向けての比重が重いのか、って考えると中々に沁みるものがあったり。
 ただ結果的にそれが、二人の断絶を決定的にしちゃう主因になってしまっているあたりは皮肉な構造でもありますが。

 そしてそのプロローグでいったん弟との関係が途切れても、揺らいだ自己認識はそのまま残って、だからこそ自己認識や、本来の真実を問われるシーンでのみ、複合的な視座が表出し、それを主人公の立ち絵、という点で示しているのかなと。
 主人公が歪めて認識している過去の事件に対して、誰もが口を濁した感じなのも、決して“会”がもたらす要素などではなく、そうすることを暗黙の了解にして、主人公の心をみんなで守ってくれてると解釈したいです。
 ただ、その枠組みにいない存在である長門だけは彼を正しく認識していて、けれど元々の関係性が薄いからうろ覚えで、故に主人公の自己認識を突き崩すほどには至らなかったと見るべきかなと。

 ここまでを前提を正しいとしたうえで、もう一つのターニングポイントである向坂さんとの邂逅シーンの謎について。
 結局過去の事故は基本的に主人公の過失だったのだけど、けれどどうしたって人損事故においては車を運転しているほうに重い罪が課されるわけで。
 おそらく示談で済んでいるとはいえ、トップアイドルの醜聞として喧しく喧伝されたのだろうことは疑いの余地はなく、結果としてそれを契機に、彼女はトップアイドルの地位から凋落、零落していったのではないかと、プロローグのテレビの格付けシーンなどからでも推測できます。多分あそこの弟は、それが主人公の因縁の相手とまでは理解してないんだろうけど。

 それが向坂さんの心を傷つけ、病理に発展し、そして元々アイドルとしてちやほやされることに慣れきっていたからこそ、肥大した自己の存在を持て余し、持ち崩して、その果てに現実での凋落を味わい、こんなはずじゃなかったという苦悩は、その根本的な原因である主人公への憾み憎しみへと変貌していったのではないか、と。

 あの山奥での邂逅シーン、会話は比較的支離滅裂で、“会”の存在を示唆しているようにも、そうでないようにも読み解けるし、そして右手は主人公の背中にまわっているけれど、左手の所在だけは陰に隠れてはっきりしない、肩の位置とかで判別すらしにくく描かれているんですよね。
 ただ抱きつくだけなら両手でいくものだと思うし、そうであるかもしれない、けど違うかもしれないという曖昧さを残しているのは、実はこのシーン、主人公がグサッと腹でも刺されているんじゃないかなとも思えて、そして上の文脈からなら、そうする動機も充分にあって。

 だから実はこの話、事実だけを列挙するなら、かつて事故のきっかけを作った主人公が逆恨みされて、ぶすりと刺されて昏睡状態になってるだけ、という可能性が考えられるんですよね。
 そこから先の、“会”にまつわる諸々は、全て主人公の妄想の賜物であり、かつ現実から切り離されて、自身の内面を否応なく見つめるしかなくなった状況における、心の靭性、自浄作用の一環なのではないかと。

 そこに至るまでの主人公の観念は複雑で、主観を構成しているのはどちらかと言えば自己本位の強いありかたですけど、潜在意識においては実は友達の献身や本心などもある程度理解はしていて、けれどそれが表出しそうになると、傷ついた心を守るためにより表層的な精神との乖離が顕著になる、という状態だと思うんですよね。
 だから結花が、単に謝りたいわけではなく(おそらくそもそも彼女は嘘の供述はしてないと思うんですよ、ただそうなった主人公が重くて逃げてしまった後悔はあるのだと思います)、留学を前に改めて関係性のけじめをつけておきたいと思っていたのも、沙代が思わず零した本心の真意も、ただ認識に及ばないだけで理解してはいたんじゃないかなと。

 命の過去などについては、多分救ってもらったときとかに実は聞き及んでいるとかも考えられますし。あの性格からして、人の弱さを救うのに自分の弱さを差しだすくらいは平気でやってくれそうなできた人ですしね。
 当然るみの家族との関係も、今のありかたも、その上でるみがどう思っているかもどうしようもなくわかってしまってはいて。

