2015年10月30日

サクラノ詩 −櫻の森の上を舞う−

 私個人としては素晴らしき日々をプレイしてからずっと待っていた、という立ち位置ですけれど、長年その構想だけ公開されつつ、およそ十年以上発売に至らなかったという曰くの極み付きタイトルですし、遂にプレイできるのか、と感慨深さは一入の作品です。


シナリオ(29/30)

 幸せはどこにあるのだろう?


 主人公は芸術関連で有名な弓張学園の三年生で、かつて絵の神童として名を馳せた存在。
 進級前に、世界的に有名な芸術家であった父・健一郎が病で亡くなり、血縁的には天涯孤独に程近い身になって、その遺産相続も訳があり放棄したために、紆余曲折ありつつも生きていく為に親戚筋の夏目の家に厄介になることに。
 姉のような存在の藍と親友の圭、そしてその妹の雫に迎えられ、その生活感に面映ゆさを感じつつの新学期、クラスにかつての幼馴染である稟が転校してきて驚愕します。
 そして今は筆を折っている主人公の才能を諦めきれない美術部部長の真琴に促されて、今は真琴と圭、そしてもう卒業している筈の前部長の明石しかいない部の勧誘活動の中で、かねてより妹のような存在であった里奈とその親友の優美、そして稟を美術部に引き入れることになります。

 彼女達との交流の中で様々な想いに触れているうちに季節は過ぎ去り、夏の訪れを迎えて、その想いとの共鳴が広がるとともに、陰ながら動いていたいくつかの事象が一斉に芽吹きを迎えて、彼ら美術部部員たちはそれに巻き込まれていって。
 芸術の創作の苦悩を存分に味わいつつも、その先にある歓びを共に分かち合う幸せを知り、その過程がまた少しずつ、主人公の心にも新たな火を灯していきます。

 果たしてその熱量は、その眼差しはどこに向かうのか、それがいかなる因果を呼び込んでいくのか?
 その果てに、彼らは正しい在り方のままに幸せに、生きる事の意味と意義に辿り着くことが出来るのか?
 これはそんな、曖昧な概念である幸福を緻密に丹念に掬い取り、自身の生き様に、信念に添わせるために歩み続ける、喪失と再生の物語です。


 正直あらすじも書きすぎるとネタバレ甚だしいので短めにまとめました。
 大枠的にもまとめにくいものはあるのですが、基本的に主人公がヒロインに対して行うこと、或いは行ってきたことを語る中で、その献身と博愛の強さを裏打ちするとともに、自身のありようの正しさの確信がないままに情愛の観念に踏み込むことによる変転を綴っていて。
 けれどそういう形は一つの幸せとして切り取りつつも、より概念的、大枠的な意味では、その両立を求めて足掻く生き様を語っており、考え方によってはヒロインシナリオは前座とも言えるつくりになっています。

 テキストは相変わらず小難しい教養や薀蓄が縷々と綴られており、その辺非常に勉強になるなあと虚心坦懐に受け止めつつ、それと同じくらいにリズミカルで音律のような、されど下世話な会話も多くて、全体のメリハリという意味では非常に鮮烈だなあと思います。
 またその下世話だったり鈍感だったりする部分も、総じてみれば思いやりの発露であるパターンが多くて、相手の知りたい事を主人公が幻惑するためのスキル、みたいな形での会話の面白味が滲み出ているのが楽しいところですね。露骨なのはYでの、自分の事は知って欲しいと思うのに他人の理解は適当だ、とくさした、その舌の根も乾かないうちに、僕の事は君が一番よく知っているだろう、なんて自負心を擽って煙に巻くあたりとかね。。。
 しかしこれもいつもながら、と言わざるを得ないけど、どう考えても学生や幼女の語彙、知性、教養、あと行動力じゃないよね?とは突っ込まざるを得ない部分が多々(笑)。後で詳しく検証するけど、本編ヒロインとの交流時期ではルリヲと鈴菜って四歳くらいの計算になっちゃうんだぜ・・・!オトナの秘め事の意味が分かる四歳児ってどんだけ〜(笑)。

 ルート構成は、ほぼ攻略順が決まっている格好ですね。
 基本的に分岐選択肢は、ルートを経るごとにTに追加されていく格好で、意に添う方を選ぶのに少し考えるところはあるものの、基本的にそれ自体は難しくないです。
 最初は真琴と稟のみ攻略可能で、その後里奈と里奈&優美、雫、W、X、Yという流れでプレイ可能になっていきます。道中で藍ルートの分岐もあります。
 このあたりはもう全体構造の見せ方として確立されちゃってるので流れに乗って楽しむしかないですね。最初をどちらにするかはお好みでいいと思います。


 シナリオは今回も実に難解で奥深く、その上要所での心に響く構成と言葉、音律の素晴らしさが際立っていました。
 芸術、とりわけ絵を通じての芸術家としての歓びと生きる意味、人として普遍の歓びの在り処、幸せの創造と受容について、各々のスタンスの中で深く掘り下げつつ、最終的には一個の人間にその共存が為し得るか?という部分がフォーカスされて、読み手に様々な余韻をもたらしつつ進んでいきます。
 総合的に見て世界の理不尽だったり悲しみだったり、幸せを炙り出すための不幸が乱舞して、とりわけ主人公の係累に関しては何度も喪失の痛み、苦しみに苛まれることになりますが、その果てに見出す真理と、そこに辿り着いた事でのみ得られる幸せの輪転の確かな予感を香らせてのラストに、理屈と感情、両面での深い納得と、胸が酸っぱくなるような切なさと共にある爽快感を味わわされましたね。

 正直綺麗に上手くまとめる自信はこれっぽっちもないのですが、まず箇条書き的に全章の内容と感想を極力ネタバレ抜きで綴り、その後にネタバレで細かい部分をやはりテーマを決めて考察し、その上で何かしらの結論に辿り着けたらいいなと言う感じで今日は書いていきます。


★T『Fruhlingsbeginn』

 「それじゃみんなが同じ時間に、同じ場所で生きてる意味がないよっ!」

 導入の第一章は、ヒロインとの出会いと交流の中で、それぞれの主人公に対する想いの仄めかし、そして主人公との過去の因縁の所在を匂わせることで先々の伏線を盛大に撒き散らしつつ、選択肢の中でどのヒロインに対し一番想いをかけていくかを決定するプロセスが綴られています。
 全てをクリアしてから読み返すと、本当に凄まじく細かい部分にまでさりげなく伏線が引かれていて、その細かい反応や機微の汲み上げの丁寧さが光りますし、とりわけ稟との関係性の甘酸っぱい中に孕む苦渋、悔恨の色に心打たれるところが多かったです。


