2020年01月14日

MUSICUS!

 こちらも信条としてCFは参加していないのですけど、キラキラ大好きでしたし、沢山の皆様の支援や企業努力の結果として、こんなお値段でご提供いただけることに大感謝しつつ、噛み締めながらプレイさせてもらいました。


シナリオ(30/30)

 ロックがそこにある価値。


★あらすじ

 主人公はとある事情でエリートコースをドロップアウトし、今は定時制に通いつつ暮らしています。
 ただ元の道に戻る事も無難に出来る状況下で、しかし主人公の胸裏には、そのまま引かれたレールに従って生きていくのが本当に正しいのか?という疑念が常に渦巻いて、その衝動が様々な活動に主人公を駆り立てていきます。
 その一環として書いた小説が一定の評価を受けたものの、けれどそれは主人公に才能の限界を突き付ける結果でもあって、閉塞感の中でもがいている時、一本の電話が彼の運命をガラッと変えることになるのです。

 それは、インディーズロック界で知る人ぞ知る、スタジェネの八木原による、ロックの道へと誘う呼び水でした。
 彼の書いた文章に感銘を受け、自分のレーベルに所属するバンドの遠征記事を執筆して欲しいという依頼に、主人公はほぼ迷うことなく引き受け、そして花鳥風月、引いてはそのバンドを牽引する希有な才能の持ち主である花井是清と出会ったのです。

 元々小さい頃に楽器を習った経験がある主人公は、それなりに音楽の質を見極める才能があって、今迄の彼の感性からすると、ロックはむやみやたらに大きな音と勢いよく奏で、その分精緻な技術などは突き詰めていない、どちらかというと好みに合わないもので。
 当日のライブでも、花鳥風月の前に出てくるバンドは大抵どこかに粗が見えて、それを一々指摘して楽しみ切れない自分の気質に鬱屈しながらもやってきた花鳥風月の出番、そこで彼の世界は一変します。
 その本物の才能が織り成すステージは、彼に言葉にならない感動をもたらしたのです。

 しかし、感動の涙さえ流す主人公に対し、是清は音楽などまやかしだとニヒルに返し、あまつさえバンドメンバーの事情もあって、このライブを最後に花鳥風月は解散する事になって。
 けれど一発で是清の音楽の虜になってしまった主人公は、再三音楽活動に復帰するように促し、是清も渋々ながら、自分が人前に立つのではなく、作曲だけならしてもいい、と口にします。
 ただしその条件は、主人公自身がギターを奏で、バンドメンバーとしてステージに上がる事で、そしてボーカル候補として是清の妹である三日月と引き合わされて。

 是清が推すだけあり、三日月の才能は本物で、主人公も猛練習でギターを掌に収めていき、やがて曲も完成して、第二の舞台は整ったかのように見えました。
 しかしそこで起きた大きな事件が、二人の運命と、そしてロックへの関わり方を大きく捻じ曲げてしまいます。
 波乱万丈で、絶望と虚無に満ちた世界の中で、しかし彼らは心に秘めた切なる問いの答えを求め、悲しみや空疎さを捻じ伏せて前に進んでいく事となるのです。
 これは、多種多様で我が儘な人間という生き物にとっての、音楽の意味と価値を問う、人生のままならなさをも冷笑的に投影した魂の物語です。


★テキスト

 まずこの作品は、昨今ではまず見なくなったビジュアルノベル方式を採用しています。
 そのメリットはどこにあるかと言えば、勿論それは台詞や地の文をメッセージウィンドゥの尺度に希釈せずに、しっかり語りたいレベルで滔々と連ねられる事で、本当にこの作品は要所での長台詞がすごく目立ちます。
 基本的にアドベンチャー方式が掛け合いを主軸にしているのに対し、こちらはシンプルにテキストそのものの魅力と質量で勝負している格好であり、単純に小説的、と言ってもいいですね。