 そういう表面的な部分の引け目に加えて、更により本質的な、自己欺瞞に対する引け目は、基本的には善良で心優しい主人公の潜在意識を苛む棘になっていて。
 けれどそれを克服し、彼らと手を携えて、なかんずくるみと、何の憂いもなく未来へ歩いていきたい根源的な欲求はしっかりあって。
 死を予感させる、昏迷した意識の中で、そうした葛藤を打破したい、生きて彼らと歩みたいという切迫した渇望が生まれ、その危機感がああいう複雑な内面世界を構成させたのではないかなと考えています。

 元々ゲームに傾倒していたから、そういう部分をパラメータ的に落とし込み、自己復元の過程を苦難に置き換え、という想像力には事欠かないと思いますし、仲間達個々人のエピソードに関してはその種子は元々抱えていたから、それを劇的に開花させ、その想いをきちんと遂げさせてあげることで自身の棘を抜いていく赦しにしていたと。
 えちぃ事に関してはほら、元々エロゲのシーンとか童貞の妄想乙、みたいなもんだし(笑)。

 で、そうであればこそ、“会"があれだけ主人公と仲間の想いを反映するのに都合のいい設定になっていたわけで、更にお誂え向きに長門という、悪の立ち位置に据えるに躊躇いのない存在の認識もあって、そこに主人公が内在的に抱える二極的、二分法的な葛藤そのものの打破を託していて。

 そして主人公にとって、本当は自分が誰か?という部分が最大の棘であり、そこを克服しなくては本当の意味では誰とも向き合えないポイントであって。
 そこで思い出されるのは、るみの会に巻き込まれた記憶が、関係を取り戻してからも主人公の中ではっきりしていない事実で、それが何故かと言えば、そこに思い出してはいけない根幹的な記憶が隠されているからだと思うんですよ。
 ラス前の、長門を召還するための入り江の戦いにおいて判明した、本名でなければ会には呼べないという設定、だから間違いなく、るみは主人公を「本名」で召還した筈で、でもその時点ではまだ、主人公はるみとの間に蟠る葛藤、家族の問題を解決に至っていなかったから、一足飛びにそれを認識するわけにはいかなかった、だから記憶も曖昧なんだと思っています。

 OPムービーに出てきた、るみの、さようなら、大好きでした、という台詞、だからあれも実際は、るみの会の中で、るみが主人公に向けて、そしてもう二度と召還しないという意思を籠めた台詞だったのでしょう。
 あくまでそれ自体も本質的には主人公の空想の産物ではあるにせよ、いかにもるみが言いそう、と思わせる台詞と覚悟の示し方ではあり、その後のるみの苦悶とそこからの関係の修繕の在りようを見るに、鬩ぎ合う分離した心の鎹的な位置付けとして、認識は出来なくともそこになくてはならない観念だったのだろうと思います。

 ともあれ、こういう裏側の構造があればこそ、“会”の構造を解明する必要はなかった、というのが私の結論ですね。あくまでそれは、心の葛藤を解消するための舞台装置であり、人と向き合う上での自己の芯となる観念を確固とする作業をこなすための最適化装置であって、その在り方に思想的意味はなかったと。

 だからこの路線の読み解きだと、実はまだエピローグの時点でも昏睡状態ではあるのかなと思ってはいます。
 あくまで空想の産物だから時系列は無視していいわけだし、ただそうやってっ、意識の中できちんと禊を果たし、そしてるみという存在の献身、真っ直ぐさを疑うことなく納得し、噛み締める、それこそが全ての苦悩や後悔、混濁が解消され、「独り」に戻った証左となっていて、どちらの路線で読み解いても、本質部分のテーマ、支え合う心の強さ、しなやかさの示しとしてはブレがない、とりわけるみという存在において顕著である点は高く評価したいです。

 最後に、この裏向きの読み解きに対する可能性の示しとして、タイトルの意味を考えてみます。
 これもムービーの文言ですが、一人を作らないための心優しい戦い、けれど最後の独りになるまで戦いは終わらない、というのがあって。

