2016年08月11日

アマツツミ

 癖はあったものの体験版が大変に面白かったし、今回は公式ページでの制作コンセプト紹介が綿密で、わかりやすく私が図抜けて気に入ったヒロインであるほたるゲーだってのが詳らかになっていたので心から楽しみに待っていました。

シナリオ(30/30)

 人が人として生きるとは。

 主人公は外界と隔絶した山中で逼塞するように生きる、神の血を引き、言霊という言葉の力で人の意思を操れる特殊な力を使える一族の末裔として生まれました。
 そして彼らは掟によって、出来る限りその力を用いず、里の人間同士でも交渉を最小限にとどめ、感情や生きる実感話極限まで削った生き方をしており、当然ながら外の世界に触れることは許されていませんでした。
 しかし幼くして両親を流行り病で亡くしたためにそうした掟や言霊の教えを半端にしか知らず、そして唯一の同年代で、許嫁でもある愛とのコミュニケーションなどを通じて、いつしか外の世界への憧れを強くし、退嬰的な村のありように疑問を覚えていた主人公は、いつからか胸の内で響くようになった『行きなさい』という声に背を押され、初夏のある日半ば衝動的に里を飛び出します。

 しかし行き当たりばったり故に数日も山中を彷徨う事になり、ようやく人里に辿り着くものの、そこで力尽き行き倒れてしまった主人公に、たまたま出くわした一人の少女が救いの手を差し伸べてくれます。
 その少女・こころは、自分の家でもある喫茶店に主人公を連れて帰り、能力の事は除いて語った主人公の不思議な境遇を不憫に感じてくれて、母親であるあずきに許可を取り、しばらくこの家に主人公を住まわせてくれて。
 二人の母娘の綺麗な心根と、育まれる家族の営みになつかしさ・居心地の良さを感じた主人公は、翌日心に引き合わされたほたるが、母子家庭に得体の知れない男を泊める危険性を指摘したことを機に、自身がこころの兄であり、織部の家族であるという言霊を用います。

 結果、当然のように二人には家族として受け入れられるものの、不思議なことに人間相手なら誰にでも効果を発揮するはずの言霊がほたるには通用せず、その為彼女にはより深い本当の事情を赤裸々に告白することになって。
 それを受けてほたるは、主人公の存在を無色と定義し、そして主人公の、多くの人と触れ合いたいという望みを叶えるべく、普通の生活をするために必要な準備を手伝ってくれます。
 なぜそこまで、と疑問に思う主人公に対し、ほたるは綺麗に笑いながら、人としてやるべきことがまだないのなら、その力をみんなを幸せにするために使ってほしい、という願いを、約束を口にします。ほたるは人としてはあまりに無垢過ぎる主人公が、人と触れ合い感情を色濃く抱いていけば、いずれその強大な力の用い方に苦悩する未来を予見し、その時に道標となる想いを刻み込んでくれたのです。

 かくして人らしさを求めての主人公の日常がスタートし、学園にも通うようになって。
 孤立していた霊感少女の響子と友達になったり、喫茶店の手伝いを学んだりしながらの日々はキラキラと眩しく輝いていたものの、その中で少しずつ織部の家が抱える悲しい事情にも深入りしていくことになり、やがて露呈する問題に直面する中で、主人公は人と神の立場の狭間で自らの為すべきことを模索していくことになります。
 やがて、里から主人公を追いかけてきた愛もまた、主人公と同じ手管を使って日常の中に入り込み、気の迷いを捨てて共に里に帰ろうという願いにも触れ、また人として神の力を揮う危険性や、それを自分が知らなかった事情にも辿り着くことになって、それでも主人公は前に進んでいきます。

 失敗を恐れるのではなく、ただ未来に希望を見据えて、進めと。
 進みなさいと、心の内から響く声に、或いはほたるの諭しに背を押されながら、人の業が紡ぐ悲しみに、恐れに、無情に真っ直ぐ向き合い、その中で彼なりの人らしさを、生きるという事の神髄を学んでいくのです。
 この作品は、人の意志の尊さ、美しさ、そして醜さまでをも内包しながら、人が人らしく生きる、という事の正しい意味を、在り方を炙り出していく、運命の綾が織りなす愛と絆と信念の物語です。


 と、あらすじはこんな感じでしょうか。
 基本的に本筋が一本道になっており、序盤からネタバレするとまずい展開が目白押しなので、あらすじもちょっとぼかした書き方をしてみましたが、ともあれ基本的には日々の生活の中でヒロイン達が直面する問題や、胸の内に抱える問題が主に言霊の力によって詳らかになり、それをどうにかすべく主人公はその時点での自分らしさを懸命に奮って奔走する、という流れになります。

 テキストは簡潔明瞭でありつつも奥深さがあり、かつメリハリがしっかりついていてかなり楽しいですね。
 基本的に主人公の精神構造が一般的な人のそれとは一線を画しているために、その反応や思想の特異性がもたらす独特の関係性、やり取りの軽妙さはとても面白く、特にやはりほたるとの関わりは色んな意味で味わいや深みがあり、重厚な伏線というか思惑がきちんと投影されていて素晴らしいですね。全てをクリアしてから、また最初から読み直すと違った角度での味わいが出てくるというか。
 日常のほのぼのやギャグ、またエロゲらしいお約束も独自のアレンジを加えながら適宜展開されていくし、シリアスとのバランスの取り方も程良く、えっちぃシーンは存分にエロくって、概ね読み応えのある素敵なテキストメイクだったのではないかと思います。

 ルート構成は基本一本道の中での階段脱落式を採用しています。
 具体的にはこころ、響子、愛、ほたるの順に本筋で各々が抱える問題を解決するストーリーが展開されますが、こころ・響子・愛に関しては次のヒロインの問題に進む前に、そこまでの対象ヒロインを愛するかどうかの選択肢が出て、愛することを選べばその後の本筋は打ち切られ個別ルートに進む、という構成になっています。
 ただし個別ルート、といっても一番大きな問題は本筋で解決しているので、その残滓というか余波というか、そうしたちょっとした問題解決編はあるものの、概ねイチャラブメインの後日談FDみたいなつくりではあり、あくまでも派生ifルート、的な扱いではあると思います。