 その分サラッと読み飛ばすような形だと理解は難しいところもあり、また全体の雰囲気としても、やはりらしさ全開というか、非常に哲学的、かつ冷笑的で、ペシミスティックな色合いの奥から、それでも、と湧き上がる反骨のエネルギーを切々と感じるつくりになっています。
 そしてそれを表現する手法も本当に多彩で、単純に文章量で押す部分もあったり、的確に比喩や暗喩を駆使したり、そんな風に多角的に表現の幅を用いることで、より細やかで精緻な心情の投影に成功している、と言えるでしょう。
 実際に、それぞれのキャラが抱く人生哲学とか、弱さに裏打ちされた観念とか、生育環境から来る社会情緒の欠落に対する感じ方とか、よくもそこまで生々しく打ち出せるな、と思えるくらい真に迫っていますし、そのせいでキャラそのものに対する感情は毀誉褒貶が付き纏うのですけれど、それも含めてらしさ、だと思いますね。

 個人的には久しぶりにこの人の文章に触れて、やっぱり色んな意味でモノが違うな、とは感じましたし、非常に歯応えのあるテキストをありがとうございます、と最敬礼したいですね。
 まあ昨今のカジュアルな、テンポが命のエロゲから入っている人には、中々面食らう文章量だとは思いますし、万人受けする読み口でもないので、そこは体験版などで確かめた方が無難だとは思います。


★ルート構成

 一応ルートとしては4つ用意されていて、それぞれに主人公の生き方と心情の変化が投影された格好になっているのかなと思います。
 最終的に逆算して考えていくと、選択肢にはすごくしっかりと一貫した意味合いや信念の投影が込められていて、そのあたりもゲームとしての確かさを保証していますが、裏を返すと初見プレイではっきりそれを見切るのは至難ではあるとも言えますね。直後の反応などでも一概にそれが正しいと言い切れるなにかが常にあるわけでもないですしね。

 まあ基本的には、音楽に対して積極的、けれど柔軟な姿勢は見せつつ、要所で個々のヒロインの心情や気質に寄り添った選択をしていけば、という事になるのでしょう。
 そもそもあらすじで書くところがなかったのだけど、ヒロインは三日月、弥子、輪、澄の四人になります、が、輪と澄に関してはシナリオ上の必要性としてまぐわうシーンはあるけれど、ヒロインか?と言われるとやっぱりちょっと違いますね。
 そのあたりも、キャラゲーではないという色合いは強く出ていますし、シナリオありきのヒロイン像でもあるので、そこは配慮したプレイ順推奨でしょうか。
 ベストの順番だと弥子、澄、輪、三日月かなというイメージで、多分ルートロックはないと思うので、出来れば三日月はラストに回すつもりで進めていくと無難ではあるかなと思います。


★シナリオ(大枠)

 素晴らしい物量と完成度で、キラキラの時に見せていたロック観、という部分を更に発展拡大させ、人生観そのものともオーバーラップさせながら、多彩な人生の可能性と運命の残酷、そして人と人が出会う事の意味と価値を徹底的に突き詰めた快作、大傑作だと思います。
 ロックがどうして人の心を揺さぶる音楽であり続けられるのか?という素朴な疑問を、主人公が悩み惑う流れと並行して追いかけていく事が出来、その魅力と危うさをこれ以上なく知らしめるつくりになっています。
 そして、その魅力に憑りつかれた人々の想いや熱気、その理由づけの部分まで非常に丁寧に、繊細に組み込まれていて、かなり登場人物は多い作品であり、決してキャラそのものの個性を売りにしているわけでもないのに、そのインパクトは絶大という見事なバランスをしっかり成り立たせていますね。

 全般的にテイストとしてはニヒリズムが強く出ているのは間違いなく、ただしそれは当然人が生きる中で付き纏うもの、という、俯瞰的な在り方での投射でもあって、個人的なイメージとしては、今回はとても作品全体としてバランスを取ってきたな、という感覚はあります。
 勿論その分、バッドエンドは相当に強烈だったりもしますし、らしさも損なわずに組み込んでいるのは確かですけど、まあきちんとメインヒロインに関しては、大団円とは言わないにしても、未来に明るい希望が見える道を用意してくれてますからね。
 キラキラの場合、どう転んでも後味の悪さが少しは残ってしまう流れだったのに比べると、こちらのメインヒロインでの苦難はまだマイルドに我慢してくれている感じですし(笑)、そして、それをもたらしたのがロックとの関わりである、という部分も含めて、ブランドの締めくくりに相応しいシナリオにも仕上がっているなと思いました。