★U「Abend」

 「我々が何のために作品を作るか、それさえ見失わなければ問題ない」

 二章は共通ルート内での山場になりますね。
 一章で選択されたヒロインよりのイベントが事ごとに挿入されつつも、大枠としては前部長の明石が一人で成し遂げようと目論んでいた壮大な芸術への挑戦を、主人公の介在が起爆点となって、美術部みんなで支え成就へと導く過程が描かれます。
 細かい伏線もより深みを増す形で姿を現してきますし、創造という大きな苦しみを伴う在り方への真摯な向き合い方が非常に説得力強く濃密に、精密に綴られていて、一応ここまで体験版でプレイできるのですが、間違いなくあのラストシーンの、苦しみを突き抜けた先にある歓びの空気感、それこそ言葉そのものでなくその音色がもたらすものに読み手は心を鷲掴みにされるでしょう。
 またそれを成し遂げた事で、その後あらゆる方面にも影響を与えていくことになりますし、ある意味では美術部が大同した最初で最後の瞬間、という視点で、この作品における一つの幸せの臨界点とも言えるかなと思うし、それをここまで韜晦ばかりの主人公が本領発揮とばかりに生き生きと関わることによる化学反応、因果交流の光の尊さになぞらえて示しています。


★V『Olympia』

 「お前がこの手をこうしたんだ、だったらちゃんと責任を取れっ!」

 稟ルート。
 基本的には主人公が特に他の誰にも想いを寄せないでいる場合に、高い確率で引き寄せられていく関係性と見做すことが出来ると思います。
 話の枠組みとしては、二人の前に現れる吸という不思議な少女の記憶探しに付き合う中で、二人の距離感も縮んでいき、かねてより抱えていたものの、事情があって断絶させていた想いが再燃して関係を結び、けれど吸の在り方の真実に、主人公と稟の父が隠していた秘密に触れることで・・・という形。
 作品全体としてのネタバレが最も少なく、そして稟のいう存在の本貫にも至りきらない中途半端さはあり、かつ香奈という女の子の独特の感性と意思の在りようも半端にしか見せられないためにそのイメージがかなり悪辣に見せかけられており、それだけに二人の想い合う気持ちの純粋さだけはしっかり映し出されている話かなと感じます。
 ただやはり構造としても短絡的な部分は多く、またエロネタに走り過ぎてる部分もありつつで、土台としてはともかく、一個の物語としては全シナリオの中では一番低く見積もっています。

 というか、稟は正直もっと終盤に出てくるヒロインかと思っていたのですが、むしろ一番最初にクリアすべきヒロインとして位置づけられていたかなと思います。
 それはこの作品の構造が、結果的にヒロインの愛に依存しない形での幸せの追求に進んでいくからではありますが、ここでのいわば終わってしまっている稟を救うだけなら、既存の愛の在りようで届くけれど、本貫を取り戻した稟には、自身の神を取り戻した稟にはそれは届かないもので。
 この作品自体、桜をモチーフにすることでの循環構造を強く意識させますし、またラストシーンの捉え方も含めて考え方は色々あると思いますが、個人的には最初と最後に、稟に対する形の違う救いを、特にその名の通りの天稟がもたらす苦悶への救いをもたらすものなのかなと思っています。


★V『PicaPica』

 「もし仮にそれ以外のもので救われたとしても、それは救いの形に似た呪いでしかない」
 「血が繋がっていても、繋がっていなくても、私の子だと決めたのだから、私は私のやり方で守る」
 「愛とその他の全ては等価値なのかしら?天秤は釣り合っている?」

 真琴ルート。
 このルートは、ヒロインルートの中では唯一、主人公が過去に、でなく、この時系列の中で真琴に対するお節介を、献身を、博愛を発揮していくという特徴があり、その分だけ展開構造も複雑さと奥行きがあります。
 いくつか錯綜した状況の伏線が緻密に張り巡らされ、それが終盤に向けて一気に収斂し、綺麗にまとまっていくところは見事の一言でしたし、その流れの中で、実は主人公たちが介在しなくとも悲惨な結果にはならないという担保があって、けれど真琴の、自身の信念を貫き、揺らぎを留める手助けをすることによる想いの交流、またその信念がもちらす結果の儚さと、届かなくともやりきったことに対する価値をしっかり炙り出せている素晴らしいシナリオです。

 二人の性格的な部分もあり、思想表現とそれを摺り合わせる会話に非常に理詰めな部分が多く、この話のみならず作品全般多岐に渡る示唆が籠められていて、個人的に特に重要だと思ったのは引用台詞の最後、愛とその他の価値に関わる話です。
 その後の台詞で、愛は大きすぎるから、その他のものと一緒に抱える事が出来ないのかもしれない、という述懐があり、とりわけ男は愛を捨てて夢に走る傾向が強いとくさす真琴に対して、主人公は、草薙の一族はわりかし愛に生きるから、など軽妙に返しています。
 でも結果的にこの作品でヒロインルートに入ることは、ほぼほぼ主人公の芸術家としての道を閉ざす形にはなりますし、特に主人公が自分の生き方に対して確固とした信念を確立しきっていない段階で愛の存在感が増すとどうなるか、という部分を一番等身大に見せてくれている話じゃないかなと思います。


★V『ZYPRESSEN』

 「一途な愛があったから、自分の人生は素晴らしい生き方だった」
 「博愛は、乙女が最も警戒すべき悪です」
 「彼はね、多分自分の為だけに人を愛することが出来ないと思う」
 「どれだけ幸せに出来るかなんてわかりませんけど」

 里奈ルート。ただこのルートは序盤で、里奈&優美の百合百合ルートにも分岐します。全体的に見て一番恋愛してる感が強い話。本筋は報われない三角関係ですね。
 基本的な想いの根源は全部過去に置かれている話なので、必然ストーリーもそれに準ずる形になり、ここでは特に寓話を模する形での里奈と優美の過去の関係性と、そこにどう主人公が関わってきたかの見せ方が非常に美しく仕上がっています。
 過去の里奈と優美が互いに抱えていた想いが、主人公という媒介を得ることで思いもよらぬ方向に変化していき、結果として強固な絆を紡ぐに至ったと同時に、里奈の心に絶大な思慕の楔も打ち込んでいて、正直二人の恋愛よりも優美の葛藤や、悪態の裏にある優しさの方が目立つくらいのシナリオですね。