 検証していないので確実ではないですが、少なくとも最初の三人は誰からでも個別に入れる仕様だと思います。
 誰も選ばなければ自動的にほたるルートになるわけですが、それが三人クリアしないとダメなのか、最初から入れるのかはちと不明、ただしほたるルートはエンドがふたつあり、ひとつめのエンドを見ると追加選択肢が出てふたつめに入れる、という仕様で、その追加選択肢がほたるエンド1クリアのみなのか、それとも全員クリアなのかも試してないので正確にはわからないです。
 ただ、シナリオ的にもう圧倒的にほたるルートの出来が図抜けているし、確実に最後にプレイすべき内容でもあるので、余程の拘りでもない限りは素直に脱落順、すなわちこころ本筋⇒こころ派生⇒響子本筋⇒響子派生⇒愛本筋⇒愛派生⇒ほたるエンド1⇒エンド2ってプレイ順を全力で推奨しておきます。


 シナリオに関しては、もうこれは完全無欠のほたるゲー、と言い切っていいと思います。
 無論本筋の中で他三人のヒロインの物語もそれなり以上に盛り上がりがあるしいい出来、ではあるのですが、総合的に見た時には、その過程で主人公が携えていく精神性が、かくあるべし、とばかりにほたるが指し示す在り方にほぼ寄り添っていて、様々な経験、知見を経て人らしさを手にしていくことで、ほたるルートを解決に導くに足る人らしい生き方を身につける、という準備段階になっていて。
 四人のシナリオがそれぞれ起承転結を担っている、とも読み取れるし、また順々に喜怒哀楽を身につけていく、とも言えて、いずれにせよその全てを経験することで、かつて主人公が希望として憧れを抱いた、正しい人の在り方を完成させていき、それがほたるの抱える問題を解決するための力として、意志として帰結していくわけですね。

 故に、最初の三人のシナリオでも余裕で水準はクリアしていて見事な出来なのですが、しかしそれを圧倒的に凌駕する、読み手の感情を徹底的に捻じ伏せるレベルでのシナリオがほたるには用意されていて。
 …………今回採点するにあたって非常に悩んだところでもあるのですが、間違いなく客観的に見てもほたるシナリオは大傑作ながら、作品総合として客観的に見た時に満点をつけるのは甘い、のは確かなんです。過去にシナリオで高得点をつけた作品を一通り見ていっても、アマツツミを満点にするならこれだって減点することはないよなぁ、ってのが普通にいくつかあるのは間違いないんですね。
 ただし、元々各項目の採点に関しては絶対評価ではあり、シナリオに関してはこのボーダーは非常に高いものの、一定ラインを超えていれば満点をつけるのはやぶさかではないんです。というか相対評価にしてしまっていたら、どう足掻いたって流石にホワイトアルバム2の上をいく作品はないですし。。。

 そして今回、元々構成的に確実にほたるゲーだという期待感があった中で、その期待を大きく上回る出来を見せてくれたんですよね。
 それも、本人のルートに至るまでの本筋の在り方だけで既に余裕の殿堂レベルに好きになった、ほたるという見た目も性格も超好みのヒロインに対し、神レベルのシナリオに神演出、神楽曲に神ムービーが配されていて、正直ここまで全てが完璧に噛み合ったのは十年を超えるエロゲ歴の中でもはじめて、なんですよ。
 今後ここまで奇跡的な、運命的な出会いがあるだろうか、と思うに、これが空前絶後、一期一会、唯一無二になる可能性は決して低くなく、それならば幾許の短所には目を瞑って、ストロングポイントだけを絶対的に評価しておくべきだろうと、そしてそれなら満点でもなんら問題はないという考えに落ち着いた、というところです。

 …………と、評価の前提に先に触れておいた上で、主にほたるを中心に細かく内容を見ていきますが、もうそれはどうしたってネタバレなしには深く語れない部分なので、この先は相当に長いですが白抜きにさせていただきます。

 …………とはいえ、この作品を読み解く上でどう話の筋道をまとめていくのか、非常に難しい部分が多いんですよね。それぞれのヒロインの問題にフォーカスした本筋にしても、個々のヒロインだけの問題でなく色々な条件が絡み合ってきますし。

 なのでまず前提として、ほたるのコピーのありようを時系列に沿ってまとめてみます。
 私が本筋の日数経過とかをそれなりに精密に追いかけて見て取った限り、ではあって、数日、とかある程度ファジーな表現もあるためこれが確実だとは言い切れません。実際ほたると恋人になった時点で、主人公から見て二人目のほたるとの関わりを一月前、とざっくり定義していますが、私の見立てだと一月半、くらいは経過していたりするので。。。
 ともかく、日程的にはわかりやすく主人公の視点で追いかけてみると以下のようになります。

<1人目 −Day1−>
 こころに助けられた次の日、日曜にはじめて出会ったほたる。この世界の悪を主人公に諭しひっそりと消えていく。まだ言霊の存在は気付いていない。

<2人目 −Day2〜8−>
 はじめて言霊の存在と、それが自身に効かないことを知ったほたる。それを受けて主人公に対し、学園へ通う手助けと、これから人となる中で、悪に染まらないための道標、約束を与えてくれる。
 言霊の存在を知り、そこではじめてオリジナルと自身が救われる可能性を見出したために、1人目に比べて情緒不安定であり、主人公にも深い興味を示して、自分からキスをしたり、どうしようもない寂しさを、苦しみを埋めるために身体を重ねて、はじめて主人公に恋心を抱いたほたる、でもある。

<3人目 −Day9〜15−>
 週明けの月曜の時点で、あずきの容態が悪化し、こころもそれを知り得ているタイミングなので、このほたるは月曜にこころの身を案じにくるくらいでほとんど表舞台で出番はなかった。
 ただし2人目からは、コピーのオリジナルへの報告が滞っている状況が生まれ、けどオリジナルは少なくとも言霊という自分を救う力の存在と、そしてコピーが主人公に恋をしたことを感得はしていて。
 だから3人目はその影響自体は受けているはずであり、故に自分を駒として主人公に恋をさせ、そこを契機にして自分を救わせようと企むオリジナルの生き汚さに対し、より深い嫌悪と悪意を抱いていると思われる。だからこそあずきが言霊の力で救われたことを察し、その報告をする際に露悪的な感情を示しているのではないか。その反発心と織部家を取り巻く状況から、敢えて主人公に接触してこないと見取れる。
 おそらくこの子の金曜日がこころ派生ルート分岐選択肢発生日。

