2018年07月12日

Summer Pockets

 超久々の鍵の完全新作ではありますし、体験版もとても面白かったので当然の購入。


シナリオ(29/30)

 血の絆が織りなす、優しい奇跡。


★あらすじ

 主人公は、地元の生活において大きな頓挫を味わい、そこから逃げたい気持ちで一杯のところ、会った事もない母の妹の鏡子から、死んだ祖母が残した遺品の整理の手伝いに来てくれないか、という誘いを受け、渡りに船とばかりに夏休みを使って鳥白島へとやってきました。

 しかし実際にやってきてみると、蔵の整理の手伝いはまだ必要ない、と言われ、同じような経緯で島にやってきた年下の親戚であるうみとの少しぎくしゃくした共同生活を育みながら、余暇を持てあますように島の散策に向かい、そこで沢山の同年代の仲間たちと知り合い、島特有の大らかな距離感で受けらけられるのが心地よく、仲を深めていきます。
 その中でも特に、島の住人たちからどこか距離を取っている不思議な少女のしろは、快活で馴染みやすい雰囲気ながら、どこか切ない影を抱いている蒼、主人公と同じような旅人で、何か大切なものを探して島中を彷徨っている謎の少女・鴎、使われなくなった灯台に住み着きやりたい事さがしに奔走している紬の在り方は主人公の琴線に、そして痛みに響くところがあり、彼女らの動向を追いかけていく内に、この夏休みを共に楽しいものにしたい、いい思い出にしたいという気持ちが強くなっていって。

 それぞれの少女が抱える苦悩と、それに連なる島に伝わる不可思議な伝承とその真実。
 様々な状況に翻弄され、特には痛みや苦しみに蝕まれながらも、振り返った時に後悔のない素敵な夏の思い出を積み重ねる為に、主人公は本来の目的を脇に置いて目一杯に夏を謳歌して。
 幼い頃に駆け回った、永遠のように眩しく輝かしい夏。
 彼らはそんな季節を取り戻す事が出来るのか、そしてその果てにある大切な想いを胸に、強くあり続けられるのか、これはそんな夏の思い出が綴る幻想的で抒情的な、絆と成長、そして出会いと別れの物語です。



★テキスト

 実に鍵ゲーらしい、シュールで切れ味のあるギャグとお約束の繰り返し、その積み重ねの中にそっと紛れ込んでくる切なさや甘さ、空気感の素晴らしさが今回も目立っていましたね。
 文章の歯切れの良さはいつもながらですし、キャラの独特の個性も存分に生かした会話のリズムの面白さ、反応の良さ、最低限ながらも勘所を抑えた状況描写の適切さも感じられて、強いて言えばやっぱり互いの友好関係を紡ぐ中での蓄積がやや軽めではないか、と思う向きもあるけれど、夏休みという期間が定められていて、どのヒロインともはじめての出会いからのスタート、という部分を踏まえればやむを得ない面はあるかもしれません。

 ただそういう部分においても、最初のプレイではまだわからないけれど、全体像を見知り、主人公の心象や、感じている懐かしさの正体などをしっかり理解した上で汲み取っていけばよりなるほど、と思えるかもしれず(リプレイしたのALKA編とPocket編だけなので断言はできないけれど)、そのあたりにまで配慮はある丁寧な仕上がりにはなっているとは感じます。
 個別ルート間の温度差などもそこまでは感じることはなく、流石に多少なり癖の違いなどはあったにしても、全体の雰囲気の統括、という面ではかなり上手くいっているのではないかと思いますし、普段はぐらかしが多い故の、要所でのストレートに泣かせに来る文章の威力は流石の一言でした。総合的に見てもとても面白い読み口だったと思います。


★ルート構成

 選択肢が非常に多いですし、サブキャラのイベントやゲーム内ゲームイベントなども盛り沢山なので最初は難しく感じますが、基本的にヒロインルートに関しては狙ったヒロインのアイコンを選択し続けるだけで突入できます。
 一部ここで間違えるとノーマルエンドじゃない?って感じの選択肢もありますけれど、そこでミスするような引っかけ問題はなかったとも思うので、ゲーム性を踏まえつつも王道的に、簡便に攻略できる、バランスのいいつくりだなと思いますね。

 個別の4人には特にルートロックはなく、誰からで進められますが、その後の話との繋がりを意識するなら蒼としろははなるべく後回しにした方がわかりやすいかもしれません。
 また一人ずつクリアするたびに、その時点では誰とも知れないモノローグが挿入されて、タイトル画面も一々リスタートとなるのですが、そのあたりの仕掛けの壮大さは流石でありつつ、一々最初からリプレイするのはやや面倒ではあるので、最初の選択肢画面のセーブから再開でも問題はなく進められるみたいです。
 ただ一応プロローグやそこまでの共通で多少なり変化、特にうみ絡みでそこそこ大枠に関わる変化はあるので、一度はきちんと見ておいた方がいいでしょうね。

 4人をクリアするとALKA編をプレイできるようになり、それをクリアすると最後のPocket編がプレイできてコンプリートとなります。
 このあたりはいかにも鍵ゲーらしい奥行きと壮麗な構成力ですし、きちんと前座の4人のルートの意味を踏まえた上での物語にもなっているので、そのあたりは流石の出来だなと感心しました。


★シナリオ(大枠) 

 鍵ゲーで夏を舞台にした作品と言えば、不朽の名作であるAIRが当然連想されるのですが、今作にしてもそういう過去の蓄積を踏まえた上での雰囲気作り、全体構成がもたらす感銘、涙腺に訴える要素の折り込み方の巧みさは非常に目立っていましたね。

 都会の喧騒を離れての島の生活が非常に純朴で、島の人々も懐の深いところと、厚かまし過ぎないバランスをしっかり心得ている感じで、主人公でなくとも居心地の良さを感じさせてくれる、というのは非常に簡単なようで難しい部分ですし、増してそれをかなり得意な個性の発露と両立させてくるのが見事だったなと思います。
 その上で、そういう人たちと雰囲気に囲まれて、かつて子供の頃に味わった永遠のように楽しい夏を取り戻す、というコンセプトにまずは忠実にシナリオを組み上げています。
 もっともあの頃の夏の思い出、というのはあくまでも具体的に何をして楽しい、というわけでなく、その枠組み全体の中でのワクワク感を踏襲する、という部分にあるので、実際に今になってなにをするのか、という点を、それぞれのヒロインのありようや個性にマッチングさせて話のベクトルを組み上げ、そしてその積み重ねで、享楽感の面でも、情の面でも後戻りできないほどにその暮らしに耽溺していったところでの裏の顔、ヒロインの苦悩や立ち位置にまつわる泣きの要素が徐々に顔を覗かせてくる、そのバランス感も丁寧だったと思います。