 里奈に関しては、パッと見だけで考えると、主人公との関係を深める為に踏み込むことを躊躇する理由が見えにくく、稟のお節介に後押しされる形でとはいえ、どこかもやっとするものはあります。
 ただ二周目やってみると、優美に対する想いの重さと、あと自身の健康に対する自信のなさ、それは翻って、相手を幸せにする前に不幸に貶めてしまうのではないかという恐怖に通じるものがあり、だからこそ諦める理由を探していた、と見えやすくなるかなと思うし、だからこそそれを乗り越えてのイチャイチャぶりの愛らしさの破壊力が素晴らしい。イチャラブに関してはこれが一番好きだし、里奈という個性の変転という意味でも鮮烈でした。

 百合百合の分岐に関しても、そうなるだけの土壌は確かにあると読み手に感得させる構図にはなってますし、このルートに限ってはそれを選択する主導が里奈にある、という部分も含めて面白い構造だったなと思いますね。
 またこのシナリオは千年桜という摩訶不思議が多少介在していますが、それを後々の話の土台にしつつ、決して恣意的に都合よく用いず、むしろそういう道理を超えた奇蹟の介在に対する不条理と嫌悪を打ち出すことで、作品トータルとしての一貫性を明瞭に描き出すことに成功していると思います。


★V『A nice Derangement of Epitaphs』

 「大切な人に助けてもらうだけで、私には何も返せない・・・」
 「生きることは苦しい。消滅から抗っているから、苦しいんだ」
 「描きたい、その信念が作品を生み出すんだ」

 雫ルート。
 ここまでで様々な伏線と事実が出そろう中で、直近の主人公に降り掛かった問題を如何に解決していったか、実に外連味と情味が溢れるシナリオになっています。
 雫という存在の特異性をフォーカスすることで、現在に通じる恋愛観は端的に担保しつつ、比重としてはやはり過去、直近と、そしてはるか昔の二重構造の中で、雫が主人公と稟の関係性にどう介在してきたか、その結果として何がもたらされたかが開示されることで、先の物語の大きな伏線を紡ぎつつ、二人が結ばれることの意味と、その結果として生まれる信念の色味が重要性を際立たせてきますね。

 ちなみに七相図完成に立ち会う父子のシーンが、この作品における白眉といってもいい感動を私に与えてくれました。あのシーンは改めてプレイしてみると本当に、芸術の意味と意義、刹那の中の永遠がもたらす幸せの姿を象徴的に抉り出していて心打ちますし、けれどそれを為し遂げた事で、主人公がまた新たに大きな喪失を味わう契機を、因果を紡いでしまったという皮肉さも含めて、実に素晴らしいシーンだったなと。
 また雫との関係を深めて、その愛に生きるという事が、必然的に吸という摩訶不思議を体現した存在との関係性を見つめる事にも通じ、その中であくまでこの段階では意思として、だけではあっても、愛に生きながらも芸術の道を閉ざさないという宣言に繋がっていて。
 結論的にそれが可能か、というのは推察するしかないし、ただアプローチとしてそれは一度健一郎が失敗した道でもある、という捉え方をすれば、その後の展開がより深いものに見えてくるかなと思います。


★W『What is mind?No matter.What is matter?Never mind.』

 「心を嫌ってはダメだ。そんなことしたって心はなくならない。ただ心が痛むだけだ」
 「自分の身体を嫌ってはダメだ。そんな事をしても君の心が苦しむだけだ」

 このあたりからは色々ネタバレ激しすぎるのでサラッと。
 ここも概ね過去編であり、ここまでで度々トピックにあげられてきた夏目家に関わる諸々の問題と、主人公の父母の馴れ初め、その思想性を綴ることで、それを受け継いだ主人公の気質のありようがよりくっきりと輪郭を持って浮かび上がる内容ですね。
 藍が語るように、とりあえずやってみてから目の前の問題に対処する健一郎と、熟慮の果てにしか動けない水菜の対比により、その両方の特質・美点(状況によっては欠点でもあるけど)が主人公に継承されているのだなとわかるし、それがあればこそ、主人公は健一郎の轍を踏まずに済むのか、という部分がクローズアップされてくる場面かなと思います。
 無論過去のロマンスやら何やらも濃密で面白いですし、しかしこのシナリオでは最初にちょろっとしか触れられなかったけど、健一郎は水菜にあれこれ心を砕いている最中に教会の改造も同時期にやってたのかね?と、そこは折角だから触れて欲しかったとは思いますが。紗希が健一郎を首にした原因、ってのもこれを見ると明確なだけにね。


★X『The happy prince and other tales』

 「夢は人を食らい、食らった夢は芸術という身を熟す」
 「本物なんてわからない方がハッピーになれる」
 「価値を自ら作り出せなければ何の意味もない!」
 「心と自然は、常に円環の中にある」
 「前に進む力が大きく後退させることもあるんだよ」

 本編トゥルールートというべきか、基本的にヒロインとは誰とも結ばれない空気の中で、改めて自分の今を主人公が見つめ直し、芸術に向き合っていくシナリオですね。
 とりあえずネタバレ過ぎない程度で語れる面白い部分といえば、ここまでのヒロインルートであれだけ鬱陶しいキャラであった香奈の、その根源的な芸術論に喚起される形で、主人公が今の自分に出来ることに必死に取り組む契機になっているというところでしょう。
 愛と共にある、と決めた時にはそれは邪魔者以外の何物でもなかった概念が、いざ芸術に向き合う時には華々しい光芒を放つ救いになる、その角度を変えてみた時の色彩の変容の鮮やかさは、この作品のテーマそのものにも通底するイメージですし、逆に言うとそれだけその二つの概念が両立するのは困難だ、ということにもなります。

 しかも結果的にその苦悩の末に主人公としての芸術の新たな地平を切り開いた事が、更なる喪失の契機になるという構図は悲嘆が過ぎますし、そこに重ねて奇蹟の力までがマイナスに降り掛かってくるという部分に、前に書いた一貫性が克明に、残酷に刻まれていて。
 その上での稟との問答が、思想面でのこの作品の核になるのでしょうけど、その時点で答えには辿り着いていながらも、体験知に基づく確信に至れないことが、稟を折伏するだけの威力を有さないものとなってしまう事も悲しみが大きいですし、主人公がそこに至ったと知った故になお、稟が選ぶ道がああなってしまうというのもまた、天才の孤独、なんて陳腐な言葉では語り得ない哀愁を漂わせますね。