 正直ネタバレなしで書けることは少ないですし、ネタバレしても私如きの筆力でどうこう言えることは少ない、とにかくやれ!としか言えない作品ではあります。
 確かにとっつきにくさと重々しさ、生々しさに息苦しくなるシーンもあるでしょうけど、それを受け止め咀嚼しつつ追いかけていけば、最後にはこれ以上ないカタルシスと納得、爽快な読後感を用意してくれているのは保証します。
 点数的にも迷うところはあり、一部のキャラの扱いの切なさや、ルート次第での運命など、よりリアルに近しいシビアな現実感の投影の中での痛みをマイナスとして評価するかは難しいところです。
 ただそういう欠点と言えば欠点とも言える(ライターとしては確信犯なのは疑いないんですが)点を差し引いても、それ以上に完成度と熱量、キャラ造型の精密さが凄まじいと感服したので、素直に満点を献上させていただきます。


★シナリオ(ネタバレ)

 正直な話、ネタバレとして書き出したはいいものの、なにをどこまで書くべきか、となると本当に難しい、複層的な角度から検討・検証ができる深みがあり過ぎる作品なのですよね。
 ぶっちゃけ、本文などから色々引用しつつ筋道つけて丁寧に、とかやってたら、普通に論文が書けてしまうレベルだと思いますし、数年前ならいざ知らず、今の私にその感覚を精緻に言葉に投影していく気力と体力と時間はないので、あくまでも外観的なところをサラっと触れる程度で勘弁して頂きたいな、と思います。

 とりあえず思うのは、本当に人の欠落には様々な条件や環境、生得的気質などが複合的に絡み合っていて、その多彩性がまた面白い、というところですね。
 三日月ルートのアニメってキラキラがベースだと思うけど、あれに対して輪がサラッと、家庭環境が複雑ならあんなものだ、っと主人公を評していたように、やっぱり一番そういう欠落を生みやすいのは家庭環境なのはあるでしょう。
 ただその程度も人に寄りけり、その中で何が欠けていくかというのも個々それぞれではあります。

 また一方で、他人より多感的であり過ぎたり、天才性に起因するズレだったり、そういう部分からでも欠落は生まれていく、というのを三日月(というか花井兄妹)なんかは体現していて、家庭環境はすごく真っ当に見えるのに、というのも、不思議ではあれ、その思想性をあれだけ切々と語られればなるほど、と納得できる面はあって。

 主人公の場合はやっぱりある程度カメレオン型というか、生得的な欠落と、家庭環境的な欠落を両方とも、程度としては大きくはないけれど保持していて、故にどちらの立場にも一面的に共鳴しやすい、その内側に潜り込むトリガーを保持している設定にはなっていると言えるでしょう。
 主人公の生得的な欠落、というよりは欠点としては、二分法的な観念からくる完璧主義的な部分が挙げられますし、家族環境の屈折はやはり父親の所業からくるものにはなるでしょう。

 ただこの父親の場合、そういう家庭を省みない在り方が加速したのはここ数年、という中で、少なくとも思春期前くらいまでにその欠落は明確にはなかったものとは考えられます。
 そういう愛着欠損は基本的には物心つかない幼い頃に形成されやすいとは言えますが、ある程度成長してからでも起きうるのが恐いところですし、実はこの在り方は結構私自身の体験からも刺さるものはあったりします。
 そして、その屈折が自己アイデンティティを揺らがせ、今迄は受動的に、求められるものをこなすだけで満足できていた自我が、能動的に、しかも答えの出ないものに手を伸ばしたことで、危うさを孕むものになっていった、というのが私の主人公像の大まかな解釈にはなります。

 そして、どういう形であれ生じた欠損を埋めるには、基本的に他者との関わりによって、柔軟性を学んでいく事が最大の薬になるのは自明のことです。
 どうしても自分の世界に籠っていると思想は硬直性を強くしていきますし、それを拗らせるほどに引き返すのも難しくなって、バッドエンドのありようなどは正に出口のない迷路に自分で嵌り込んで溺れていく典型例にはなっています。

 そこで思うのは、やはり人との関わりが必要としても、それは互いに能動的な想いをぶつけ合う建設的な関係でなくては意味がない、という事ですね。
 澄って子は、多分意識的に少し弥子に似せて作っているところはあるはずで、ぶっちゃけ最初出てきた時、弥子の成長した姿かと一瞬思ったくらいで、性格というか気質的な部分、また生育環境としても家庭状況から来る欠損がある、という部分で響くものはあります。