 個別にしても全体像にしてもトリック要素はそれなりに強いですし、そういう面は全てネタバレである程度拾っていくつもりですが、ともあれそういうほろっと心に染み入るエピソードを幾編も積み重ねた上での大枠の提示、そこに隠された途切れ途切れながらもきちんと繋がり、かすかながらも育まれ続けた家族の絆の意味と価値が本当に鮮烈ではありましたし、往年の名作に勝るとも劣らない完成度と感動を味わわせてくれる素敵な作品だったな、とは思っています。


★シナリオ(個別・ネタバレ)

 とりあえずの個別評価としては、ALKA>Pocket>しろは=蒼>鴎=紬くらいでしょうか。
 どれも非常に上質な物語である事は間違いなく、ただその中でやっぱりシナリオの大枠の根幹にまつわる謎が関わってくる蒼としろはの物語は最初の個別の中でも頭一つ出ていたかな、と思いますし、またそのしろはルートを受けてのALKA編の完成度の高さは特筆できるものでした。
 最終的な着地点としてのPocketの価値、感銘度も高いのですが、どうしても枠組みの中でやや強引に解釈しないとならない部分、この島とその土着の人たちにまつわる不思議に関する解釈にしても恣意的にならざるを得ない部分はなくはなく(私の読解力不足の可能性は当然ありますが)、個人的な評価としてはALKA編の純粋無垢な想いの結実の方を上に取りたいかな、というイメージです。その辺はまた後で考察します。
 合間合間に謎解きとその解釈も絡めていきたいとは思いますが、とりあえずは最初の個別4人分から少しずつ紐解いていきましょう。

 まず紬シナリオですが、これはシンプルに、紬という独特の立ち位置のヒロインが求める、心から楽しいと思える夏、自分自身が心から求めているものの探求という面での輝きが目立っていましたね。
 紬はまあぶっちゃけてしまえばぬいぐるみの化身というか、付喪神みたいな存在なのかなとは思いますし、多分それが実体を伴い活動するにあたって、島の不思議な力、記憶が回帰する場所という特性も影響しているのだろうと解釈します。
 故に彼女がそこにいる目的は、そもそもは本来のツムギ、神隠しにあってしまったツムギが仲のいい人に忘れられない為に、という優しさからくる使命感であって、それは駆け落ちを巡る迷いの中で時の狭間に閉じ込められ、結論を出せないままに囚われ続けている本来のツムギのありようを皮肉に見せる感覚もありますが、どうあれその使命が、最後の友人である主人公の祖母、加藤のおばあちゃんの死で解消される事になって。

 本来はそこで、現世に留まる存在意義を失い、時の狭間にいるツムギの元に召還されても不思議ないところだったはずが、加藤のおばあちゃんが残した、紬自身がやりたい事を探して欲しい、という言葉に囚われ、自分にとっての楽しさは何なのか、と考えだしたところからのモラトリアムがこのルート、と考えていいでしょう。
 ちなみにこの、加藤のおばあちゃんが亡くなったのがいつなのか、は作品内で明示されていませんけれど、遺品整理に呼ばれた、という流れの中でそこまで遠い過去ではない、という見立ては出来ますし、或いはその時点で例の橘はもう花をつけていて、この夏の不思議がそこに留まる事が出来る季節を迎えていればこそだったのかな、とも考えられますね。

 ともあれ、このルートにおいては静久がどうしてあそこまで紬の存在に傾倒しているか、とう部分での明示的な表現はあまりなかったですけれど、主人公の存在も含めて単に馬が合う、という面、一緒にいて楽しい事に理由は要らないという子供じみた感覚の延長線を提示する上では、その奔放さも含めて非常に存在感のあるキャラでした。
 それにただでさえ紬はこういう存在ですから世界が狭いですし、主人公も異邦人としてこの島での楽しみ方を捻り出すのにマンツーマンでは限度があったでしょうから、その辺のシナリオの必要性も兼ねての立ち位置だったとは言えます。まあぶっちゃけ、全年齢で恋愛要素や空気感がそこまで濃密でなくても許されるからこそのスタンスとも言えますでしょうか。

 そうやって三人で紡ぐ夏の楽しさはしっかり堪能できる丁寧なつくりだったと思いますし、けれど夏の終わり、すなわち島の儀式も終わって、不思議な力が介在出来なくなる機関に近づくにつれて、紬の存在が不安定になっていくというのも、全体像を把握した上でならなるほど、と一応の納得は出来る構成でしょう。
 また、蔵の中で本当のツムギの写真を見つけて、直観的にそれが紬と同一であり、そこに違和感を抱くのも、初回プレイですとやや唐突に感じられますが、それはおそらく主人公の中に流れる加藤の血がもたらすものだった、と見做せるのかな、と思います。この辺はまたALKA編の解釈で掘り下げるので、今はそういうものと考えられるから全体としての統制が効いていると理解できる、という部分だけ触れておきましょう。

 主人公が向こう側のツムギに出会ったのも、おそらく彼岸と此岸の距離がもっとも薄くなる夏鳥の儀の当日だった、というのは説得力をもたらしますし、それがもちらす気付きと、留めようも無い別れの予感の中で、最後の最期まで楽しさに溢れた日常を積み重ね続けるという選択の尊さ、そこからもたらされるより濃密な絆と感謝は本当に清々しくも切なく、とてもいい話だったと思います。
 余談というかですが、この最初の4人分の個別はある一定の時期を超えると日付表示がされなくなって、その辺も全体像の中での、夏の限界がうみにとっての折り返しそのものであるという部分を曖昧にさせる措置なのかな、とも思いますが、それ故に最後のシーンの解釈はちょっと難しさはありますね。
 少なくともこのルートの流れを辿った場合は時の狭間の存在は当然残ったまま、ツムギもそこに囚われたままなので、一度そちらに戻った紬が、現世への想いを依り代に、元々の使命を終えてまた戻ってこられるというのは綺麗なハッピーエンドではあるものの、或いはそれは例の不可思議がより強く顕現できる夏の時期だけなのかも、とは感じられます。
 故にやはり、本当の意味で欠損のないハッピーエンドと考えるのはちょっと難しいのかな、とも思いますし、それは各個別において多かれ少なかれ見出せる要素で、最終的な局面との比較でどうなのか、というのはPocket編解釈の鍵にもなるので、とりあえずここはそういう風に考えられる、という所で置いておきましょう。

 続いて鴎シナリオ、これはシナリオ構成の意外性とミスリードの上手さ、そしてやはり子供じみた一夏の冒険、というエッセンスを最大限に拡大して活かし、周りをも巻き込んで盛り上げる作り込みの丁寧さは評価できるのかなと思います。
 特に、主人公の記憶の中で時々想起される過去の記憶らしきものは、他ルートとの関連性も含んで考えれば実際の過去か、或いはこの主人公が体験したわけではない別世界線の過去、と捉える余地はあるのですが、それだとどうしても強引さが出ちゃうなぁ、と思ったところを、かつて記憶に刻み込まれた物語のエピソード、という形に落ち付けたのは中々戦略的に上手だったと感心しました。

