パープルソフトウェアは、消長の激しいエロゲ業界においては、充分に老舗と名乗っていいメーカーであろう。
元々当たり外れの大きいメーカーでもある。
古くは秋色恋華、明日の君と逢うために、などがスマッシュヒットしているものの、地雷のイメージも強い。(あるととか、プリミティブリンクとか)。
特に明日君以降、ハピメア辺りまでは、色々内的にも外的にも迷走していた感はある。
パヒメア以降は持ち直し、作品の質や進行管理など、比較的しっかりしたメーカー、という印象になるだろうか。
個人的にも、アマツツミが死ぬほどツボに嵌った事もあり、最近は信頼して購入している。
今回は、メインライターに鏡遊さんを据えてきた。
オールドファンにとっては、明日君のメインライターとしてのノスタルジーの方が強い。
が、同時に、未来ノスタルジアでのゴタゴタの当事者でもあるので、ハラハラもしてしまう。
体験版は普通に面白かった。
だが同時に、それこそ明日君の頃を彷彿とさせる独特の掛け合い構文、キャラ文法は、令和の時代に受け入れられるのか?という懸念も感じた。
正にどう転ぶかわからない、「フラジャイル」なイメージを背景に重ね持つこのタイトル。
果たして如何なる出来だったのか見ていくとしよう。
★超私的採点・一言コメント
・シナリオ(22/30)
ラスボスは強かった。それぞれの「フラジャイル」要素を、丁寧に料理できていたと思う。
・キャラ(19/20)
明日君好きの私には悪くはないが、今の時代向きか?と疑問符はつく。パンチもやや弱い。
・CG(19/20)
克さん単独で安定感UP。極めてエロ可愛い。フェチ分はいつもよりは控えめかも。
・BGM(17/20)
全体的にまとまっているがインパクトはやや薄い。ただし「青空を抜けて」だけは別格に好き。
・システム(9/10)
独自路線だが悪くはない。もう少し回想まわりの利便性は追及して欲しいかも。
・総合(85/100)
やりたい事は出来ている。ただヒロインに魅力を感じるハードルが高め。
★目次
★テキスト
体験版時点でも思ったが、明日君から干支が一回り以上過ぎ行く今でも、鏡さんの文体は正に鏡さん、という感じだ。
とにかく、ヒロインが多彩なベクトルに尖っている。
古式ゆかしい身体接触を伴うツンデレは象徴的だが、それ以外にも、ヒロインズのゴーイングマイウェイ感は半端ない。
基本的に、常に主人公が全力でツッコミに回って息切れするのが、いかにもなスタイルである。
もっとも、その土台にあるのは、ヒロインの、主人公に対する甘え、とも言える。
傍若無人に振舞い、雑に扱っても、嫌われない、受け止めてくれるという信頼があればこそ、愛あればこそなのだ。
主人公も、意識的か無意識的かはさておき、きちんとそれを弁えている。
その上で、時には道化に回ってみたりと、上手くヒロインの多彩な表情を引き出すのに一躍買っている。
勿論シナリオの流れの中で、彼の背景にも色々暗い影は兆すのだが、それを日々の生活の中、表立っては見せない。
こう書いてみると、改めてなるほど、と思う向きがある。
それはこの前感想を書いたばかりの、かけぬけ★青春スパーキング!の、響と主人公の関係性だ。
響も基本的に我が道を行くキャラで、自由気儘に振舞っている。
でもあの作品の共通ルートでは、主人公側にそれを鷹揚に受け止める余裕が薄い。
結果的に巻き込まれて、なんだかんだ前向きにさせられるとしても、取っ掛かりの時点が「ツレぇ」なのだ。
響の信頼に対する共鳴度が、自身の大変さを隠せずに、ストレートにヒロインに見せてしまうところが、結果的にヒロインの印象に対しても足を引っ張っていたのかな、なんて思う。
話が逸れた。
この作品においても、ヒロインのやりたい放題に辟易する読者層は一定いるだろう。
時代はどんどんストレスフリーに走り、結果耐性を読み手から奪っていく。
その是非はさておき、このテキストはそういう時代性に迎合するスタンスは薄い。
勿論大した読み手でもない私程度にはわからない、細やかな創意工夫・変化はあるのだろう。
ただ、大枠としての芯の部分は変わっていない。そう思う。
芯がしっかりしている事で、作品全体の統一感も整理しやすいタイトルになっていると言える。
きちんとサブルートのライターさんが、鏡さんのテキスト文法を意識した台詞回しやリズムを、一定以上踏襲していると感じる。
勿論それぞれに独特の個性や味も醸しているのだが、芯がブレていないのでそれは決定的な違和感になっていないのだ。
細かい設定に齟齬が全くないか?と言われると、流石にそこは少し怪しい。
ただ、そもそもこの世界の魔法自体が相当に胡乱ではあるので、そのファジーさがいい意味で緩衝材にはなっている。
なので、根本の文法に対する合う合わないは出てくるだろう。
ただ、その振れ幅の大きさこそ、青春時代の壊れやすい心模様に噛み合う、等身大の色付けとも言える。
その根底にある人間原理と愛を、楽しみながら読み進める余裕が、読者の側にあって欲しい、と私は思う。
★ルート構成
どうしても今の時代、複雑なフラグ管理は流行らない。
ADV「ゲーム」と銘打つ以上、一定のゲーム性やギャンブル要素はあっていい、と私は思う。
だが、その辺りの「余剰」を紡ぐだけの余裕や体力がメーカー側にもないし、読み手の心の余裕も足りなくなってしまっている。
なにもかも温故知新、とは言わないが、この風潮は率直に勿体ないと思う。
その「余剰」がもたらすふくよかさや意外性が、ラノベやソシャゲでは取り入れにくい、総合芸術としてのエロゲの強みだと私などは思っているのだが。
という老害感溢れる書き出しからも、このタイトルも選択肢成分が薄いのはわかっていただけるだろう。。。
この作品の選択肢は、共通内で、それぞれにヒロインの心情に寄り添う形のものがひとつずつある。
その上で共通の最後に、そのハードルをクリアしたヒロインから一人を選択する形になっている。
最後の選択も、機械的なものではなく、リズの、貴方が自分の手で幸せにしたいと思えるヒロインは誰か?という問いかけに、心の中で応える形を紡いでいる。