 あと一応最後の分岐として、藍ルートもここにあります。
 ただこれは、受けた痛みのあまりの大きさに耐えかねて、根本的に自身の在り方を覆し、愛に縋るありようを示しているんですよね。
 それは主人公のみならず、藍がずっとこの家で育んできた大切な何かをも喪失に至らせる毒のようなイメージもあり、博愛は乙女に大してだけでなく、誰にとっても毒になり得るのだと、そしてそれは大抵善意と慈愛を持って為されるから余計に悲しいのだということになるのでしょう。
 何故なら、そうして救いに安住して立ち止まることが、結果的に迷走しているようでも前に進む意思を失う事が、生きる意味と意義の大きな喪失に、いやもしかすると欠落に繋がっているのかもしれないから・・・。


★Y『          』

 「言葉は意味よりも、時にその音色に価値がある」
 「先生は数多くのものを失っているのに・・・それでも欠けた部分なんてなかった」
 「かよわき神と共にしか、幸福なんて感じられないさ」

 ここまでくると流石にネタバレなしでは語れることはほとんどないですね。
 言えることは、同じ風景のようなのに違う風景、幸せは循環し再生産される、その過程の中で主人公の思想が悟りにまで至ることで、誰もが届かない高みに、月に至らなくとも幸せを生み出し育めること、むしろそれこそが人と人との関係の中で最も大切なことだと明示していて。
 その至りは、私の解釈においては愛とそれ以外がそれぞれに紡ぐ幸せの両立にも繋がっていく思想だと思えたし、その結果として守り守られた存在が「藍(愛)」であることも示唆的だなあと。タイトルが桜の上で、ここの隠し章題が桜の下、なのも、なるほど、と頷かざるを得ない。

 あのラストのシーンをどこまで踏み込んで解釈するかは人それぞれだと思いますけど、少なくともこの時点での主人公なら愛に踏み込んでももう何かを喪失することも、ましてや欠落させることもないと言えるでしょう。その上で恋愛的には私は、稟が飛び疲れた時の帰るべき場所として、その全てを受け止められる存在としての意義を見出したいなと思っています。


 ・・・まあ色々ふわふわっとまとめてもなんだかんだネタバレし過ぎてる気もしますが(笑)、こっからはもっと露骨に色々考察するのでいい加減白抜きです。


★夏目屋敷生活史

 まずまとめておきたいのは、夏目屋敷で暮らした人の変遷ですかね。
 最初から最後までずっとそこにいて、けれどこの屋敷が様々な荒波に襲われる中で、解決者としてではなく庇護者としてしか存在し得なかった藍の推定年齢を軸にしてサラッと見ていきましょう。

・18年前<藍推定5〜6歳くらい?>
 
 健一郎と水菜が出会う。健一郎が埋木舎に出入りし始める。健一郎多分同時期に教会の改装も手掛けてる。
 中村家の伯奇の血の執着の象徴としての水菜と藍の身柄を巡って、健一郎が火種をくべる形で夏目一家と中村家の抗争が勃発し、結果的に屋敷と藍の身柄は夏目家のものに。
 健一郎と水菜は駆け落ちし、最終的に借金の形という立場で手打ちになって、水菜は屋敷に戻ってくる。琴子婆さん98歳らしい。

・15〜14年前<藍9〜10歳くらい>

 直哉が4歳くらいまで水菜と直哉はこの家に住んでいたらしい。琴子も健在。
 ただその後の記述で琴子は103歳で往生したと触れられていて、また別箇所で、雫と琴子も3年くらい関わりがあったと示されているのがちょっとだけ時系列的に?藍の後の言葉だとこの時期に雫がいたようには思えないけど、タイミング的には幼少期に直哉と雫は同じ家に暮らしていたタイミングがありそうにも思えるのだけどなぁ。まさか自分でやっと歩けるようになった時分から隠れていたというのも不自然ではあるし(笑)。

・12年前<藍11〜12歳くらい>

 雫と稟がはじめて出会う。琴子の一周忌に触れているので大体屋敷接収から6年後だと見ていいかなと。
 雫が結局いくつかはわかりにくいけど、稟と直哉の1つか2つ下でいいはず。
 健一郎に連れられて伯奇神社に行き、紗希と出会って、藍はいずれ弓張学園に通いたいという志望を固める。
 この時点ではまだ紗希は中村の人、その後藍が入学するタイミングまでに離婚が成立し、圭も夏目の屋敷に引き取られた、と見るのが自然ではあるのだけど、ただ稟と雫の運命の分岐点、凛の家の火事が起こるのはここから6年後と見做すべきなので、圭と稟に接点がないのはやや疑問ではある。もっとも健一郎もその頃にはNYに戻ってるはずだから、稟を家には呼んでなかっただけかも。

・9年くらい前<藍14〜5歳くらい>

 上でも触れたように、おそらくこのくらいの時期に圭は夏目家に引き取られてきたはず。

・6年前<藍17〜8歳くらい>
 
 直哉の母である水菜が死去、その悼みとして、健一郎は『横たわる櫻』を、直哉は『桜日狂想』を完成させる。
 おそらくそのすぐ直後に、稟の家の火事が発生して、母親は焼死し、稟を転落から救う事で直哉は右手を致命的に痛める。里奈との共作が『桜日狂想』発表の数か月後、という記述があるのでこの辺の時系列は密度が高そう。
 稟がその具現化能力で、千年桜を通じて母親を蘇らせる夢を描き、それを雫が呑み込むことで、稟の力は消え去り、雫は伯奇としての存在を中村家に認知されたために、健一郎と共にNYに逃亡する。そしてその吸い込んだ能力が吸という存在を生む。

・本編開始少し前くらい<藍23〜4歳>

 藍は弓張学園の教師になっている。
 健一郎が病で帰国、直哉に葛こと雫を託す。中村家との小競り合いを贋作制作による金銭解決に導き、雫が夏目の屋敷に戻ることになる。
 その後本編開始とほぼ同時に、直哉もこの家に住まう事になる。

・本編開始1年後あたり<藍24〜5歳>

 圭が交通事故で死去する。雫はそのショックで伯奇の力を制御できなくなり、結果稟に元の絵の力が戻る。稟は才能を認められて海外に飛び出し、おそらくだけど雫もそれについていったのではないか?
 そこからずっと直哉と藍はふたりきりで家を守っていくことになる。