 勿論そこに至るまでの鴎との関わりの軽妙さと居心地の良さ、清々しく真っ直ぐで綺麗な想いのありようは、鴎という少女が世俗の中で生きられなかった苦しみの裏返しでもあるので微笑ましくも切なく、また本来ありたかった自己の投影、という中で、しっかり人を引っ張っていける、自然に誰かを笑顔に出来るメンタリティというものを丁寧に、マイナスの印象を付与せずに作り込めているのは高く評価したいかなと思っています。
 物語としては純粋に一番悲劇度が高い、と言えばそうで、仄めかし程度でしか触れられてはいませんが、このルートでの鴎はおそらく実体としては既に故人となっているはずで、けれどスーツケース、という媒介を通じての想いの強さが、記憶のみならず実体としてまでこの島に自己を投影させているあたりは、実に鍵ゲーらしいというか、ちょっとカノンのうぐぅを彷彿とさせるところはありますね。

 またその想いも、自分の未練というよりは、かつて数少ない繋がりを得た同士を喜ばせたい、という利他の精神が中途で頓挫してしまった事に対する無念、という色合いは濃く、紬もそうですがやっぱりそういう淳良で真っ直ぐな想いがあればこそ、この奇跡の力の中でより強く影響力を行使できるようになる、という見立ては出来ると思います。
 先走る話ですが、蒼ルートでの蝶の記憶回収の流れでは、より自分本位な欲望や負の想いもそういう存在になり得る可能性を示唆はしていますが、けれどそれ以上の奇跡をもたらすには、と考えた時に、うみや瞳のありようも含めて、やはり利他的で美しい精神があればこそ、その世界においてもより共鳴と協力を得られ、より大きな奇跡をもたらせる、と考えられますし、鴎の存在そのものもそう解釈していいのだろうと思います。

 ともかく、物語としての完成度と盛り上がり、情念の輝かしさという意味ではかなり素敵な物語でしたし、同時に子供心をくすぐる冒険心の発端というか、夏休みらしい夏休み、という視座でもすごく納得のいくいいストーリーだったと思います。
 Pocketのラストシーンの鴎の解釈はまたそこでやるとして、このルートでもやっぱりまた姿を現せるようになったとして、それは紬同様に夏の期間限定なんだろうなぁとは思うし、この奇跡のありようも或いは、しろは編以降で語られる鳥籠論に近い切なさ、囚われ感の象徴的な部分なのかもしれません。
 いわばそれは夏のモラトリアム、的なものであり、そこに囚われ続けて、未来を見据えられない生き方は本当に幸せなのか?という面での命題が、特にこの2ルートでは突き付けられている感じはしましたね。無論それは後付けの解釈ではありますし、本当はもう一周プレイした方がいいんでしょうけどねぇ。

 さて、続いての蒼シナリオは、これは物語としてはすごく透明感があっていい話ですし、やはり上で触れた利他的な精神の発露がもたらす奇跡、という部分でも素敵なつくりなのですが、一方で色々他ルートを解釈するときにネックになる部分が組み込まれていたりと、少し扱いがややこしい話だな、とは感じています。
 蒼と仲良くなる流れと、それが決定的になる彼女の役割を知る事、そしてそれに付き合うようになる強引さまで含めて、他のルートに比べるとやや子供の頃の無邪気な夏休みの楽しみ方、というテーマ性からはずれた感覚もありますが、ただそういう不可思議に臆せず首を突っ込んでいく勇敢さとか、純粋に女の子を守りたいという心根なんかは或いはそこに通ずるものがあるのかもしれません。

 ヒロインとしては基本このゲームみんなちょろいですけれど(笑)、大枠として恋愛自体がそこまで大きく物語の状況に変化をもたらすものではない(無論最後の最後で絆を繋ぎ止める鎹にはなっているでしょうけど)ので、蒼のちょろ可愛さと、使命感と好きという気持ちで揺れ動くありようは実に生々しくも愛おしくて悪くなかったとは思います。
 このシナリオでは、より明確に島の秘密、神秘の部分に踏み込むわけですが、記憶が回帰する島でその象徴が蝶、という部分は確かでも、それが影響を及ぼす範囲とか、島の催事期間以外でもそれは発現するのかなど、少し設定にファジーな部分は残されていたかなと思います。
 他ルートとの関連性で見ると、やはりそれは夏特有の現象、と考えていた方がしっくりきますし、橘の樹の存在も含めてその方が整合性はあるわけで、その辺の明示性をもう少し強めて欲しかったルートではありました。

 例えば藍を心神喪失状態に追い込んでしまった最初の蝶にまつわる事件においても、その時期・季節が明示されていれば複合的な説得性になりますし、あと全体像で考えた時に、それがしろはの両親の事故死(実際は母親は自己消滅に近い解釈でいいのだろうけど)より前か後かで、最後のPocket編のしろはの言動にも説得性が増してくるので、細かいですがそういう擦り合わせが完璧に出来ていればより満足度は高かったと感じました。
 ただ罪の意識はあれ、それ以上に双子の姉妹で相手を共に思いやる関係だからこそ成り立つこの流れはすごく綺麗ですし、また奇跡の代償、という部分でも非常に分かりやすいプラスマイナスで、ここの場合は自我の喪失というか、自己アイデンティティの崩壊というか、そういう部分が強く出ていますが、後にそれはうみの夏の繰り返しや、そこから七海への変化においても制約として機能する部分になっていて、やはりその辺の枠組みの骨太感は見事です。

 あとこのルートの場合は、一度蒼の記憶は蝶となって放流されてしまったけれど、一応それを捕まえて、本体に引き戻す手段というのは藍を目覚めさせたようにしっかり確立していて、その復活までに一夏待たなくてはならない、という面はあるけれど、紬や鴎のようなその奇跡自体を基盤としている存在とは違うので、一度復活した後の幸せな生活、という面を明快に想像できるという部分ではある程度他のルートよりアドバンテージがあるのかな、とも感じます。
 その分物語としての読後感は、ここまでの2ルートより読了終了時としてはスッキリしていて面白かったですが、なんだろう全体像的に淡さや儚さ、という面では少し足りないというか、即物的な香りがしなくもないというか、いやはっきりぶっちゃければこのルートは18禁にしませんかみたいな(笑)。

 だってぶっちゃけ蒼なんてちょっと強気に押せばすぐ身体開いちゃいそうだし、そういう関係性の中で藍の嫉妬を呼び込んであわよくば姉妹丼〜、なんてエロエロしい夢が広がるのですよこれ。。。
 そういう風に感じるのも、やっぱりつばすさんの絵だから、って部分はあるかもで、本人も付録冊子のあとがきで違和感あるでしょ?なんて苦笑的なコメント残してましたけど、他ルートがアフターとしてはまずまともに成立しない中で、唯一そういう未来を感じさせたという意味も含め、全体の中ではやや特異的なシナリオだったとも言えますね。
 勿論これはこれで面白かったですし、単純な評価としては鴎紬よりは上に取っているのですけどね。