これもかけぬけの時にサラッと書いたが、選択肢は物理的要素と精神的要素、両面から補完されるのが望ましい。
その点この作品は、その要素を最低限のラインではあれ、しっかりと満たしてはいる。
だから、かけぬけよりは余程マシなのだが、それでもやはり最低限、でしかない。
その上で横並び、となると、やはり個々のヒロインに対して、主人公ほどに読み手に思い入れが築かれるか?と言えば、それはノーと答えざるを得ないだろう。
特に今作は、幼馴染が二人と、明らかに過去に何かありましたムーブを醸し過ぎているヒロインが一人いて、お初にお目にかかりますヒロインはリズだけである。
もっともシナリオを進めると、リズも実はお初ではなく、少なくともリズの側には、主人公に愛着を示すプラス要素が隠れていたことがわかるが、それもやはり内情の話である。
もう少し、読み手にそのヒロインを選ぶ必然、というのを実感させる下地は欲しい。
それこそアマツツミみたいな、脱落式・階段式の構成ならば、選択肢が少なくともシナリオの流れと質次第でそれは賄えるのだが、こういうオーソドックスな横並び形式だと難しい。
時代性から限界はあるにしても、もう少し選択の余地を広げて欲しいな、とは思う。
その視座で言えば、明日君は非常にバランスが良かった。
キャラ性を多層化・成熟させる意味でも、共通での煮込みは大切だと思うし、どうしても共通が駆け足に感じてしまうのは残念である。
あとこの作品、明らかにせつながラスボス感を醸しており、実際にそうである。
ただ選択肢的な視座で言えば、おそらくだがせつなルートは、最初からプレイできる。
この感想を書く前に、今更にキャラ紹介ムービーなど見た。
そこでも露骨に、せつなラスボスだよー、と透音が紹介しているし、最後にプレイして欲しいヒロイン、というのはあるのだろう。
でもあくまでも、誘導はしても強制はしていない。
そしてせつなからプレイしても、他ルートの致命的なネタバレを食らう(リズルートはそこそこネタバレになりそうだが)、という程ではない。
ルートロック、という仕組みに賛否両論はあるだろう。
構造としても、プラス要素もマイナス要素もある。
ただ、かけぬけの橘花ルートでも指摘したように、あくまで書き手の都合で、恣意的にルートロックをするならば、それに見合うだけの、作品すべての要素を糾合し、より高いレベルに昇華したものを読み手は求めてしまう。
更に言えば、そのロックがきちんと内情に則っての必然性を帯びているのが望ましい。
では今回のせつなルートで、それが可能だろうか?
おそらく、出来なくはない。
しかし、それをすると、恐ろしく長くなる。
なにしろ、ただでさえせつなルートは、まともに過去回想編があるだけ長いのだ。
そしてきちんと、そのせつな固有の設定だけで、十二分に重く、面白い話に仕上がっている。
せつなの心情と立場としては、好きだけど向き合うことは許されない、という制約性も備えている。
ただそれはあくまでせつなの理由で、主人公が知り得るところではない。
リズにあのように問われて、むしろ後悔も含め、真っ先に頭に思い描く可能性が高いだろう。
そもそも論で言えば、重い過去のあるせつなと、幼馴染二人に対し、まともに出会って数日のリズが横並び、というのも違和感ではある。
勿論内面的に言えば、幼馴染たちにも言えない秘密を共有できる相手、という部分での引きを重視しているのだろう。
或いは無意識的にでも、過去のエリスとの関わりからの信頼と親しみの残滓があるのかもしれない。それならまぁ、バランスはギリギリ取れている。
そう考えれば、この作品はロックなしが正着なのだろう。
ロックしない、というのは、他ルートのネタバレや介入はしませんよ、という暗黙の了解にもなる。期待値のハードルをあげずに済むのだ。
この作品はそういう、設定面からの割り切り・振り分けは上手くいっていると思う。
その上で、宣伝的にはっきりと、せつなラスボスですよ、と言い切っているのだから、読み手としてはそれに逆らう必要もないだろう。
私も素直に、せつなを最後にプレイするのをお勧めする。
少なくともリズは、せつなの前にやっておくべきだろう。
★シナリオ全般
この作品のシナリオに共通するテーマは、タイトルからもイメージできるだろうが、「壊す」になると思う。
誰しも、一度紡いだ安定は大切だし、その居心地がいいほどに、壊れて欲しくないと願う。
けれど時は移ろい、人は齢を取る。子どもは大人になっていく。
青春、という時代に築く土台は、大人になって築くそれよりも、はるかに脆く、壊れやすい。
その脆弱さを本能的に理解しているからこそ、余計に守りたい、壊したくないと身構え、執着してしまう。
でも、既存の殻を一度徹底的に壊さないと、手に入らないものもある。
誰しもがそんな試練に直面するわけではないが、そこは物語だけに、主人公とヒロイン全員にその為の種子は植え込まれていて。
その種を、魔法、という触媒が発芽させる。
それぞれにベクトルと影響度は違えど、魔法がなければその形には辿り着かない、という関係性と着地点が、しっかりと準備されている。
それは主人公たち個々人のものと、世界像全体にまつわる要素が絡み合っている。
その天秤の危うさと怖さは、共通から端々で垣間見られると思うし、その匙加減も巧い。
ルート構成で触れたように、いざ恋愛、という視点での、読み手が受ける関係性の深化は少し物足りなくはある。
けどそれ以外の部分での関係性の深さと重さ、そしてそれ故に踏み込めない弱さというのは、しっかり理路で汲み取れるように出来ている。
この作品は、その臆病さ・弱さに共感しつつ、そこをどう壊していくのか、その過程を楽しむのが一番の醍醐味と言える。
その点で、どのルートも巧く仕上がっているし、細かい粗や齟齬はあるとしても、総合的に高いレベルでまとまっていると思う。
★共通ルート所感と、設定考察
@クラシカルなツンデレは令和に輝くか?