<4人目 −Day16〜22−>
 このあたり時間経過が数日後、数日後となるので厳密にわかりにくいが、水曜あたりにこころと教室に来て、愛の存在を見知り、そして主人公にさりげなくあーんしてる子。。。オリジナルのいいなりにはならないながらも、自分なりのアプローチで改めて主人公の在り方や言霊の力の本質を探ろうとする意思は見え隠れしているといえる。
 時系列としては、この週の金曜日に響子の願いを反映して鈴夏が生まれ、織部の家に仮寓するようになっていて、そして土曜の昼に尋ねてきた時にその存在を見つける。鈴夏が見えるのはやはり本質的に言霊から生まれた存在である故だろう。
 そこで主人公に語った、生まれてしまったからには尊厳があって欲しい、という願いは、自己の抱える辛さを吐露できない故の代償的な発言であったのだろうと感じさせる、と同時に、既に土曜だけにかなりナーバスであろうと、きちんと主人公の現状を見てスッと身を引く、ほたるとしての生き方を遵守する強さを見せてくれる。

<5人目 −Day23〜29−>
 基本的にこの週末まで主人公は響子と鈴夏にかかりきりなので、空気を読んであまり関わってこない。
 ただまあ裏側では、なにもしようとしないことをオリジナルに責められ、嘲られ、心情的にはかなり重くなってるのかな、と、最終日、灯篭流しの日に鈴夏と響子の関係性に対して、より深く自分の身に寄った自己投影を披瀝しているところからも感じられる。多分主人公が関わった中では、一番オリジナルに対する悪心が強く滲み出てしまっている子じゃないかなと思う。浄化装置であるこころの傍にもあまりいられなかったろうし。。。
 親の命を子に継ぐ、という発想は、おそらく後々ほたるルートで、オリジナルとコピーの立場を入れ替える言霊を用いる、という方法に主人公が気付くための伏線になっている。けどこの場面では、鈴夏の存在がコピーのほたるとは違い、生きている、真っ当な魂が宿っていると定義出来ないありようだと、主人公と当事者の鈴夏自体が判断している故に退けられている。
 それは、救うべきみんな、の分水嶺であるとも言える。

<6人目 −Day30〜36−>
 響子と鈴夏の別れが日曜夜で、そこから2〜3日後に響子派生ルート分岐選択肢が発生、という時系列で概ね間違いはないと思われる。
 そこから本筋は愛ルートに引き継がれていくが、この週のほたるの出番は木曜に校門前で両手に花の主人公を冗談交じりに揶揄するのと、あと土曜日に店を訪ねて、致す寸前の主人公と愛に遭遇して、愛にもほたるに言霊が効かないことを認知され、信頼の証に約束を置いていく、というだけではある。
 やはり基本的には、このあたりのほたるは直接的に主人公と関係を深める気はなく、周りとの関係の進展をじっと観察している風ではあり、それと同時に主人公に対しより正しい人らしさを伝えようとしているのかな、とも感じる。人に染まり過ぎるのも心配、とは言いつつ、愛の側、神の側に完全に引き戻されるのもさりげなく防いでいるというか、それこそ2人目の約束、言霊を上書きしているような部分はある。

<7人目 −Day37〜43−>
 この週の月曜日に愛が主人公を雪の世界に閉じ込めている。
 なので様子を窺いに来たのはその翌日か翌々日ではないかと思われるが、ここでぼんやりとでもほたるの存在を主人公が感知できるのは、愛の言霊が『人間≠ノは姿が見えない』だからなのだろう。ただ主人公の認識の上ではほたるも人間であり、その食い違いがぼんやりと、という半端さに繋がっていると見做せる。
 ともあれ、このシーンで主人公の選択を尊重し、背を押すというのは、ほたるにとっては命綱を手放すのと同義ではあり、けどほたるがほたるらしく生きるためにはそうしなくてはならない在り方、なのだろう。このあたり、少しずつでもオリジナルが主人公の変化を知り得ていることで、それを鏡としてほたるもまた、生きたいという自身の信念の、死の恐怖に直面しての揺らぎが薄まっているのではないかと推測される。

 裏返すとそれはオリジナルの信念に対するより強い否定でもあり、故に愛派生ルート分岐選択肢後の日曜の夜に、愛にもはや二人が言霊で純粋に命を分け与えて救う、という選択を取れないことを確認してそれを喜ぶものの、同時にそれをオリジナルに突き付けて絶望を味わわせる行為そのものにも虚しさを感じているところで、コピーのほたるがより人として高潔な地平に至ったと考えられる。
 すなわちそれは、主人公の愛を受け入れてもなおオリジナルの思い通りにはさせない、という覚悟を抱くに足る素地が出来上がった、とも言える。

<8人目 −Day44〜50−>
 月曜の時点で既に他3人の抱える問題が解決したと知っているために、遠慮なく顔を見に来ているが、それでも特別に踏み込んだりするつもりはまだほたる自身にはないタイミング。
 ただし今まで以上にほたる、でなく、わたし、としての在り方を素敵なものにしようという意志はあり、それがテストボイコットなんて刹那的な行動にも反映していて、そういうほたるの自由さ、自分で道を選び取る強さに、主人公は改めてほたるという存在が自分の中でどれだけ大きいかを再確認し、故にこのタイミングでの告白になったのだろう。このシーンの「ふぇあーー!?」の可愛さは超必見。。。
 それでもこの子は、贈り物の日傘と子猫との遭遇を胸に、次のほたるに恋を全うすることを委ねるわけで、そこには言うとおりに臆病さもあるけれど、同時に深い主人公に対する思いやりも備えている。
 このあたりから、きちんと週末に、固有のわたし、としての身辺整理をするようになっているのではと考えられる。エンド2で言及されたお見舞いイベントなんかも、このあたりのほたるからはより積極的にやってそうなイメージがある。