 しろはシナリオに関してはボーイミーツガールの王道を行く流れではありますし、他者に対する切ない優しさと、過去の傷がもたらす諦観のセットでセルフぼっちを極めていたしろはを、本来もっと幼い頃に味わうべき輝かしく楽しい夏に引きずり込んだ、という部分だけでも最終的な枠組みから考えれば価値の高い内容になっているなー、とは思います。
 とにかく前半はひたすらにしろはに付き纏ってその距離感を縮める事に腐心することになりますし、他のヒロインが大抵マップ選択で一日一回しかでてこないのに、この子だけ午前午後とフル出演で、その全部拾っていかないとダメ、という差異性において、それだけしろはというヒロインの心を開かせる難しさ、距離の遠さを演出しているのは、選択肢の置き方としてすごく意味のあるつくりだったなと思いますね。

 個別序盤においては、その強引さが功を奏して、本当はそうしちゃいけない、と思っているしろはを無理くり島のみんなとの遊びに引きずり込み、笑顔を引き出す中で、本来のしろはの魅力をきちんと見せられているのがポイントになりますし、けれど時折その中でもふと距離を感じさせる、その淡い切なさの折り込み方も丁寧でした。
 そうやって関係性を深め、想いを強くしていく中で、ようやくしろはが背負う業のありようを見知った主人公の、未来に対するしろはの諦観を打ち破る為の努力と献身は中々のものだったと思いますし、しろはが信じる未来の絶対性は一面的に正しさもあるけれど、その苦難がより幸せな未来を導いてくれる、という前向きな解釈の中で強さと明るさ、思慕を深めていく流れも含めて、意外性は一番少なかったけれどすごく楽しい物語ではありましたね。

 敢えていくつか問題点を挙げると、どのルートでもしろはは夏鳥の儀の巫女役を務める事はおそらく主人公が島を到来する前に決まっていて、そしてその日に自分が溺れる事を未来視(厳密にはそうじゃないけど今のところはそう書いておきます)したからこそ、あの日プールで泳ぐ練習をしていて主人公と印象深い出会いをした、という流れ自体はどのルートでも固有のものではあります。
 だから少なくとも、夏鳥の儀でしろはが海で溺れること自体は、最終的に判明するその未来視のシステムと制約性からしても確実に発生するはずなので、他ルートでは主人公はそのお祭りどころじゃない、という事は確かだったにしても、その後の日付の中で普通にしろははストーリーに絡んでくるわけなので、その辺のちょっとした示唆とかはあっても良かったんじゃないかな、とは思うんですけどね。
 まあおそらくあのじいちゃんが傍についていたなら、一度溺れたとしても助けて貰えたのだろうと思うし、またこのしろはルートでの女の子の介在、それはうみルートへの伏線でもあったわけですが、それ自体は正直あんな風に主人公が認知するしないで状況が変わるものか不透明だったので、そういう事故があったんだよー、くらいのなにかは、横の繋がりの中で言及があっても良かった気はしています。

 あともうひとつ考えるなら、このルートに関しては他のルートとは違ってシナリオ終了時点では特に問題を抱えていない、泣きの要素はこの範囲では全然ないといっても過言ではない爽やかで、その後の幸せを予感させる物語ではあるのですが、繋がりとしては当然この先にある未来が、未来の不幸に苛まれたうみと主人公の暮らしに繋がっているのは、あのうみが持参した写真からも明らかです。
 この4ルート+αに関しては、主人公は羽入里ではありますが観測者はうみで、けれど直接的に主人公の生き様を変えるような容喙は特にしていません。なのに常に対応するヒロインが違ってくるというのは一見おかしいのですが、ただここで効いてくるのがやはり加藤の血というか、うみを通じて記憶としては残らずとも、想いや眩しさ、そして切なさとしてのなにかを周回を重ねるたびに羽入里も受け取っていた、という見方が妥当なのだろうと思います。
 それ故に、無意識的に切ない結末に至る関係性を避けていった事での各ルートの蓄積がなしえた、その分だけうみの記憶も増大していき、反比例するように自我の確率度合いが低迷していったと解釈できますが、ただしろはを軸に考えた場合は、しろはと関係を結んだときに確定してた未来からは脱却できない、という頸木があるだろうと感じます。

 この辺はあくまで私の解釈なので正確性は担保出来ませんが、少なくともしろはの家系、鳴瀬の血がもたらす特殊な能力は、自分の心を過去に戻す力、という部分は確実でしょう。
 そしてしろはの場合、なぜそれを未来視と混同していたかと言えば、自分が繰り返した時間の記憶自体は保持できず、けれどその巻き戻りのきっかけとなった悲しみや苦しみだけは辛うじて覚えていられるため、その一部分だけを垣間見て未来視、と考えていたと受け止められます。
 その上で、一度道を辿っていった未来自体は、一度それを視て認識してしまった場合、運命として固着してしまい、どうそこまでに至る在り方を変えても避けられないという強制力をもたらすのだろうと思うし、その蓄積があったからこそしろはもああも頑なにならざるを得なかったはずなんですね。

 けれど、うみは違います。
 うみは最初から自分の力が過去への巻き戻りだと認識していましたし、それが嫌な事があった時にそこから逃げる為に発動する力だという理解もちゃんと保持していました。
 ではその、同じ力でもうみとしろはの認識の差、うみにあって、しろはになかったものはなにか、と言えば、私はそれは多分加藤の血、主人公の血による影響なのだろうと考えています。

 この加藤の血がどういう力を保持しているのか、というのは、実際に定義するのは中々難しいですが、少なくともそれをおばあちゃん、鏡子、そして主人公は保持していたと見做していいと思います。
 そしておばあちゃんがずっと大切にしていた蔵の預かりもの、というあたりから見えてくるのは、この家がこの島の神秘的な要素である記憶の回帰において、その縁となる場所を紡ぐ役割を担っていたのではないか、という所です。
 おそらくその影響力は島の人間に限るのだろうとは思いますが、その根底にあるのは無念や未練を優しく解きほぐしてあげたいという優しさであり、生前にせよ死後にせよ、誰かにまつわるゆかりの品をそこに保持しておくことで、その未練をあるべき場所に回帰させ、そして最終的にそれを送り届ける事を空角の家の血が担っていた、という見立てが出来ます。
 或いは鳴瀬の家の本来の在り方はより巫女的に、島に訪れる災難を先見して、それが免れない事である限り、どうしても不慮の事故などで命を落とす人が出てくる、けれどその鎮魂を正しく行うために前もって手はずを整えておく、なんて部分にあったのかもしれないなと私は考えています。