共通はドタバタコメディ感が強く、そしてキャラのアクが強い。
基本的に主人公に当たりが強く、扱いが雑で、本能に忠実なヒロインばかりだ。
今作は地味に、サブに至るまでその方向性が徹底されている。一点突破だ。
明日君での璃々子的な、癒し系おっとりヒロインがいない。まあ璃々子も妄想系暴走枠ではあったが。
これは実際、昨今のキャラ造型のスタンダードからはズレているだろう。
とにかく今は、ヒロインの角をなるべく削って(或いは内側に向けて)、けれど個性まで削がないように腐心するパターンが目立つ。なるべく敵を作らないメソッドである。
そう考えると、今の時代に、特に氷緒などは刺激の強いヒロイン像だろう。
文字通りクラシカルなツンデレで、攻撃性を強く保持している。
まあ単純な暴力ではなく、あくまでも主人公との絆の一環としてのプロレス技、という位置づけではある。
でもそもそもからして、今の時代にプロレスが好きなヒロインってレア過ぎる気はするし、冒険的だなーと素直に感じた。
他ヒロインの天衣無縫さも中々であり、それを一々尻拭いし、窘め、支える主人公の東奔西走ぶりは、見ようによっては痛ましい。
ドタバタもヒロインの暴走が起点になることは多いのだが、それを甘えの範疇と見做せるか、その閾値は読み手によって違うだろう。
特に共通ルートはその色合いが強い。
それは取っ掛かりとして、ヒロインの魅力がストレートに伝わりにくい、という弊害を生んでいるようには思う。
ギャップ的な魅力が、振れ幅の大きさに比例するのは、古今東西どんな物語でも共通する要素だ。
ただやはり近年の傾向で言えば、幅の大きさだけを重視して、無造作にどこまでも落としていい、とはいかない。
その意味で、取っ掛かりそのものはプラスファクターであるのが望ましいとは言える。
うんうん可愛い⇒あれ?でもちょっと壊れてるぞこの子⇒それでもやっぱり可愛いなぁうんうん、という流れ。
うわっ、のっけから壊れてやがるぞこいつ⇒おや?でも意外と可愛いところもあるな、という流れ。
尻上がり型のヒロインの魅力と爆発力が侮れないのは事実だ。
でも多分、最近の風潮だと、高いレベルではプラス面を維持しつつのギアチェンジ型の方が受けはいいのだろう。
あくまで個人的に言うなら、今作の尖り具合は、いいぞもっとやれ、くらいのスタンスである。
根底に愛情や思いやりが嗅ぎ取れる限り、諧謔的な要素を多く含む言葉の暴力性は、しっかり翻訳して汲み取れるつもりである。
でもそれは、読書で言う行間を読むとか、裏を取る要素に通ずるもので。
あくまで文言を文字通りに受け止めてしまえば、という懸念も出てきてしまうのが現代ではある。
クラシカルツンデレは令和でも輝くか?
この作品のヒロイン像は、令和のエロゲの在り方・方向性に、一石を投じるものになりそうである。
A世界像に見る魔法の位置づけと、歴史的背景
創作において、魔法とは便利であり、故に諸刃の剣でもある。
現実では起こり得ない事情を発現できるために、発想次第でいかにも面白く出来る可能性を秘めている。
しかしその発想の裏づけを作品内で怠ると、完全なるライターの独り相撲となり、作品全体の説得性を著しく損なう。
昨今、現実依拠と物語性を同居させる作品は少ない。
イチャラブ特化のキャラゲーならばともかく、シナリオゲー、という色合いを多少なり帯びる場合、やはりどこかに非現実的な要素が絡んでくる場合が多い。
それは、非現実性が、現実依拠ではどうしても達成しえないような「幸せ」の形を希求しやすいからだろう。
ハッピーエンド至上主義、なんて言葉もあるように、近代においてビターエンド、バッドエンド一本鎗はもはや絶滅危惧種だ。
現実依拠において物語性を追求すれば、幸せにほど近い果実を得たとしても、ある程度痛みを引きずる事は避けにくい。
最近では「MUSICUS!」など典型的だろう。そしてこの方向性を突き詰めれば「WHITE ALBUM2」になる。読み手の精神力が試される領域だ。。。
近代の創造性のベクトルは、如何に非現実の中で、リアリティを感じさせつつ、完璧な「幸せ」に辿り着くか?に偏ってきている。
「なろう」系のブームなど見ても、現代社会が疲れていて、それだけに物語の中でくらい、普通では出来ない事、無限の可能性を希求したい流れは年々強まっていると感じる。
その必然として、供給飽和と、画一性の問題も生じてしまっている。
元々エロゲという媒体は、枠に囚われない自由な表現が売りだったが、今の時代、そのお株は他のメディアに蚕食され、それだけでは強みにならなくなってきていると言える。
底の浅い発想程度では、いくらでも類似の秀作がごろごろ転がっている中で、エロスもあるよ!だからシナリオが雑でも幸せにはするから許してね、てへぺろ♪とはいかないのだ。
制約の多い現実依拠で、優れた物語を紡ぐのはとても難しい。
けれど今は、ファンタジー要素も昔以上に、生半可なものでは簡単にお涙頂戴とはいかないシビアさがあると言えるだろう。
話を本作、青春フラジャイルに戻そう。
そういう厳しい観点で見ると、この作品の魔法の使い方は結構ファジーではある。
少なくとも機能的な面では、はっきりとした線引きは薄く、何が可能で何が不可能かも掴みにくい。
ただ、そこはファジーである代わり、魔法の立場としての制約はある。
余人に知られてはならないという掟と、それでいながら現代社会にも跋扈する過去からの影響によって縛られているのだ。
そしてそれは、「わるいまほうつかい」の存在に帰結する。
せつなルートで明らかになるように、「わるいまほうつかい」とは、人が生きている限り、どうしても防ぎようがない、一定以上の不幸が誰かに降りかかるたび、自動的に生成される仕組みになっている。
それを誰かがかつて悪意的に紡いだのか、土壌が自然発生的に保持していたのかは詳らかではない。
ただ少なくとも、この土地に脈々とそのシステムが息づき、それを対症療法的にでも阻止するために、メイサースの祖先がこの地に居を構えた、という流れは確かなのだろうと思う。
ともかく、その結果生まれたのが、不幸をガソリンとして発動する魔法体系になる。
通常のそれが、ある程度自然界からの力を引き込んで使える、という設定であり、その分出来る事の限界はあるのに対し、こちらは因果そのものにまで干渉できる力がある。
それは、人知では救いようのないほどの不幸すら覆せる力だ。
しかし同時に、不幸というガソリンがなければすぐにガス欠になってしまう。つまり、単純に不幸を幸福に転換するのではなく、不幸の在り方を差し替えるだけ、とも取れる。
せつなと「わるまほせつな」との関係性は、解釈が難しい面も多い。