 これって、表層的な解釈での会の戦いに敷衍すると、少しすっきり当てはまらないと思うんですよね。
 上で触れたように、一人とは現象であり、独りとは心である、と定義できるならば、会における最後の戦い、確かに主人公は長門の会で一人で立ち向かう事にはなっているけれど、少なくとも心の面で独りではない、あくまでるみや仲間たちの想いを背負って挑んでいる、という構図であり。
 そして、ぼくの一人戦争、であるならば、本質的には現象として一人きりの戦いを示唆しているのに、実際は決してそうではなく、それこそ一人を作らないための心優しい戦いに、みんなで立ち向かっている構図で。

 けどこれも、裏側の解釈に当てはめるとしっくりくるんですよね。
 全ては主人公の心の中で起こっている、現象的には一人の人間から派生する戦いであり、そしてそれは一人を作らないため、すなわち正しく仲間と共に歩んでいくための道のりであり。
 そして、最後の独りになるまで戦いが終わらないのは、主人公が乖離した複層的な人格を抱えていて、それを統合しない限り、絶対の個人としての「独り」に立ち戻らない限り、その戦いは終わらない、引け目や憂いを全て克服して現実に回帰できないという在り方を示しているのではないかと。


 以上、これが私のこの作品の解釈の全貌になりますね。
 ぶっちゃけかなり恣意的に解釈していて、あんまり正しい自信はないし、この論旨の骨組みを強くするための読み込みも足りてないのが忸怩たるものはあるのですけど、少なくとも私が最初に抱えていた不満や疑問は、この文脈なら綺麗に解消できるのは確かで、これがこの作品に見た私なりの物語である、ということでひとつ。
 
 そしてこの解釈であればやはり名作ラインには乗せられる出来になるし、ただミドルプライスでやや短い、複雑でわかりにくく、表面的に捉えると確実に不満は残る、という部分は顕著で、あとはるみのありようがどこまで響くかでも評価はぶれてきそうで、私としてはあのシンプルさは愛でつつも、そこまで刺さるほどではなかったのもあって、トータルでこの点数が妥当かなと考えました。


キャラ(20/20)

 まあどの路線で解釈するか、ってのもあるんですけど、基本的にそれぞれのキャラのあるべき姿と成長はしっかり見せられているし、アクの強さはあってもきっちり最後にはそれを解消してくれるところもいい感じで、キャラゲーではないのは間違いないですが取り立てて不満に思うところはなかったかなと。

 まあやはり最初に触れないといけないのはるみでしょうね。
 彼女もまた辛い過去の持ち主ではあり、それでも変な風に曲がらず真っ直ぐであり続けられるのは、ギリギリのところで常に支えてくれたものがあったからなのかな、と思う部分は多々あって、彼女の献身もそれを自覚しての、謙虚さと誠実さの表層としての恩返し的な部分はありつつ、それでも時折恋人としてのささやかな主張があるのが可愛いですよね。
 ぽわん、としていながらも快活で芯も強く、大切なものの為ならどこまでも強く振る舞えるというのも実にらしいところですし、恋のライバル多くて大変だけど幸せになって欲しい、してあげたい子だと思います。。。

 ただ何気にそのライバル筆頭であるところの結花が可愛くってな!
 最初はあんまりいけ好かない感じだったんですけど、しのぶとの絡みが増えてきたあたりから俄然可愛くなり、そこからの展開で見せられる成長と意思、そして本願の健気さにだいぶやられましたね。このスカートに黒ストが微妙に合わないのが残念ではあるけど、それでも唯一の黒ストヒロインとして楚々とした雰囲気も出していて素敵でしたし。
 何よりあの屋上での意趣返し、可愛過ぎる復讐のシーンはねぇ・・・、あの一枚絵の破壊力はやばかったです。めちゃ可愛い。攻略したい(笑)。まあ彼女のシーン作るなら、三年前に結花視点での選択肢がないと無理っぽいけど。。。