<9人目 −Day51〜57−>
 初めて恋人になる子。主人公が言われた通りに月曜に告白し直すことで、自分に委ねられた使命に気付き、恋する気持ちに、より深い自分らしい生き方に踏み込んでいくことになる。
 この子と付き合いだした次の日に、2人目との約束が一月前、という台詞があるのだが、私の計測が間違ってない限りはもうちょっと前だと思う。この時点のほたるではその差異は気付けないし、主人公にとってそれだけ里から下りての時間の進みが速く感じられる、というイメージの投影でもあるのかな、と思えば目くじら立てるほどではないけれど。
 ともあれ結ばれ、契りを交わし、そしてはじめて自身の秘密を全て主人公に明かして消えていく中で、自尽の望みを全て貪るようなことはせず、しっかり次のほたるに想いを繋ぐための強さを抱いているのが本当に印象的である。
 時系列としては、この子の金曜日が終業式なので、世間一般のイメージをそのまま援用するならこの日が7/20ではないかと思われる。

<10人目 −Day58〜64−>
 コピーとして最後のほたる。オリジナルの死が近しいことと、そしてオリジナルの思惑に沿った恋はしない、という意志を前のほたるが明確に示したことで、この先コピーを作る意味がなくなってしまったための必然としてそうなっている。
 最初から恋人である、という中で、オリジナルの思惑とは無関係に最高の恋をして、そして消えていくことを最初から覚悟している。結果的にそれは、ほたるを消したくない主人公の意志とは対立し、エンド1ではこの子だけが生き残る結末になるわけだが、こちらのルートで主人公が消えた日が7/29っぽいのは狙ったのか偶然なのか。。。
 ともあれこの時点では、悪意に満ちたオリジナルを残すくらいならともに消滅する方が世の中の為だと強い意思がある為に、このほたるから歩み寄ることはなく、よってオリジナルとの関係性の修繕は主人公の精神性に委ねられることになる。

 …………とまあ、前提にしては長すぎますがコピーのほたるの歩みとしてはこんな感じです。
 これを土台にすると、主人公がこころに拾われた日が5/26くらいかなって計算になり、そしてほたるが癌を自覚したのが春、と大雑把に語られていて、でもあの学園に籍がある以上入学式までは無事だったと見做せるので、最大に見積もっても主人公と出会う前のコピーは6人くらいでしょうか。こころや学園には気取られていない、という経緯を踏まえると、大型連休あたりが発症のタイミングかなと考えています。

 では、改めてほたるのコピーの歩みを補助線にしつつ、本筋や派生の展開を他ヒロインや主人公を軸に眺めていきましょう。
 基本的にどれもこれも重い話であり、とりわけ生死が強く関わってきて、そこに触れていく中で神としての精神性を解脱し、より人に近しい考え方になっていく主人公と、その過程で重荷から解き放たれるヒロイン達、という構図は一定で、どれもそれなりの説得性を有し、またそれぞれの立場、精神性から、恋人でなくとも主人公に身を委ねても構わないと思える意味づけが為されていて、バランスの取れたシナリオになっています。

 こころ本筋に関しては、便宜的に紡いだ家族の関係が、無垢な主人公にとってすぐに重く愛しいものとなり、またおそらく人一倍家族というものに撞着が強いこころも、ずっと離れていた兄という存在に対し親愛以上の想いを抱くという錯綜した関係の中で、主人公自身こころに対する想いを決め切れないままにあずきの病状悪化を迎えることになっていて。
 このルート内では2人目のほたるとの逢瀬も描かれますが、みんなを救う、その為に自分を救うという在り方がやはりこの時点の主人公にはまだよくわかっていない、それを知る故に不必要に重荷になることをほたるは巧みに避けているし、けどそういう配慮にも気付かずに主人公は簡単に自分の命を差し出す覚悟を抱いてしまうのはどうしようもないところで。

 結果としてあずきは救われ、主人公は死すべきところを、様々な要因が重なって命を繋ぐことになるわけですが、この辺のつくりは流石にやや恣意的。
 才能がなさすぎる故、ってのも微妙だし、あと愛が主人公の居場所をすぐに見つけられたことも、後に勘、と語られるように偶然ではあって、本当に運命の導きがもたらした綱渡りの奇跡だったのは違いなくて、せめて愛がすぐに見つけられた理由を、絆であるとか、言霊であらかじめ紐づけしていたとか、なんかしら論理的に置いておいた方がここは良かったかな、とは思います。
 もっとも、ここに主人公が至ったのも偶然だし、こころが拾ったのも偶然である以上は、そこにもう一つくらい偶然が重なってもとは思いますし、一度は死を覚悟して事に臨んだからこそ、それがみんなを救う、という命題の前では愚策である事、意味がない事を身を持って知る契機となっていて、思想的にはそこまで愛が好きなようにさせたいたことも含めて大きな意味はあったといえます。

 こころ派生においては、この時点での分岐だけにまだ主人公に、人として生きる覚悟や意味が定まり切っていないからか、こころとの関係性を変化させることを、正しいと思いつつも躊躇うありようが示されていて、ここでのほたるは素敵なお節介親友キャラだなあと。。。

 響子に関しては、過去に鈴夏を死なせてしまった悔恨から、自分の生きる意味を過去に置いていて、かつ霊感少女として有名故に周りとのコミュニケーションも上手くいかない中で、外来者である主人公の影響でそこから踏み出し、改めて前を向いていけるかも、と感じさせたところで、言霊の力が介在して過去が追いかけてくるという構成が上手いなと思いました。
 ただ後々のほたるルートの演出なんか見る限りやれば出来るのに、このルートでは響子の感じるおぞましさ、その目に映る世界の描写などがかなり淡泊で、その分だけ心情に乗り切れないところもあって勿体ないなと。

 そして響子の今より過去に縛られての頑なさに対して違和感を抱きつつ、鈴夏とのやり取りの中で自身の行動も踏まえつつ、人として正しい生き方のロールモデルを見出していくあたりは、上でも触れたように後々の伏線として強く生きているし、鈴夏の存在に対して憐憫と共感を抱くほたるの考え方と触れることでより深みを見せているでしょう。
 ラストの灯篭流しのシーンでの魂戻りも含めて示唆するところは多いし、切ないけれど美しい幽霊譚としての王道的な話だったと思います。

 ただ派生ルートに関しては、もう少し本編と関連付けたところはあるべきというか、守護してくれる神様、ってのが実態のないポッと出、ってところであまり情感が乗らないし、もう少し工夫は欲しかったところ。そして一回もほたるが出てこないのが悲しかった。。。