 ただ、弥子にあって澄にないのは、拒絶される事を恐れない勇気、になるのかなと思います。
 結局在り方として、弥子はきちんと相手のことをわかって、為にならないと思う事なら耳が痛くても諫言する勇気を持っているのに対し、澄は相手の全てを受け入れて従ってしまう、自己をかざして相手を変えていく勇気がない、という事にはなるのでしょう。
 そこは家庭環境として、欠落がある、というのは同じでも、愛された自信がある弥子と、おそらく虐待(それこそ性的なものまで含む)を受けていただろう澄の違いにはなりますし、それ自体は澄に罪はない話です。
 ただ結果論として、主人公が徹底的に硬直性を克服できずにいる流れの中で、誘蛾灯に群がるように澄の様な破滅型を救う事が出来ない女性が、ただ痛みと寂しさを埋め合う馴れ合いとしてそこにいた、というのは、似た者同士が惹かれ合うという人間社会の真実を突いているとはいえ悲しい限りではあります。

 逆に弥子に感化された場合は、ロックに見た理想を押し殺して、とはなるので、その点で歪と言えばそうなのですけど、ただその鬱屈した流れの中でも、間違いそうになった時に弥子なら正しい方向に手を引いてくれるだろう、という安心感があるのは確かですよね。
 この場合、何物にもなれない微かな後悔は残るのかもしれませんが、外的要因がない限りは平穏で幸せな一生は見えてきますし、また強引にでも諦める、という体験そのものが、主人公の硬直性を削いでくれているとも言えます。
 その完璧主義が、普通に生きる上ではかえって足枷になる、というのも、未来の台詞からしっかり投影されていますし、一番ちゃんとまともに恋愛しているルートでもあって、かつ互いが互いを好ましく思う部分がきちんと内面性に依拠している所も含めて好きなルートです。

 弥子を振ってロックの道に本格的に進んだ時は、途中で輪との分岐がありますけど、これはこれで示唆的な話ではありますよね。
 輪もまた別ベクトルでの欠落があり、刹那的な生き方が板についていて、それはそれで思考停止でもあり、虚無的とも言えます。
 その師匠の生き様と現在地にしても、そういう同じ方向性の辿り着く先として考えさせられるものではあり、そこに起因して、どうしようもない寂しさを埋めるように刹那の快楽に身を委ねる、みたいなところは、いかにも輪らしいところですね。

 ただそれを永続的なものにしようという欲は持てないというか、何かを持つことの歓びよりも失う事の怖さが先に来てしまう中で、関係性が踏み込んだものにならず、主人公自身もそこに引きずられたままで終わる、というのは半端ではあり、果たしてそんな風に一度完璧主義の対極的な在り方に共鳴した主人公が、三日月ルートの様な関係を構築できるかと言えば、それは多分無理なのだろうな、とは思います。
 それは三日月ルートですら、あれだけ関係が進むのに時間が掛かったように、三日月自身が自分自身の内面に向き合うので精一杯で、外向きに何かを変えていくエネルギーを効率的に生み出せないし、主人公自身からそれをどうこうする意思もない、という点からも、本当に難しい二人ですし、基本的に自分のルート以外の三日月って、どこかで自家中毒でダメになる気しかしないのは確かですよね。

 振袖三日月はべらぼうに可愛いんですけど、結局この流れだと、多分バランス取れてないから、たとえスカウトが来たとして、三日月に対して率直に君が必要だ、と言える気はせず、どっちかと言えば澄ルートに転がり落ちていきそうな気配ですからねぇ。
 弥子ルートだと支援スクール行くのかな?とか、澄ルートだと社会的成功はしていても、きっと心は空疎で一杯一杯なんだろうな、というイメージで、そのSOSシグナルすら感じ取れなくなっているあのルートの主人公のクズっぷりはやっぱりえぐいなと思います。
 結果的にそれは、自分を救う可能性でもあったはずなんですけど、変えなきゃダメなのに変えられない、そういう硬直性は、内面から人を腐らせていくのがよくわかります。というか身に染みます(笑)。