本来は表裏一体である存在が別個に在る事、その分離のきっかけが一年前の主人公との決別にある事は確かなのだろう。
おそらくそこには、不幸の差し替えが絡んでいる。
元々せつなは、死の不幸を逃れる代わりに、失語症と両親の死に対する罪の意識をずっと背負ってきた。
ただ、一年前の教会のシーンで主人公に突き放され、せつなはその罪の意識を踏み越えて、語りたい、という想いを得たのではないか。
その事が、本来分かち難いわるまほの在り方との齟齬をきたし、別個の存在として確立したと考えられる。
ただ、せつな自身が死の不幸という借財を背負っているのも確かで、ならば新生せつなもその代替となる不幸を保持していなくてはならない。
自覚があったかどうかはさておき、その結果として、せつなはストーカーにならざるを得なかったと思える。
他ルート、特に氷緒ルートで顕著だが、愛する人と共にいられない、というのは、充分に大きな不幸として成立する。
不幸の形が物理的なものと精神的なものに大別できるとして、ただわるまほがガソリンとするための不幸は、その質に影響を受けない。
まあ厳密に言えば、物理的な影響をどう感じるか?も、人間の心のありよう次第だ。
なので、最終的な質は同一、とも見做せるが、ともあれ、恋愛面での辛さも充分に等価交換の関係性を紡げるのだ。
そして、「わるまほ」の存在意義は、不幸を媒介に幸せを紡ぐことにある。
ただしその結果として、別の形での不幸が現出しなくてはならない。それがない限り、永続的に幸せを維持出来ないからだ。
ではなぜ、せつながあの時に分離したのか?
それはおそらく、不幸を媒介にして、違うベクトルの不幸を呼び込んだからだ。声を取り戻す代わりに、叶わない恋の痛みを背負い込んだのだ。
魔法は想いの産物であると同時に、定義に縛られるものでもあるのだろう。
故に、「わるまほ」としてのルールを踏み越えて奇跡を発現させた時点で、せつなと「わるまほせつな」は共存できない存在になったのだ。
そしてそれは、せつなルートラストシーンの、「わるまほせつな」の消滅とも関係性がある。
あの時の「わるまほせつな」は、はじめて自身の幸せを触媒に、幸せな未来を呼び込んでいるのだ。
これはこの作品において、決して魔法が代償を必要不可欠としない事を示している。
そもそもリズや主人公が用いる魔法は、自然界のエネルギーを転用するものでもある。
無論それは局地的な観点で、巨視的に見た場合、世界像そのものの中では、エネルギー保存の法則は厳密に働いているのかもしれない。
想いの力の増幅や、幸せから幸せを産むような在り方は、世界のどこかに歪をもたらしているのかもしれない。
ただ結局、感知されない不幸はないも同然だ。
少なくとも作中で、この世界像における魔法の在り方を、画然と定義はしていない。誰も言及していない。
「わるまほ」にしても、一定以上の不幸があった時に発現する存在、という定義はある。
ただその根源が人為的なのか、自然発生的なのかに言及していない以上、世界像の確立に対する手がかりとしては根拠が弱いだろう。
ともあれ、この作品における魔法は、設定そのものから強烈な説得性を産む、とは言えない曖昧さの上に成り立っている。
それでも一定の枠組みはあるし、それを踏み越える時は、それだけの事が起こり得る、と読み手に思わせるだけの「想い」をしっかり担保にはしている。
要するに、魔法という非現実を用いる中で、読み手が求める匙加減にはある程度寄り添えている、と思える。
細かく見れば、「わるまほせつな」のスタンスなど含めて悩ましいところもあるが、そのあたりはここまでの前提を踏まえて、個別ルートで語るべき事柄であろう。
Bそれぞれの「フラジャイル」な要素を考える
前置きが長くなり過ぎたので、この辺りからは巻き気味に行こう。
リズの「フラジャイル」は、「魔法」そのものだろう。
魔法が禁忌とされ、ごく一部の人にしかその存在を知られる事が許されない世界。
その中で、自身の魔法を制御できずに、呼吸をするかの如く魔法を行使してしまう在り方は、確かに危険なものと言える。
氷緒の「フラジャイル」は、「関係性」という事になろうか。
立ち位置として透音とも近いが、こちらの方が純粋に、幼馴染としての形からの転換に一点特化している。
それと同レベルで、家族、引いては家業にまつわる問題も付随する。どちらにせよ、今も大切であるが故の苦悩が軸になる。
透音の「フラジャイル」は、「宿命」に他ならないと思う。
関係性の変化を強く望めない、という意味では氷緒とも近しいが、こちらの方が過去に起因する「囚われ」が強い。
無意識的なそれが顕在化する事で連鎖的に派生する苦難に対しての、それぞれの向き合い方がポイントになっている。
せつなの「フラジャイル」は、「心」或いはそのものズバリ「トラウマ」と言っていいだろう。
生半可ではどうしようもないものに対して、いかなるアプローチならば打開が可能なのか?という部分での破壊力が見どころである。
「フラジャイル」という単語には、いくつかの意味がある。
この作品は、その多彩な意味を上手く散りばめ、当て嵌めつつ、最終的にはそれを「壊す」方向に誘導していく。
既存のものを壊さなくては、新たなものは、より輝かしいものは手に入らない、というのは、ある意味痛みを伴う流れではある。
作品のモチーフにガラスが多用されているのも、特にせつなルートで顕著なのも、その意図と度合いを象徴的に示していると言える。
そしてタイトルの扉絵や、パッケージにおいて、ヒロインがそれぞれの形でそのガラス=個々の「フラジャイル」要素を壊しているのが見て取れる。
リズは魔法で。氷緒はキックで。透音は体当たりで。せつなはパンチで。
それぞれのスタイルの違いは、その破壊行為に対するフィードバックの度合いを示していると言えそうだ。
ちなみに最後の選択肢も、この扉絵のヒロインの上から順に表示される。そのあたりからも、この順番が推奨される、というのが透けて見える。
この辺りの暗喩的な要素を踏まえつつ、個々のルートをサラッと見ていくとしよう。
細かい部分は日記でもちょこちょこ触れているので、良ければそちらも参照していただきたい。
★個別ルート感想
@大枠評価
個別評価としては、せつな>>>リズ=氷緒>透音くらいのイメージになる。
純粋にせつなルートだけ尺も質も抜けている。せつなの為の作品、と呼んでも過言ではないくらいだ。
他の三人も水準並みの出来ではある。
ただどうしても共通からの流れで、ヒロインそのものに深い愛着を築きにくい面はネックになっている。