 愛も形式としては響子とよく似ている部分はあるんですよね。ただ愛憎が絡んでくるせいでより複雑ではありますが。
 この流れの中で主人公は、改めて人として生きるか神に立ち戻るかの決断を強いられる、というか、強制的に神の世界に戻るように仕向けられるわけですが、その発端が八方美人ゆえ、ってのが実にらしいというか、神らしい貞操観念の一般的な人間との乖離がもたらすしっぺ返し、って感じでさもありなんと。

 厳密に考えた時、この愛の引き留めは例えば上二人の派生ルート内でも起こり得ないのか?って思う部分はあるのだけど、その時点で生き方を規定し、1人の女の子を愛するという決意をきちんと披歴している限りは、自分もまた人として生きる中で虎視眈々とチャンスを狙う、というスタンスにはなっても、強制的に神として引き戻すという選択は消える、と見做してもいいのかな、とは感じます。
 実際愛は主人公大事が一番先にきている以上、明確に気持ちが定まっているなら、それを覆して嫌われるようなことはしないのだろうし、半端に揺れているところに危うさを見たからこそこういう強硬手段に及んだ、と考えるべきなのでしょう。
 ただし、言い方は悪いけれど派生ルートに至った場合の主人公は、未だ人として十全ではない中でも、まあこれで充分か、と自分の限界を規定してしまっているような立ち位置でもあるから、本当に人として生きるなら、それまでの生き方を振り返って、きちんと決別する覚悟を定めなくてはならない、その為の通過儀礼的なシナリオと言えます。

 その意味では、情を人質にするような形のこの愛のやり口は卑怯、とも思えますが、比較対象が生まれたことでそれだけ愛する気持ちが強く、大きくなった故でもあり、主人公の身から出た錆でもあり(笑)、ほたるもそれを指摘して呆れてましたからねぇ。
 けど同時に、変わっていく主人公が生き生きとしている事を眩しく見ている愛もいるわけで、主人公としては袋小路でそれしか選択肢はないにせよ、それを自発的に選ぶ、という覚悟を示し、それに見合う覚悟を要求されたところで愛の固執が砕ける、というのは、北風と太陽、ではないけど、実に人らしい経緯というか、言霊で強制しない、誠意をやり取りした結果と思えます。要するにそこでも、さりげないほたるのアドバイスが主人公の中に根付いていればこそなんだなーと。

 過去の克服に関しては、意味合いとしては響子と同じ、当事者の口から想いを引き出すという部分で新鮮味はないですが、そこまでの経緯はとても意趣に富んでいて面白かったといえますね。
 そしてこのルートの派生では、より関係性を深める中で共に人として正しく胸を張って生きるために仁義を通してくる、という形に落ち着きますが、ここは他ルートではなぁなぁになってはいるのでどうなのかな、と。まあ里の人間がそう簡単に主人公達を見つけられない、ってのはあるだろうし、不可避な外的要因、って程でもないからやっぱり目くじら立てなくても、とは思うのですが。

 んで、ここまでの派生ルート全般において、ハッピーエンドの影で触れられていないけど、って部分はやっぱりあるわけですよね。
 なにせ、どうしたって他ルートに入ってしまえばほたるを救う術はなく、最低でも8月に入る頃にはその消失は避けて通れないわけで、だからどの派生ルートも、愛あたりはギリギリっぽいけど時系列的にはその死を綴らなくていい範疇で物語を完結させていて。
 ついでに言えば主人公自身の寿命も、どのルートでもかなり少ない、って話にはなってきちゃうし、どの道末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、ってスタンスの物語ではないんだと暗喩しています。

 結論的には、死ぬために生きるのでなく、正しく自分らしく最後まで生き切れるか、って部分こそが主題であり、だからどの派生ルートでもほたるはほたるらしく、主人公は主人公らしく生を全うして死んでいく、ということになるのでしょう。
 そしてそれは当然ほたるルートでも引き継がれる部分で、むしろより深く丁寧にフォーカスをあてることで、正しく自分らしく生きることの難しさを、それを阻害するものを、だからこそそれを成し遂げることの尊さを情感たっぷりに示してくれています。

 …………人は基本的に、終わりや変化を前提として意識して生きているわけではなくて。
 だからその、おのれにとっての当たり前が崩れない限りは正しく自分らしく生きることは難しくないですが、しかしそれが崩れた時に本当の強さが試されることになります。
 古来から、小人、窮すればここに乱る、とか、倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて礼節を知る、なんて言葉もあるように、また作中でほたるがいみじくも語ったように、健全な魂は健全な肉体に宿るもので、普通に幸せに、健康に生きている内は寛容に、慈愛に満ちた生き方が出来ても、そうでないときに当たり前の自分を思い出し、そう振る舞える方が凄いこと、なのでしょう。

 そんな、人の正しい生き方を阻害する要因の最たるものは、主に3つ考えられます。

 ひとつめは、自身の死を自覚してしまう事。
 ふたつめは、近しい人間の死を知ってしまう事。
 みっつめは、暴力的な苦痛(或いはエロゲ的な観点だと快楽もかも)に苛まれる事。

 他にも細かい要因は色々あるでしょうが、突き詰めれば根源的にはこの3つが、いちばん人の尊厳を挫き、悪心に屈してしまう阻害要因ではないかと考えられます。
 それに加えて、それが突発的に襲ってくるか、徐々に襲ってきて覚悟を定める時間があるか、或いは類似の経験があるか否かでも抵抗力には違いが出てくるでしょう。

 このシナリオに即して見ていく場合、最初に死を色濃く宿したのはあずきで、けどあずき自身は前々からこの日あるを覚悟していた分、死に瀕しても狼狽え、自身を見失う事はありませんでした。
 けどそれは、人としての生き方を学び始めたばかりの主人公がはじめて触れた死の香りでもあり、だからこそ自分を見失って悪心を抱きそうになってほたるに諭され、それを克服しても人としての正しい在り方が定まっていないからやり方を間違えてしまっています。
 でもその経験がある故に、事前に心の準備も整えられた鈴夏や愛の時は取り乱さず冷静に、自分らしい正しさを真っ直ぐ貫いて救う事に成功しているわけですね。