・本編から10年後<藍33〜4歳>

 1年前から藍が転任で夏目屋敷を離れ、直哉が家を守っている。
 直哉の悟りと同時に藍が戻ってきて、また家族としてのつましくも幸せな生活に戻っていく――。

 ・・・ざっとこんな感じですね。多少あやふやな所もあるのですが、概ね齟齬はないと思います。
 この波乱に富んだ生活史の中で、一貫してそこに居続けた藍は、ただひたすらに誠実に家族としての絆を、人の繋がりが生み出す幸せの在り処を守り続けてきたと言え、見方次第では間違いなくこの作品のメインヒロインと言えましょう。
 ただし上でも触れたように、その想いを捨てて愛を選ばざるを得なかったときに、それは閉じた世界を紡いでしまう契機にもなる、純粋で博愛に満ちているからこその諸刃の剣のような存在でもあり、だからこそ最終章で直哉の転機の道中では姿を見せず、愛を受け容れても芸術を通じての幸せを紡ぐ力を欠損しない土壌が完成してはじめて戻ってきた、というのは非常に示唆的です。
 そしてその唯一の空白期間があればこそ、ただ一方的に守る、という関係でなく、守り守られる関係性の尊さも裏打ちしているかなと、この生活史を概観する上で思いますね。


★中村の血縁関係

 これに関してはなんとも苛立たしい部分も多いですがざっとまとめておきたいですね。
 前提の傍証となる部分として、紗希は健一郎と同期、そして章一と結婚した時に向こうが15歳年上だったと書かれています。
 作中で章一の子と断定されているのは、真琴、圭、雫の3人だけではありますが、年齢的にはギリギリ水菜も、当然藍も章一の子であっても間違いはないでしょう。無論親族の子、という見方も出来ますが、妾の子を妾に、という行為のおぞましさ、それにすでに水菜が章一に穢されていたことを踏まえると、実の娘を犯していた、と見たほうがインパクトはありますね。

 そして水菜と藍を巡る抗争において、中村家は大きく力を削がれ、その根幹である伯奇の血を持つ二人も奪われてしまって、それは章一にとってみれば大きな焦りになったでしょう。
 だからこそまず、表向きには社会的な力がある鳥谷家との政略結婚をして真琴を作り、けれど裏では手元に残った妾に伯奇を生ませるために手を付けていて、それで出来たのが雫となります。挙句それとは別個にお遊びで圭の母を孕ませてもいて、おそらくそこは何ら血の問題とは関係ないので、それだけに章一の傲慢、幼児性が際立つ構造になっているかと思います。
 ちなみに中村家の血筋に芸術の才能が花開いたキャラはいないので、圭の才能は母親譲りなんでしょうね。となると寧も素養は高そうな気がします。

 だからまあ、大きな括りで見れば異母兄弟なのが水菜=藍=真琴=圭=雫となって、直哉はその従姉妹という関係になるのでしょうね。
 ただひとつ、藍のことを章一が売女の娘と語っているシーンがあって、その売女が誰を指しているかで微妙に意味合いは変わってきます。単純に琴子の養女となったことを指しているなら血縁的には、なんですけど、その言い分を、中村家の妾が誰かと密通して出来た子供、という風に解釈すると(親権問題で拗れている、という描写もそれを肯定する材料になります)、中村の血、という意味ではともかく、血脈としての直接的な兄弟関係は他の4人とはないかもしれないんですよね。

 そう見た場合、それを自覚している藍だからこそ余計に家族の絆を、温もりを大切にしたかったんだ、とも捉えられて、生活史の観点と合わせてより藍というキャラの凄味を思わせる構造になりますね。これはまあ確証ないのでなんともですけど。


★10年後の弓張学園

 最終章は本編から10年後という大胆な構造で綴られていますが、その中で結構、本編において幼女として登場したキャラが沢山出てくるので、その辺ちょこっと検証しておきます。

 とりあえず10年後、というのは最終章の最序盤の地の文で語られているので確かで、真琴ルートで寧が5歳、とされていたので、その寧が今一年生というならば時系列的にはピッタリ符合しますが、しかし5歳であの淡白さと諦観ぶりはビックリですよね。。。
 ノノ未が何年生かは明示されてませんが、少なくとも卒業生的な慌しさはなかったし1〜2年でしょうから、となると5〜6歳から飲み屋街でお手伝いってオイオイ、って感じにはなります。。。
 そして何が一番驚きって、この時点でルリヲと鈴菜が弓張入学直前、ということは、本編であれこれ絡んできたときにまだ4歳だったという計算になってしまう事だ・・・っ!

 基本的にこの作品のキャラは大概10歳くらい精神性が上にありそうな知性教養の持ち主ばかりですが、にしても4歳であの語彙と知性と機知と行動力って破天荒すぎるだろと言わざるを得ない。というか優美は4歳児にオナニー教えようとしてどうすんだよ。。。

 ただし、里奈と優美シナリオの展開を踏まえて考えると結構その年齢が腑に落ちる部分もあります。
 というのも、里奈は重い病気、多分癌を患っていて親御さんはそれに手一杯だった、そして優美は暴れん坊過ぎて親が目を離せなかったと見た時に、二人の出逢いによる優美の落ち着きと、そして手術の一応の成功が、親にとっても安堵をもたらす起因になった可能性はあるなと。実際優美が里奈と友達になって大喜びだったという説明もありましたし。
 故にその第一子に少しでも手がかからなくなって、改めて親として第二子を、と考える余裕が生まれたと見做すと、生誕年齢からして辻褄がガチッと嵌るんですよね。

 その上で、この二人が生まれる間接的な救いをもたらしたのが直哉である、という視座で見ると、情けは人の為ならず、じゃないけれど、誰かの為に献身を捧げ、幸せをもたらしたことは、いずれ循環して自身に舞い戻ってくる、と、来年からの新生弓張学園美術部での生活が予感させる煌めきを思えばすごく腑に落ちるというか、気持ちよく祝福できる要素だなあと思うのです。
 ・・・というか正直さぁ、その新生美術部員候補ちゃん達可愛過ぎね?特にルリヲと鈴菜が好きではあるけれど、桜子に奈津子、寧も愛らしいし(ノノ未は関わってくるけど入部はしなさそうな立ち位置だよね)、ぶっちゃけこの面子でイチャラブ学園ゲー作って欲しいくらいなんですけど私。。。