その上でそれぞれのルートも、良いところと悪いところがあり、評価を難しくしている。
最終的には個々人の趣味に帰結するかもだが、私としては正直、「好き」と言えるルートはなかった。
Aリズ・氷緒・透音ルート感想
リズルートは、唯一まともな魔法使いなのに、一番魔法に翻弄されているルートでもある。
そして恋愛的にも、読み手の認識が追い付きにくいルートである。
そもそも、いきなり天窓から落ちてくるヒロインという造型も中々にクラシカルである。
挙句それを受け止めたのがせつなって言うのもね。というかあの時、実はわるまほちゃんがブースト掛けてたのでは?流石に落下してくる女の子をお姫様抱っこは無理だろ。。。
まあ上でも書いたように、主人公にとっては、魔法という存在を秘密にしなくていい、というだけで親近感を抱けるキャラ像ではある。
せつなにも魔法バレしているけれど、彼女の場合、この時点ではそもそもまともに向き合える立場と心境ではない、というのがある。
むしろ半端にそういう存在がいる事で、秘密を抱えているのが当たり前、という在り方に罅が入って、余計に息苦しくなっていた感はする。
実際、まともに魔法が使えないなりに、せつなと出会うまでの主人公は、自分の役割にそれなりに前向きに取り組んでいた。
せつなとの事件がそれを転換させてしまったのは事実だろうし、多角的な意味で、より魔法が重荷になっているのが、無気力の要因ではあったのだろうと思う。
だから、リズが迷惑ばかり振舞う存在であろうと、主人公にとって救いになっていた面は否めない。
でもその背景がわからないと、あの時点での選択肢で、不幸にしたくない大切な相手としてリズを挙げられるか?となるし、読み手の感情とリンクしにくいのは間違いない。
そのあたりに加え、母親の使い魔が介入してきてのリズの過去と、その魔法の危険に対処するやり方が、魔術的であるとはいえ、無理やり恋愛を意識させるようなやり口でもあり、強引だ。
リズの場合は、元々監禁されていて世間知もない、人付き合いもない、という中で、色々はじめての経験の中、コロッと男女を意識してしまうのはわかる。氷緒もだが、チョロインである。
でも主人公も、それにかなり引きずられ過ぎ、って気もするのだが。
まあ短い期間でも気の置けない関係ではあるし、過去のエリス絡みでの無意識的な信頼も、とは書いたけど、あれだけ身体接触があってもそよとも靡いてもらえない氷緒が実に不憫ではある。
キスの魔力は偉大だ、という事か。
しかしこのルート、そうやってくっついて、じゃあそこから「わるまほ」の謎究明に乗り出すか、と思えばさにあらず。
むしろ両想いになった事で、リズの想いが更に暴走し、その結果として魔法バレの危機をもたらしてしまうという、ズッコケな流れに持ち込んでしまう。
挙句、どちらかと言えば「わるまほ」に助けられてしまっているのだから、情けないと言えば情けないルートである。
しかもリズの場合、「魔法」を抑え込むのではなく、飼い慣らす、という、気持ちの転換の中で自身の「フラジャイル」は達成できており、その克服自体に痛みがほぼ生じていないのは、暗喩からも読み取れるところである。
勿論結果として、親しい人とのしばしの別離、という代償は伴っている。
でもこれ、実のところ苦しみや痛みを背負ったのって、見た目通りに透音や氷緒の方が度合い高くね?とはなる。
正直、イチャラブバカップルが暴走して、周りに迷惑をかけた、って話なのだ。偉大な魔法使いの肩書は形無しもいいところである。
「わるまほ」は、存在理由そのものとして不幸を触媒にした魔法を行使する。
それは決して悪意ではなく、幸せを願うものではあるが、同時に代償も求めるものである。
せつなルート以外の「わるまほ」の立ち回りは、ある意味で分かりやすい。
刹那ルートで、「わるまほ」もまたせつな、と語られているように、根源的には主人公に不幸になって欲しくない気持ちと、同時に誰かに取られたくない気持ちが混在している。
だから基本的には、「わるまほ」は致命的な不幸を回避させつつ、ヒロインと主人公に距離が出来る状況に持ち込んでいる。まあ可愛い嫉妬と言えばそうなるのだろう。
同時に、それを乗り越えてでも、という想いを示せれば、という試験的な様相も見せているのが、わるまほせつなの複雑怪奇な乙女心のなせる業である。
ちゃんとこのルートは、二人の力でその壁は克服している。その点では及第点である。
ただやはり立ち位置的に、もう少し魔法の根幹やわるまほの在り方に肉薄しそうに思えていただけに、肩透かしルートでもあると言える。
CVは秋野花さん。もはや紫とは切っても切り離せないメインキャストと言える。
幅広い演技力、感情表現の豊かさは流石の一言だし、改めてこういうとぼけた感じのヒロインにはめっちゃ声質が噛み合う。
特にエリスはくそ可愛かった。色んな意味でエリスがいてくれたことで救われた部分が多い。。。
ぐぬぬ、結局一々長くなってしまう。
次は氷緒ルートだが、クラシカルツンデレの延長戦ではあるので、序盤は特に痛々しく悩ましい。
このルートは保住さんらしいが、特に序盤は共通の雰囲気との連関性を重視し、自分の色を抑えてのライティングになっている。
だから、個別と言ってもすぐに氷緒のツンがマイルドになることはなく、その流れの中で惹かれていくイメージと両居させるのに苦労している感は強い。
展開としても、共通からこっち、幼馴染という認識の殻を打ち破る、劇的で鮮烈な何かがあるわけではない。
故に、余計にどうして共通の時点で、氷緒に心が傾いたのか?というのがわかりにくいのはある。まあそれは透音も同様だが、あちらの方がわざとらしく説明付けはしている。
こっちはそれに対し、あくまでも二人「らしさ」の延長線の中で、想いの堰が溢れたように、という雪崩れ込みを採用しているので、余計にヒロインに思い入れがないと、という感じはした。
付き合い出してからは、普通に保住節全開でデレデレ可愛くなるので、その点は問題ない。
後はこのルートのもう一つの鍵である、さくらのみやとの関係性である。
状況的に言えば、不況でいつ潰れてもおかしくないから、あたら若い二人を巻き込みたくない、って配慮は、やり方は良くないとは言え、まあわかる。
氷緒の思い入れも複合的なものがあり、しかもそれが固着化していて、中々絡み過ぎてほぐせないのはあり、それが感情のすれ違いに大きく寄与している。
結局巨視的に見ると、どんな形であれ失いたくない、傷つきたくない、という、氷緒の弱さが全ての原因には感じる。
しかしこの作品において、氷緒というヒロインは、そういう喪失の不安を、愛着の不安定性を抱く根源的な理由づけってされていたろうか?