 コピーのほたるの場合、オリジナルが言及しているように、初めて自分の1週間での死という運命を知らされた時には流石に狼狽え、自分を見失ったのでしょう。
 でもそれは次からは前提条件となっていて、だからこそその終わりを嘆き後ろ向きになるのでなく、例え1週間でも健康に恵まれ、自分の足跡を世界に残せる喜びを胸に、死の恐怖を折伏して――無論時折はそれが滲み出るのを留められてはいないですが――強く生きることが出来ているのでしょう。
 ある意味では厳密に一人一人のほたるに連続性がないからこそ、挫け、悪心に屈してしまったとしてもその感情ごとリセットされる故、コピーのほたるはより純粋に自分らしさを保っていられるとも見做せます。

 では、オリジナルのほたるはどうでしょうか?
 彼女の場合、全く予期していないところから末期癌という死の宣告を受け、おそらく同時に、その病状がもたらす筆舌に尽くしがたい痛みを、苦しみを体験してしまったのだと、コピーほたるの言動からも推測できます。
 すなわち、自身の死の恐怖と、耐え難い暴力的な苦痛に、突発的に、全てが未知のままに曝されてしまったわけで、健康でありさえすれば、死の恐怖程度は克服できる高潔な魂を持つほたるであっても、その複合的な災厄を前に屈するしかなく、そしてなまじ強い意思を備えていただけに、それが反転した時によりその憎悪も深く重いものになってしまったのでしょう。

 作中でも生きたい、と死にたくないの差異に触れていましたが、より具体的に言えばそれは土台に恐怖があるかないか、の違いと解釈できます。
 そして、この作品での生きる、という意味は、肉体的なもの以上に精神的なものが重視されていて、生きる、という事は自分らしさを最後まで貫いた上で、その精神を世界に、人の心に残し、繋いでいくことに他ならなくて。

 その意味で、オリジナルのほたるが発現した『増加』の能力は、正しく心を、想いを繋ぐための力だったと感じます。
 言霊でも定義されているように、いかなる人外の力をもってしても、命そのものを増やすことはできません。
 だからこの力にしても、健康体のコピー、という存在は、オリジナルが自分の魂を削り、病魔に蝕まれていない部分だけを切り分けて作ったものと思われますし、単純に寿命、という観点では、より終わりを近づける力であったとも言えます。結果的に言霊の力をコピーが吸収することで生き長らえることが出来た、というのはありますが、それはあくまで副次的な要素でしかないわけです。

 肝心なのは、それが想いを正しく繋げられる存在である、ということで、もしもそれが死にたくない、ではなく、生きたい、という願いから生まれていたなら、命の継承はすんなりと済んでいたのでしょう。
 しかし憎悪と恐怖に魂を歪められた中、オリジナルにはそのコピーをそのまま認められる寛容さを持たず、あくまで自己にしがみつかずにはいられなかった、けど客観的に見た時にそれを責められる道理はない、それほどどうしようもない過酷な運命にさらされたのだといえましょう。

 そういう土台がある上で、だから主人公としてはどういう形であれ、その存在をコピーのほたるに移し替えるより他にほたるを生かす可能性は見出せなかったわけですが、エンド1の流れの中ではそれを欠損した形でしか成し遂げられませんでした。
 その理由は、コピーの1週間毎の死の運命を思う中ではじめて純粋な怒りを覚え、けどその感情に向き合うことなく蓋をして、それ以上の変化を拒んでしまったからで、それはエンド2でオリジナルほたるが語ったように、人として足りてない故の反応と言えます。

 故にここでは、結論としては同じ舞台に辿り着いても、それを二人のほたるにそれぞれ騙し討ちのような形で処する事しか出来ず、結果的にそれが自身の死をも招くことになって。
 これも複層的な見方が出来て、無論第一義的にはオリジナルほたるの心に諦念を植え込むための必要条件であるのでしょうが、同時にこれもまた天津罪なのだろう、と思います。
 オリジナルが神を名乗って、コピーの運命を踏み躙るのと同様、主人公も人としてのオリジナルの意志を、願いを力づくに踏みにじっている、それは同質の罪であり、その共時性に気付いていればこそあの言葉がすんなり出てきたし、その覚悟が定まっていればこそオリジナルの意思を穿つことが出来たのでしょう。

 しかしそれは、人として生きたつもりでもやはり神の御業ではあり、この時点ではまだ観念的に主人公は人としては完成していないと考えることが出来て。
 けど死の間際、自身の生きたいという志望を改めて確認し、涙し、喜怒哀楽の全てを知ることで、最後の最後に心の部分だけでも人となれた、だからこそその魂が蛍の光に転生できたのではないかと思います。それに気付けたからこそ、あの場面で慟哭しながらも、すぐにほたるが生きよう、という意志を心に刻むことが出来たと思うし、個人的にはエンド2もすごいと思うけど、このエンド1のラストの見せ方はより神かがって素晴らしかったと思っています。

 そして、その完全なる人としての想いが、魂が、また会おうという言霊に導かれて彼岸を超え、時空を超えて主人公を導いた、と考えるのはやや強引でメルヘンな解釈ではありますが、エンド2の分岐地点で実際にほたるに寄り添った蛍の導きの中で、主人公とオリジナルほたるが共に少しずつ歩み寄り、思いやる契機を紡いでいるのは事実なので、私としてはそう考えておきたいところです。
 それは改めて、二人が人としての触れ合いを、誠意を向け合う端緒になっているし、結果強引にでなく、自分の意志でオリジナルほたるがコピーを認め、同質化する流れを無理なく紡いでいて。
 その上で、二人の意志を共に残す可能性を見出し、それを実行する段になっての最後の試練の中、心は既に完全な人間のつもりでも、肉体的に残ったものはあり、その神の力そのものを捧げることで最期の願いと為し、今度こそ完全な人間として生まれ変わる流れは、本当に理路と情感の両面で際立った感銘を与えてくれると思いますね。