 最後にこれはこじつけというか願望的な部分もあるのだけど、新たに出てきた新キャラの桜子と奈津子、とりわけメインを張る桜子の存在についてあれこれ妄想の翼を広げてみようかと。
 無論素直な解釈としては、桜子が抱えた挫折、奈津子が秘める熱望、そこから踏み出すきっかけを探しているところに主人公の少し透徹した距離感がかっちり嵌る、という意味で、分かりやすく女殺しの生き様を再確認させるためのキャラとはなるでしょう。少なくとも他の4人と違って本編での登場描写はなかった2人なのは確か。

 ・・・ただ、桜子という名前はいかにも象徴的過ぎて、やはりどこかに幸せの循環的な要素を見出したくなる立ち位置ではあるんですよね。
 だからもしかすると、この元は溌剌でお転婆的なステータスからしても、実は圭の事故の原因になった飛び出し少女だったりしない?とか妄想したりするのです。そのトラウマはもう既にだいぶ薄れているけれど、関係性が深まったところでその事実に気付くきっかけがあって、寧や直哉との関係性に煩悶する――みたいなところに、もうひとつ物語を見出せたりしないかなと思ったりしました。


★草薙直哉

 最後のまとめも兼ねて主人公考察をば。

 結論的に言えば、父親の芸術家としての気質と、母親の悲惨な境遇が紡いだ、中々拭い去れない心傷がもたらす精神性を同時に受け継ぐことで、芸術家としての渇望はありつつも、母親の影響による献身性、一途で淳良な気質で中和され、かつそれが母親の死によってより一層献身の方に天秤を振らせた、と見る事が出来ると思います。
 だからこそ普段は自身を韜晦し、誰も傷つかないように守りながら自分を傷つけている一方で、いざ芸術にまつわる何かに関わるとなれば誰よりも意欲的に、楽しみを持って、周囲の人間をもその意識に巻き込んで行えるという独特の性質を形成するに至ったと言えるでしょう。
 けれどその自身の在り方が他者の幸せを紡いでいることには自覚的ではなく、また自分に対する無関心が強いこともあり、そのやり方が本当に正しいのか確信に至れず、だからこそ、愛、特に情愛という一際に大きいものと相対した時に、その渇望は消え去る、或いは収縮する運命にありました。

 この作品の文脈においては、当然芸術の創造とは、誰かに見られることによって完成する美を生み出し、その目撃により幸せをもたらす行為であって、ただそれを、稟のように孤高の高みから差し出す形でしか紡げないと見るか、人の目線で、想いの中でからでも紡げるか、それが象徴的に強い神と弱い神、という言葉で語られていて。 そしてどちらにせよ美の神と愛情はおそらく併存できない、というのは、健一郎が水菜の死後に最高傑作を紡げた、という一事で明晰に担保されていて、人種的にも、真琴のようにそれを良しと出来る気質か、或いは稟や香奈のように、それではいけない、もっと突き抜けた限界の先まで突き詰めなくては美の深淵は為しえないと信奉するのか、そこはくっきり腑分けされるところで。

 そしておそらく主人公はその中心で根を張っている特異な存在であり、喪失によって生み出されるところのある芸術的才能を、しかし櫻のように繰り返し咲き誇ることで再生できる力を持ち、更に中心にいることであらゆる美の世界と繋がりを持ち、交差することでその意義を高められるのかなと。
 この場合、高さという概念は見かけの才能とは逆転的な位置付けになり、だからこそあれだけ稟や圭がその高みに寄り添えるように苦心しなくてはならなかったとなるでしょう。
 皮肉な言い方をすれば、いくら天才の才能であっても、本物を見極める力に乏しい世界の中ではただ搾取されるだけのものであり、孤独の果て、奈落の果てに押しやられて擦り切れざるを得ないと、天才だからこそ本能的に察知していて、だから余計に主人公のような存在を求めてしまうのはあるのかもしれません。この辺は芸術能全くない私ではなんともですが。

 そして、既に両親を共に失っている主人公ですが、その死に対しては自分に出来る限りの手向けを為すことが出来ていて、だからこそその喪失の痛みは生き方そのものを変転させるまでには至らなかったし、土俵としてもそれは芸術そのものではなかった。
 けど圭の死は、改めて芸術に向き合い、凌ぎ合う中で突如訪れた奈落であり、喪失であるが故に、主人公の芸術性の根幹を、生き様そのものを揺さぶる問いかけとなっていて、それがすなわち藍ルートとの分岐選択肢と見做せるでしょう。
 その喪失がもたらした、他者には停滞に見える迷走は10年にも及んだけれど、けれどその年輪と世界の変化、けれど幸せな世界は、時間は、芸術は再生するという確信、そしてはじめて過去の自分が体得できなかった、自己の為の創造による歓びが、どういう風を受けても揺らがない強靭な幹を完成に至らせたと私は解釈しています。

 それあればこそ、直哉は情愛のように強いものを受け止めても、自身の芸術性を一切毀損することなくこれから歩んでいけるだろうし、そしてそれこそが、彼にとっての生きる上での永遠の相となり、関わる人を正しく救いに、幸せに導く根源となることを予感させます。
 無理に桜の上を飛ばずとも、桜の下を歩んでも幸せは紡げる、むしろその幸せの方が人にとって劇薬にならず、優しい救いであり幸せなのだと、寄り添う二人の姿とそれを祝福する花吹雪が示しているし、上でちょっと触れたように、藍との関係は一番近しい家族、であって、今後傷ついた翼の飛来と、その癒しの予感をも湛えているラストじゃないかなって思いますね。



 ・・・以上、うがぁ〜〜〜、長すぎた・・・。書きたいこと多過ぎるんだもんよなぁこれ・・・。
 色々めんどくさいこと書きましたけど、トータルで見てもすごく完成度は高く、一つ一つのシナリオの出来も素晴らしい上に連関性も強くて、2周目プレイしてこそ本領、というくらいに面白い作品になっていると思います。
 無論あれやこれやの薀蓄とか極度に触れた精神性も厳密に残酷に炙り出す手法的に、誰しもに読みやすい優しい作品とはとても言えませんが、個人的にこの余韻の紡ぎ方は最上級の贅沢な味わいだったと思うし、僅かに減点したのも結局、これでもまだ物足りなさは残っちゃうし、という我が儘に過ぎないですからね・・・。


キャラ(20/20)

 この点に関しては文句のつけようはないでしょうねぇ。ただ明らかにシナリオの流れとキャラ性のリンク度合いがめっちゃ高いから、ネタバレしないようにとなるとあまり書ける事もないってのはあるのだけど。強いて物足りないところを上げれば、やはり核となるヒロインとまで言い切れる存在がいない作品ではあるのでそれくらいかなぁ。