姉妹の絆ばかり強調されて、両親が出てこないというのはヒントにはなるが、実際にもういない、なんて話出てきたか?ちょっと覚えてない。
ともあれ、喪失体験があって、だからこそこれ以上、となるならともかく、それがはっきりしないのにここまで怖がり、というのは、生来の性格にだけ紐づけては、物語的要素と説得性に欠ける。
まあ、あれだけ身体的接触があっても、まるで女として意識して貰えない、という歴史の積み重ねが劣等感の根源だと解釈すれば、主人公にも大いに責任はあるとは言えるが。。。
実際、氷緒の「フラジャイル」は、蹴り破れるものなのだ。
思い切りさえあれば、さほどの痛みも伴わずに貫けるものなのだ。
このルートで「わるまほ」が二者択一を突き付けたのも、そういう氷緒の弱さに付け込んでいる。
当然理路としてもリズルート同様、主人公の幸せと、それでも他の子とくっつかせたくない嫉妬感が同居していると言える。
その流れの中で、このルートは、主人公の想い=魔法を、状況を打開する決め手に持ってきている。
それは正直、保住さんらしいつくりだなー、って思ったんだけど、ただここで主人公が主体で氷緒の壁を打ち壊す事が、総合的なテーマと多少齟齬をきたしていないか?というのは気になった。
この作品を統合的に捉えるならば、二人で力を合わせて壁を乗り越えるにしても、主体となるのはヒロイン側であるべきだと思う。
主人公の設定が、「大した魔法を使えない魔法使い」である事も、解決の主軸としての存在ではない事を示している。
確かに、魔法は局地的に見ればトレードオフの関係性ではないと、上で論証した。
でもそれは、余程のものでないと、覚悟が伴わないと引き出せない、奇跡的なものである、というのも、せつなルートを基準に考えるなら間違いはないと思う。
じゃあこの、氷緒ルートラストの状況で、そこまでの覚悟を求めて、となるだろうか?
まあ「わるまほ」が、主人公の覚悟を試している節もあるから一概には言えないにせよ、ここでだけ、安易に、主人公の魔法ブーストなんて力技は用いるべきではなかったように感じる。
結果的に、氷緒自身の覚悟と気概、という部分での成長・強さを明確にしきれていない、というのもある。
優しさだけでは女の子の複雑な心は救えない、という、せつなルートの厳しさを垣間見た後だと余計に、このルートの着地はぬるま湯に感じる。
無論世界像そのものがそうであるなら一切問題はないのだが、この作品においては、なまじの優しさが、作品としての弛みになってしまっている気はどうしてもしてしまうのだ。
例え氷緒を劣等感の塊にしたのが主人公の責任であっても、自分の弱さを克服するのは、やはり自分自身であらねば、その後も対等な関係を望みにくいのではなかろうか?と考えてしまうのである。
CVは小鳥居夕花さん。マイレジェンドですな。
最近ややメイン級が少なくなってきていて悲しみもありつつ、やはり大好きな声で、これだけきついキャラ像でも問題なかったのは声の力が大きい。
本当にツンデレははまり役というべきか、きつい物言いの中に優しさや弱さ、素直になれない葛藤を滲ませるのが抜群に巧い。
ツッコミ役としても八面六臂の大活躍だし、他ルートでも色々存在感はあって、眼福ならぬ耳福のシーンも多々あったのでその点は満足している。
透音ルートは、当初の印象以上に重い設定と展開を持ち込んできたな、とは思う。
正直病弱設定が共通では微塵も出てこなかったので、かなり後付け感はあってそこは気になるけれど、だから、という意識付けにおいては妥当な線ではあったように感じる。
ただし、このルートの「フラジャイル」は、単純に恋愛に起因したものではない。
どういう形であれ、主人公の傍にいて、その助けになる事。その透音が強く信じる存在意義の根源を知り、その覚悟を共有するか否か、となる。
正直、このルートで主人公のポンコツ魔法使いの原因が出てくるとは思っていなかった。
ただそれに対する伏線があまりにも少なく、唐突に出てくるのはネックである。
勿論それが顕在化する、透音の刹那的な死の情景も、正直超展開、と言われても仕方ないくらいにいきなりだった感はある。個人的にも、はにはにかっ!くらいに思った。。。
だから驚きはするのだが、半分疑問符と同居していて、そのハラハラ感に乗り損ねてしまう感じは否めない。
結局、このルートは少し魔法を便利に使い過ぎている気はする。
わざわざ魔法の流れの説明などリズにさせているのも恣意的ではあるし、状況から逆算してイベントを組み立てているので、共通からの流れで自然さが薄い。
そして微妙に、ではあるが、このルートの「わるまほ」の立ち回りも違和感はある。
まあ不幸の香りを嗅ぎつけて姿を現し、別れるように焚きつけるのはらしいと言えばらしい。。。
ただ、透音の覚悟に対してのサポートというか、前払いのサービスは、それでいいの?って話にはなる。
突き詰めれば、透音の「フラジャイル」は、死の運命そのものである。
共に在らねば、の強迫観念も、結果的にはその運命を回避するために用いられた魔法に起因するものだ。
恋愛、というファクターも積み重なった事で、それは、そうであるべき、から、そうでありたい、という希望に昇華はしたと思う。
それもまた小さな「フラジャイル」ではあり、けどそれはやはり、全身全霊で、体当たりでないと貫けないほどのものではないだろう。
でも、死の運命など、普通の人間がどう足掻いても壊せるものでもない。
だからこそこのルートは、超常の力に頼るしかないのだ。