 しかもそこで、全てのほたるをひとつにする、という言霊を放ったせいで、おそらく魂として現世に残っていた全てのコピーほたるが一体化したんだろうなと、あのラストシーンでは思わせてくれます。
 厳密さを求めるなら、オリジナルとここにいるほたる、と言うべきところでも、それは一言主の力なのでなるべく簡潔に、って程度の差異なのでしょうが、結果的に全てのほたるの想いが糾合され、報われ、未来への導となっているのは本当に清涼感のあるラストだし、かつそこまでの蓄積が本当に重いから全くご都合主義的な印象がない、本当にほたるシナリオとしては完全無欠に近い出来だったのではないかと思います。

 以上、勿論細かいところで粗がないとは言わないし、私の解釈も前向きに、いいように捉え過ぎているとは思いますが、少なくとも些細な欠点など簡単に捻じ伏せてしまうくらい破壊力のあるシナリオではあったと思うし、ましてほたるに最初から傾倒していればいわんおや、ってところですね。
 シナリオとして素晴らしい、という以上に、本当にこのシナリオは大好きなのです。やはり思い入れたヒロインのシナリオがベスト、ってのは半端ない相乗効果を生むし、千恋ではその辺が不完全燃焼だったのもあって余計に嵌ってしまいました。なので甘い、とは思うけど久しぶりに満点をつけて然るべき作品となりました。



キャラ(20/20)

 ……えーと、ここから先も思い入れたっぷりに一度書き切ったんですが、ブログページのエラーで下半分丸ごと吹っ飛んでしまう悲し過ぎるアクシデントが発生したので、やっつけで書き直します(涙)。シナリオまで飛んでたら立ち直れなかったよ。。。

 キャラ的には特異な設定の中でもきちんとそれぞれの魅力を引き出せていたし、基本的には善意の中での温かな雰囲気で、切ないシーンでも絆の温もりがそれを支えてくれているなって感じ。

 当然一番好きなのはほたる。ほぼ今年トップは間違いないし、歴代でも真紅に肉薄すると思うくらい好き。
 明るく気さくで、善良で聡明で慈愛に満ちていて、機転の良さや気遣いの深さも合わせて本当に心映えが成熟した素敵な子でありつつ、いざ恋愛事になるとテンパる愛らしさも見せてくれたり、総合的に本当に可愛い子でしたし、序盤から主人公の支えになってくれて、その陰で重い宿命を背負いながらも笑顔でい続ける強さを見せてくれるのが本当に素敵です。
 色んな意味で強い子だからこそ、どうしようもない運命の残酷に苛まれての立ち位置の中で逆転的な資質も見せているけれど、それも含めて本当に印象深いし大好きな子です。

 こころも奇矯なところはあるけど天真爛漫で可愛いし、響子も献身的で好き、愛も一途で徐々に世俗にほだされていくところもいいですね。鈴夏も可愛い。
 主人公もこのシナリオの鍵になる成長、精神の変遷がやはり印象深いし、いい主人公だったと思います。


CG(20/20)

 基本的に超好み、って絵柄ではないけど、今回は量も多く、質も特にほたる絡みで圧倒的なインパクトがあったので少し甘いけど満点。

 立ち絵に関しては量は水準で質は安定して高く可愛らしいですね。
 ポーズはヒロイン3種サブ2種、腕差分もあるので躍動感はしっかりあり個性も出せていて可愛いですね。
 お気に入りはほたるこころは全部、愛正面響子正面やや右鈴夏正面など。

 服飾は2〜4種類と多くはないけどキャラゲーではないので必要な分は満たしていて問題はないし、デザイン的にもまずまず。
 特に好きなのはほたるの私服+日傘で、実にお嬢っぽくて好き。
 その他ほたるこころ全部、愛浴衣制服、響子巫女服私服あたりです。こころとほたるは矢絣立ち絵欲しかったなあ。

 表情差分はそれなりに数は揃っており、質も高く文句なし。
 特にほたるのあわあわ、微笑2、へこみあたりはらしさが存分に出ていて超好き。
 こころとほたるは全部好きで、他の二人もそれぞれに個性ある可愛さで満足です。


 1枚絵は通常107枚SD15枚。
 量は充分だし質も背景、風景とのセットで凄まじいクオリティであり、とりわけほたるの出来が素晴らしかったので大満足。

 特にお気に入りは8枚。
 1枚目こころ矢絣H愛撫&自慰、このシーン全部好きだけどとりわけこれが可愛い。
 2枚目ほたる夕焼けを背に、この透明で哀愁を秘めた笑顔が超素敵。
 3枚目正常位、体験版からこれは大好きでした、いいラインと表情です。
 4枚目花園の別れ、この正面向きのシリアスで切なさ溢れる雰囲気が素晴らしいです。
 5枚目呼び込み、これが一番好きでとにかく可愛いに尽きる。矢絣とエプロンのバランス絶妙。
 6枚目ウェディング、これも正面からの歓びと綺麗さに満ちた構図で大好き。
 7枚目ウェディング騎乗位、そこからスライドしての淫靡さと幸福感に満ちたイメージが素敵です。
 8枚目花園に浮かぶ光、エンド1白眉シーン、この泣き顔の迫力は凄まじい出来だと思うのです。

 その他ほたるこころは基本全部好きだし、他2人も概ね好みですね。


BGM(20/20)

 神秘と幻想に満ち溢れた大変に素敵な楽曲、質も量も素晴らしく大満足ですね。
 ボーカル曲は3曲。
 OPの『心に響く恋ほたる』はAメロまで神曲、その後はそこそこ。。。ちょっとイメージごっちゃにし過ぎた感があるけれど、序盤のインパクトが強いのでかなり好きな曲。
 派生EDの『繋がるココロ』も中々いい曲、爽快なメロディに情感が籠っていて、Bメロが特にいいですね。
 挿入歌の『コトダマ紬ぐ未来』は神曲。流れる場面も卑怯だけど曲の質も最上クラスで、神秘と抒情感に溢れた旋律、切々と心に響く歌詞は作風にピッタリ過ぎて素晴らしいですね。

 BGMは全部で36曲。
 特にお気に入りは3曲。
 『伝えたくて、伝わらなくて』はすれ違いをイメージさせる繊細な旋律がとても綺麗で好きです。
 『ぬくもりの時間』は逆に心が通じ合う温かみを、尊さを感じさせてくれる柔らかい旋律で、特にほたるが温かい助言をくれるシーンとかで目立って出てくるので耳に残っていますね。
 『THEME−想い−』はOPのアレンジだけど、序盤の切なさを一番綺麗に出せていて好きですね。