 一番好きなのは迷うけど藍かなぁやっぱり。
 年上キャラだけどちみっちゃいしちょろいし、けど年上風は吹かせて、当然それなりにしっかりしているところも多く、誰しもの安全基地、帰るべき場所の守り手としての存在感は全編通じて非常に大きかったと思います。
 その意義を擲ってでも主人公を救いたいと振る舞った個別もそれはそれで味わいがありますし、どこまでも素敵なアラサー(失敬)だったと思います。。。

 そしてプレイして相当に株が上がったのが氷川姉妹だったりして。
 里奈はとにかく多方面に向けて色々な顔を持っていて、それが気遣いや優しさに起因してればこそ痛々しさはありつつ、最後にそれを払拭する甘えや可愛さを見せてくれるところで、一番ヒロインっぽい感じはしたんですけどね〜。
 ルリヲは最終章の立ち絵が可愛過ぎて死んだ。。。あのとっぽい喋りも可愛いしマジ攻略させてくれませんかね(真顔)。

 稟はもっと好きになるかなと思っていたけど、なんか立ち位置的にヒロインとしては結構割を食っている感じではありますね。
 元々の温和で献身的な気質そのものは魅力的だし、エロ可愛い子ではあったけど、やはり終わってしまっている時とそうでないときのギャップに苦しんだままに、救いの予兆こそあれ孤高であり続けるのは何とも切ない。無論その辺あからさまに補完しちっゃたら余韻が台無し、ってのは重々わかるし、物語としての完成度には文句ないんだけどそれはそれって感じで。。。

 真琴はまあ本質的な部分で少し好めないところはあるんだけど、それでもその頑なさがほぐれてきての雰囲気や、それでも揺るがない信念なんかは素敵だと思ったし、彼女があの位置にいたからこそ動いた部分もいくばくかはあるから、印象深いキャラではありますね。
 逆に雫は印象度としては低めなんだよなあ。どうしても色々と自分の話というよりは分散してるところが多いですし、あからさまに出来ない部分が多いだけ余計にね。ロン毛モードとか超好きだし、キャラデザ的には一二を争うのだけど。
 優美もキャラデザは好きだし、傍若無人に見えて色々気を使っているところとか、その想いの純粋さとか結構気に入ってますが、まあそれに輪をかけてエキセントリックではあるしね。。。
 その分鈴菜がめちゃ可愛く見える罠もあるけれど。ナイス黒ストだし超攻略したいしたい・・・(しつこい)。
 桜子はある意味王道的な女の子像ですしいいよねやっぱり。

 男キャラだと当然主人公の直哉は本当に貧乏籤引き受けてばかりだけど、それを変に誇張も卑屈もしないで泰然としてるのかっこいいし、その辺は健一郎にも通じるところはありますね。
 明石なんかもインパクトだけならトップクラスだし、圭も飄々としていながらああいう役回りもあって印象深いし、これだけ沢山キャラがいるのに、どこにも捨てキャラがいない、誰しもに重厚なドラマが付与されているあたりは流石の一言に尽きると思います。


CG(18/20)

 派手さはないものの堅実な構成で、絵柄としてもまずまずは好みであり、全体素材料はかなり豊富で、もう一点つけようか考えたけど、特別に好き、ってほど絵そのものに愛着はないのと、若干魔乳のきらいがあるのとでこの点数に落ち着かせた感じ。

 立ち絵に関しては登場人物が多い分一人一人はそこまで密度高くないけど、やはり出来はいいですね。
 ポーズはヒロイン格で2〜3種類、サブで1種類と多くはないけど、それぞれの個性は計算されて浮き彫りになっているし、かなりエキセントリックというか目立たせてる感もあって印象は強いです。
 特にお気に入りは里奈の右向きとあとルリヲ。里奈はあの角度で飄然としてるのがすごく似合うし、ルリヲはあの腕のバランスがすごく元気さを醸してて超可愛い。
 その他お気に入りは、里奈正面、藍正面、右、稟正面、雫正面、やや右、優美正面、正拳、桜子、水菜、鈴菜、子供里奈、子供稟あたりですね。

 服飾はヒロインで3〜5種類、サブで1〜2種類くらいですね。まあシナリオメインの作風にしては結構服飾頑張ってると思いますが、デザインそのものはちょっとあざとさが目立ち過ぎるきらいもありそこまですごく好みとは言えなかったかも。
 お気に入りは藍私服、里奈夏制服、冬制服、私服、水着、稟冬制服、私服、メイド服、優美夏制服、水着、真琴メイド服、ルリヲ制服、鈴菜制服、桜子制服あたりですね。

 表情差分もやはり一人頭は多くないし、そこまで派手さはないけれど、それぞれの雰囲気はしっかり掴めているし可愛いと思います。
 お気に入りは里奈笑顔、呆れ、膨れ、照れ焦り、ぐるぐる、藍笑顔、不満、拗ね、半泣き、稟笑顔、きょとん、憂い、膨れ、優美仏頂面、不敵、真剣、笑顔、真琴焦り、怒り、照れ、ルリヲ笑顔、ニヤニヤ、困惑、鈴菜呆れ、真面目、桜子笑顔、膨れ、ぐるぐるあたりですかね。


 1枚絵は全部で151枚とかなり豊富、まあ数枚SDとか背景に近い素材的なのもあるけど、それでも量としては充分だし、質もやや魔乳過ぎるのを除けば安定して高いと思います。

 特にお気に入りは4枚。
 1枚目は夕焼けの中に佇む私服里奈、単純にデッサンがすごく綺麗だし、楚々とした中に潜むときめきが滲んでいて好きです。
 2枚目は生まれた直哉を抱いて、このシーンの水菜の誇らしげな表情の出来は素晴らしいと思います。
 3枚目は夕暮れに黄昏る優美、哀愁漂わせる中にぞくっとするような気品があって、かなり見た目のインパクトが強かった1枚。
 4枚目は藍の膝枕と耳かき、この藍の慈愛と親愛に満ち満ちた表情は最高と言わざるを得ないですね。