 選択肢もそのバランスが大切というか、積極的にロックの世界の様々な様相、観念を学び、そこから色々なものを感得していく事で、理想は捨てずとも、現実に即した妥協は出来るバランス感、そして時に理屈より感情を優先する人間らしさを剥き出しにする、弱味をさらけ出す強さが問われていたと思います。
 そのバランスが上手くマッチした時にのみ、自家中毒の三日月の想いを受け止められるだけの許容性が本当に意味で身につくというイメージで、ただ元々受動的な生き方をしていた主人公としては、許容性に関してはちぐはぐではあるのですよね。

 自身が拘る部分は中々許容幅を作れないのに対し、意外と肝要な部分もあって、ぶっちゃけ金田の傍若無人、社会的情緒が完全に欠落した在り方を可愛げと受け容れられるのは凄いと思います。
 勿論全体を通してみれば、欠落が大きすぎる故の楽観主義が救いになっている部分も大きいですし、地味にこの作品で、どのルートに行こうとある程度幸せを手にしているのは金田だけ、というのも意味深なところです。
 鰯の頭も信心からというべきか、曖昧なまま想いを素直に曝け出すという生き方も、この世界には許容してくれる優しさはあって、その優しさに頼れるか、甘えられるかというのも大切な要素ではあると思います。

 結局そういうのも二分法的では受け取れないというか、曖昧なところがなくこれはいい、これはダメの線引きが峻厳だったのを、ロックを通じての人との関わりが少しずつ柔軟にしてくれた、その一端に金田のような存在と、そしてロックが聳えていたとは言えるのでしょう。
 その意味でロックの意味と価値は、金田が言うように弱者の救い、という一面的なものではなく、大衆的でありつつメッセージ性が強く、音楽の深い素養がなくとも人の感性や価値観を揺さぶる暴力的な力と優しさが同居している部分にあると思えます。
 そういう色合いが一番強烈に出ているのって、作中の曲の中ではやっぱり『ぐらぐら』が突出している感じで、この曲の力があればこそ、読み手も主人公と同じようにロックの魅力と威力に引き付けられる、というのはあった気がしますね。

 弥子ルートの胡桃もロックに救われているように、僅かな勇気、変わりたいという想いに共鳴する力はそこにあって、それは確かに絶対的な音楽の神ではない、けれど個々人の心に棲む八百万の神的な価値は絶対にあると、その答えで納得に至れるか否かも、結局二分法的な考え方から少しでも脱却できているかは問われていると思います。
 結局花井兄妹ってそっくりで、とにかくほっとくとどんどん内面に潜っていって、複雑怪奇な思想の海でおぼれ死ぬ、三日月の言葉を借りれば真っ白な世界で窒息してしまうわけで、兄に対しては時間と思いへの理解が足りなかった、けれど妹に対しては?というリフレイン構造の中から、ようやく関係が前に進むというのもすごく完璧な理論構築です。

 それでも結局、ただ寄り添うだけでは二人が求める答えには辿り着かず、そこから犠牲を払い、改めて自己を見つめ直していく過程も必要だった言うのは本当にめんどくさいところではあります。
 だからこそ、二人がそれぞれにきちんと腑に落ちる答えを手に出来たラストに至る流れも本当に綺麗で素晴らしいですし、最後の最後の、「はじめまして!」が、文字通り生まれ変わったものをしっかりと投影しているのが最高でした。
 ヒロインとしては本当に尖りに尖ったヘンな子ですけど、音楽という舞台の中でしか生きられない特異性をこれ以上なく表現できていて、そしてその二人の納得と新生は、きっと数多くの人の心の闇を払い、前を向く勇気に還元されていく、その意味で音楽は人にとって絶対に必要なものなのだというメッセージ性の説得力含め、奇跡的なバランス感と完成度で成り立っている珠玉のシナリオだったなと思いますね。



キャラ(20/20)


★全体評価など

 かなり生々しく、人の弱さや醜さ、だらしなさも赤裸々に投影している作品なので、生理的な好き嫌いはどうしても出てしまう気はしますが、あまのじゃくというか、そういうキャラこそ強く主張してくる面もあるので、率直にキャラ性だけで゛こまで評価出来るのかは難しい点もあります。
 ただやはり、誰しもが与えられた環境の中で、そこから一歩でも先に進もうと必死にひたむきに足掻いている、時には甘え、頽れたとしても、ちゃんと支えを得て立ち上がっていく、そういう面での魅力は万全ですし、割り引くほどではないと思います。