 ともかく、そういう役割の中で、加藤の血においては直観的に、人の運命の重なり合いを感得できる能力があるのではないか、と思いますし、それを示唆する動向をPocket編で鏡子も見せていました。
 あの時点で彼女がどんな役割を託されていたかはまた後で考察しますが、そういういくつもの人の可能性の重なり合いをデジャヴ的に汲み取れる力と、しろはの家の過去に巻き戻る力を両方授かったが故に、うみだけは自分が幾度もやり直している、という事実に気付けたのだろうと解釈しています。

 しろはシナリオの話から随分逸れましたが、ここで私が言いたいのは、一度しろはルートに入ってしまえばしろはの主観における悲劇の牢獄は完成してしまうわけで、もしもこのしろはルートを先に見ていた場合に、うみがその先を求めずにまた夏の最初に回帰してくるのが少し不自然には感じるのですよね。
 元々うみの願いとしては、お父さんお母さんと楽しい夏休みを過ごしてみたい、という部分が大きいのか、それともそれはここまでのルートを重ね、そのダメージで情緒的な面で幼く制御が効きにくくなったことでより強く発言したのかは判断の難しいところですが、どの時点でもうみは自分の母親がしろはなのを知っているわけですし、そうならない未来を見た時に巻き戻るのはともかく、しろはルートを見てなお巻き戻る事を拒絶しないのは微妙なところではあるかな、と考えます。

 その意味で、理屈としてはやっぱりしろはルートがラストになった方が整合性は保てる気はするな、と思うし、この二人の関係性を見て、改めて自分が娘として愛されたい、という気持ちを膨らませたという流れが自然に感じるのはあるので、そこはルートロック仕掛けても良かったのかなと感じました。
 ともあれ、そういう後々の流れから来る微妙さはあれど、物語の王道感と清々しさ、心温まる情景は確かなものですし、そしてここで垣間見せたしろはの人間性と幸福感の一端が、きちんと増幅されてALKA編での破壊力に繋がっているのも大きく評価したい点ですね。

 そしてALKA編、これはもうド直球もド直球に泣かせに来ているシナリオですし、その平凡で、朴訥で、けれど何よりも温かく、輝かしく、心躍る夏休みの情景の衒いない描写の連発には本当に心揺さぶられるものがありました。
 上で考察したように、ある程度の夏の蓄積がよりうみを、自分にも幸せを、という想いに傾斜させた側面はある筈ですし、また存在としても異質な自分が、自分のままにこの夏を楽しめるのはこれが最後、という直感はあったのでしょうから、そういうギリギリの飢餓感と切迫感がもたらす甘えの破壊力、それを受けて徐々に本当の家族としての想いを育んでいく主人公としろはの魅力は素晴らしいものがありました。
 特にしろはは自分のルート以上に鬼のように可愛くも甲斐甲斐しく、うみという存在を得ての距離感の縮まり方や、より深く自然に発露する愛情の示し方、それでも主人公にだけは見せる迷いと弱さなど、実にメインヒロインらしい多彩な味わいを醸していて、その試行錯誤の中で時に謎や悲嘆にぶつかり、擦れ違う事があっても、鎹としてのうみがしっかり家族を紡いでいく情景が最高に美しかったです。
 
 うみがうみという実体をそのままに、文字通りタイムリープではなくタイムトラベルが出来たのは、当然本来の不幸な未来の中での事故によって、死寸前のところまで魂が追い詰められた故の火事場の馬鹿力的な解釈に加え、それをロングスパンで見通していた瞳の想いの手助けがあったから、なのでしょうが、そういうミラクルな存在であろうと、自我を保つためには踏み越えてはいけないラインがある、というのはわかりやすいところです。
 その辺は蒼ルートである程度説明された部分ですし、翻って見れば主人公が蝶に触れて最低限無事だったのも、空角の血ほどではなくともそういう特異性に、複層的な世界と記憶を受け入れる事に耐性があったからなのかな、とは思いますし、うみにしてもそれがあったからこそ、本来の未来視に付き纏う決定論的な頸木からも逸脱して、複数の異なる未来を垣間見ては巻き戻る、を繰り返せたと言えます。
 多分そこも、本来なら一度見てしまった未来は固着する、という代償を克服した代わりに、自由な巻き戻りが可能だったのが、より島の神秘に寄り添う催事の期間内で強制的に巻き戻ってしまうという代償にすり替わったのかもしれません。
 その中で、元の自我のうみでは衒いや恐れが先だってできなかった事も、その自我が記憶の蓄積の代償で薄らいだゆえ、虚心坦懐に素直な感情に身を委ねる事が出来るようになったと思えば、どこまでも不器用で優し過ぎるのも鳴瀬の血の賜物かなぁと思いますね。

 基本的にこの作品にはそういう、さり気ない形で血のつながりを感じさせる要素というのがあちこちに散りばめられていると思いますし、最もシンプルなところではしろはとうみのへらっと笑った顔の酷似などがあげられますけれど、それこそじーじあたりから、七海という存在になって迄通底するその観念は本当に芯があるなぁと感じさせます。
 実際にそういう細かい作品としての蓄積があればこそ、このルートでの家族ごっこがより真に迫り、家族としての理想的な形を象っていくのに強い説得性を与えていたはずで、このルート自体は代償がもたらす切なさが満開、かつその先の未来が実はしろはの未来視の影響による絶望の輪廻に縫い留められていたことを知るという痛烈なものではあるのですが、だからこそそこまでの情景の尊さがより際立つと言えば言い過ぎでしょうか。
 とにかく個人的にはこの話が一番心を打ちましたし、好きなシナリオでした。

 最後のPocket編も当然素晴らしい出来ではありますが、ALKA編の最後でうみが知った真実と、その逃れられない悲劇を回避するための手段として、より根本的なしろはの回帰の力そのものを発現させない、という流れの中で、より大きな奇跡を求められるところでの恣意的な気配はどうしても出てしまうな、とは思いました。
 まあここでも、というよりずっとうみを力添えしていたのは蝶に転じた瞳、だったとは思うのですが、そもそも鳴瀬の血だけでそこまで意識的にサポートが出来るだけの力を、あの時の狭間で保ち続けられるのか、という部分はあって、ひょっとするとそこにはある程度鏡子の手助けもあったのではないか、とは思いますが、どうあれ実体すら伴わない時代への回帰、そして様々な記憶を縫い合わせての特別な自己の確立、というあたりでも、想いとしての納得感はあれ、やや力ずくではあるかなとは感じます。

 或いはそれは、うみが手にした幸せな記憶を担保にしているからこそ出来た事なのかもしれませんし、代償が大きいほどに奇跡も大きなものになるという公平さを踏まえれば、それを差し出してでも、という意思を持てたうみの優しさと、両親に対する愛情の深さが伺えるところです。
 ともあれその流れの中で、両親がいなくなった直後のしろはの寂しさを軽減し、回帰の力が発現しないようにするというミッションは中々の難易度ではあったとは思うのですが、それをしっかりある程度の関係性、信頼の蓄積と、最後はやっぱり奇跡の力、未来の幸せの思い出を贈るというウルトラCで解決してきたのはいかにもだなぁと。