 そしてしのぶがいいキャラ過ぎた。。。
 ある意味恋愛が絡んでこない分純粋な友情の発露というか、すごく個性が生きた展開とありようだったと思うし、雰囲気以上に距離感の近い、気安くも頼れる関係を築いてくれていて、フラグは立たないだろうけどこの子も攻略したいぜと(笑)。
 ぐぬぅ、どうしてこう、品乳キャラに限ってお気に入りになるのか、今回に限っては多分前提の見た目に引きずられてないと思うんだけどね。。。

 命はすごく暑苦しくていい人ではあるけど、立ち位置的に退場も早めだったし色々惜しい感じではあり。
 沙代は正直めんどいね、それがあればこその仲間内のラスボス的な立ち位置であれ、しかもそのうじうじの元を辿れば、自分で解決した諸々のせいだってあたりがまた泣けるキャラではあります。

 長門さんは実にいいボスでした。。。
 まあどうあれ期待を裏切らないというかね、実にるーすさんらしい悪人ではあったし、物語の起伏をつけるのに非常に便利な人でしたよねと。勿論好きにはなれんですが。。。


CG(19/20)

 やはり有葉さんの絵は線画が素敵過ぎるなぁ、としみじみ思う次第。久しぶりでもあったから余計にかな、全体としても質は安定してるし、ミドルプライスにしては量もそこそこあるし、概ね文句ないです。

 立ち絵に関しては舞台設定もありやや少ないかな、くらい。
 ポーズは主要キャラで2種類、あとは1種類と控えめ。特に動きを求められる作品でもないのでいいんですが。
 お気に入りはるみ前屈み、結花正面、やや横、しのぶ正面、横、命正面あたりですね。

 服飾は1〜3種類、流石にるみだけはちょっと多いけど後は基本的に制服私服オンリーですね。そして結局最後まで、何故か立ち絵ではこの制服に黒ストのコントラストが馴染まなかったんだよなぁ、解せぬ・・・。
 お気に入りはるみ制服、寝間着、結花私服、しのぶ制服、私服、沙代私服あたりですね。

 表情差分はさほど多くはなく、重めの感情の機微はいつもながら丁寧だなと思いつつ、ちょっとだけ遊びもあってバランスよく構成されていて良かったですね。
 お気に入りはるみ笑顔、きょとん、照れ焦り、あわあわ、しゅん、不敵、困惑、半泣き、結花笑顔、照れ微笑、驚き、悲しみ、しのぶニヤリ、呆れ、憂悶、ジト目、命睨み、拗ね、沙代苦笑、快活あたりですかね。


 1枚絵は全部で線画込みで71枚、ミドルプライスなので水準はクリアしていると思うし、出来も非常に情感が籠っていて素敵でしたね〜。

 特にお気に入りは5枚。
 1枚目はるみ添い寝、このきょどりながらもすんごく幸せそうな様子が可愛過ぎますね。
 2枚目は結花屋上の不意打ち、様々な想いを孕んでのけどこの泣き笑顔、可愛過ぎてヤバいですね、それに何故か1枚絵だと制服姿に違和感がない不思議。
 3枚目は泣き崩れる沙代とるみの対峙、この沙代の悲嘆ぶりと、顔を見せないるみの絶妙さが余韻溢れまくりです。
 4枚目は線画デフォルトるみ歓喜、このやった、やったっ!は卑怯なくらい可愛くないです?
 5枚目はるみフェラ、この少し首を傾げているのが妙に可愛くて、その献身さも溢れていてめっちゃ好き。

 その他お気に入りはページ順に、食卓、バーベキュー、気遣い、対峙、やったやったっ!、お風呂、剣陣、背中抱きつき、腕組みデート、支え合い、軍師は高みに、抱きしめ、花壇、役立たず、添い寝、回想花壇、庇って、彼女の武器、人前で泣けない子、看板作り、受け渡し、最後の一筆、想いは通じて、回想旅行、弓を取る、苦しむるみ、母親、祈り、歓び、みんなの力で、屈従、発破、みんなとの支え合い、目覚め、線画微笑、剣戟、笑顔、正常位、騎乗位、対面座位、背面屈曲位、パイズリ、正常位2、キスあたりですね。