あくまでも、意志の主軸は透音にある。透音の覚悟が、主人公にも腹を据えさせている、その流れは正着である。
けれど、その想いと覚悟をぶつけるだけで、「わるまほ」が絆され、先払いに見せかけて魔法を使って救ってくれるのも、やっぱり甘っちょろい展開には思えてしまう。
まあ大元がせつなだからなぁ、と言えばそうなのだけど、「壊す」というより、「壊してもらった」ルートになってしまうのは、少し弱さを感じる面ではある。
その後の不幸の嫌がらせで回収する必要とか多分ないだろうに、敢えてそうしているのは、二人の関係を認め、祝福しつつもやっかみは止められない乙女心の発露と見做すべきか。
ぱっと見だとここが相関的に見えてしまうのが、全体像を把握する上での引っ掛かりにもなっている。
この点でも少し罪作りなルートだし、個人的な評価としては一番微妙、とならざるを得なかった。
CVは小波すずさん。実はずっとこなみだと思っていたのは内緒の秘密だ。。。
最近こちらで良く出没するし、評価されているのだとは思うが、うーん、ちょっとあざと可愛さを前面に出し過ぎていたような気も。
うるさい、という程ではないのだが、高音域での響きがもう少しコントロールされていれば、と思わなくはなかった。
これまでのプレイキャラが軒並み静か寄りだったので、そのギャップに面食らったのもあるかもしれない。
Bせつなルート感想・まとめ
せつなルートはやはり、この作品の白眉であるし、最後にプレイすべき話だ。
非常に重い過去を持ち、不幸を渡り歩いてきて。
その流れに主人公が過去に携わった事で、主人公の在り方自体も捻じ曲げてしまっている、作品の根幹を織り成す立ち位置のヒロインになる。
その複雑な現況を、ストーカー、という立場に集約させたセンスは半端ない。
そういう形でしか傍にいられない、という悲哀と不条理を、抜群にわかりやすく提示出来ている。
その立場を盾に、ふざけ、おどけ、明るく演じる事は出来る。
後ろからなら、抱き着くくらいきっと許される。
けれど、正面から向き合う事だけは許されない。
過去が追いかけてくるのに、向き合うことは出来ない。
わかっていても、思いは募る。
なまじ根幹の想いが透けてしまっているからこそ、見えないふりをし続けるのは難しい。
この時点でのせつなは、既に「わるまほせつな」とは切り離された存在ではある。
ただ全く繋がりがない、断ち切られた存在でもない以上、そういう鬱屈は、蓄積された想いは、「わるまほせつな」にもフィードバックしているだろう。
他ルートでの「わるまほせつな」が、主人公の恋路を邪魔するような志向性を持って状況に介入している事。
やはりそれは分離以降の、せつなが抱く切なく狂おしい慕情に起因し、影響を受けていると考えた方が正しいと思う。
そういう面を踏まえると、主人公がリズの問いに、最初に思い浮かべる存在としては、せつなは一番妥当とは言える。
そして、一度でも考えてしまえば、恐る恐るでも、かつての地雷を踏み抜かないように注意を払いつつ、距離を縮めたくなってしまうのも、致し方ない事だろう。
正直このあたりをプレイしている時点で、せつなを死の運命から遠ざけているのが、叶わない恋の痛みにあるとは考えていた。
不幸の渡り歩きの構造もなんとなく見えていたし、じゃあいざ結ばれてしまったら、当然その運命が牙を剥くのだろうと考えていた。ただし、外因的に。
結果、このシナリオは、私の陳腐で生温い想像を凌駕して、厳しく過酷で痛々しかった。
幸せになればなるほど、内在的な要素がせつなを死に向かわせる。しかも、主人公を巻き込んで。それは外因的であるよりも、余程魔法の根幹に根付いたシビアな状況と言えるだろう。
トラウマとは、痛みのフィードバックである。
生々しい死の恐怖や、喪失の痛みの再現。それは正直、当事者でなければ決してわからないもので、同時に自分でコントロール出来ない不条理なものでもある。
本来それは、長い時間をかけて治療していくものだ。
それでも完治は難しいと聞くし、それこそガラス細工のように、一度粉々に砕けてしまえば、それを完全に元に戻すのは難しいのだろう。
そしてこのルートにおいては、そんな悠長に回復を待っている時間はない。
何しろ自分の心そのものが破滅を、幸せな今を抱いての心中を望み続けてしまうのだ。
よしんばそれが少し緩和できたとしても、そもそものルールとしての、死の運命はどこかで二人を飲み込んでしまうだろう。
その解決策として、このルートの「わるまほせつな」は、改めての二人の融合を提示している。
これは単純に、システムとしての立場に戻れば、その想いと死の運命は相克し、主人公に害は及ばないと推察できるし、同時に「わるまほせつな」は、分離したせつなに対しても嫉妬感を抱いている証左にもなるだろう。
そのアプローチに対する主人公の選択は、極めて勇敢で、強い想いに裏打ちされたものであった。
畢竟トラウマが過去の痛みであれば、それ以上の痛みや恐怖で上書きしてしまえばいい、と。
それは一歩間違えれば、自身にも死をもたらす乾坤一擲の手段ではある。
その上で、過去のせつなの分離から見る、奇跡の現出を裏返して再現できる可能性も微かに見出していたのだろう。
つまり、ふたりのせつなに、自身の覚悟と想いをこれ以上なく強くぶつける事で、せつなの本音の本音を、生きたいという根源的な強い想いを引き出す事に成功したのだ。
その想いなくして、幸せから幸せを産む魔法の行使は不可能だったろうと思う。