 実際に作中で語られるように、過去と未来を自由に行き来出来、その流れに介入できる時に、そもそも未来と過去、という概念は従来のものと同一なのかというのは興味深い定義ですし、実際にそれがどこにも行けない鳥籠になってしまう、という必然は哲学的でもあります。
 別れや終わりがあればこそ意味と価値があるものは確かにあって、けれどそれを踏み越えてしまった時に人に幸せはあるのか、その一つの答えとして、想いだけの受け渡しというのはすごくらしさを感じさせる決着点だなぁと思わせますし、それ自体がどれだけのものをもたらしてくれるかは人それぞれではあっても、生きていく上での前向きさに繋がる、過去を振り返り過ぎずに未来に希望を持って行けるという精神性を育む上で大きな価値があるのでしょう。

 普通に生きている限り、それは実感の伴わない可能性でしかなく、虚構をどれだけ信じられるかという中で必要になるのはその個々人の人生に対する活力、前向きさだと思います。
 その意味で、例えばこの時点のしろはや、未来のうみのように、愛着の欠損や破壊に直面して、明るい未来を信じられない相手に、ただ可能性を無邪気に語る事はかえって毒にしかならないでしょう。
 でもこの奇跡がもたらす想いの受け渡しは、加藤の血の力も反映した力であるが故に、確実にその未来で起きた事象に付随する幸せな感情も贈る事が出来るから、おそらくしろははその後夢から覚めたように全てを忘れてしまうのでしょうけれど、それでも残った想いだけは、眩しさだけは確かなものとして根付いて、両親のいない寂しささえもなんとか克服させていく強さの根源になり得た、と考えられますね。

 結果的にこれで、あの夏にもたらされた出会いや、うみとの繋がりは途切れてしまったのは間違いないですし、しろはの側からすると力を発現もしない以上、悲痛な運命からは逃れられても、それ以外の運命の流れの中でどういう幸せを手に出来るのか、というのは当然不透明にはなっているのだろうと言えます。
 ここで気になるのは、結局あの時点でしろはを置き去りにしてでも時の狭間の住人として、しろはとその娘に至るまで続く不幸の連鎖を断ち切る為、島の根源的な神秘そのものを閉じてしまえばいいと画策したに違いない瞳が、どこまでの力を奮う事が出来ていたのか、という部分ではありますね。

 少なくとも鳴瀬の血だけでは、全てを捨て、蝶と化して大切な人に会いに行く過程の中で、その大切な人を誰と仮定していたかにはよるにせよ、より明快な自我を残した上でそうあれたのかは微妙なラインです。
 一応各ルートの合間で語られる「僕」は、時の狭間に囚われた人の意識の集合体的なものに近いのだろうとは感じますし、その主体となっているのが瞳であろうことは、最後の七海のおばーちゃん発言からも垣間見えるのですが、その場合はやはり瞳は、大切な人=自分の伴侶ではなく、しろはとその娘、という位置づけでその奇跡を執行した、と考えるべきなのでしょう。
 鳴瀬の血だけなら、私の解釈が正しいなら未来視的な能力しか発現できないはずですが、そこは鏡子の手助けもあってそこから逸脱する奇跡を行使できたと考えたいですし、その根源にあるのがしろはの本当の意味での幸福とするなら、鏡子にしてもそれはかなり長く、そして多くの歴史を見つめてきたうえでようやくたどり着いた可能性になるのでしょうか。

 ともあれ、様々な可能性が混在する今の中で、主人公にまともに蔵の整理をさせたのが最後だけ、というのは、間違いなくその蔵の在り方がこの島の神秘の源泉として機能していた証左ですし、それを主人公が時の地図、と称しているように、やはり主人公自身にはそういう重なった可能性の影を感じ取る力はこの時点でも当然保持していたのだろうと言えます。
 ただここで蔵を閉じて、島の神秘に終止符を打ったことでその力の影響力は少なからず弱まったとは言えますし、それでも微かに残る想いは繋がっていく、そのささやかな奇跡を紙飛行機にあつらえて示しているのは実にオシャレで、多分あれを紛れ込ませたのも鏡子でしょうけど実に粋な計らいだと思います。

 ともかく、主人公がうみへの想いを微かながらも取り戻し、その流れでしろはに対する想いも膨らんで、傷がある者同士で惹かれ合った過去とは違う形で二人の関係が紡がれ、きっとその先に今度は家族三人で幸せに過ごせる未来がある筈だ、というのは、凄く綺麗なハッピーエンドだったなと思います。
 うみは元のうみじゃないじゃないか、それでハッピーなのか、と思う向きもあるかもですが、私の解釈が正しいなら、生まれてきたうみにしても当然この島の不思議な力を受け継いでくるわけで、その生活が不幸でなければ鳴瀬の血は発現しなくとも、加藤の血の影響による重なり合いの感得は授かっているでしょう。
 勿論あの幸せな記憶そのものが具象的に残るわけではないけれど、でもそれは具体的であることが必要なものではない、というのは、幼い頃の夏休みの永遠の楽しさに通じる観念的な部分でたっぷり裏付けを積み立てていますから、私としてはそのテーマに立脚した、素晴らしく一貫性のある綺麗なハッピーエンド、と考えたいですね。

 その上で、過去にしろはが力を発現しなかった事と、そして心ある時の狭間の住人がうみ=七海の想いに共鳴して、その奇跡を顕現させたことでどうなったか、それがどう影響を与えたかという部分も最後に触れておきましょう。
 まずその、心ある利他的な住人が紡ぐ狭間の特別な世界は、その面々が力を使い切ってしまった事で瓦解したのだろうと解釈します。
 元々そこに至るには、凄く心が綺麗で強くも利他的な心残りがある存在でないと無理だろうと思えますし、またそういう存在は当然現世への影響力も大きかったはずなので、単純にこの時点で一定の蝶の存在数自体が縮減したのではないかと思っています。

 あくまでその辺は仮定でしかないですし、可能性の問題でもありますが、蒼と藍の双子にまつわる悲劇は、そもそも蝶の目撃が原因になっています。
 上の方でこの藍の事件と、しろはの両親の事件の前後関係は重要になってくるファクターと触れましたが、その理由がこれで、しろはに対するうみ=七海の奇跡の行使があった後ですと、多分純粋に蝶の個体数は少なくなっていると思うんですよね。
 そういう中では蒼が蝶に触れる機会そのものも減るのでは?と見做すことが出来ますし、或いは他人を避けないで生きていけるようになったしろはと二人の関係が、蒼に余計な劣等感を抱かせる隙間を与えなかったとも解釈出来て、どうあれそのあたりが波及して藍の事件そのものがなかったことになった、だから最後の時系列では藍は普通に幸せに暮らしているのだ、と読み解けます。