BGM(19/20)

 質量ともに充実しており、とても情味と怖さと焦燥感に満ちた楽曲群となっていて、とても耳に残るのが多かったですね。

 ボーカル曲は3曲。
 OPの『sacrifice love』は中々の名曲ですね。
 序盤から切迫感と疾走感があり、追い立てられるような気配の中で、それでも力強さをサビでの展開にしっかり乗せていて、全体の完成度も高いし余韻の作り方も綺麗でかなり好きです。
 挿入歌の『ふたりの果て』がでももっと好きですね、これは文句なく名曲以上かと。
 かかるシーンもいいし、とても情緒と切なさに溢れていて、透明な中にひとつずつ、大切なものを握りしめて進んでいく強さを感じさせて、メロディラインの柔らかさと、ボーカルの広がり、のびやかさがとても気に入っています。
 EDの『静かに流れる日々の中で』も悪い曲ではないけど、上二つに比べるとちょっと落ちるかな。しんみりした余韻の中で、淡々と噛み締めるようなメロディは美しく、ただもう少しメリハリが欲しい部分はあるかなと。

 BGMは全部で35曲、実際はアレンジなども多いから実質はもう少し少ないけど、ミドルプライスとしては充分過ぎる物量だし、質も非常に繊細で迫力もあり、かなり聴き応えがありましたね。

 特にお気に入りは2曲。
 『わたし、犬塚もいっしょです!』は、パッと見のるみのイメージと少し違う凛々しさと強さを感じさせて、会での在りようも含め、芯の部分ではこれくらい覇気をもって共にあろうとしてるんだなと思わせる骨組みがいいなと思います。
 『交叉』は正に運命の分節点、とでも言わんばかりの劇的さと苦味と一握りの安らぎと、様々な感情が物凄く巧みに混ぜ込まれていて奥行きがあって好きだなあと。

 その他お気に入りは、『ぽた、ぽたり』『暗冥』『対峙』『斑色の恐怖』『懐疑』『疾風』『願いの存在』『いつまでも、記憶の中に』『流れる風は囁いて』『願い−ピアノ独奏−』『触れ合う心』『合戦ヲ始メヨ』『ふたりの果て−ピアノ独奏−』あたりですね。


システム(8/10)

 演出はそこまで目立つものでもなかったですかね。
 無論ギミック的な意味での仕掛けの多様さは目を見張るものはあるけれど、直接的な演出効果としては標準的だし、戦うシーンとかも1枚絵に頼りつつ、実際目で動きおえないから仕方ないとはいえその辺はねと。
 ムービーはバラバラに砕けた絆が繋ぎ合わされていくイメージがすごくして、その中で印象的にキャラを引き立てられていて悪くはないですかね。

 システムはごく普通。
 選択肢ないとはいえ、そこそこ長いしセーブ作らないとつまみ食いリプレイは中々面倒。せめてチャプタージャンプとか欲しいかも。あとなんか妙にセーブが重い?


総合(91/100)

 総プレイ時間12時間。
 完全に一本道だし、ミドルプライスとしては尺もギリ水準くらいでしょうかね。
 全く中弛みする部分はなく、構成としても常に緊張感はありつつ、細かい部分での起伏の作り方がやはり妙手、って感じで一気に読み進められます。
 物足りない、と思う要因の大きなところはやはり、構造的な部分での解明が掘り下げられていない、ってのに尽きるのでしょうが、一応私の解釈ではこれで疎漏なく、って形ではあるんですよね。その辺は楽しみ方のスタンスの問題でもあると思います。

 そこまでとっつきやすい作品ではないし、ヒロインひとり、という思い切った構造でもあるから、色々と毀誉褒貶はありそうな気もしますが、私としては往年のらしさの片鱗を見せてくれたし、作品の総合力としても流石にアニバーサリー作品という事で中々素晴らしく、この評価をつけるのに躊躇はなく、ですね。
posted by クローバー at 06:11| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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