 いちばん好きな子、となると実はちょっと悩むところもあるのですけど、まあシナリオ補正込みで言えば三日月一択、シンプルにキャラだけで言うなら弥子、かなぁ。ただ弥子の場合、ロックルートだと一切出番がないのでそこが物足りなさはありますよね。
 澄とかも見た目と性格的にはかなり好きだけどあのオチだし、他には未来とかかなり好きだったけどルートないし、色々考えるとやっぱりめんどくさかわいいの極致でも三日月になるのでは、という感じ。まああの感情の振れ幅の大きさは、いつも傍にいて欲しいタイプではないのはたしかですけれど。。。
 あ、あと風雅も好きですよ、なんだかんだで世話好きだったり、面白いキャラでしたよね。


CG(18/20) 


★全体評価など

 作風にマッチしてるというか、可愛過ぎず綺麗すぎず、勿論そういう魅力はありつつも、生きているキャラ性とシナリオ性に寄り添った情緒的な雰囲気がとても良かったですね。
 質量ともにそれなりですし、立ち絵はVN方式の分目立たないけど、服飾なんかは結構しっかり作り込まれていて良かったと思います。

 1枚絵は91枚とそれなりで、きっちりいろんな場面での感情を迫力十分に引き出せており、そこは画力をしっかり見せてきているなと思います。


BGM(20/20)


★全体評価など

 まあボーカルの圧巻な量だけでも満点付けていいところですし、質も当然しっかり伴っているのが凄いですね。
 シナリオでも書いたように、個人的にはこの作品の主人公と読み手がロックの取っ掛かりとして耳にする『ぐらぐら』の完成度と尖り方が最強だと思っていますが、それ以外でも相当に名曲揃いで、聴き込むだけであっという間に時間が過ぎてしまいますね。
 Dr,Flowerだと『はじまりのウタ』『Pandora』『Magic hour』あたり、それ以外だと『幸谷学園校歌』『ラヴェンドラ』『EverLasting』が素晴らしいと思います。

 BGMも全部で36曲と質量ともに充実しており、作風に合わせてロック調のものが多いですけど、そこも含めていい味わいが出ていると思いますね。


システム(9/10)


★全体評価など

 VNなので立ち絵などでの演出は薄めですが、やはりライブシーンの迫力と熱量の引き出し方などは卓越していて、個人的にはもっと自動オート使ってもいいのに、と思ったくらいではありますね。
 尖った作りなのは演出面でも一緒ですが、それを割り引いても臨場感を高く評価したいところです。

 システム的には流石にもうちょっと頑張って欲しかったですかねぇ。
 かなり長い物語ですし、選択肢も難しいので、今の時代ならシナリオジャンプくらいは搭載してあげても、と思いますが、そういう部分含めて昔ながらの、という信念の一端ではあるでしょう。


総合(97/100)

 総プレイ時間27時間くらいですね。
 共通が7時間くらい、そこから弥子分岐で4時間、ロック方面での共通の続きが3時間くらい、輪3.5時間、澄2.5時間、三日月が7時間くらいでしょうか。
 まあもう少しサクサク進められるところはありますけど、しっかりボイス聴きつつ文章も丁寧に咀嚼して、となるとこの位になった感じです。それだけ歯応えのある作品だったのは間違いないですね。

 まあこれが今の時代に受けるのか?というのは私にはわからないですけれど、少なくとも往年のキラキラファンには、あれがブラッシュアップされより爽快に、鮮烈に帰ってきた感覚は持てますし、ちょっとした世界観の繋がりでニヤッと出来るあたりも、CFならではの作風ではあったと思います。
 同時に、これが最後という中でシナリオ面は全権委任というか、隅から隅まで瀬戸口イズムに染まっている感じなので、このペシミスティックが強めの彩りがやはり好き嫌いは出てしまうだろうな、とは感じますけれど、道中不満や苦衷はあっても、出来れば最後まで頑張ってプレイして欲しい作品ですし、それだけの牽引力もあったと感じます。

 個人的には超をつけていい傑作でした。本当にありがとうございました。ロックは最高たぜ!!


posted by クローバー at 08:35| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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