 鴎についてもちょっと強引な解釈にはなりますが、そもそも鴎が元々のルートであれだけの力を顕現できたのは、きっとその時の狭間の心ある住人たちの共鳴を得られたから、だと思うんですよね。
 そして体と魂の乖離が、より身体に対する負担を大きくするというのもある意味で代償的だと考えれば、元のルートでの鴎は、ああいう形で健康的に生きる虚像を作り得た代わりに、本体が緩慢な死に向かうのを留められなかったのではないか、と考えています。
 ただ最後の流れですと、そもそもその奇跡の受け皿自体が瓦解していて、また島の奇跡をコントロールする側の意思としても、より儀式が形骸的なものにシフトしていく中で、その鴎の強い想いを反映できるだけの受け皿にはなり得なかったと思いますし、その結果心と身体の乖離が防がれた事で、なんとか病院で持ち直して、やっと回復して少しでも本来の目的のために行動できるだけの健康を取り戻した場面だった、と見做したいところです。
 この流れの中なら、ここから少し時間が掛かっても、ひょっとすると主人公としろはのところに冒険への案内状がくるのかもしれず、それを家族三人で楽しむなんて情景すら想像できますね。

 紬に関しては、多分ラストで登場した紬は本物の「ツムギ」の方だと思っています。
 「ツムギ」の場合、どちらかと言えば優柔不断というか、自分の弱さから逃げる形であの狭間の世界に居続けていたわけで、だから本質的に現世に影響力を強く及ぼせない代わりに、島の奇跡システムが縮小してもそのままそこに存在し続けられたと考えます。
 でもそれも、最後のシーンで主人公が蔵を整理し、回帰システムの元栓を閉める形でより奇跡の効果を狭めた結果として、神隠し状態だった「ツムギ」が現世にこのタイミングで戻らざるを得なくなったのではないかと感じます。

 それでもその流れの中で、「紬」だったぬいぐるみに強い愛着を見せているように、なんらかの想いが響くところはあったのでしょう。
 すごく恣意的な解釈が許されるなら、蒼ルートで垣間見られたように、あの世界には駆け落ち相手の男の未練も残っていたはずなので、より世界が収縮しそこから押し出される中で、その思いに接してようやく前向きに生きられるようになった、とも言えるかもしれません。
 静久がそこに付き纏う雰囲気を醸しているのも、純粋に外見的に好みで、それ以上にそこに宿る魂の無垢さに惹かれたと考えると、きちんと元のルートが影響を及ぼしつつ、あるべき姿に回帰したのだろうと考えたくなりますね。

 以上、久し振りにかなり長くなりましたが、全体的な完成度の高さ、統一性、一貫性、瞬間的な破壊力とカタルシスの強さ、あらゆる要素で素晴らしい質を誇っていますし、とても面白い作品だったと思います。
 ただ全般的に、島とその土着の住人の血にまつわる奇跡と代償の関係性について、かなりわかりにくかったり、恣意的な解釈を求められるところもあって、正直この感想を書くのも結構苦労しました。元々そういう、読み手の受け取り方に任せる、的な部分は鍵ゲーには散見しますが、今回はその点でも久々にらしさは楽しめたと同時に、やっぱりもう少し精緻な肉付けや説明があればなぁ、と思う面もあった事、それがラストのPocket編の威力を多少なり削いでしまったかも、と思うので、そのあたりを踏まえて迷ったのですけど満点まではつけない事にしました。




キャラ(20/20)


★全体評価


 いつもながらに非常に癖のある個性あふれたキャラが多彩で、ヒロインにしてもそのきらいはあるのですが、そういう部分も最終的にしっかり魅力、可愛げに昇華させてくるのが実にらしいところです。
 全体の雰囲気としてはどこにも悪人はおらず、田舎特有の人の結びつきが色濃く残る舞台で、時系列的なトリックとしてもよりそれが強調されるのに一役買っていましたし、インパクトも満足度も高い仕上がりだったと思います。


★NO,1!イチオシ!

 ここはもう断然しろはですね。文句なしに殿堂入りの可愛さと活躍度でした。
 最初の方こそ人を寄せ付けない気難しさや、コミュ障的なたどたどしさは目立つものの、そういう生き方をしてきたが故に心根の部分は本当に純真で優しく、他のルートや自分のルートでも容姿強でそういう面はしっかり見せてきていましたが、なによりそれが炸裂するのがALKA編以降の姿でしたね。
 自分自身愛着の欠損があり、愛情に飢えている面がある故の共感と優しさが、本当に素直な形で発露していて素晴らしく可愛らしかったですし、それを踏まえての主人公とのこそばゆい恋愛観、本来的な恥じらいや臆病さを乗り越えてでもという強さも含めて本当に最高に魅力的でした。
 意外とあんな風でもかなり家庭的ですし、今度こそ幸せな家庭を築いて欲しいなと素直に思わせる素晴らしいメインヒロインだったと言えるでしょうね。


★NO,2〜

 次いではやっぱりうみになるかな、と思います。
 自分の境遇が良くないものでも腐らず、周りのせいにせずに懸命に生きるいじらしさや、他者に対する自然体の優しさなど、血の為せる業と感じさせる部分が多々あって本当に愛らしかったですし、それでも求めざるを得ない想いを糧に、これだけの大冒険の果てに手にしたものが何だったかを思えば、しろはが表のメインとして、間違いなく裏のメインヒロインだったなと。
 最初の共通からの徐々に変化していく様なんかも、本来願っていたものが純化していく過程と思えば愛おしく、素晴らしい存在感で作品を彩ってくれたと思います。

 他のヒロインの中では迷うけど蒼と藍が次にきますかね。
 それぞれを思う気持ちの真っ直ぐさと強さ、献身性にはすごく微笑ましくも眩しいものがありましたし、CV的な好みもセットでやっぱりちょっと全年齢にしとくには惜しいヒロインズなんだけど(笑)、他ルートでの気の置けない感じも含めて魅力的だったと思います。
 
 紬もむぎゅの歌が耳にこびりつくくらいには印象的でしたし(笑)、鴎も見た目の雰囲気と精神性の幼さというか無邪気さのアンバランスが、彼女の来し方との並びですごく鮮烈に映りました。
 のみきなんかも普通に可愛かったし、男キャラも相変わらず変人しかいないけど気のいい面々ばかりで楽しかったですね。


CG(18/20)


★全体評価

 とりあえずメイン原画は3人で、それぞれに持ち味が違う感じであんまり統一感はないんだけど、それでもシナリオの整合性が高いから方向性としてのイメージ作りはすごく噛み合っていますし、質もそれぞれなりに安定していて良かったとは思います。
 ただ全年齢という括りの中で、要するにそういうシーンがオミットされると純粋な枚数的に物足りなくなる、というのはあり、複数原画で見せ場はもっと作ろうと思えば作れたでしょ?ってのはあるだけに、その辺はちょっと減点でしょうか。その辺諸々加味するとこのくらいになるかなと思います。