 その他も半分以上は好きになれたし本当に全体の質は高く満足ですね。


システム(10/10)

 演出は非常に効果的。情感演出では歴代屈指ではないかと。
 無論日常演出も多彩で見事なんだけど、シナリオの熱情を存分に引き出すあらゆる要素が整った演出効果が本当に素晴らしく、心揺さぶる事数多で感銘を受けましたね。
 ムービーも1st、2ndともに素晴らしく、特にほたる特化の2ndの出来が素晴らしかったです。

 システムもいつも通り使い勝手が良く、全く文句のない仕上がりですね。


総合(100/100)

 総プレイ時間23時間。本筋ほたる前までで10時間、3人の派生が6時間、ほたるが5時間でエンド2が2時間ってところです。共通がないからシナリオの密度が非常に高いし、ほたる前まででも実に緻密かつ心を揺さぶるいいシナリオが展開されていて、しかしそこまでが全て伏線となってほたるシナリオで爆発している構成なので本当に奥深く、心を打つ素晴らしい仕上がりになっていると思います。

 また総合力も非常に高く、どの項目でも絶対に満点をつけられない、という評価にならなかったので、この機会を逃したら100点つけてもいい、って思える作品にいつ出会えるのか、ってのもあり、多少甘目ながらこの評価を献上することにしました。
 だからといって史上最高傑作、とまでは言わないですが、歴代でも屈指のインパクトをくれたのは確かで、特に歴代屈指に好きになったヒロインに対して、あらゆる要素で神クラスの質を添えて盛り上げてくれた、という視座では史上空前と言っていい作品です。

 無論癖は強く重たい話ではあり、ただ肌が合わなくともそれを捻じ伏せる強さがほたるシナリオにはあると思います。けど、私がほたるに傾倒しすぎてるのも確かなので、基本的には体験版やって雰囲気があうか確かめた上で、もしほたるが一番好きだって思えるならマストバイじゃないかなと思いますね。たとえそうでなくても、決してプレイして損はない傑作だと思います。

 …………にしても、この記念すべき感想がこんなやっつけになってしまったのが切ない。。。消える前のは下4項目でこの3倍くらいは書いてたはずなんだが、適当になってしまってごめんなさいですし、なんとも悔しいですね。しかし流石に同レベルのを書き直す気力はなかった………。
posted by クローバー at 05:23| Comment(6) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
楽しく読ませて頂きました。クロクロがアレだったので様子を見ていましたが、近い内にアマツツミ購入したいと思います!筆者さんのこのほたる愛よ( ̄^ ̄)ゞ
Posted by at 2016年08月15日 11:15
ありがとうございます。
この情熱過多の拙い文章でも、1人でもほたるスキーになってくれる人が増えれば嬉しいです。

まあ作品としては、ほたるが気に入れば強烈に刺さるけど、そうでもなければそこそこ、くらいの印象に落ち着いちゃうでしょうけどね。。。
それでもクロクロに比べれば完成度は高いですし、是非楽しんでくださいませ。
Posted by クローバー at 2016年08月15日 17:26
どうもはじめまして。

少々前の記事だとは思うのですが、
ほたるん目当てで購入して最近クリアし、ますますほたるんに嵌った身としてコメントさせて頂きます。

非常にほたるへの情熱に溢れているコメントで、楽しく読ませて頂きました。未だにほたるんの登場シーンをちょいちょい見直してニヤニヤする日々が続いています。(駄目人間)
Posted by こう at 2016年11月07日 02:18
コメントどうもですー。

そしてその気持ち、大変によくわかります(笑)。
私もクリア翌日に他ヒロインの個別ルートまで含めて、ほたるの登場シーンセーブデータを作成し、折に触れて見直してはニヤニヤ、頭の中で思い返してはニタニタしている変な人です。。。

特に個人的に好きなのは…………

・いきなり告白されて慌てふためき「ふぇあー!?」←「愛らし過ぎるっ!」

・子猫発見して「かわかわかわ…………可愛い!」←「お前がなっ!」

・矢絣袴で客引きして「いい子、いますよー」←「テイクアウトお願いします!」

と、瞬時に思い出せるあたりアホですね。。。
ほたるは辛く厳しい現実世界を生き抜くための最高の癒しアイテムです(笑)。
Posted by クローバー at 2016年11月07日 19:16
はじめまして。

なんとなくDLした体験版でほたるに心を奪われてそのまま製品版のほたるルートを駆け抜けて魂まで持っていかれ、あちこち感想を収集していたところこちらの記事にたどりつきました。
(「もけけぴったらんこー」で見つけました)

プレイヤーに向けたほたるの境遇についての伏線の数々、手を変え品を変えの「自己犠牲」という構図の繰り返し、それを踏まえた主人公の精神的な変化……作品全体で積み上げてきたものを解き放つほたるシナリオの破壊力は凄まじいものでした。ここまで一ヒロイン一強のシナリオが許されるなんて……

私が「アマツツミ」という作品について感じた素晴らしさはほとんどイコールでほたるシナリオの素晴らしさとなってしまうのですが、それをここまで丁寧に詳細に、愛をもって書き綴ってくれたエントリを読めたことは幸せでした。ひとつひとつの文章に全力で頷くばかりです。ありがとうございます。
Posted by   at 2016年12月06日 03:48
コメントどうもですー。

本当にこの作品は、ほたるが好きかどうかで評価が二極化、抜群かそこそこか、って割れるところですよね。でもたまにはこういう特化型の作品があってもいいと思います。

それにこれは、きちんと最初から作り手が読み手に、ほたるを好きになってもらえるように配慮したつくりにもなってますし、ラスボスヒロインの使い方としても白眉だなと思ってます。
といって他ヒロインが空気なわけでもない、みんながいて、そこまでの積み重ねがあったからこそ辿り着けた境地、ってのが簡潔に理解できて、深く感情移入できるのも素晴らしいところです。ホント語れば尽きないですよこれは。

にしても、まさかそんなニッチな検索ワードで(笑)。
基本隠れ家スタンスの代わりに好き勝手放言するスタイルなので、わざわざ見つけていただいて、その上で楽しんでいただけたなら幸いでした。
Posted by クローバー at 2016年12月06日 06:45
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