きちんとエリス、という保険も置きつつ、それでも主人公は、自分の想いと意思を赤裸々に、情熱的にぶつけた。
せつなもそれに応え、自分が更に傷つく事を厭わずに、自分を捕えていた檻を殴り壊したのだ。
正に二人三脚、二人で綺麗に力を合わせ、それでいて余計な上乗せの力は用いていない。絶妙なまとめ方である。
脇キャラの使い方も含め、このルートだけなら名作と呼んでい出来にあると思う。
CVは東シヅさん。
タイプ的にこういう幅の広いキャラははじめてだが、全体的に巧く演じられていたと思う。
馴れ馴れしい言動と裏腹に、声音に宿るそこはかとない素っ気なさと距離感が、ある意味ではらしさを醸していたと思うし、悪くなかった。
極限的ななにかを求められたほどではないが、メインヒロインとしての存在感をしっかりサポートできていたと感じる。
総合的に、やはり振り返ってみるとせつなルートが全て、とならざるを得ない面は強い。
勿論それぞれに面白さはあったものの、どこかしらバランスの悪さや齟齬も感じて、歯切れの悪い感想になってしまうのだ。
結局、この作品は設定からしてせつなの為にある、とは言えるので、それは仕方ないのかもしれない。
敢えて言えば、この作品も構造的には脱落式の方がマッチしていたのかもしれない。
もう少し共通で、個々の在り方に対するアプローチがしっかり出来ていれば、更に面白くなっていた気はする。悪くはないのだが、一点突破過ぎてバランスがやや悪い作品になっている、と思う。
★キャラ
基本的にヒロインは主人公に対して当たりが強く、言動行動が刺々しい、というのはネックである。
それをフォロー出来るだけの面白さや、圧倒的な魅力があるか?というところで、個人的には少し足りていない気はした。
勿論個性は豊かだし、印象度は強いが、ベクトルが似通っていて、どうしても画一的な色合いになってしまっている。
せめてサブにでも、ガラッと色合いの違うキャラがいれば良かったのだが。まあその場合、どうして非攻略なのー、と文句言うのは間違いなさそうだ。。。
シナリオでは当然せつなが一番だが、じゃあせつなが大好きなヒロインか?と問われると、正直そこまででもないのだ。
見た目では勿論透音が一番なのだが、実はこの子もロリキャラとしてはあまり刺さってこなかったりする。
氷緒やリズは、CV補正もあって可愛いとは思っているが、やはり総合的に見て突き抜ける程ではない。
そんなこんな考えていくと、私にとってこの作品のキャラは微妙にフィットしなかったのだ。うーん、やはりボインが多過ぎるからだろうか。。。
明日君では小夜が一番好きなように、鏡式クラシカルツンデレが決して好みでないことはないはずなのだが、人の心とはかくも難しく、贅沢なものなのである。
★CG
通常は87枚に、SDは16枚で、計103枚。
今回は克さん単独原画なので、統一感と安定感はレベルアップしている。
枚数的に、ヒロイン格差は厳然としてある。
せつなだけ26枚とやはり圧倒的に優遇され、透音が16枚と一番割を食っている。ボイン偏重、いくない。
質としては、いつも通り、素晴らしくエロい。
肉感的で、瑞々しく、艶めかしい。ロリでも妖艶に描けるのが克さんの魅力ではあると思うが、私の好みか?と言うとストライクど真ん中ではないのはあるので、そこは悩ましいところだ。
いつもながら局部の描き込みの美しく生々しいエロさと、のけぞり差分のエロさが素敵である。
ただ最近よりは、フェチな構図は少し自重気味かもしれない。単純に枚数が多くて大変だった可能性も無きにしも非ずだが。
ボインヒロインとロケット乳への拘りが半端ないのはいつも通りだし、そこに惹かれている人なら今回も大満足だろう。
★BGM
ボーカル曲2曲に、BGMはインスト込みで32曲。
質量的には水準はあるし、出来も安定して悪くない。
OPはいつもの橋本さんだが、基本的に紫のOPは刺さらないのが私恒例。今回も是非に及ばず。例外はアマツツミだけだからなぁ。
EDは逆にいつも結構気に入るのだが、今回もかなり良かった。
BGMも全体的に無難な出来だと思う。
上でも書いたように、「青空を抜けて」だけ別格に嵌った。流れるシーンが最高にいい、というのもあるが、やはりこういうベタな決め打ち曲が好きなんだよなぁ私。
★システム
演出は大体いつも通り。しっかり動くし、優麗で繊細で、いい仕事していると思う。
近年は可変ウィンドゥもほとんど見なくなってきたのだが、その良さを一枚絵の構図などではしっかり活かしているのもいい。ただもう少し立ち絵演出は工夫があってもいいとは感じる。贅沢な話だが。
システムも独特ではあれ、使いにくいという事はない。
ただそろそろ、音楽回想とか、もう少し聴き込みに適応した利便性を求めたい。かけぬけやった後だから贅沢なのは認める。
★総括
総プレイ時間18時間ちょっと。
共通が4時間弱、個別はせつな以外が3時間、せつなが5時間くらい。アフターでのゆらと響希のおまけは30分弱くらいかな。
うーん、良くも悪くもせつなゲー、という所感に落ち着いてしまう。
他ヒロインもパッと見のインパクトはあるのだが、後を引く思い入れや感傷は抱きにくい。
その分余計に、せつなは刺さる。
そう、刺さるのだ。読み手にも多少なり、痛みをフィードバックしてくるヒロインなのだ。
だからこそ、というシナリオではあるし、非常に面白かった。
ただやっぱり、総合的に受けのいい作品となるか、と言われれば、微妙に違うだろうなと思う。振れ幅の大きい、挑戦的な作品だったのではないだろうか。