 その他お気に入りはページ順に、藍出迎え、抱擁、雫と再会、転入生、稟のただいま、里奈入学、チラシ寄越せ、幸福な王子、藍お姫様抱っこ、稟の素描、たらい目覚め、布団から出たくない、小牧と小佐智、優美さん見えてます、影絵の帰宅、皆で壁画作り、プールと星空、真琴の陶芸、お姫様抱っこ、デッサン、キス、正常位、この味いかが?、稟胸板擦り付き、手コキ、フェラ、正常位、パイズリ、騎乗位、転落抱き止め、拒絶、この手を掴め、子供の里奈と優美、櫻の芸術家、膝枕、下校、3人でお弁当、優美の祈り、里奈後ろ抱き、フェラ、正常位、騎乗位、貝合わせ、雫介抱、七相図、正常位、千年桜、フェラ、対面座位、立ちバック、雫と吸、オランピア、幸せの口づけ、幸せの酒、藍と買い物、吸との勝負、稟の覚醒、桜の下で語る、藍フェラ、愛撫、正常位、買い食い、膝抱き介抱、右手の意味、家へ帰ろうあたりですね。


BGM(20/20)

 音楽に関しては質量ともに最高水準だと思いますね〜、とにかく美しく絢爛な旋律に包まれながら、それでいてきちんとテーマ性を深く沁み込ませてくるところは真骨頂だし、聴けば聴くほど心地よく世界観に浸れる素晴らしい仕上がりだと思います。

 ボーカル曲は6曲。
 OP&YEDの『櫻ノ詩』は超神曲、というか今年正直華暦を脅かす曲が出てくると露とも思ってなかったけど、これはあれと匹敵する素晴らしい完成度と旋律の特異性の中に秘められた美しさ、透明感、広がり、とにかく最高の出来ですね。
 特にBメロの前半、音程がいったん下がるところのメロディラインが超好きで、そこからじわりじわりとサビに向けて舞うように高まっていく流れが完璧だと思います。
 EDは各章ごとにあるけど、まず『Bright Pain』はこのラインナップの中では異色の、純粋にかっこいい感じの曲ですけど、その中にも重々しさと前に進む力のイメージが鮮烈で、曲調含めて結構好き。
 『PicaPica』は静かで滔々とした旋律の中で、サビの哀愁と不気味なほどの覚悟を感じさせるイメージが特にインパクトに残ってますね。これもかなり好き。
 あとは『在りし日の為に』と『ZYPRESSENの花束』も中々良かったです。


 BGMは全部で43曲かな、色々アレンジやクラシック援用なんかもあるけど、それでも量としても充分だし、質は極めて高くて最高の出来でした。ずっとこの音楽に浸ってたい。。。
 
 特にお気に入りは5曲。
 1曲目は『花弁となり 桜は大いに歌う』で、概ね緊迫感のあるシーンに出番が多かったですけど、この冷たさと不穏さ、そこに舞い散るように溶け込む儚さが素晴らしく美しく好きですね。
 2曲目は『夢の歩みを見上げて』、触れ合いのシーンやHシーンなんかでも良く出てきましたけど、この柔らかい旋律と温もりが、透明感と純粋性で裏打ちされてとても耳に優しく愛しい曲ですね。
 3曲目は『空舞う月 空舞う翼』、才能の広がりを思わせる飛躍に付き纏う悲しみ、そこから零れ落ちる何かを掬い取ったような戦慄が胸を打ちます。
 4曲目は『花弁となり 世界は大いに歌う』、すごく再生のイメージが強い曲で、それに対する歓びと改めての決意をしみじみ噛み締めさせてくれる旋律になっていると思います。
 5曲目は『舞い上がる因果交流』、ふわふわとした雰囲気の中にえも知れない温かみがあり、幸せを誘引するかのようなイメージで好きです。

 その他お気に入りは、『舞い上がる因果交流のひかり』『色彩力無限』『陽射し入る窓』『瞬間を閉じ込めた永遠』『優雅な音階』『軽やかに!軽やかに!』『遊ぶ絵画』『真っ赤な真実』『透明な嘘の花』『数秒交差』『バカはバカのごとくにあらわれる』『透明な白い日常』『心模型』『見上げた青の果て』『心象の中の光』『君の筆は世界を奏でる』『夜空は奏でるだろう』『この櫻の詩の下』『月の眼球譚』『天球の奇蹟』『美しい音色で世界が鳴った』『風の筆射す春日花抄』あたりです。


システム(9/10)

 演出に関しては考え方が難しいところはあります。
 というのも、こと純粋に技術的な部分で言えばクラシカルな手法に敢えて拘っている感はあり、それこそ現代アートへの苦言じゃないけれど、表層的なインパクトでなく、その演出の意味を読み手にきちんと掬い取ってもらえる深みを備えて、という矜持は滲み出ているんですよね。
 だから概ねすば日々の時と大仰な変化はないんですが、それでもやはりこの要所での情感の引き出し方、1枚絵だけでもこれだけのものは引き出せる、そしてトータル総合芸術としてのEDの演出の妙などはやはり図抜けたセンスだと感服するところで、そこは高く評価すべきだろうなあと。
 OPムービーに関しても様々な隠喩を籠めつつ、それでも華やかに軽やかに、悪魔でも幸せを希求する物語のはじまりであることを意識させる淡い旋律と美しさは素晴らしい出来と思います。

 システム的にも上と同様の事は言えて、あくまでこの構成でテキストの流れも踏まえてひとつの作品とするなら、ジャンプ系のシステムは取り入れられないし、という感はあります。まあ無論これを雑、と見做す観点も出てくるでしょうし、ただ少なくとも全体の調和の中でプレイ感として不自由さが際立つわけではないので、これはこれで完成形なんだろうなとは思います。
 まあ解像度が高いだけでもこの素晴らしい桜の演出を綺麗に堪能できるのだから良しとすべきでしょうか。。。


総合(96/100)

 総プレイ時間32時間くらい。共通が10時間、ヒロイン個別が3〜4時間ずつで、トゥルーへのあれこれが全部で7〜8時間くらいではないでしょうか。流石のボリュームだし、それだけの長さでも弛むところはなく非常に洗練された物語に仕上がっているし、物語としての濃淡もしっかりしていてかつ余韻の味わい深さは素晴らしい。
 こういう終わり方というか立ち位置に関して、今の時代で前向きにどのくらい受け止められるのかな?と思わせる感も無きにしも非ずですが、きちんと読み解いていく限りにおいては非常に説得性も高く、理屈でも感情でもスッと納得に至れるつくりになっていたと思いますね。個々の哲学的な対話自体はそんなに重視せずとも、全体構造を追いかけるだけでも十二分に面白味がありますし、実にプレイし甲斐のある作品だったと思います。
 特に私みたいにあれこれ思案の裾野を広げたい人には最高のご褒美でしたし、期待通り、いや期待以上の満足度を得られました。
posted by クローバー at 09:44| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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