★立ち絵

 ポーズはヒロインで2種類に腕差分など、サブは1種類でやっぱり腕差分などは豊富ですが、演出的にもう少しコロコロ動いてもいいのに、って面も含めてやや躍動感は足りなかったかもです。でもそれぞれのポーズそのものの個性は良かったですし、特にしろはのらしさの醸し方は面白かったですね。
 しろはの横向き頭抱え、正面、紬の正面、蒼の正面あたりはかなり好みでした。

 服飾はヒロインで3〜5種類、サブで1〜2種類でしょうか。
 立ち位置的にあんまり服をころころ替えないだろう、ってヒロインもいたからその辺は汲み取るとして、デザイン的にもそれなりに洗練されつつ可愛らしさも目立って、基本的には悪くなかったと思います。
 しろはの私服、制服、水着、巫女服、蒼私服、和服、紬私服、パジャマ、鴎私服、うみセーラー私服あたりが良かったですね。

 表情差分は実にらしく遊びの絵図も豊富で、見ていて楽しかったのは確かですが、やっぱり演出面でもう少し細やかな変化があればなおよし、って感じでしたかね。
 しろはの驚き、困惑、照れ焦り、にへら、ジト目、蒼の笑顔、苦笑、ジト目、紬笑顔、歯ぎしり、きょとん、鴎のウインク、うみのえばり、にらみ、拗ねあたりが好みでした。


★1枚絵

 全部で72枚と、やっぱりフルプライスとしてこれだけとなると、いかに全年齢とはいえ少し物足りなさはありますね。
 勿論最低限ここは必要、って部分には、特に後半はしっかり心を打つ1枚絵を連発していい味は出していますけれど、もう一押しあればなぁ、という感触はどうしても出てきてしまいますかね。

 特にお気に入りは、しろはプールの出会い、うみと折紙、うみ抱き留め、蒼目覚め、紬膝枕あたりでしょうか。


BGM(20/20)


★全体評価

 音楽面では流石のボリューム&完成度でした。
 度のシーンでも印象的で奥深く、それでいてどこか心に安らぎをもたらす素敵な楽曲に溢れていて、ボーカルも多彩な上にどれもシナリオに根付いた素晴らしい雰囲気を醸していて、文句なしに満点でいいと思います。


★ボーカル曲

 全部で6曲+αという感じです。

 メインテーマの『アルカテイル』は問答無用で神曲ですね。出だしの繊細な旋律の透明感と、そこからの蒼穹の空を思わせる広がりと疾走感、それでいて歌詞としてはうみの在り方をそのままテーマに落とし込んだ切なさともどかしさ、怯えとそこからの勇気に彩られた素敵なもので、Dメロの爽快感も含めて素晴らしい完成度とリンク性の高さだと思います。
 特にBメロとDメロが気に入っていますが、全般含めてすごく好みに合う曲でしたね。

 通常EDの『Lasting Moment』は軽やかで明るく、どこか前向きな未来を感じさせつつも一握の切なさと郷愁を感じさせるバランスが実にいいですね。これもかなりお気に入りです。
 『夜奏花』の神秘感と透明感もかなり好きですし、ALKA編EDの『羽のゆりかご』は一風変わって力強くも哀切を伴うメロディラインと神秘性のマッチングが素晴らしいです。

 『しろはの子守歌』に『紬の夏休み』は、原曲がある歌ではあるのでメロディが秀逸なのは当然として、どちらもそれぞれの個性が反映された透明感、優しさが溢れていて良かったです。特にむぎゅぎゅ〜の旋律はなんとなく耳に残る残る。。。

 グランドEDの『ポケットをふくらませて』もやはり神曲ですね。
 壮麗なる時の流れをイメージさせつつ、そこで積み重なるもの、失われるもの、それでも残るものの大切さと、真っ直ぐに幼い気持ちのままで前を向く強さ、尊さをギュッと詰め込んだ、それこそタイトル通りポケットに思い出を一杯膨らませて歩む後姿が目に浮かぶようで、積み重ねの旋律の使い方が非常に上手く作風に抜群に噛み合った曲に仕上がっていると思います。


★BGM

 全部で34曲と標準は超えていますし、やはりひとつひとつの息吹の籠り方、完成度の高さは圧巻の一言で、どの曲を取っても本当に聴き惚れてしまう完成度ですね。

 特にお気に入りは『Sea,You&Me』『White loneliness』『Wing of Glass』『夏の子守歌』『時編み』『蝉時雨の隙間に…………』『眩しさの中』『二人の冒険』『あの記憶、かの記憶』『Childish White』『Summer Pockets』あたりですね。


システム(9/10)


★演出

 情感演出は圧巻の一言ですが、日常演出が言動の面白さやコミカルさに対して、やや動きが物足りなかった気はしています。
 元々もう少し動いていた気もしますし、特に表情の変化がもう少しコンパクトに切り替わればもっと見ていて楽しかっただろうな、と思えるシーンはあって、しろはなんかはその点でもっと可愛くなれたのに勿体無いなとおもったりも。

 当然情感を引き出すシーンの構図、見せ方や作り込みに関しては非の打ちどころはないですが、もうちょっと頑張れたんじゃない?って感じはあったので少し厳しめに。
 ムービーに関しては非常に広がりがある素晴らしいつくりですね。



★システム

 相変わらずなんかシグナスエンジンは重ったるいな、って感じはなくはなく、でもラブリッチェはもう少し軽快だった気がするんですけどね。
 システム要素としては必要なものは揃っているけれど、細かいところまで気が利いている、というほどではないですし、トータルで総合してもやはりちょっとマイナスにはなるかな、というイメージです。


総合(95/100)

 
 総プレイ時間25時間。共通が3時間くらいで、選択肢部分含めて個別がそれぞれ3〜3,5時間、ALKA編が4時間、Pocket編が3時間くらいで、後は島モンとか卓球とかでチマチマと。その辺はやり込んではいないので、そののめり込み程度によっては更にプレイ時間は増えるでしょうが、ストーリーとしては水準より少し長い、くらいのボリュームだと思います。

 無論全年齢なのでそういうシーンがない分だけ日常のあれこれが濃密ですし、かつての楽しい夏休みを取り戻す、というコンセプトの中で、みんなが本当に楽しそうに遊んでいるのを眺めているだけで充分退屈しないクオリティにはなっています。
 そこからの泣きゲーの本領発揮への渡り方も丁寧だと思いますし、より原点的ならしさを意識した上で、時代性も加味した非常に面白い骨組みになっているかなと。
 完成度の高さ、シナリオの質の良さは言うまでもなくですし、素直に傑作だと思うので気になる人は是非プレイしましょう。

posted by クローバー at 18:18| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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